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その6 初夢

 中央区に近い東区市街地の、とある酒場。仕事帰りの下級官吏や東側の商人たちで賑わう店内に、今日も俺ジャン・ピエールは夕食を取りに来ていた。

 官舎でも食事は出るが、俺も一応は騎士になった。だから兵士たちに紛れて食べるのも、毎日だと気を使わさせそうだ。俺は、のんびり酒を飲みたいだけなんだが。


「アマノ牛、王室御用達の肉牛を仕入れるぞ!」


「ええ、ウチも! それにエウシャッセンの長毛豚(ちょうもうぶた)もね!」


「あれだけ第一期街道が好評なんだ! 第二期をだな!」


「道路だけではダメですよ! ここは産業振興を!」


 商人たちはアマノ牛などの取引か……早く流通するようになるといいな。官吏たちは街道工事と産業育成の予算配分……こちらも熱いねぇ。

 ともかく、国の熱気を凝縮しているような雰囲気だ。こういうのが好きなんだよ。


 俺と同じことを考えているのか、隣に座っている猫の獣人の老人も楽しげに酒を味わっている。そして俺の視線に気が付いたのか、老人が話しかけてきた。


「やぁ、お前さん、騎士さんかい?」


 老人は、どこか値踏みをするように俺を見ている。どうも素人ではなさそうだ。俺と同じ下級騎士、あるいは従士として働いてから隠居。もしくは、その次男か三男に生まれて傭兵にでもなったのか?


「ええ、騎士に取り立てていただきました」


 まぁ、隠すこともないだろう。俺は素直に騎士だと明かす。べ、別に自慢したかったわけじゃないんだからね!?


「ほほぅ……儂は南方出身だよ。息子達がやはり取り立てていただいての……こうして王都に迎えてもらえたよ。お前さんは?」


 そうすると、子供を頼ってきたご隠居さんか? 充分に現役で通用しそうだが……。


「メリエンヌからです。ベルレアンで門兵をやっていましたが、ガルック平原会戦からご縁がありまして……ね」


 これは少し自慢っぽいよな。要するに、シノブ様の最古参だと言っているようなものだから。

 ベルレアン伯爵領はシノブ様が最初に訪れた場所で、シャルロット様の故郷だ。そしてガルック平原の戦いは、お二人にとって初めて戦争だからね。


「ほほぅ……」


 老人の視線が鋭くなる。

 うわ、少し明かし過ぎたかな。やっぱり酒で口が軽くなったのかも。

 そう思ったからだろう、例の件だけは口にしなかった。とはいえ、もう少しだけ昔語り(自慢ともいう)をしたけどね。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ガルック平原会戦、のちに『二週間戦争』と呼ばれた戦争が終わってすぐ、シノブ様たちは王太子殿下を送って王都メリエに凱旋された。

 フライユ伯爵領には、進駐していた王領と俺たちベルレアン伯爵領の両軍が駐留を続ける。その指揮は残ったアシャール公爵が執るそうだ。


 そして俺ジャン・ピエールは、旧フライユ領軍幹部の屋敷を訪れていた。捜査は両軍混成で行われているんだ。俺? ……屋敷の外で周辺警備だよ。

 そんなわけで、俺は屋敷を出入りする騎士たちを見ながら、先輩兵士と雑談に興じていた。


「また死体運びってか」


 先輩は、随分とウンザリしているようだ。まあ、気持ちは判るけどね。


「反乱に関わって自殺ってのが多すぎますよね。幼い子供まで道連れにしたなんて聞くと、気が重くなりますよ」


 何しろ敵国に寝返ったんだ。そりゃあ関わっていたら、取り調べが終われば極刑だろ。だけど、子供には罪は無い。……死ぬなら大人だけで勝手にしろ、って思うのは俺だけじゃないだろうな。


「また、こういうのを見るんですかね?」


「そろそろ俺らは引き上げじゃないか?」


 どうやら先輩は家に帰りたいらしい。だけど、そう上手くいかないと思うんだよね。


「そうでもないでしょう? フライユ領の立て直しが順調に行われないと、また俺たちが迎え撃つことになりますよ? それに、誰がこの領を引き継ぐとしても今のままじゃ問題だらけですし……」


 何しろフライユ伯爵家は、ほぼ全員が戦死か自決だ。そして、ここみたいに幹部も同じ。つまり、俺たちが帰ったらフライユは、がら空きなんだよ。


「ほうほう、どんな問題があるのかね?」


 話し込んでいたせいか、俺は背後に人が近づいていることに気付けなかった。

 振り向くと、数人の護衛を引き連れた人物がいた。その人物は誰あろう……アシャール公爵ベランジェ様だよ! うわ、マズすぎだろ!?


