その39 決闘 前編
酒場で決闘を申し込まれた翌日、俺ジャン・ピエールは出勤と同時に東門大隊長のジョーゼフ・ド・ジョスト殿に呼び出された。
こちらも昨日の件は報告するつもりだったから、俺は急いで大隊長の執務室へと向かう。
「お前さん、王宮守護隊のヤツと揉めたんだって?」
ジョーゼフ殿は俺に問い掛けるが、単なる確認のようだ。そもそも呼び出すんだから、当然あらましくらい耳に入っているだろう。
「申し訳ありません、報告が遅れましたが……」
そこで俺は軽く謝った後、昨日のことを説明する。
ちなみに謝る必要があるか微妙なところだ。とはいえ先に他所から伝わってしまったわけだしな。
決闘を申し込まれた直後、ただちに大隊に報告すれば良かったわけだから、それは俺の不手際だ。しかし過去の例からすると決闘が今日や明日になったりはしない。東門大隊が絡む決闘でも小隊長くらいまでなら事例はあったが、そのときは一週間ほど先だったそうだ。
だから朝一番で伝えれば充分に早いんだが、俺が中隊長だから噂する人が多かったのかな? それに申し込まれたのが酒場で大勢いたし……話しながら、そんなことが頭に浮かぶ。
語る内容自体は単純だ。
王宮守護隊所属の騎士リヴァーレ・カバリェーロ殿は、王宮侍女エーディト・アインスバイン嬢を見初めたが、エーディト嬢には俺という交際相手がいた。しかしリヴァーレ殿は俺達が婚約していないことを不審に思い、俺の出世も何らかの工作結果と疑った。そして彼は真実を明らかにすべく立ち上がった。
決闘の方法は無手格闘で合意。申請書の作成と提出はリヴァーレ殿が実施し、場所と日時は彼が上役と相談して候補を付記する。
なおリヴァーレ殿は、俺の隊に所属するディートリッヒ・アインスバイン隊員、エーディト嬢の兄を知らなかった模様。とりあえず、この辺りで一旦区切る。
酒場で見た者から御注進があったなら、これくらいジョーゼフ殿も把握されているだろう。それにリヴァーレ氏の上官から話が回ったとしても同じだ。もし伝わる間に歪んでいなければ、だが。
ジョーゼフ殿の耳に入った話と違っていれば質問があるだろうし、同じなら他は枝葉末節だ。まあエン爺さんのことは言うべきかもしれんが……。
「そういうことなら問題ない。介添人はワシが務めるからな! 遠慮はいらん、派手に暴れろ!」
ジョーゼフ殿は悪童めいた笑いを浮かべると、自身が介添えすると言い出した。まあ、それは予想の範疇ではあった。
ちなみに立会人と介添人だが、これは地球の決闘とは少々意味合いが異なるかもしれない。まあ決闘も西洋のものから武士の果たし合い、それに日本だけでも江戸時代と明治時代以降じゃ意味が違うだろうけど。
まず立会人だが、これは勝負を見届ける以外に審判としての役目も担っている。文句が出ないように、中立かつ関係者より上位の者を選ぶ例が殆どだ。
そして介添人だが、これは言葉通りの意味じゃないかな。決闘をする者の補助というか、見届けというか、そういう役割だ。もっともエウレア地方の決闘は基本的に命を奪わないように制限するから、見届けというのは公正な勝負の、という意味だ。で、普通は決闘をする者の上位者が務める。
介添人には補助というか二人目もいる。こっちは世話役で、普通は部下や同僚から選ぶ。流石に上官に着替えとか準備を手伝ってもらうわけにはいかんだろ?
