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その40 決闘 後編

 俺ジャン・ピエールは決闘の場に立っていた。それも国王シノブ様を始めとするお歴々が見守る中……要するに天覧試合という予想だにしなかった場所に。

 だが、これは夢なんかじゃない。俺の耳には軍務卿マティアス様……つまりフォルジェ侯爵閣下の朗々たる声が届いている。


 既に介添人で上官の東門大隊長ジョーゼフ殿や、補助というか雑事担当のディーターは下がった。もちろん相手側も同様だ。

 そのため訓練場の中央には、決闘する俺たちとマティアス様の三人しかいない。


「これより王宮守護隊所属リヴァーレ・カバリェーロと、王都守護隊所属ジャン・ピエールの決闘を行う! 立会人は私、マティアス・ド・フォルジェが相務(あいつと)める!

……この決闘は陛下を始め戦王妃(せんおうひ)シャルロット様、英姫(えいき)ミュリエル様、華姫(かき)セレスティーヌ様も観覧されている。王国騎士として恥ずかしくないよう正々堂々、全力で臨んでほしい!」


 マティアス様が語る中、俺とリヴァーレ氏は双方共に開始位置へと移動し構える。といっても今回は素手の格闘だから、構えもボクシングや空手などに近いものだ。


 リヴァーレ氏はカンビーニ流拳術らしくボクシングに近い構えだ。

 カンビーニ王国は地理的にイタリアに相当する地だ。そのためか古代ローマ風の文化もあって、王国成立前の建築様式『純カンビーニ様式』にはコロッセオに似たものまであるという。だから素手の武術も古代ボクシングのような技から始まったらしい。

 もっとも初代国王の『銀獅子レオン』が大きく改良して、だいぶ変わったそうだ。おそらく建国を手伝った聖人が授けた技なんだろうけど、空手や中国拳法に似た技が追加されたんだ。そのため今のカンビーニ流拳術は、ボクシング風の拳技も使う立ち技系総合格闘技といった感じだ。

 ただしリヴァーレ氏の構えは、大隊のカンビーニ出身者とは少し違っていた。もしかすると古流の技が得意なのか……リヴァーレ氏は人族だから厳密には『銀獅子レオン』の系統と違うのかもしれん。


 対する俺はベルレアン流無手格闘術の型で挑む。

 これは日本拳法に近い左半身(ひだりはんみ)の構えで、基本は槍を使うときと同じ姿勢だ。実はベルレアン流無手格闘術ってベルレアン流槍術の一部で、槍や剣を失ったときを想定して編み出された技なんだよ。だから似ていて当然なんだけどね。

 ただし無手だけあって槍術と違い、ずっと左構えのままじゃない。その後は小剣術と同じく攻撃する側の足を前に出すから、足運びは日本の剣術や東洋系の武術と似ているように思う。


「それでは……始め!」


 マティアス様は鋭い掛け声と同時に大きく飛びのくが、視線は俺たちに向けたままだ。

 こちらの決闘だと立合人は審判も兼ねるし、場合によっては中止させるために割って入ることもある。そのためマティアス様も二十歩か三十歩ほど距離を空けてはいるが、いつでも飛び込めるように油断無く構えている。


「行きます!」


「おう!」


 リヴァーレ氏は開始と同時に、凛々しい美声を張り上げ飛び込んできた。そして俺は場所を変えずに受けて立つ形だ。

 腰を落として相手に正対する俺と、ボクシング風に細かくステップして位置を変えるリヴァーレ氏。まるで合気道系の古流武術とボクシングの異種格闘だ。端から見たら静と動の対戦に見えたんじゃないかな?


