風の追い剥ぎ団④
「さぁさぁ、お嬢さん方。美味しいお茶はいかがかな?」
マントに身を包んだ男はようやく身体を起こすと、振り返った三人に向かって屈託のない笑顔を向けてそう言った。
ミリアは兄の言動を見て、なるほど今回はこの手で行くのか、と心の中でうなずくと、自分もその流れに乗っかろうとぎこちなくも、一生懸命の笑顔を作り出す。
「そ、そうそう! ここであったのも何かの縁! 冒険者同士、お話しでもしようよ!」
「いいですね! フレンさん、先生、ちょっと休憩していきましょ?」
この兄妹に誘われたのなら断る理由もない。シャルは嬉しそうに焚き火に近づいていく。
「まあ目標の5階まであと半分って感じだし、ここで休憩するのも悪くないかな」
シャルは嬉しそうにしているし、自分も二人の冒険話を聞いてみたい、と思っていたフレンはシャルに続いて焚き火に近づく。
そんな二人を見ながら、やれやれと肩をすくめてアリシアも焚き火に近づいた。
「それでは自己紹介といこう。俺様の名前はライアス。そしてこっちは妹のミリアだ」
「私はシャルって言います! こっちはフレンさんとアリシア先生ですっ!」
ミリアはライアスににじり寄り、空いたスペースにフレンたちは座り込んだ。焚き火にはお湯が入った煤けた鍋がかけられていて、その周りに焼き魚の骨が落ちていた。
「先生?」
「あー、気にしないでください。この子たち初心者冒険者なものだから、私が色々教えてあげてるだけです」
先生と呼ばれるアリシアを見てミリアは首をかしげたが、当のアリシアは涼しげな顔でそう答えた。
「初心者冒険者か。それならミリアも一緒だな」
「私は冒険者っていうか兄ちゃんに付いてきただけだから」
「やっぱりミリアさんは初心者さんだったんですね! ということはライアスさんは冒険者になってから随分経つんですか?」
自分の予想が当たったことに喜ぶフレンは身を乗り出してライアスを見やる。やっぱり武器はマントのせいで見えないのだが、見れば鎧はいくつもの傷が残る年季のはいったもので、ブーツは魔法効果のあるレアなものだった。
「兄ちゃんもそんな大したことないよ。モンスターから逃げてばっかりで功績値だってぜーんぜん」
「俺は盗賊ギルドに所属してるんだ。モンスターを狩るだけが冒険者ではない、塔のお宝をハントするのだって立派な冒険者なんだぜ、ミリアちゃん」
「はいはい、トレジャーハンターって言いたいんでしょ」
「その通り! だから俺様は功績値などいらんのだ! 宝こそ男のロマン! おっとお湯がそろそろ沸いたかな……」
憎まれ口を叩く妹に軽快な返しを見せる兄。その愉快なやり取りを見てシャルはとても楽しそうだ。
そうこうしている内にぐつぐつとお湯が沸き出した。ライアスは火にかけていた鍋を下ろすと、懐から粉の入った小瓶を取り出して空のカップに数回振り、そこにお湯を注いだ。
「こいつはウチで栽培している茶葉を乾燥して粉末にしたものでな。風味は落ちるが、お湯を注ぐだけですぐにお茶が飲める優れものさ。さ、どうぞご賞味あれ」
「わあ、いただきます!」
シャルは装備していたシャドウナックルを外し、地面に置くと、軽くなった腕を伸ばして嬉しそうに受け取った。シャルを皮切りに、残りの二人も順番に武器を置いてライアスからカップを受け取る。
「……」
「え、えっと、アリシアさん? どうかした?」
お茶の入ったカップをアリシアが見つめていると、ミリアが不安げな表情を浮かべておずおずとそう聞いてきた。
「いえいえ、何でもないですよ。いい匂いですね、いただきます」
アリシアは静かに首を振ると、優しく微笑んで、カップに口をつけた。
それに倣って、シャルとフレンもお茶を飲み始める。
「わあ、美味しい! 普通のお茶より香ばしい感じがしますね!」
「そうかいそうかい、このお茶の製法は東の国から伝わったらしくてね。ウチは昔からこの飲み方をしているんだ」
「へぇ東の国の……! 親父にも今度教えてあげようかな」
どうやらお茶の味が気に入ったようで、三人はごくごくとお茶を飲んでいる。
その様子を見て、ミリアはほっと胸をなでおろした。
「ずいぶん、不安なことがあったみたいですね」
「!」
そんなミリアの様子を見て、アリシアはにっこりと笑ってそう問いかける。だが、その視線は蛙を射殺す蛇のように鋭かった。
「え、な、なんのこと?」
「さっきから不安そうに私たちのことを見ていたのに、今は安心しているよう……お茶の味が私たちの口に合うか、不安だったんですか?」
「あ、あはは、そうそう! ウチのお茶って他の人に出したことないから、本当はまずかったらどうしようって……! ね、ねえ兄ちゃん!」
「確かにそうだな。ウチにお客さんなんて来たことなかったもんな!」
ミリアが助けを求めるように話を振ると、ライアスは動揺した様子は微塵も見せずに楽しげな笑い声を張り上げる。
「じゃあ私たちが初めてのお客さんですねっ!」
「いや――」
「え?」
ライアスの笑い声に同調するかのように笑顔でそう言ったシャルに対して、ライアスはピタリと笑うことをやめると、やや低めのトーンで――
「お客さんは結局誰一人来ていないよ……」
そうつぶやいた。
「ライアス……さん?」
シャルは豹変したライアスの顔を見て困惑するのだが、考えられたのはそこまでだった。
ガシャン、とカップが割れる音が鳴り響くと同時に、シャルは地面に倒れ込んだ。
「今日も来たのは獲物だけだ」
続けて、同じくカップが割れると、フレンとアリシアも地面に倒れ込んでいた。割れたカップから残ったお茶が流れて出ている。
「……案外チョロかったね、兄ちゃん。このプリーストのお姉さんは何か感づいたようだったけど……」
「うむ……確かに引っかかるが……それよりこの装備を見るんだミリア。なんで初心者がこんなレア装備を持ってるんだ?」
寝息を立てているシャルの横に置かれているシャドウナックルを見てライアスは驚いた。こんな騙しやすい頭が空の少女が装備しているのは、おそらく幻想の塔でも中層以上で手に入るであろう強力な武器だ。
その分、市場価値はかなりのものになるだろう。
「こ、これっ、すごい装備なんだよね……!」
「くくく……ふははは! 喜べミリアちゃん! これを売れば、俺たちはしばらく生活に困らないぞ!」
「やったー! 兄ちゃんに付いてきてホント良かったよ!」
「だから言っただろ! 兄ちゃんの夢は予知夢なんだ!」
確かにシャドウナックルを売れば、それだけで向こう何年かの食費がまかなえることだろう。
風の追い剥ぎ団の二人は思いがけない宝に遭遇して、手を取り合って踊りあうのだった。
「……」
そんな浮かれている二人には気づくことができなかっただろう。
ライアスはついぞ女の子だと勘違いしていたフレンと呼ばれた可愛らしい少年が、薄目を開けていることに。




