巨大獣討伐へ
「いいですか、フレンくん。ソルジャーたるもの、自らの功績を欲するのではなく、仲間の功績を喜びなさい」
さっき別れたレックスが別れ際に言っていた科白を思い出す。
ランダムダイスに入ったお祝いとしてもらった、レックスが昔使っていたという剣を背負いながら、フレンは城下町を疾走していた。
剣はバスタードソードと呼ばれる大剣で、フレンの身長と同じくらいの大きさがあるものだ。リーチが長く、重量がある分、攻撃力が高い。しかし、その重量のせいで素早い攻撃ができないのが欠点だ。
今まで短剣を主な武器として使っていたフレンにとっては、扱いなれるまでに時間がかかるかもしれないが、ソルジャーとして実感が湧いてきたようでなんだか嬉しい。
「アリシアとシャル、喜んでくれるかな」
フレンが手に入れたのは大剣だけではなかった。溜まった功績値分のスキルがクラス取得によって獲得できるようになったのだ。
ソルジャーには攻撃も防御も、どちらもスキルが設定されていたが、フレンは防御のスキルを二つ習得していた。
今までスキルなんて使ったことがないフレンにとっては、まるで英雄になったかのような誇らしさだった。
「これで僕も本格的に冒険者の仲間入りだ!」
やがて待ち合わせの噴水広場へとやってきた。
ランダムダイスで色々と一悶着していたせいで、予定よりもだいぶ遅れてしまったがまだ待っていてくれているだろうかと不安になる。
「あっ! フレンさんっ!」
「!」
すると遠くのほうで聞き覚えのある声が聞こえてくる。その方向へと見てみると、そこには両手で大きく手を振るシャルと、シャルのはしゃぎように恥ずかしそうに額に手を当てているアリシアの姿があった。
「シャル! アリシア! 遅くなってごめん!」
「別にいいわよ。どうせ一筋縄じゃいかないのはもうわかってるから」
「あはは……って、シャル! すごい装備だね!」
フレンは早速シャルの両腕に装備されているシャドウナックルを見て感嘆の声を上げた。細身で小さいシャルには似つかわしくないほどに豪快な装備品である。
「フレンさんこそ! そのおっきな剣! どうしたんですか?」
「これはギルドの人にお祝いってもらったんだ」
「そういえば、フレンくんの入ったギルドってどんなとこだったわけ?」
ふとした疑問を投げかけると、フレンはみるみる複雑な表情になっていく。悩んでいるような、恐れているような、なんとも言えない顔だ。
「なんていうか、説明しづらいっていうか……」
思い出すのはファフニールの咆哮と炎。ランダムダイスはフレンが出会ったレックスとリッカ以外にも何人か構成員がいるらしいのだが、結局合わずじまいだったため、未だランダムダイスというギルドをほとんど知らないのだ。
「まぁ、なんでもいいんだけど。よしっ、それじゃ二人ともこれで職業に就いたってことね!」
「はいっ!」
数時間振りに二人の先生に戻ったアリシアにシャルとフレンは気をつけの姿勢で大きな返事をした。
「それぞれ職業に合った武器も手に入れたみたいだし、いよいよ本格的に功績値を稼ぐわよ!」
「目標は?」
功績値を稼ぐには冒険者らしい行動を取らなくてはならない。強いモンスターの討伐、貴重な宝物の捜索、パーティメンバーや仲間の支援など、功績値としてカウントされる要素はたくさんあるが、アリシアはどの要素で点数を稼ぐつもりなのか。
フレンの質問に対してアリシアはニヤリと不敵に笑って――
「――巨大獣の討伐よ!」
と、声高らかに宣言したのだった。
※
5階に巨大獣が現れたという噂はあっという間に広がりアリシアの耳にも届いたようだ。
巨大獣はベテラン冒険者の狩りの対象とされていて、出現の噂が広がればすぐに討伐されてしまうのが常だったが、今回出現した巨大獣はまだ討伐されていないらしい。