「あ……アシャール公爵閣下、失礼しました!」


 俺たちは、即座に姿勢を正して敬礼した。


「ああ、畏まらなくていいよ。それより、なかなか興味深い話をしていたようだね。……君、その問題を述べたまえ」


 しかしアシャール公爵は手で制し、敬礼をやめろと言った。うわさどおり、この人は大物なんだろうな……変人って呼ばれているらしいけど、普通なら怒るだろ?


「はっ! ……僭越ながら、フライユ領の立て直しが遅れた場合、再侵攻時の単独迎撃が不可能となります。そうしますと近隣からの援軍を待つことなく占領されると愚考します」


 流石に、こんなことはアシャール公爵も重々承知だよなぁ、と思いながら俺は答えた。だいたい俺たちがここに駐留しているのは、そのためだろうし。

 いくらなんでも、反逆の調査だけで大軍を残しはしないだろ?


「ふむ……確かにシノブ君たちと、すぐにこちらに進攻できないようにはした……けれど、時間をかけていられないのは事実だね。

それに『無主のまま』いつまでも我々が駐留しているのも問題だ……まぁ、そちらはすでに策は講じているから、早々に結果が出るだろうね」


「はぁ……、それでも根本的な原因の解決は急務だと思うのですが?」


 やっぱり、ちゃんと手を打っているんだな、と俺は思った。しかし俺は、ついつい余計なことを言ってしまう。アシャール公爵が聞き上手……ということにしておこう。


「ほほう、それは?」


「軍にしろ領民にしろ、様々な不満を抱えていると思います。領民に関しては軍備の増強の際に兵糧の供出を求められますから、困窮している可能性が非常に高いです。

それに獣人に対しての差別意識があったことから考えるに、住民に獣人が多い村々に負担がかかっていたかもしれませんし……」


 ええい、言ってしまえ! とばかりに、俺は思っていたことを並べていく。

 それだけ俺にとって、ここフライユで見たことがショックだったんだろうな。なまじベルレアンが良いところだったから、よけいに違いが目立ったんだろうけど。


 隣では、先輩が蒼白な顔になっているよ……まあね、ウチのベルレアン伯爵コルネーユ様くらい出来た人なら怒らないだろうけどね。

 ただ、アシャール公爵はコルネーユ様の義兄なんだよね。だから俺は大丈夫だと思っていた。そりゃあ、ちょっとは不安だったけどさ。


「ほう! それは確かに考えられるね。……なかなかいい意見だ。そのあたり、充分に調査するよ。君たちも部隊に戻って明日に備えなさい。まだまだ忙しいだろうからね」


 そう言うと、アシャール公爵は微笑みを浮かべながら颯爽と去っていった。ふう、お(とが)めなしで良かったぜ。


 ずっと後で気が付いたんだけど、どうも俺はこのとき目を付けられたらしい。フライユに残ったり、更に後に旧帝都の守護隊に回されたりとか。どっちもアシャール公爵が指揮していたから、ありえなくはないな。


 またしばらくたって、新フライユ伯爵としてシノブ様が封ぜられたという知らせが領内を駆け巡った。

 旧フライユ伯爵家の血筋として、ミュリエル様をシノブ様に嫁がせるそうだ。そりゃあミュリエル様の母君はブリジット様、そしてブリジット様はフライユ伯爵家の出だけどねぇ……だから納得できる話ではあるけど……。


 しかも、シャルロット様とは早々に結婚するとか。……リア充爆発しろといっていいよね? こっちの世界じゃ通じないけどさ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして年が明け……初夢に再びニュテスさまが立った。


「やぁ、久しぶりですね」


「ニュテスさま!?」


 前回が五歳のとき、十五年近く前だから驚いた。転生のことを教えたら、それっきりだと思っていたんだよね。

 まさかアレか? ガルック平原のこと……ニュテスさまから貰った加護で頑張っちゃったからか? もう少し控えめにしろ、とか?


