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その44 準備

 俺ジャン・ピエールは、ついにエーディトさんにプロポーズをした。けど、それだけで済まないのが現実だ。その日から結婚に向けて、色々すべきことがあった。


 まず翌日、上官の大隊長ジョーゼフ殿に報告をした。結婚式や披露宴には仲人として出席していただくし、プロポーズの相談にも乗っていただいたからお伝えするのは当然だろう。


「それはめでたい! 仲人は任せておけ!」


「ありがとうございます」


 祝福してくださるジョーゼフ殿に、俺は最敬礼をする。

 隣では、俺の副官ディーターことディートリッヒが同じように深々と頭を下げた。エーディトさんの兄でアインスバイン家現当主だから、こちらも仲人を依頼する立場なわけだ。


 ちなみに仲人だが、縁結びに関わっていなくても主や上官などにお願いするのが一般的だそうだ。

 主君であれば披露宴を取り仕切って、場所や食事を含め一切合財を提供する。一例を挙げると、ミュレ先輩とカロルさんの場合だ。場所が『白陽宮』だから、形式的には国王のシノブ様と王妃のシャルロット様が仲人夫妻ということになる。

 イーゼンデック伯爵夫妻との合同結婚式というのもあるが、ミュレ先輩も緊張しただろうな。


「おめでとうございます!」


「大隊長室からもお祝いさせていただきますよ!」


 こちらはジョーゼフ殿の副官やお付きの隊員たちだ。俺たちがいるのは、ジョーゼフ殿の執務室なんだ。


「皆さん、ありがとうございます。……大隊長、急ですが近いうちにアインスバイン家の方々とお会いいただきたいのですが」


「もちろんだ! そうだな、確か……」


 ジョーゼフ殿は副官へと顔を向ける。

 ここでエーディトさんを紹介できたら早いが王宮侍女としての勤務があるし、大隊本部に連れてきてっていうのも素っ気ない。それに式の日取りも含めお伺いすべきことは沢山ある。

 そこでアインスバイン家との会食に同席していただこうと思ったのだ。


 アマノ王国は建国して半年弱で、まだ結婚式の事例も少ない。だからジョーゼフ殿や奥様に今後のことも相談したい。

 結婚式や披露宴も、騎士に相応しい程度があるだろう。別に豪華な式を望んではいないが、エーディトさんに喜んでもらいたいから程々にはするつもりだ。


 今日の勤務が終わったら義母となるエーファさんに報告、それに実家にも手紙くらい書かなきゃな。ムハマさんたちに知らせて、ミュレ先輩も忙しいだろうけどお伝えしておこう。それに良く行く神殿の子供たちも式に呼びたい。やっぱり忙しくなりそうだ!



 ◆ ◆ ◆ ◆



 とりあえず実家や世話になった人、知り合いへの連絡だけは早めにしておいた。特に実家は遠いから、急いで手紙を出す。


 アマノ王国になって本格的な郵便制度が整ったから、今では100kmほど向こうの町でも一日で手紙が届く。しかし実家は隣国のメリエンヌ王国、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールで、ここアマノシュタットと1300kmほども離れている。

 そこで俺は磐船で空輸してくれる速達を使った。セリュジエールはアマノシュタットからの直行便があるから、速達だと二日か三日で着くんだ。


 実家にいる両親と上の兄には、旅費は負担するから都合が付けば来てほしいと添えておいた。ただし、かなり難しいだろうとは思っている。

 仮に普通の馬車に乗って旅したら、片道だけで四週間近く掛かる。上級貴族や大商人が使う高級馬車でも、せいぜい半分に縮まるかといったところだ。

 上の兄は領軍で働いているから、一ヶ月も休暇を取るのは難しいだろう。親父は引退しているが、時々指導教官をしているというから微妙かも。

 神殿での転移は相当な要人でもないと使えないし、それも重要な公務だけだ。最近は磐船や飛行船の利用を促しているからな。ただし磐船や飛行船も公用の移動が中心だし運賃も桁違いだから、結婚式への参列で使うのは難しい。

 商家に婿入りした二番目の兄にも手紙を送ったが、こちらもセリュジエールだから無理だろう。とはいえ可能性はゼロではないから、どちらにも体が空く時期があれば教えてくれと記した。