「今がチャンスなのよ。噂によると、今回出現した場所が場所だけに巨大獣を討伐できるようなパーティが近寄らないみたいなの」
「確かに巨大獣を討伐できるなんて中層以降の冒険者だもんね。5階層を探索しても旨味が無い分、興味が薄いのかも」
巨大獣を討伐することによる功績値や収入は高いものの、ベテラン冒険者からすれば中層以降の探索のほうが圧倒的に稼げるというのに、下層である5階層を探索するのに時間を取られてしまっては元も子もないのである。
だからといって、5階層をメインに活動をしている初心者パーティでは巨大獣に手も足もでない。無謀にも挑んだ者たちは、すべからく返り討ちに会う始末だ。
そのため、5階層では現在巨大獣が野放しにされている状態なのだった。
「でも、私たちだって初心者ですよ? 巨大獣なんて倒せるんですか?」
作戦会議と銘打ったおしゃべりのために、3人は噴水広場のベンチに並んで腰掛けており、その中でも真ん中に座っていたシャルが、当然の疑問を口にする。
「一種の賭けのようなものね。私だってパーティを組まなくちゃ単身では巨大獣を倒せない。フレンくんとシャルの攻撃に頼るしかないの」
いくら経験豊富なプリーストだとしても、攻撃能力はほとんどないことは以前のスケルトンソルジャー戦でもわかっていることだ。
アリシアがいるから必ずしも巨大獣を倒せる、というわけではない。
「というわけで、ここからはビジネスのお話しよ」
すると唐突に、アリシアは人差し指をピンと立てると、不思議そうに首をかしげる二人に向かって話し始めた。
「巨大獣を倒すために駆け出しのアンタたち二人ははっきり言って戦力にはならない。だから、私がいかなる手を使ってでも、巨大獣を倒してあげるわ……でも、その代わり条件があるの」
「じょ、条件?」
さっきは1人で巨大獣は倒せないと豪語したにも関わらず、今度は交換条件を持ち出してきたアリシアの話しぶりに、フレンは何事かと身構えた。
「巨大獣で手に入れたドロップを全部私に頂戴」
それは冒険者をやるものからしたら、とんでもない交渉だった。
冒険者の食い扶持はモンスターを倒したときによって得られるドロップ品や幻想の塔で手に入る宝物で稼いでいる。その中でも巨大獣のドロップ品は、質によるがおよそ冒険者1人分の、1年間の生活費と同価値だと言われているのだ。
ベテラン冒険者が金を稼ぐ最大の手法である巨大獣のドロップ品をすべて差し出せなど、常人なら口が裂けても言えないはずなのだ。
「どう? アンタたちは功績値を稼いでランキングに入ったり、有名になるのが目的なんだからドロップ品が手に入らなくてもいいわよねぇ?」
アリシアの考えはこうだ。
フレンはマールとの約束を果たすためにランキング入りを目指しており、さらにサニアの視力を回復させるためシャルを有名な冒険者にする必要があった。もちろんシャルもそれを望んでいて、アリシアへ協力を要請している状況だ。
彼らにとってその目的達成こそが大きな問題であのだが、アリシアからすれば傭兵としてパーティを支援する仕事があるものの、二人の目的達成など関係のないことだ。
ならば、その目的をを達成させるために無茶をする、自己犠牲の塊のような自分にご褒美があってもいいではないか。
だがアリシアだってバカではない。そんなとんでもない交渉、普通の冒険者なら受けてくれるわけがない。もちろんすべて理解した上で、あえて交換条件をつきつけた。なぜならそれは……
「別にいいんじゃない? シャルは?」
「私も構いません! 巨大獣を倒せるのなら文句はありませんよ!」
この二人はとても騙しやすいこと知っているから。
「交渉成立ね! 絶対アンタたちを有名にしてあげるからね!」
輝くような屈託のない笑顔を見せるフレンとシャルに対して、アリシアは今回の冒険で得られる収入を予想しながら、優しい笑顔を浮かべたのだった。




