風の追い剥ぎ団⑤
喜び踊る兄妹をうっすらと開けた薄目で見ながら、フレンはなぜアリシアまでも倒れているのかが疑問で仕方がなかった。
シャルは置いておいたとしても、他人のことをあまり信用しないアリシアが、フレンでさえ訝しむ相手から出されたお茶を飲むはずがない。
(それとも僕と同じで演技を……?)
フレンがこの二人を怪しいと思ったのは、功績値の話しを聞いたからだ。
モンスターとは戦わずに逃げているから功績値が低い、とミリアは言ったが、それならどうしてライアスの鎧は傷だらけなのだろう。
おそらく、モンスター以外の何かと戦闘をしているからに違いない。そう考えれば、そのモンスター以外の何か、というのが自ずと見えてくる。
(きっと冒険者を相手に戦っているんだ……)
フレンは途端に兄妹たちを信用することができなくなり、もらったお茶は口に含んだ後、飲んだふりをしてカップの中に吐き出していた。
(人を疑うのは、あまり好きじゃないんだけどなぁ……僕もアリシアに似てきたかな……)
サニアには美徳だと評価されつつも、簡単に人を信用するなと言われてきていたし、そういった意味では自分も少なからず成長しているのかもしれない、となんとも複雑な心境で寝たふりを続ける。
顔を動かさずになんとかアリシアの様子を窺ってみるが、起きる気配がない。顔までは見えないので眠っているのかどうかはわからない。
フレンでも気づくような彼らの矛盾にアリシアが気づかないと思えないのだが、アリシアの動きに期待して、このまま狸寝入りを決め込んでいてはシャルの装備が奪われてしまう。
それはなんとしても避けなくてはいけなかった。
(冒険者にとって装備は相棒みたいなもの……! それを奪うだなんて、絶対に許さない……!)
駆け出しとは言え、冒険者の端くれ。フレンにだって武器や防具、装備品に対して愛着をもっているものだ。それがレアな装備であればなおさらだ。
フレンは兄妹に悟られないように、ゆっくりと右腕を動かして、地面に転がる蒼の宝剣へと近づける。浮かれている彼らを出し抜いて不意打ちでも食らわせられれば、事態が好転するかもしれない。
(でも、ミリアって女の子はともかく、ライアスさんとはまともにやって敵わないかもしれない……なんとか、シャルかアリシアを起こさないと)
熟練冒険者の様相のライアス。その姿だけでも威圧感はあるが、何より気になるのは、魔法効果が付与されているであろう、あのブーツだ。
(あの紋様。何度か職人通りで見たことがある……とんでもない高値が付いていたから、きっと何か特別な装備なんだ……)
このとき、フレンは知る由もないが、紋様が刻まれている装備はブラックスミスの冒険者が自作した装備だ。レーベルと同じく、冒険者毎に紋様が決まっていて、特別な効果のある装備は高値で取引される。特別な効果と言っても多種多様。攻撃的なものから守備的なものまで、様々な効果を作り手が自由に付与できるため、オーダーメイドで製作されることが多い。
そのため、例えフレンがそのことを知っていたとしても、紋様から能力を予測することは不可能であった。
じりじりと動かし続けた腕が、ついに蒼の宝剣へと差し掛かる。
柄の部分をぎゅっと握ると、今度はゆっくりと慎重に身体起こし始めた。
(大丈夫、気づかれていない。まずはバッシュでミリアさんを吹き飛ばして、次にライアスさんだ)
フレンはソルジャーのクラスに就いたことで、使用可能となったスキルが3つあった。
敵の攻撃対象を自分へと誘導するウォークライ。敵の防御力を下げるアーマーブレイク。そして、気力を込めた重い一撃を放つ、バッシュだ。
「さて、舞い踊るのもここまでだぞ、ミリアちゃん。お嬢ちゃんの武器はもちろんだが、こっちのプリーストの姉ちゃんも、そこそこ良い装備を持ってるな」
「プリーストは人口が少ないから装備の供給も少ないんだよね。このメイスなら結構良い値段がつきそう」
浮かれ踊るのをやめた二人は、シャルから離れると今度はアリシアの装備を漁り始めた。身体から離れているメイスを手にとってミリアは嬉しそうに笑っている。
(今だ!)
ライアスから離れてメイスに見とれているミリアを見て、フレンはクラウチングスタートのような体勢から、一気に踏み込んだ。
「! ミリアちゃん! 後ろ!」
「!?」
動き出したフレンを見たライアスが咄嗟に声をかける。
その声に反応したミリアが振り向いたときには、もう眼前にフレンが迫っていた。
「遅いッ! バッシュ!」
「ぐぇっ!」
完全に不意をつかれたミリアは防御体勢を取る暇もなかった。
軽装備のためにさらされている腹部に、蒼の宝剣の鞘がめり込む。あまりの衝撃にミリアは潰れた蛙のような声を出して、後方に吹っ飛んだ。
「ミリアッ!」
ミリアが吹き飛ぶと同じタイミングで、ライアスは地面を蹴った。
「ッ?!」
それはまさに風のよう。飛ぶような勢いでミリアのもとへまたたく間に近づいた。
「ミリア! おいミリア! しっかりしろ!」
「が、がふっ……」
無防備な腹部に、フレンが放った渾身の一撃がモロに入ったのだ。無事なわけがない。
ミリアは口からよだれを垂らし、全身をガクガクと痙攣させている。
「くそっ、肋骨が折れてやがる……! おい、ミリア! がんばってコレ飲んでくれ!」
慌てながらもライアスは懐から素早く硝子製の瓶を取り出す。中には液体が入っていて、ライアスは瓶の栓を抜くと、ミリアの口に液体を無理やり流し込んだ。
「んっ、んぐっ……ゴホッゴホッ!」
反射的に飲み込んだミリアは、一度咳き込み、そしてそのまま気を失ってしまった。
「なんとか、効いたか……紺碧の調合師のポーションはよく効くというのは本当のようだ……」
呼吸が落ち着いた様子のミリアを見て、ライアスはホッと胸をなでおろした。空になった瓶を投げ捨てると、ミリアをそっと床に寝かせ、自身はフレンを睨みつけながら立ち上がった。
「やってくれるじゃねーか、お嬢ちゃん。見事な一撃だったぜ」
「僕は男だ……! あ、アンタたちは冒険者を標的にしている盗賊団だな!」
「なるほど、ミリアを吹き飛ばすほどの攻撃力に驚いたものだが、男だったとはな……。いかにも、俺様は風の追い剥ぎ団、団長のライアスだ。我が妹にして構成員のミリアを傷つけた罪、その身で償ってもらうぞ小僧!」
ライアスは自慢のマントを脱ぎ捨て、腰に差していた2本の短剣を左右それぞれ逆手に持つと、フレンに襲いかかった。
「許さないのは僕の方だ! 仲間の装備を奪わせはしないぞ!」
確実に自分よりも手練であるライアスを相手にするのは、分が悪いのは百も承知だが、ここで逃げ出すわけにはいかないと、フレンは背負っていたバスタードソードを両手に構えてライアスを迎え撃つのであった。




