その7 ガンド殿
俺ジャン・ピエールは、酒場で昔の話をしていた。相手は老人、北では珍しい猫の獣人だ。
御老人(なんか風格があるんだよね……剣道の老師範みたいな)の促し方は上手かった。やっぱり、隠居までは結構な活躍をした人なのかな?
だから俺は、ほろ酔い気分でベルレアン時代からシノブ様がやってきたころにも触れてしまう。更にフライユ時代も。
とはいえ、話はフライユ時代からが主だった。
この御老人、フライユ時代……正確にはガルック平原の戦いの知らせが入ったあたりから……のことに興味を示したんだ。
御老人の息子さんたちも、ここ王都アマノシュタットで働いているらしい。取り立てていただいて、って言ったから武官か内政官だろう。
で、猫の獣人だから南方系、つまり旧帝国の人じゃない。そうすると息子さん、ガルック平原の戦いに従軍した傭兵かな? 案外どこかで俺と会っていたりして?
「それでね、少し暇が出来たんで……槍の手入れをしにドワーフの職人を訪ねたんですよ」
「ほう、フライユには沢山いるそうだの。儂の縁者もアマテール地方におるよ」
へえ、それは意外な……でも、フライユ伯爵領の北方には旧帝国から解放された獣人が沢山住んでいるからな。
すると御老人の息子さんも、解放奴隷かも? 昔の戦いで捕らえられて戦闘奴隷にされた……こりゃ、あまり突っ込んだことを訊かない方が良いか……。
「それがムハマさんで……あっ、今は王都で鍛冶工房を開いているんです」
「ほほう、戦友というわけだな。一緒に戦いを潜り抜けた友は大切にせんとのう……散っていった者達のためにもな」
御老人は、昔を思うような遠い目をしていたよ。そして御老人は酒盃を掲げ、一息に飲み干した。やっぱり色々あったんだろうなぁ。
「で、俺の槍を見せたんですが、『馬鹿野郎、粗雑に扱いやがって! ガタガタじゃねぇか!』って怒られましてね……。
いや、ちゃんと手入れをしましたよ。でも、あの戦いで相当寿命を縮めたらしいです。大目玉で、槍の前に俺が叩き直されましたよ……」
「それは災難じゃったの。しかしムハマ殿、友の忠告は大切にせんとな。さあ、お前さん、もう一杯どうじゃ?」
こんな感じで酒を勧めてくれるから、話が進むのさ。おかげで飲みすぎたぜ。
◆ ◆ ◆ ◆
ニュテスさまから結構な厄介事を教えられた朝……年が明けての1月2日。
俺ジャン・ピエールの枕元に、見慣れない小剣が……ニュテスさまからのお年玉? にしちゃ物騒だなぁ……。
小剣の扱い方だが、俺は既に知っていた。ニュテスさまが睡眠学習で授けてくれたみたい。小剣『無形』と鞘『夜闇』か。
『無形』は漆黒の刃の小剣で、魔力を通すと刀身や柄が伸びて長剣や大剣、更には片刃や曲刀にもなる変形武器。闇に定まった形は無し、ということらしい。
刀身から凄い魔力が……うん、普段使いできないね。で、それを隠すための鞘が『夜闇』と。隠すことに関しては闇の能力の範疇みたいだ。
シノブ様はシャルロット様と結婚式を挙げた後、王都メリエ、ベルレアンの領都セリュジエールと盛大に祝われてフライユ領に帰ってくるそうだ。
で、今駐留している部隊でも、希望者はそのままシノブ様に仕えて良いらしい。
俺は騎兵として来ていた一番上の兄貴に相談した。
「俺はベルレアンに戻る。ジャン、お前はフライユで新たな家を興したらどうだ? 向こうのことは気にするな、それに親父やお袋も喜ぶぞ」
兄貴はセリュジエールに戻るという。で、俺にはこちらで別家を、と勧めてきた。
シノブ様に仕えたい者が多く、領都内の人手が不足するかもしれない。だから戻ってほしい。兄貴は上官から、そう言われたそうだ。
そうなると人が抜ける分、兄貴も昇進しそうだな。もしかして、本部隊中隊長くらいはイケるかも?