そんなわけで介添人にジョーゼフ殿が名乗りを挙げるのは自然なことだ。
というか、こういうときに上官以外に頼む者はまずいない。内政官なら上官が武術に詳しくないから他に頼むこともあるかもしれんが、軍人で部下から介添えを頼まれないのは凄い屈辱なんだよ。
つまり介添人は部下から頼まれて当然、信頼の証という認識だ。場面は随分違うけど、仲人とか結婚スピーチ担当みたいなものかもな。上司や最も信頼する先輩に頼むって意味で。
「当日が待ち遠しいな……とはいえアマノ同盟大祭が迫っているから、その後に回されるのは確実だろう。何しろワシが大隊長だから、立会人は更に上から選ぶだろうしな。そうなると、大祭の翌日も無いか……」
ジョーゼフ殿、張り切っているなぁ。やっぱり仲人を頼まれた上司のようでもある。
それはともかく少し時間が空くのは確かだろう。何しろジョーゼフ殿は大隊長、しかも男爵でもある。これより上を連れてくるとなると、自然と限られるしね。
まず当事者が双方とも軍人だから、立会人も軍人か経験者なのは確定だ。そして東西南北の四つの守護隊と中央区の本部隊を率いるのは王都守護隊司令だけど、それでは王宮守護隊のリヴァーレ氏に不公平だ。
したがって双方の上に立つ……あれ、下手すると軍務卿のフォルジェ侯爵閣下が立会人か!?
いやいや、お忙しいから補佐のどなたかが……。嫌な予感がした俺は、豪快に笑うジョーゼフ殿と対照的に引きつった笑みを浮かべていた。
◆ ◆ ◆ ◆
決闘は俺の予想より遥か後に回された。なんと酒場での件から一ヶ月近くも放置され、決闘は十一月になってしまったんだ。
もっとも、これにはそうするだけの事情があった。
まず10月10日と翌11日のアマノ同盟大祭の直後、アスレア地方で大きな騒乱があった。キルーシ王国とテュラーク王国の戦いだ。
キルーシ王国は東域探検船団が出航して初めて接点が出来た国なんだけど、交戦相手のテュラーク王国が隷属の魔道具を使っていた……らしい。遥か遠方だし、内容が内容だから向こうに行った者にも一部しか知らされていないが。もちろんアマノ王国で詳細を知るのは、戦争があった時点では極めて僅かな例外だけだ。
そのため上層部は非常に忙しく決闘の立ち合いなんてやっている暇はなかったし、向こうに行くことがない普通の隊だって一応は警戒強化や待機が命じられた。
しかもテュラーク王国の敗北で戦いが決着しても、直後は多少の騒動が当然ある。そしてアマノ同盟は後方支援をしたから軍でも最上層部だと、十月末くらいまで多くの時間をアスレア地方対応に割いたようだ。
そして戦王妃シャルロット様の出産予定日は十一月の初めごろで、この時期になると王宮守護隊もピリピリしていた。男の守護隊なんてシャルロット様の側に寄ることもないだろうけど、それでも王宮内は大騒動だったという。
そんなとき王宮守護隊の隊員が決闘したいとか……普通は言わないだろうな。そしてリヴァーレ氏や彼の上司は、当然すべき配慮をしたわけだ。
そんなわけで十一月初旬のほぼ終わり、無事に王子リヒト様も誕生されて数日が過ぎた日に、俺とリヴァーレ氏の決闘が行われることになった。
そして当日、俺は介添人のジョーゼフ大隊長と補助のディーターに付き添われ、王都アマノシュタットの第一訓練場にやって来た。
しかし俺には一つ疑問があった。立会人が軍務卿マティアス様ってのは薄々予想していたが、どうしてここにシノブ様とシャルロット様が? しかもお二人の側には宰相ベランジェ様を始め閣僚級から側近の皆様まで……。
国王夫妻の御観覧か……俗に言う天覧試合ってヤツだな……ドウシテコウナッタ?
