僕が叫ばなくなった理由。
「誠に残念ではありますが、この度は不採用とさせていただきます」
さして珍しくもない通告、有り体に言ってしまえば余所に行ってくれという旨の通知、思っていたよりも随分と早く来たものだな、と他人事のように見ている自分に気づいた時、この結果も順当なものなのだろうと妙に納得してしまった。
広い世界には人間なんていくらでも居るが、実際に世界で生きていける席には限りがある。
生まれもったモノや勝ち取ったモノ、降って湧いたモノにしろ、何かを持つ者からその席に着いていく。
勿論、何も持たぬ者などいないだろう。生まれ落ちて五体満足に一定の時間を迎える、これだけのことを望んでも手に入れられなかった者も少なくない。
だがそれは相対的なもので、どんなに言葉を繕い、手を尽くしても人は他の誰かにはなれない。
どれだけ近くても、どれだけ遠くても、自分自身で認められない限りはどんなものも自信にはならない。
そして、どんな経緯を持って手に入れた自信もほんの少しのことであったはずの場所から転がり落ちて行ってしまう。
あれは確か、寒さもなりを潜め始めた初春のある日のことだった。
大した資格や技術も持たない自分にとって趣味であると同時に、ほんの少しの自信であった執筆活動をふとしたことから友人に見せることとなった。
その道で食べていくことや生業になんて出来はしないだろうとは思ってこそいたが、一つの作品を書き上げるまでの過程や、気が向いてインターネットで公開していた作品の評価など、ちっぽけながらも慎ましい幸せとして持っていた自信はたった一言で疑問へと形を変えた。
「なんかよく分からない。ていうか好みじゃないわ」
感想を言われた直後は「そっか、残念」などと一言で済ませてはみたものの、その後の会話や帰り道は何が駄目だったのか、どこかに問題があっただろうかなんて事ばかりが頭の中を駆け回り、気が付けば昼のひと時から半日以上が経過していた。翌日は用事もあり、すぐに床につき、翌日、一日中駆け回っているうちにそんな記憶は薄れていたと思っていた。
今にして思えば、それは遅効性の毒だったのだろう。気づいた時には全身に回り血清すらない、そんな身体ではなく心を殺す毒。
それに気づいたのはそれから数週間がたったある日、いつものようにパソコンの前に座り、キーボードに手を添えてから数十分が経過してからのことだった。
どれだけ頭を捻ろうとも、一文はおろか次の句が生まれてこない。それどころか、今までに書き進めてきたものすべてに違和感を感じ始める。一か所を修正しようと思えば別の箇所が主張を始め、果てには段落の一つすらずれて見え出したとき、久方ぶりに「書けない」という感覚を感じた。
無論、これまでにも何度となく内容が思い浮かばない、これでいいのかと悩むことはあった。
しかし、今回のそれは今までの試行錯誤の為の準備時間とは明らかに違った。
たった一言、一文字を繋ぐことが怖くなってしまった。
どんなに走っても先に進まないような虚無感、頭のどこか一部がぽっかりと抜け落ちてしまったような喪失感だけが精神を埋め尽くす。 その日は調子が悪いだけだと自分に言い聞かせていつもより早く就寝した。
だが、次の日も、その次の日も、一週間、一か月が経って尚、次の一文字が書きだされることはなかった。
それからというもの、意図的に文字から離れる時間が続いた。
執筆などは当然、レビューやちょっとしたSNSでのつぶやき、人に口頭で感想を伝えることすら億劫に感じ始め、報告書などのどうしても書かなければならないものもあったが、その多くが書き直しや修正を受けることも少なくなく、文字どころか言葉に拒否感を覚えだしたのかと思っていたある日。
「ごめん、聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
何のことはない、聞き返されたのだからもう一度言い直した。そのはずだった。
「……ごめん、なんて?」
そうもう一度聞き返されたとき、どうしようもない恐怖感と圧迫感に心が支配された。
そして、自分の記憶はそこで一度途切れてしまい、次に目を覚ました時には白い天井の下で点滴を受けながら寝ていた。
後にその相手や周りから聞いた話では、聞き返された直後に青ざめた表情で震え始めた後に倒れたのだそうだ。幸いなことに、周りからは貧血や過労だと判断されたようで、すぐに病院に搬送されたのだと言う。
そんな話を聞きながらも、おおよその真実は既に分かっていた。
その真実を伝えようと、話し始めた直後、それを聞いていた相手から叱られた。
「こんな時にふざけるんじゃない。口パクじゃなくてちゃんと話せ」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、世界が止まった気がした。ついで、音を立てて崩れていく。
文字通りに声にならない叫びと頭を抱えて転がりまわる姿は、はるか昔の無声映画のワンシーンのようで、きっと滑稽だっただろう。
そこからは流石の早さで、取り乱す自分を落ち着かせ、医師の先生のいくつかの質問に答えた後、心理的ストレスに起因する失声状態であると診断され入院生活が始まった。
といっても、一時的なパニック症状のようなもので、一週間もする頃には元通りに発声されるようになり、入院費用を払い終えてさえしまえば日常生活に戻っていくこととなった。
ところが、いざ日常に戻ってみれば何より変わっていたのは自分ではなく周りであった。
最も変化があったのは、自分が倒れた時に話していた相手だった。
開口一番に「大丈夫だった?」などと心配していた旨を伝えてきてから露骨に避けられ始めた。
考えてみれば当たり前の話だが、心当たりがなくとも自分と話していた相手がいきなり倒れれば驚きの次に訪れるのは周囲からの奇異の目であっただろう。その後のフォローに失敗すれば最悪の場合、自分が原因だと噂されても不自然ではない。故に、彼にとっては穏便にことを済ませつつ出来れば顔を合わせたくないというのが本心なのだろう。
どうやらそれは彼以外も大して変わらないようで、どこからか自分の入院理由を知った多くの人が腫物を触るような態度であり、悪評でこそないものの過ごしづらい環境へと変わってしまっていた。
どこにいても居辛さに苛まれる日々は、喋れるはずなのに喋れない入院生活と変わらないほどに空虚で、意味のないもののように感じた。
そんな日々が今日まで続き、何に対しても億劫になっていき、最低限の義務やルールだけを守っていればいいという環境もそれに拍車をかけた。
そうして気付けば何事にも興味を持てなくなっていた。
流れていく時間をただぼーっと眺めているだけで、世界についた窓枠から覗くだけの毎日を過ごす。
当然ながらそんな状況であれば物事に進展などあるはずもなく、何をしても良い結果には繋がらず、いつの間にか自分の席は他の誰かが座るようになっていた。
そんな生活はそれからもしばらく続くこととなった。
とある人物と出会うまでは。
衝動的に書き始めました。いきなり書き換えたりタイトルが変わったらすみません。