 ベルレアン伯爵領時代やフライユ伯爵領時代の上官やその上にも、婚約と近々結婚することを知らせた。向こうに残った人たちは連絡のみとなるだろうが、アマノ王国に籍を移した人だと出席していただける可能性はある。

 ムハマさんたちや神殿には直接伝えに行き、ミュレ先輩にも手紙を送った。

 ミュレ先輩は同じ王都住まいだけど、日中はフライユ伯爵領のメリエンヌ学園にいるから会う機会が少ないんだ。学園関連の人は特例として神殿での転移が認められているんだよ。

 そんな感じで忙しく過ごしているうちに、会食の日がやってくる。


「全員無理みたいだな……」


 実家からの手紙を、俺は机の上に置く。予想通り兄貴たちは仕事、親父とお袋も無駄遣いするなと返してきた。

 まあ、気持ちは分かる。仮に二人で一ヶ月の旅だと、騎士で中隊長の俺の俸給でも数ヶ月分に相当するだろう。乗合馬車と安宿ならともかく、騎士階級らしく旅しようと思ったら結構な費用になるんだ。


 もっとも大喜びしているみたいで、結婚式の日が決まったら早く教えるようにと親父は書いていた。しかも俺が出した手紙と同じように、速達料金に相当する切手を貼った封筒まで同封している。

 たぶん、向こうでも祝宴を開いてくれるんだろうな。結婚の準備で知ったんだが、実家で同時に祝う例は多いらしい。


「さて、出かけるか」


 俺は支給品の軍用のコートを手に取る。

 今は十一月下旬で雪も積もるし夜だと氷点下になる。だから俺も外出のときはコートを必ず着ける。ちなみに更にマントも着けるんだけど、こちらは隊長級だと示すためで防寒具ではない。


「よし、問題ないな……少し派手な気はするが」


 鏡に映る若い中隊長、つまり自分の姿を見ながら俺は呟く。

 元現代日本人としては婚約者の家族との会食に軍服とは物々しい気もするが、こちらだと現役軍人なら珍しくもない。男性軍人の場合、王族や上級貴族でもなければ結婚式でも軍服が殆どだという。


 それに軍服や軍用コートといっても第一礼装だから装飾が華やかだ。襟元には(きら)めく階級章、それに肩章に袖飾り、前面は金ボタンという豪華装備なんだ。

 一方マントは、さほど豪華でもない。大隊長以上と違って金の縁取りはないからだ。


 ともかく衣装は大丈夫。まだ一時間以上あるけど、遅れないように早く行こう!



 ◆ ◆ ◆ ◆



 会食の場は東区でも最上級の高級飲食店、もちろん個室を貸し切りである。

 ちなみに制服率は高く、六人中四人だ。俺、ジョーゼフ殿、ディーターが軍服、エーディトさんは王宮侍女服だから、私服はエーファさんとジョーゼフ殿の奥方スザンナ殿だけである。

 こういった改まった場では、よほどの衣装好きでもない限り第一礼装を選ぶ。そもそも第一礼装は国王の前に出ても問題ない服で、しかもエーディトさんはジョーゼフ殿やスザンナ殿と初めて会う。そうなると無難に侍女の第一礼装ってなると思う。


「こいつは美味(うま)いじゃないか! 心が震えるぞ!」


 ジョーゼフ殿は凄まじい勢いで料理を口に運んでいる。敢えて擬音で表現するなら『ズビズバー』という感じかな。


「本当に美味(おい)しいわ! こちらはピエール中隊長の贔屓なの?」


 スザンナ殿も気に入ってくれたらしい。

 ジョーゼフ殿は男爵だが、アマノ王国に籍を移す前はフライユ伯爵領で騎士をなさっていた。そのためだろう、スザンナ殿も気取ったところがなく親しみやすい御夫人だ。


「いえ、アインスバイン夫人に教えていただきました」


 俺はエーファさんへと顔を向ける。

 この店のイチオシは近場の猟師から仕入れた鳥獣肉を使ったもの、いわゆるジビエ料理だ。旧帝国時代も一部貴族や役人が利用していた有名店らしい。


「随分と味に(こだわ)りがある店主で、最近は新しい調理法を熱心に学んでいると聞いております」


 エーファさんによると、現在店を切り盛りしているのは跡継ぎの二代目だという。で、初代の店長はというと、他国から来た店を食べ歩いたりして調理方法の研究をしているそうだ。


