その8 大武会
いささか飲みすぎた俺ジャン・ピエールだが、それでもしっかりとした足取りで宿舎に向かう。
(今の食事も悪くはないけど、たまにゃアジの開きとかも食べたいなぁ……でも王都までの輸送が……)
食糧事情の改善を地味に願いながら、俺は帰路に着くのであった。
ミュレ先輩に冷凍庫とか工夫してもらおうかなぁ……。だけど先輩、フライユ伯爵領で魔道具開発を始めてから、死ぬほど忙しいし。随分と長いこと、研究所に住み込んでいたよな……。
あれは、今年の一月下旬だったかねぇ……。
◆ ◆ ◆ ◆
一月半ばから、本格的にシノブ様の領政が始まった。
領軍の移籍が認められたのが、よく理解できた。とにかく人手が足りなくて忙しい。
幸い俺ジャン・ピエールは、シェロノワの領都守護隊に組み込んでもらえた。だから業務は以前と大差ないんだけど、非番が夜勤明けしかない。
そして非番の日、久しぶりにミュレ先輩に会った。官舎から出て中央区の大通りを歩いていたら。バッタリ出会ったんだ。
「久しぶりですね。軍ではお見かけしませんでしたが……」
「ああ、最近は政庁にいたからね。それと、これからは館に住み込むよ」
大荷物を抱えたミュレ先輩、どうも引っ越しの最中らしい。といっても従軍からの流れだから、荷物は服や本だけらしい。やたら荷物が角ばっているから、大半は書物なのだろう。
それはともかくミュレ先輩、政庁で缶詰だったのか。参謀職なのに財務担当の内政官として……本当に人手が足りていないんだなぁ。
でも、ミュレ先輩は参謀といっても魔術や魔道具を使った戦術研究や開発自体が主だった。それに平民出身だから、小さいころは商家で働くように期待されたそうだ。だから計算が得意なのも間違いない。
「また魔道具の研究に戻れることになったよ。シノブ様が通信の魔道具を、って……」
いつもと同じヨレヨレの軍服を来たミュレ先輩は、ボサボサの髪を掻きながら嬉しそうに笑う。
「そ、それは良かったですね……」
俺は少し退きながら答えた。だって、ミュレ先輩の頭から白い粉のようなモノが……忙しいのは判るけど、もう少し身なりに気を使おうよ。カロルさんに嫌われちゃうよ?
カロルさんはミュレ先輩の幼馴染み、つまり平民だ。だけどカロルさんは、治癒術士としてガルック平原の戦いにも従軍した。だから当時はベルレアン伯爵家、今はフライユ伯爵家に仕えているわけだな。
そして従軍や移籍は、ミュレ先輩を追ってきてのことらしい。それだけ慕ってくれるんだから、大切にしないと……。
しかし、いきなり無線通信? ハードル高すぎね?
「通信ですか……音声ですか?」
「音声、そうなると良いねぇ。でも、まずは『アマノ式伝達法』からだよ。しかし、いきなり音声って出てくるなんて、ジャンも意外に研究向きかもね……どう、一緒に頑張らない!?」
おっと、失敗だ。日本で生きていたころの常識で、通信ときたから音声と言ってしまったよ。
「い、いえ……その……素人だから、音も簡単に出来るのかな、とか思ってしまいまして……。そうか……音は難しいんですね。やっぱり、まずは魔力波動の研究からですよね」
音声と魔力波動の研究は分けた方が、と匂わせつつ立ち去った。危ない、危ない。
でも、マイクとスピーカーくらいなら、そのうち実用化されるかも。シノブ様も地球の知識を持っているし、無線に手を出すんだから次は音声通信を、と考えているだろうしね。
それからミュレ先輩は、伯爵家の館に住み込んだ。正確には館の倉庫、後に魔道具研究所と呼ばれたところさ。
もっとも今の研究所はメリエンヌ学園の立派な建物に移ったし、ミュレ先輩も子爵になったからアマノシュタットに広い公館をいただいている。どれだけ帰っているか、知らないけどね。
◆ ◆ ◆ ◆
大通りでミュレ先輩と会ってから数日後、上官から大武会に出ろという指示が。大武会とは、一月の末頃に開かれるフライユ伯爵領の武術大会だ。
「大武会って仕官希望者が対象でしたよね?」
「それがだな。ガルック平原での活躍を見て、兵卒にしておくのがもったいないと」
上官は、カンドリエ司令とジオノ司令が俺を推薦したという。
カンドリエ司令は、会戦で俺が所属した隊の大隊長だ。元はベルレアン伯爵領軍の巡回守護隊で大隊長をしていたんだが、今はフライユ伯爵領の都市スクランシュで代官をしつつ都市守護隊の司令官を兼ねている。
ジオノ司令も同じようなものだ。こちらはベルレアンでは領都守護隊の大隊長、今はフライユで領都守護隊司令だ。つまり現在の俺の上官の一人だ……遥か上だけど。
「はぁ、了解しました」
そういうことなら、断れないな。それに出世の機会には違いない。よ~し、本戦に勝ち上がって隊長職、そして騎士の位をゲットだぜ!