「ああ、あまり畏まらなくていいですよ。

君が思うように生きてくれれば、それで良いのです。まあ、悪に堕ちたら罰しますけどね。

それに、過去に生きた者たちの死を悼み遺志を思う……。君に加護を与えて良かった。私は、そう思っているのですから」


「そんな大仰な……」


 照れるぜ……とか思った……なんて嘘だ。本当は、涙こぼしそうになったよ。いくら兵士として訓練したって実戦は……しかも、あんな憎しみに満ちた場は……。

 しかし「悪に堕ちたら」か。加護を取り上げ、とかかね? ……なんてのが頭に浮かんだが、ニュテスさまの次の言葉で、吹っ飛んでしまう。


「実際に現世利益を求めるあまり、祖先の遺志をないがしろにする者たちがいたのですから。……それに彼らも我々とは異なる神らしき霊に影響されていたようです」


「え!?」


 この世界に大神アムテリアさまやニュテスさまの七柱以外の神が!? それって大事件では!?

 少なくとも、今まで俺が学んだ知識には無い。あまり勉強はしなかったけど、メリエンヌ王国は非常に信心深い国だから、神々のことは誰もが必ず教わるんだ。


「ああ、これは今のところ君に直接は関係ありません。ですから気にしないでください。ただ出来ることなら、それに関わるであろうシノブを支えてほしい」


「……失礼ですが、シノブ様はいったい何者なのですか?」


 ニュテスさまの意味深な言葉に、俺は思わず問い返してしまった。謎の異邦人、それも同じ日本人らしきシノブ様のことは、ずっと気になっていたからだろうな。


「君と同じこの世界へやってきた異邦人。君と違うのは母上によって招かれた……我々にとって一番新しい身内ですよ。

言うまでもありませんが、これは誰にも語ってはいけません。もし口にするなら、そのときは君を私の手に(いだ)くことになるでしょう」


 母上って大神アムテリアさまだよね……ニュテスさまを含め従属神の六柱の神々は、大神アムテリアさまがお造りになった。『創世記』にも記されているし、それ以前に子供のときに誰でも教わることだ。


 正直、ニュテスさまの警告は「そうなるよね」という程度にしか感じなかった。

 高位の神官のように加護を授かった者が、道を外れて全ての力を失うなんて有名な話だ。ちょっとの悪事でそれなら、神々の秘密に触れたら……そりゃあ、抹殺だろうよ。


「……聖人やかつての建国王よりも上位の存在ですか?」


 だから俺は、シノブ様のことを再び訊ねた。

 聖人は神々の使徒だと言われている。そして建国王エクトル一世陛下や第二代のアルフォンス一世陛下は、神が特別な加護を与えたお方……生まれは人間だけど、こちらも別格の存在とされている。

 だが神殿の教えでは、どちらも神ではないという。神々の使徒は、地球なら天使とかそういう感じなのかな。エクトル一世陛下やアルフォンス一世陛下は、英霊中の英霊、日本なら神社が建っちゃうような存在かも。だけど、神とは呼ばれていないんだ。

 しかし、ニュテスさまは身内だと言った。つまり……。


「そうですね。

……それと自覚していないようだけど、程度の差はあれ君も伝説の英雄達と同じようなものだよ。私が加護を授けたのだし、今話しているのも一種の神託だ。神殿に行ったら聖人扱いだね」


 開いた口が塞がらなくなった。

 シノブ様のことは、サラッと一言で流されたが予想通りだ。だが、その後が……。

 要するに俺はニュテスさまの使徒なのか!? もしかしてニュテスさまが妙にフレンドリーな口調になったのは、部下への態度ってこと!? ……いやいやいや。で、でもなあ……。


「まぁ、あくまでお願いだよ。最後は君の意思で決めていい。悔いのない人生を送り輪廻に旅立つこと、それが私の望みだからね」


 そう言うと、ニュテスさまは微笑みを浮かべて夢の世界から去っていった。

 あ、あの~。この初夢って、正夢なんでしょうか……なんでしょうね。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。

 ちなみに猫の獣人の老人は、国王の親衛隊長となったあの人らしいです。


 後半は創世暦1000年12月26日以降から翌年の頭です。シノブ達はガルック平原の戦いの後、王都に向かいましたが、ジャン・ピエールさんはフライユ伯爵領の駐留部隊として残りました。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1000年12月21日 ガルック平原での決戦。戦いはこの日の遅くに完全に収束する。

創世暦1000年12月23日 シノブ達、ベランジェなど、領都シェロノワに移動。

創世暦1000年12月26日 シノブ達、王都メリエに向けて出発。

創世暦1000年12月31日 シノブ達、王都メリエに到着、王宮に参内。

創世暦1001年 1月 1日 シノブ、フライユ伯爵になる。


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