 かなりの身体強化をしたんだろう、リヴァーレ氏は目にも留まらぬ激しいラッシュを繰り出す。それも巧みにジャブとストレートを交えた上に、フェイントまで組み込んだ先の読みにくい変幻自在の技だ。

 だが、俺も静かに待ち受けていただけじゃない。俺は相手の猛撃を体捌きだけで避けきり、詰まった距離と死角気味の位置を活かしてカウンターの左拳を打ち込む。


「ぐっ!」


 俺の強い踏み込みと共に放ったカウンターで右胸の下……腹部に近い肋骨の上を打たれ、彼は数歩下がる。厚い筋肉がある場所とは違い、そこは(つら)かろう。

 しかし彼も日ごろから激しい訓練を重ねている王宮騎士、すぐに平然と構えなおす。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 僅か数秒の攻防だったが、武人たちの多くは両者の実力を的確に読み取っていた。もちろん貴賓席にいるシノブやシャルロットも同様だ。


「やはり彼、かなりの腕前だったんだね」


「ええ……随分と腕を磨いたようですね。これまでの軍歴からしても当然ですが……」


 国王シノブが感心したように呟くと、シャルロットは意外そうな表情で応じる。

 シャルロットが知っているのは、十年近くも昔のジャンだった。彼女が軍人となるべく本格的な修行を始めたころのことだ。

 そのころシャルロットは、修練場での試合形式の訓練でジャンと対戦したこともある。祖父のアンリが様々な相手と戦わせたからだ。しかしシャルロットは急速に上達していったから、見習いの少年たちとの訓練は僅かな間で終了し、後は軍本部での上位者との訓練となった。

 そのためシャルロットは当時のジャンの素質は察したものの、後のことまで知らなかったのだ。


「昔から目は特に良かったと記憶しています。それに人一倍、冷静だったかと……。

軍人志望の少年たちの訓練に混ざったときのことです。他が一手や二手で()を上げる中、彼は長く食い下がってきました」


「それって相当強いんじゃない?」


 シノブは興味深げな様子で妻に問い返した。シャルロットはベルレアン伯爵家を継ぐべく育てられた、英才中の英才だからである。


 祖父アンリや父コルネーユから受け継いだ素質、早くから継嗣に相応しくと叩き込まれた武術、そして期待に応えようとするシャルロット自身の強い意志。それらが合わさった結果、少年たちに交じって訓練するころでも彼女は数歳上の相手を容易に打ち倒した。

 百人組み手をやりとげたという彼女の少女時代の伝説も、根も葉もないことではない。


 そのシャルロットに、ジャンは何とか試合らしき攻防をした。ならば彼も少年時代から優秀だったのか。どうやらシノブは、そう考えたらしい。


「彼が防御に徹した(ゆえ)ですね。こちらが攻撃を仕掛ける機を察して防御するのです。もっとも見て取れるだけの修練を積み、有効だと頭で理解しても、なかなか出来ることではありません。特に子供ですから、そこまで我慢するのは……。

ですから、純粋な武人というより参謀や指揮官に向いているのでは、と思ったものです」


 流石のシャルロットも、ジャンが転生前の記憶を持っているなど想像したこともないのだろう。そのためジャンの子供らしからぬ冷静な防戦を、彼女は策士向きの才能によるものと受け取ったらしい。


「ただし彼も完全ではありませんでした。しばらくすると()れるのか、あるいは隙を見出したと思うのか攻撃に転じ、そこを私に打たれたと覚えています。とはいえ面白い相手でしたし、どう打ち崩すか私も楽しみでした」


 シャルロットの青い瞳は目の前の戦いに向けつつも、別の何かを見ているようでもあった。彼女は、とても懐かしそうな表情をしていたのだ。

 隣のシノブも良く似た柔らかな笑みを浮かべていた。おそらく彼は、まだ十歳にもならないシャルロットが己の全てを懸けて修行に励む姿を思い描いたのだろう。


 そしてミュリエルやセレスティーヌは、仲睦まじい二人を少し羨ましそうな表情で眺めていた。それにカンビーニ王国の公女マリエッタなど、シャルロットの側近たちも同じような顔をしている。

 一方ベランジェやシメオンのような年長者、そしてアミィやタミィ、ミリィなどの実質的な年長者の様子は少し違った。こちらは良いものを見たとでも言いたげに微笑んでいたのだ。