 そんな感じで料理の話から入ったからか、和やかに会食は進む。

 普通の貴族家や騎士家なら互いの家の話でもするんだろうが、アインスバイン家は旧帝国出身だから難しい。したがって当たり障りのない話題が選ばれたのは必然だろう。

 以降の話題も双方の職場での話や先日の決闘など、最近のものばかりとなる。


「あら、決闘のことは終わってからお聞きになったの?」


「はい、兄の配慮で……。ですが先に聞いていたら心配しすぎて仕事に差し支えたかもしれませんし、それで良かったと思います!」


 スザンナ殿の問いに、エーディトさんは頬を染めつつ応じていた。

 あのときは俺も黙り通したわけで、非常に心苦しかった。だが決闘まで随分と待たされたから、結果的には良かったと思っている。決闘までの一ヶ月ほど、エーディトさんに注目が集まるよりはね……。


「確かにな! ジャンの活躍を見せられなかったのは残念だが、そのうち競技大会でもあるだろう!」


 ジョーゼフ殿も情報を伏せた側だからか、言い訳めいたことを口にした。

 これから雪が多い時期だから、何かの大会があるとしても春以降なのは間違いない。こちらの武術は身体強化ありだから、室内競技って難しいんだ。


「そのころにはエーディトさんもピエール夫人ね」


「そ、そうなれると……」


 ますます楽しげなスザンナ殿と、同じく更に赤くなったエーディトさん。照れるエーディトさんは可愛いが、傍観している場合じゃないだろう。


「急ですが、年内が良いかと思っています」


「それが良いだろう。年明けには式典が多いからな」


 年末まで一ヶ月ほどだから、急なのは事実だ。しかし俺の言葉に驚く者はなかった。

 多くの場合、アマノ王国の行事はメリエンヌ王国の事例を参考にしている。そのためジョーゼフ殿の指摘通り、年内に予定されている式典は少なかった。

 12月5日が華姫(かき)セレスティーヌ殿下の誕生日、そして12月25日が戦王妃(せんおうひ)シャルロット様の誕生日だから、これは避けるべきだろう。どちらも王宮内での祝宴があるから、エーディトさんは忙しいだろうし。

 しかし他なら問題ないとジョーゼフ殿は仰る。


 事前にジョーゼフ殿に伺ったのだが、軍人の場合は先が読めないから急ぐことが多いそうだ。確かに、いつ出陣と言われてもおかしくないからな。

 現在のアマノ王国は平穏極まりないが、先月のアスレア地方への援軍派遣の例もある。あのときのような短期間ならともかく、長期戦になったら年単位で遅れるかもしれない。


「そうしていただけると、嬉しゅうございます」


「はい! 何卒(なにとぞ)お願いします!」


 エーファさんやディーターも大賛成のようだ。

 ちなみに年末だからといって帰省するような風習は存在しない。旅行は金が掛かるし、内政官や軍人なら新年からの行事が待っているからね。


 そして話題は、俺たちが結婚した後へと移った。

 エーディトさんは結婚しても王宮侍女を続ける。ベルレアン伯爵家やフライユ伯爵家でも結婚退職という例は少ないし、それはアマノ王国も同じだ。

 では、どこに話が飛んだかというと、エーファさんだった。要するに俺たちと同居するか、って話だな。


「当分は私も仕事を続けます。ですがエーディトが子を授かったら手助けしようかと……」


「それが良いかもしれませんね。乳離れしたらエーディトさんは侍女に戻るとして、エーファさんがお世話を?」


 エーファさんとスザンナ殿は、随分と気の早い話をしている。お陰でエーディトさんは真っ赤だし、俺も口を挟めない。


「ええ、そのつもりでおります」


「何かあれば儂らに相談してくだされ。ジャンもディーターも隊で預かる以上、儂の息子も同然ですから」


 頷くエーファさんに、職場の上司として当たり前のことだとジョーゼフ殿は返した。その懐の広さに感動したのか、エーファさんは微笑みを浮かべる。


 そんなこともあり、ますます場は和やかになる。

 親代わりの二人と義母になる人が打ち解けた。そう感じたからか、俺は何となく肩の荷が下りたような気がしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 数日が過ぎて十一月末、俺ジャン・ピエールは久々に大隊本部から出て除雪作業の監督をしていた。

