その5 ガルック平原
俺ジャン・ピエールは勤務終了後、ミュレ先輩が試作した個人携行通信機についての試用経過報告を纏めた。そして研究所に送るよう部下に命じ、帰宅準備を始める。
(そういえば、そろそろあっちも研究が進んでいるかな?)
俺は帰りがけ、とある鍛治工房に立ち寄る。
「おお、ジャン、また槍の手入れか?」
「ムハマさん、流石に酷くありませんか?」
彼の名はムハマ・アブド・アハマス。イヴァール様と同じセランネ村出身で、ここ王都アマノシュタットに工房を開いたドワーフだ。そして、ガルック平原の戦いの戦友でもある。
「ハハハ、用件はあれだろう? いくつか試作できたが、実際に使ってみるほうが良いかもな」
ムハマさんの視線の先には、いくつもの変わった形の槍の穂先……否、ハルバード、グレイブ、バルディッシュ、パルチザン、十文字鎌槍など……地球で竿状武器と呼ばれた様々な刃が並んでいた。
「斧の柄を伸ばして使うと聞いて驚いた。しかし間合いを考えたら自明の理、目から鱗とは、このことだ」
「俺も槍を突くだけじゃなくて振り回すから、こういったのが合っているんですよ。……よく怒られますけどね」
俺は苦笑いしつつムハマさんに顔を向けた。そして俺は、激戦だったガルック平原会戦……ベーリンゲン帝国との戦いを思い出す。
◆ ◆ ◆ ◆
昨年の十二月の上旬、俺ジャン・ピエールは後発隊の一員として領都セリュジエールを後にした。
ちなみに俺は、巡回守護隊のカンドリエ大隊長の指揮下に組み込まれた。しかも先発の騎兵隊の末席には兄貴もいる。兄弟そろって出兵って、なんかあったらヤバいなぁ。
フライユ伯爵領に向けて兵士の列が続く。
俺たち歩兵の装備は騎士に比べると軽装だ。魔獣革製の革鎧の上に金属製のヘルム、ブレストプレート、ガントレッド、グリーブといったところ。
前世の記憶では騎士鎧だと相当動きが悪いはずなんだけど、軽装と大差ない動きをしているんだよね。身体強化のおかげかな?
疲労度の違いなんかは大きいだろうし、良い鎧にはミスリルとか使っているらしい。しかも、そういうのはドワーフの名工の作だ。こうなると単純には比べられないよなぁ。
他の持ち物は槍、小剣、個人携行品(主に着替えや多少のお金)。イメージ的に戦場だと着の身着のままだと思っていたけど、フライユ領内で徴発ってわけにもいかないからだろうなぁ。
一週間少々、月の半ばも超えたころ王領軍と合流してフライユ伯爵領の領都シェロノワ入り。
俄かに活気づいて来たけど、前線に向かう途中……。
「ちっ、『ベルレアンの屍肉漁り』どもが……」
フライユ伯領軍の一部から、こんな声が。
激高して隊列を乱しかけた先輩を、あわてて俺は宥めたけど……。しかし向こうもなぁ……メリエンヌ王国の歴史は学んだから、そう言いたくなるのは判るよ。
フライユ伯爵領はベーリンゲン帝国と接している。つまり最前線だ。そこを普段から守っているのは当然フライユ伯爵領軍だけど、大規模な戦になれば今回のように他領からの増援が駆けつける。
この他領の軍は、ある意味お客様だ。当然だけど戦でも良い役をと配慮され、安全な場所に控えたり逆に花形を担当したりだそうだ。
彼らからすると、二十年前の大戦で我らが先代ベルレアン伯爵アンリ様が敵将を討ち取ったのも、そういうのがあるからって思うんだろうな。
……でも、何も開戦前に言う言葉じゃ無くね?