◆ ◆ ◆ ◆
「ふっふっふ……『岩竜の騎士』君、驚いているねぇ! 愉快愉快!」
怪しげな笑みの後、ジャン・ピエールをモデルとした新聞連載小説の主人公を持ち出したのはアマノ王国の筆頭侯爵家当主である。つまり宰相ベランジェ・ド・ルクレールだ。
ベランジェの側では、多くの貴顕が笑いを堪えている。
国王シノブや戦王妃シャルロットを含むアマノ王家。更にベランジェの同僚である閣僚達。そして彼らの背後に立つ護衛達。この日の朝早く設置された貴賓席を満たしているのは、アマノ王国を動かす重鎮ばかりであった。
何しろ護衛達ですら、大半が貴族だ。主だった者を挙げると先月男爵位を授かったシノブの親衛隊長エンリオに、カンビーニ王国から留学中の公女マリエッタと学友達などである。
「伯父上……。私も観戦したいとは思っていましたが、ここまで大袈裟にしなくても良かったのでは?」
シャルロットはベランジェを窘めたようではある。しかし彼女は一方で、これから始まる戦いに強い興味を示しているようだ。
ジャン・ピエールはベルレアン伯爵家に仕える騎士の三男として生まれた。そしてジャンはシャルロットより三歳上と年齢も近い。そのため幼いころのシャルロットは、セリュジエールの修行場で彼と槍や剣を交わしたことがある。
もちろんセリュジエールでのことは訓練の一環で、用いたのは刃を落とした模擬槍や模擬剣である。そして当時からシャルロットは大人に近い力量を示していたから、試合形式の訓練もシャルロットが十代の少年達を順に撃破していくだけであった。
つまりシャルロットからすれば、ジャンは数多くいた軍人見習いの一人、祖父アンリの教えを請うべく集い修行し始めた者でしかない。とはいえ同門であるのは事実だし、見覚えもあれば槍や剣の癖も記憶にあるという。
そのためシャルロットが口で言うより楽しみにしているのは、近しい者であれば充分に見て取れる。
「とはいえ噂の『岩竜の騎士』を見たいって人は意外に多くてね……シメオンとか?」
「私もベルレアン出身、そして十年以上をセリュジエールで過ごしたのですよ? こう見えても、故郷を懐かしく思うことはあるのです」
シノブの軽口に、内務卿シメオンは少々わざとらしい会釈と共に応じた。そして二人の様子を目にした貴賓席の者達は、更に顔を綻ばせる。
実際シノブの側にはアミィやタミィだけではなく、武術とは縁遠いミュリエルやセレスティーヌもいる。それに、何やら興味深げな顔をしたミリィも彼女達の脇に控えていた。
そして王家の女性は侍女達も連れているが、この辺りも連載小説のモデルとなった人物が気になるらしく、ジャンの入場時には殆どが彼を注視していた。
「……有望そうな若者ですし、今後の為に見ておきたいのも事実ですが」
「ああ。中隊長から先、どこまで出世するかな?」
シメオンとシノブが意味深な言葉を交わすと、今度は殆どの者が聞かなかった振りをした。
まだ二十一歳の若者が中隊長に就任したのだ。ならば大隊長、そして……と進むのは当然であろう。そうなると何年先かは別にして、内務省の管轄である貴族籍管理簿に彼の名が乗ったとしても不思議ではない。
「ともかく今は決闘を観戦しようじゃないか! ほら、そろそろ始まるようだよ!」
ベランジェの言葉通り、立会人であるマティアスが正面中央に向かっていた。もちろん決闘をするジャン・ピエールとリヴァーレ・カバリェーロは既に所定の位置に付いている。
話題の人物が、どのような戦いを繰り広げるのか。その思いからだろう、貴賓席を含め集った人々は歓談をやめ、向き合う若者達に期待の視線を注いでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その38」の直後、創世暦1001年10月初め頃から同11月上旬までのことです。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 9月26日 シノブがキルーシ王国とテュラーク王国の国境に城壁を造る。
創世暦1001年10月10日 アマノ同盟大祭の一日目。武術や体術の競技会が実施される。
創世暦1001年10月16日 キルーシ王国とテュラーク王国の国境での戦い。シノブが異神ヤムを倒す。
創世暦1001年11月 5日 シャルロット、王子リヒトを出産。
創世暦1001年11月11日 シノブとシャルロット、模擬戦を行う。
※冒頭の部分は10月初め頃、アマノ同盟大祭の前。
※以降の部分は11月初め頃、リヒト誕生からシノブとシャルロットの模擬戦の間。