そうして参加した大武会。
俺は順調に勝ち上がり、本選目前の予選決勝まで進んだ。しかし予選決勝の相手は、あのミレーユ様……ハイ、運が尽きました。
「見覚えがあると思ったら、北門の門兵さんじゃないですか~。ここまで来るほど強かったんですね~」
ミレーユ様はシャルロット様の側近だから、隊を率いていない。しかし大隊長格だ。
こういう人の場合、並の大隊長よりも更に強いか、逆に名誉職でムチャクチャ弱いかの両極端だ。で、ミレーユ様はって?
当然、前者に決まっているだろ!
何しろ都市グラージュでシャルロット様と共に王太子殿下を守り通し、国で最も権威のある栄典『王国名誉騎士団章』を授かったんだ! しかも、大騎士章だよ!
大戦での快勝だから、多くの武人が勲章を得た。でも、ジオノ司令やカンドリエ司令だって一つ下の騎士章だよ。それでも騎士家にとっては夢のような栄誉、代々家宝としていくものなんだ!
転生者の俺だが、その辺のことは親父から叩き込まれている。だから、ミレーユ様の活躍を直接目にしてはいないが、それだけで判るってものさ。
だけど……諦めたら、そこで試合終了ですよね!
「よりにもよって『戦乙女の双翼』が相手ですか……」
俺はミレーユ様と会話を続けていく。
あっ、双翼ってのはベルレアン時代からの二つ名だよ。ただし副官ごときがと遠慮されたから、非公式なものだけどね。
そのためだろう、ミレーユ様が少し照れくさそうな笑みを浮かべた。
「……俺、棄権していいですか?」
棄権は冗談だ。こうなったら少しでも時間を引き伸ばし、相手を探りたい。
ミレーユ様は、ずっとシャルロット様の副官としてヴァルゲン砦に詰めていた。『戦乙女の双翼』の残る一人、アリエル様と一緒に。
その後も向こうはシャルロット様のお付きとして中央、俺は普段が門兵でガルック平原では後発隊や歩兵隊だ。それにシャルロット様達はグラージュの総本陣だったから、平原の戦いには加わっていないしな。
だからミレーユ様の本気なんて、今まで見たことが無かったんだ。
「だめですよ~。それに……全力で戦わないと他の人に失礼です!」
ミレーユ様は、それまでの緩い口調から一変し、凛とした声になった。顔も真顔、そして構えはベルレアン流槍術の中段、融通無碍の基本の型に変わる。
「ですよね~」
これ以上は無理か……まあ、多少は読めたかな。手を抜いたら勝負にもならない、ってね。
「始め!」
審判役の声の直後、俺は槍を突き出した。もちろんミレーユ様も。そして、鋭い槍の応酬となる。
試合前の気の抜けたやり取りなど、もう俺の頭には無い。心を占める思いは、目の前のミレーユ様に打ち勝つことだけだ。
(おそらく力は俺、技はミレーユ様。純粋な技量じゃ勝ち目はない……どうにか隙を突かないと……)
ミレーユ様も同じことを考えているのだろう。
一撃の重さは俺が上。だからミレーユ様が、長引けば不利だと思うのは当然だ。それに本戦があるから、ここで体力や魔力を浪費できない。まあ、それはこっちも同じだけど。
距離を取ると、気合とともに俺は槍を繰り出した。だけど、当然ミレーユ様は迎撃する。
ミレーユ様は俺の槍を巻き上げ、そのまま胴へと突き込もうとする……しかし、それは予想済み。
(今だ!)
俺は巻き上げられた勢いに逆らわず得物を反転、逆の石突でミレーユ様の槍を弾く。そして、そのまま石突での突きを放った。
しかしミレーユ様も躱しながら槍を返した。そして、同じく石突で突いてくる!
「くっ!?」
俺は何とか避けるが、胴の手前を掠っていた。だが、これは有効打ではない!
そこで俺は飛び離れ、態勢を立て直そうとした。しかし次の瞬間、喉元に槍が突き付けられる。
「ベルレアン流槍術、二連返し……か。参った」
「そっちも良い攻撃でしたよ~。でも、石突の対策は、先代様からシッカリ仕込まれましたから~」
ミレーユ様は、懐かしそうな顔で笑っていた。
……これは、作戦ミスだったか。相手は二連返しを持っているんだ。当然、普通の石突での反撃にも備えがある……何しろ二連返しに繋がる基本技だもんな。
こうして俺は予選敗退で終わったが、そこまで勝ち上がったことは評価された。それに今までの戦功もあるから騎士として取り立ててもらえ、軍でも小隊長に昇進したよ。
でも、負けて悔しいのは事実だ。もう一度、槍の修行をしっかりしよう。それに魔術を組み合わせて切り札増やすか……試合には使えないけど。
お読みいただき、ありがとうございます。
冒頭のみアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その7」の続きなので、創世暦1001年6月以降のことです。
以降は創世暦1000年1月後半です。ジャン・ピエールさんはフライユ伯爵領に移籍、正式にシノブの家臣となりました。もっとも、今のところ接点はなさそうですが。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 1月20日 シノブ、魔力無線を思いつく。マルタン・ミュレなどに研究を頼む。
創世暦1001年 1月29日 大武会。シノブ達、ナタリオやアリーチェと観戦する。