まぁ、我が領軍や王領軍の兵士のうわさじゃ、フライユ伯爵が裏切るんじゃ……なんて声もあるくらいだけど。ある意味お互い様かもね。
いくら息子の不祥事があったからって、そう考えるのは早計じゃね? と俺は思っていたんだけど。でも上層部は相当ピリピリしているし、警戒したほうが良いのかも。
そしてガルック砦に到着し、戦に加わる。まずは砦の近くから敵を追い払い、陣地の構築だ。
しかし、シノブ様の魔力ゴリ押しがすさまじい。……現代知識とドワーフの技術の合わせ技も相まって、完全に圧倒してるよ。
シノブ様が氷の斜面を造り、そこをドワーフ達がソリで滑り降りていく。乗っているのは当然イヴァール様さ。もちろん、ムハマさんも加わっている。
よし、今度は俺らの出番だ! 前進して陣の構築……え、荷物持ち? 判りました……。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日からはガルック平原に軍を展開しての戦いだ。
向こうも同じように兵を並べているし、これの戦いが今回の勝敗を決めるんだろうな。そんなことを、俺ジャン・ピエールは考えた。
ベルレアン領軍は左翼に展開、裏切るかもしれないフライユ軍が中央の大半で一部が王領、右翼は王領とフライユとの混成……戦力バランスが悪い気が。もし裏切りが起きたら、左翼だけが残って中央突破されるんじゃない?
と、思っていたらやっぱり反乱……アシャール公爵ベランジェ様が離脱し、左翼に向かっているらしい。そして歩兵隊は、中央から離脱してくるアシャール公爵を支援するため配置転換だ。
「裏切り者め! 我が大剣の錆となれ!」
隣の隊を率いるゴロン大隊長が敵を足止めする。そして崩した部隊に、俺たちの大隊は切り込んでいく。
「くっ! 『ベルレアンの屍肉漁り』どもが! 今度はお前たちが我ら贄となれ!」
フライユの中隊長が、部隊を立て直そうとしながら喚く。
瞬間、この世界にきて初めて……キレた。身体強化を全開にして突出すると、風巻く槍を振り回し周囲の兵を弾き飛ばす!
「ほざくな!
お前らは国や王家よりも前に、この地に眠る祖先の遺志を裏切ったんだ! 今を生きるお前たちのため命を懸けた人たちの思いを!
……今のお前らにその言葉を口にする資格はねぇ!」
周囲に群がる者たちの足を折り、肩を貫き。そうやって、言葉を発した中隊長の前に辿り着く。
「吠えるな若造! フライユ流大剣術……」
大剣を上段に構える中隊長、隙はない……が
「刃留守!」
「め、目が!?」
辺りが閃光で塗りつぶされ、中隊長の動きが止まる。その隙に、俺は槍を相手の喉に突き刺した。
「ひ、ひぃ!」
返り血を浴びた俺に、周囲の反乱兵が竦み上る。
そして同僚たちが追い付いてきた。このころには降伏してくる者たちが増えていく一方だったな。
いったん戦況が落ち着くと、隊長たちに捕まった。突出は怒られたが、それほどお咎めはなかった。やはり、あの言葉には隊長たちも思うところがあったんだろうなぁ。
結局、敵軍が砦を抜けてフライユ伯爵領内に侵攻、砦も敵が抑えたままだ。しかし俺たちは全く困らなかった。
……普通、城攻めは戦力が三倍必要だ。でも俺たちには、それ以上の戦力を個人で持つシノブ様がいるからなぁ……。
あ、レーザーで城壁を熔かして消した……しかも人が通れるくらいの幅を……。ああ、うん、あれでよく戦意を保てるよ、帝国兵は。一周回って感心するね。
あの人、マジで歩く戦略兵器だわ……性格がマトモで本当に良かった。
その後、砦に入ることができ、寒空の下で野宿せずに済んだ。それにシノブ様の魔道具で王太子殿下も無事救助され、ほどなくして侵入した帝国軍も壊滅したという。
これで今回の戦争も一応の終結を迎えたわけだ。
「でも、戦後処理のほうが大変だよな、これ……」
勝利に沸き立つ周囲の歓声を聞きながら、俺は溜息と共に呟いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その4」の続きなので、創世暦1001年7月以降のことです。
後半は創世暦1000年12月上旬から12月下旬です。ジャン・ピエールさんはシノブ達と共にガルック平原の戦いに行きますが、シノブ達が先発隊でジャン・ピエールさんが後発隊と所属が違いました。そのため、会うことがなかったようです。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1000年12月 9日 ベルレアン伯爵領軍、フライユ伯爵領に向けて出発。
創世暦1000年12月17日 フライユ伯爵領の領都シェロノワに到着する。
創世暦1000年12月18日 シノブ達、ガルック砦に到着。
創世暦1000年12月19日 ガルック砦近辺での戦闘、平原に陣を築くことに成功。
創世暦1000年12月21日 ガルック平原での決戦。