 このように貴賓席では二人の騎士の熱戦から目を逸らす者も多かったが、当然その間も戦いは続いていた。そしてジャンとリヴァーレの戦いは、ある意味シャルロットが語った過去を思わせる状況となっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一進一退というか、リヴァーレ氏が一方的に拳を繰り出し、それを俺ジャン・ピエールが(さば)く展開が続いていた。

 開始から五分間、途切れることなくフットワークも交えたラッシュとは、いやはや結構なスタミナだ。その点には俺も素直に感心していた。リヴァーレ氏は人族だけど、体力面は獣人族にも劣らないだろう。


 もう一つ厄介なことがある。開始直後のラッシュでカウンターを食らったせいか、リヴァーレ氏は警戒気味で隙を見せないんだ。どうやら優れた身体強化が、長時間の集中力維持も可能としているらしい。


 一般に身体強化は、魔力による筋力や感覚の底上げっていうイメージが強い。しかし実際には肉体的な全ての能力が向上するわけで、そこには持久力や集中力も含まれる。何しろ何倍もの速度で体を動かせるんだ、それらの肉体的な能力維持が不可能なら僅かな時間で倒れてしまうだろう。

 とはいえ、それは魔力が続く限りという大前提がある。魔力を使い果たしたら、元々肉体が持つ力だけに戻ってしまうんだ。

 そういう意味では、ニュテスさまの加護を受けて魔力量が多い俺のほうが有利ではある。しかしシノブ様が見ているから、魔力に頼った持久戦は避けたかった。


 シノブ様の魔力感知能力は王都全域に及ぶほどと言われている。だから異常ともいえる魔力を感知したら怪しまれるのは必定だ。

 幸いニュテスさまが、対策を授けてくださった。魔剣『無形』の鞘『夜闇』に、俺の魔力をカモフラージュする効果が追加されたんだ。それは隠蔽(いんぺい)効果と呼ぶべきもので、俺の外面上の魔力は一般的な騎士より少し多い程度に偽装される。

 これは『夜闇』を帯びていればほぼ常時、ある程度離れるなら一時間程度は効果を発揮する。ちなみに今は『無形』ごと『夜闇』をディーターに預けているから後者だ。

 とはいえ魔力の出所を隠しても、長時間を全力で戦えば余計に怪しまれる。そこで早めに決着をつけたいんだけれど……カウンター狙いじゃ(らち)が明かないか。


「……奥の手を出します」


 どうやら、同じことをリヴァーレ氏も考えたらしい。いったん彼は距離を取り、構えなおしていた。あちらはやや両手の間隔を空けて上体を()らしたような……そう、ムエタイを連想させる構えだった。

 そしてリヴァーレ氏は一気に踏み込んでくると再びワンツーパンチ、俺の意識が上半身に向いているところにローキック……。しかし読んでいた俺は踏み込んで足を上げ、蹴り足の(もも)に近いあたりを(すね)で受け止める。

 しかし凄いな。場所を間違えたり硬化が遅れたりしたら、脚が腫れ上がるほどの威力だよ。


「これは脚だろ?」


 受けた状態で、俺は強がり混じりの冗談をかます。効いていないっていうアピールさ。

 しかし直後に嫌な予感がして、俺は素早くバックステップする。


大牙(たいが)ぁ!」


 リヴァーレ氏の叫びに一瞬遅れて、俺の顎があった場所を拳が通り抜ける。

 俺が蹴りを受け止めた直後、リヴァーレ氏は少々強引に踏み込みに変えた。そして地面すれすれから全身の筋力を使ってのジャンピングアッパー……更に!


蛇牙(じゃがあ)ぁ!」


 今度は強引に足を振り上げ、(かかと)落としを繰り出してくる。

 しかし相当な修練を積んだのか、流れるような連携だ。おそらく彼は足技の方が得意なのだろう。ならば前半戦でリヴァーレ氏が拳技だけにしていたのは、足技とのギャップを利用するためだったのか!?