「そうだな……」
俺は三男坊だから、順当に行っただけなら兄貴より下の格になる。だったらフライユで出世した方が良いだろう。兄貴はハッキリと言わなかったが、そう考えているようだ。
それに双方に分かれたら、どちらかに何かあっても家は残る。同じ伯爵家に仕えていれば、今回のフライユ家臣団みたいに揃って没落もあるからな。
ちなみに二番目の兄貴だけど、こちらは商家に婿入りした。領都セリュジエールで幼馴染みの奥さんと仲良く働いているよ。下級騎士や従士くらいだと、こういうのは結構多いんだ。早々に結婚できるし軍人みたいな危険はないし、ある意味では勝ち組かもね。
俺も商家入りすれば今ごろ嫁さんが……いやいや、俺は軍人として成功して美人の嫁さんゲットだぜ!
◆ ◆ ◆ ◆
そんなこんなで、俺はフライユへの残留を決めた。
年が明けてから二週間近くすると、シノブ様が竜と共に来ると布告された。あのシノブ様が『竜の友』になったときの、岩竜だそうだ。
竜の名前はガンド。人間と同じ高い知能を持っているし『アマノ式伝達法』でやり取りもできる。それに、竜達は人間の言葉を理解できる。だから、失礼の無いように……か。
そりゃあ、誰も竜に対して失礼なことはしないだろうけどね。でも、念の為に、ってことだろうな。
そして、本当に岩竜……ガンド殿がやってきた。
その日の俺はシェロノワの中心、伯爵家の館で警備をしていた。だから、ガンド殿の演習場への飛来やシェロノワの大通りでの行進は見ていない。でも、じっくり館で眺められたから、その方が良かったかも。
しかも、その日の担当は館の訓練場周辺だった。つまり、特等席だよ!
俺はガンド殿を見つめてしまう。だって竜だぜ! キング・オブ・ファンタジー! あの伝説の生物が目の前にいる……感激だぜ。
するとガンド殿が規則的な咆哮を……『アマノ式』だ!
『露骨な視線は、気分の良いものではないぞ?』
ガンド殿は巨大な頭を俺に向けた。体は訓練場の中だが、上から覗き込むように寄せてくる。
「す、すいません! カッコいいなと見惚れてしまいました……」
俺は少しだけ驚きつつ答える。
だって、他の兵士も同じようにガンド殿を見上げていたんだ。俺、そんなにジロジロ見ていたかな……回りのヤツらも似たようなものだろ、って思うんだけど。
『そうか。だが、程々にしてほしい』
幸いガンド殿は、本気で怒っているわけではないようだ。ガンド殿は俺から頭を遠ざけ、そして元のように体を真っ直ぐに立てた。
「あ、はい! それでは失礼します!」
うん、本当に理性的で大抵の人間より紳士的だ……と思いつつ、俺は巡回に戻っていった。
最後に少しだけ、と振り返ると、ガンド殿は金色に光る瞳で俺を見つめていた。他にも兵士は沢山いるのに、どうして俺だけを……やっぱり少しは気を悪くされたのかな?
お読みいただき、ありがとうございます。
どうやらガンドは、ジャン・ピエールさんの闇の加護に気付いたようです。ガンドは誕生から間もないころに『闇の使いアーボイトス』とも会っていますしね。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その6」の続きなので、創世暦1001年6月以降のことです。
後半は創世暦1001年1月2日朝から同月中旬です。ジャン・ピエールさんはガルック平原の戦いの後、フライユ伯爵領に駐留部隊として残りました。
シノブ達が王都メリエからベルレアン伯爵領のセリュジエールに回り、そしてシェロノワに戻ってくる間です。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 1月 1日 シノブ、フライユ伯爵になる。王都メリエでの出来事。
創世暦1001年 1月 7日 シノブとシャルロット、王都近くの聖地聖地サン・ラシェーヌで結婚式を挙げる。
創世暦1001年 1月11日 シノブとシャルロット、セリュジエールでの結婚披露式をする。
創世暦1001年 1月14日 シノブ達、フライユ伯爵領の領都シェロノワに移動する。