第十三話 決心固まる
ねこさんがカプセルホテルで過ごすようになった、その日の夜中のことである。それまで排泄は手伝っていたのだけれど、おしっこも、うんちも、自力でできるようになっていた。これまで、なんとか彼の食べられるものを探しては与えていたこともあり、フードはカリカリよりもウェットタイプのものが主流となっていて、ねこさんのうんちは柔らかめであった。
ここでフードのことについて少し書きたいのだが、与えるものによって、うんちの形状がかなり変わってくる。特にねこさんが初めに獣医さんで購入した缶詰は『回復期』用の一缶二百五十円もする高級缶詰。さらに安いものも併用、ミルクも混合して与えていたことを考えると、カリカリオンリーに比べて、水分含有量は圧倒的に多いフードを与えていることになっていた。水分が多いということは、当然ながら排泄物にも影響する。これは人間も同じで、水分量が多いと、当然ながらうんちは柔らかくなる。この説明からもわかるように、この頃のねこさんはカリカリを主体にしていないので、うんちは柔らかい、軟便状態なのである。
これがいろいろ大変で……というか、この時点ではまだ、ぼくはねこさんのトイレを用意していない状態であったため、排泄場所の確保ができておらず、たとえ尿意や便意をねこさんが伝えていても、適切な場所に誘導できないという問題が発生していた。もちろん、ねこさん自身が排泄をアピールするということもほとんどないため、いつも事故につながってしまうのだ。
大きな事故になったのは二回ある。一度目はカプセルホテル内で起き、二度目なんかは寝ていたひなさんの尻尾の上で出して、ギャー状態に陥った。
さて、一度目のことである。夜中にごはんを与えるために二時に起きていたぼくだったが、それよりも早い時点でカプセル内で排泄されてしまったことだ。気づいたら黒い軟便状態のものがカプセル内にあり、それを踏んづけてしまっている。軟便ゆえにお尻まわりにもくっついて、ねこさんがうんちまみれだったのである。
ひぃっっ!
夜中に起きたぼくは急いでカプセルの掃除をすることになり、ごはんが後回しになる。うんちのくっついたねこさんをきれいにしなければならないので、お湯を用意してタオルで拭き拭き。タオルも手洗いして、洗濯ガラガラ。二枚の洗い替えなんてあっとう言う間に汚れてしまい、ノーマルタオルにせざるを得ない状況となる。こうなると、やはり、もう一枚必要となってくるし、それよりも早急にトイレの用意をしなければならない。
ただ、トイレを用意するのはいいとして、うちにはひなさんがいる。ひなさんはダックスである。ダックスは狩猟本能を持っているため、穴掘りが好きである。となると、そこらへんにトイレを置いていては、穴掘りで砂を掻きだされてしまう、もしくはぼくがいない間にトイレで遊ぶ、排泄を見過ごして、ひなさん二次被害も起こりうる。となると、もはやゲージ購入は必然となってくるのだ。
この時点で、ぼくの心は随分とねこさんカワイイに傾いていた。手が掛かる子だからというのもあった。ここまで人の手を必要(ごはんが食べられないので、毎回、手で与えるを繰り返していた)とすると、どうしても気持ちはぐいぐい持って行かれる。弱々しい彼を見ていると、この子はきっとぼくなしでは生きていけないだろうな……なんて気持ちにもさせられるものだから、貰ってくれる人に渡す気持ちがなくなってしまってきたのである。
うん、もう、探すのやめよう。ぼくが最後まで面倒を見よう。
こういうことになるわけだ。そうなると、もはや、うんちも怖くない。汚れたものを洗うことに対しての抵抗感など皆無になっていくのだ。これ、たぶん、赤ちゃんのうんちが平気だというお母さんと同じ心理なのだろう。手についても、洋服についてしまっても、まったく平気になってしまうのだから不思議だ。
翌日、ぼくは貰い手を探してくれているおばちゃんに連絡を取る。ここ三日で頑張って探してくれていたらしいが、どうにも貰い手が見つからずに困っていたと言う。ぼくの決心を聞くと、おばちゃんは心から安心したように「ありがとう」と言った。『本当にいい人に巡り合えてしあわせね』と言われ、ぼくは探してくれたことにお礼を告げた。プランCはこうして消えていき、元々なかった、自分で最後まで面倒をみるというプランZが採用となったのだ。
かくして、雷という名前のねこさんは本格的にぼくの子になる。けれど、ぼくとねこさんの生活は順風満帆には進まない。神様はぼくたちに試練を用意していたのだ。
まるで、ぼくらの絆を試すかのように――
(余談)