 ◆ ◆ ◆ ◆



「あの技は『猛虎天昇(もうこてんしょう)』、そして『(きば)落とし』です。」


 そのころ貴賓席では、カンビーニ流を修めたマリエッタが技の解説をしていた。


 『猛虎天昇(もうこてんしょう)』は光翔虎の天に昇る様子から編み出したとされる技で、『(きば)落とし』は上から獲物に突き立てる牙が着想の由来だという。もちろん双方とも、カンビーニ王国の聖人ストレガーノ・ボルペの発案だと伝わっている。


「ただ、あのような連携をするのは珍しいのですが……」


「それだけ工夫を重ねたということなのでしょうね」


 首を傾げるマリエッタに、シャルロットは感慨深げな様子で頷いている。

 一方、二人のやり取りを聞いたシノブは念話でアミィと話していた。


──あれって格闘ゲームの技っぽいんだけど……──


──偶然かもしれませんよ? ボクシングでも蛙飛びアッパーがありますし……むしろムエタイが伝わっているのに驚きですが……──


 シノブに問われたアミィは、横に並ぶミリィへと顔を向けた。どうやらアミィは、これも同僚の悪戯だと思ったらしい。


──わ、私じゃないですよ~! きっとポヴォール様が伝えた技です~!──


──昔からある技みたいだから、ポヴォールの兄上だろうね。それより俺はジャンが……──


 シノブは慌てるミリィから、戦う二人に目を向けなおした。どうやら彼は、何らかの変化を感じ取ったらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 振り下ろされたリヴァーレ氏の(かかと)を、俺ジャン・ピエールは三度まで躱す。そして直後、俺は相手が着地した隙を突き、ベルレアン流最速の拳……槍の『稲妻』に相当する『閃光』を放つ。


 俺は子供のころから、結構な時間を掛けて『閃光』を鍛え続けた。そのためか一撃はリヴァーレ氏の胸部を捉えはした。しかし彼は大きく下がるものの、崩れはしない。


 リヴァーレ氏の獣人族に匹敵する体力のためか、悶絶するほどではなかったらしい。そこで俺は、一気に決めることにした。

 相手が下がってできた隙に、俺は素早く腰を落とし右足を少し引いて体勢を整える。そして次の瞬間、俺は一気に駆け、跳び蹴りを繰り出す。


飛燕(ひえん)雷打脚(らいだきゃく)空牙(くうが)!」


 俺は周囲に聞こえないように技の名を(ささや)く。リヴァーレ氏みたいに大声で絶叫しても良いんだが恥ずかしいし、シノブ様が感付くかもしれないからな……ネーミングから。


 それはともかくリヴァーレ氏は態勢を立て直した直後だったから、防御するしかなかったようだ。彼は腕を交差させて何とか(しの)いでいた。


 だが、それだけで済ませるほど俺は甘くない。蹴りの反動でバク宙すると、着地と同時に体を地に伏せるほど低くする。その姿は獣が四肢を着くがごとく、だ。

 そして次の瞬間、俺は更なる魔力を脚に送り込み部分強化で地を蹴った。


「消えたっ!?」


 態勢を立て直したリヴァーレ氏が構えたとき、彼の前に俺の姿はない。俺は既に彼の背後に回り込み、背中合わせというべき状態で立っていた。


旋回(せんかい)雷打脚(らいだきゃく)火武斗(かぶと)!」


 俺は下半身を部分強化、更に足先を硬化した。そして振り返るように回し蹴りを繰り出し、完全に虚を突かれたリヴァーレ氏の頭部を側面から蹴りぬく。


 リヴァーレ氏はくるりと一回転した後、地に倒れ伏した。どうやら上手く意識を刈り取れたようだ。


「……それまで、勝者、ジャン・ピエール!」


 一瞬の間を置いて、マティアス様が俺の勝利を宣言した。

 ようやく決闘も終わりか。一ヶ月も待たされたり、色々あったな。……やれやれだぜ。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その39」の直後、創世暦1001年11月上旬のことです。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年11月 5日 シャルロット、王子リヒトを出産。

創世暦1001年11月11日 シノブとシャルロット、模擬戦を行う。


※決闘はリヒト誕生からシノブとシャルロットの模擬戦の間。


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