 といっても実際には俺たち守護隊の仕事はそれほど多くない。近隣住民や商店の従業員が集めた雪を、輸送用の馬車の荷台に乗せて城壁の外に捨てに行くだけだ。


「こう寒いと雪が融けにくいからな」


「ああ、通りの脇に積むだけだと大変なことになる」


 隊員たちは、自分に言い聞かせるような言葉を交わしながら作業していた。楽しい仕事ではないから、そういう気持ちになるのは分かるな。


 他の都市と同様に、王都アマノシュタットも綺麗に石畳が敷かれている。だから泥混じりの汚い雪っていうのはあまりない。

 ただ、時々馬の落とし物がね……。そういうのは運ぶのがイヤだからだろう、下水と繋がっている側溝に流しているが、たまに雪の下から当たりを引いたりとかね。

 今は監督する側だから良いけど、俺も隊員時代は残念な気分になったよ。


 もっとも今日は量が多いが綺麗なものだ。どうも夜中に積もっただけらしい。


「しかし、随分と集まりましたね」


「ああ……」


 雪山を見上げつつ呟くディーターに、俺も同じように眺めながら頷いた。東門の門前広場は、大量の雪を積んだから普段より少し狭くなっている。


「単に捨てるっていうのも面白くないな……」


 俺は雪山へと歩き出す。雪といったら雪まつり、雪像でも作れば楽しめそうだと思ったんだ。


 この世界にも雪だるまに相当する雪童っていうのはある。しかし、もう少し凝ったのが良いな。

 まずは軍用の大型シャベルを使って大雑把に押し固め、次に削り始める。前世でも経験はないので本当に見様見真似だ。

 頭に思い描いているのは、大地に伏せている岩竜だ。強度の問題で立ってるのは無理だからね。


「手伝います……ところで何を作っているのですか?」


「……岩竜だよ」


 ディーターの言葉に俺はガックリとした。どうも俺に芸術的なセンスはないらしい。

 しかしディーターが手伝ってくれたお陰で、だいぶそれらしくなる。


「作業終わりです! 俺たちも加わりますよ!」


「面白そうですね!」


 何人かは俺とディーターが作っている雪像へ、そして他も思い思いに造り始める。俺たちが竜にしたからだろう、光翔虎や玄王亀を選ぶ者もいた。

 ちなみに朱潜鳳だが、長い首や足が再現しにくいのだろう、取り組む者はいない。


「こんなところかな……」


 完成したころには、隊員たちだけではなく街の人たちまで加わっていた。大人もいるが、多いのは子供たちだ。そのため楽しげな歓声が広場に満ちていく。


「これは良いですね~。さあ、お姉さんと一緒に雪像を作りましょ~」


「お姉さんって……僕たちと同じくらいだよ?」


 どこか聞き覚えのある声がしたから、俺は反射的に振り返った。

 そこには十歳かそこらの少女がいる。狐の獣人で、服は周囲の街の子と同じ変哲もない毛皮のコートに手袋だが……まさかミリィ様か!?

 どうやら、当たっているらしい。狐の獣人の少女は、一瞬だけ俺に意味ありげな笑みを向けた。


「北の都の雪まつり、楽しいですね~! 少年よ、大雪像を作れ~!」


「君も僕たちと同じ子供じゃない……まあ、良いけど」


 ビシッと指差すポーズとなったミリィ様に、子供の一人が突っ込む。

 ここアマノシュタットはエウレア地方でも北の方にある都市だから、北の都までは良いだろう。しかし、そこから先はね……。俺は笑いを(こら)えるのに苦労した。


 ちなみに後日、実際に雪像群が冬の風物詩として、そして王都の冬の祭りの一つとして受け継がれていく。しかし今の俺は、そんなことを知る由もなかった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その43」より後、創世暦1001年11月半ばから末にかけてのことです。


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