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その38 横恋慕

「ジャン・ピエール殿、あなたに決闘を申し込む!」


 リヴァーレ・カバリェーロと名乗った人族の青年の声が、酒場『旭日の歓待』に響き渡った。そして声は多くの客と店員の耳に届いたようで、殆ど全員が凛々しい青年軍人を注視する。


「何をいきなり……」


 俺ジャン・ピエールは困惑していた。部下のディーターと楽しく飲んでいたら、いきなり決闘を申し込まれたんだ。どこかの柱みたいな髪型のフランス人のように呆然自失とならないだけ、マシだと思わないか?


「隊長……」


 何か言いかけたディーターだが、口を(つぐ)んでしまう。

 リヴァーレ氏は騎士階級のようだし、王宮守護隊の隊員というから小隊長格以上だろう。そのためディーターは、気後れしたようだ。


「済まないが、俺にはアンタに決闘を申し込まれる理由がない」


 俺は騎士らしからぬ口調で続ける。俺は困惑に次いで、怒りを感じてきたんだ。決闘を申し込むにしても少しは場所を弁えろ、ってね。


 何しろ酒場といっても内政官や軍人も来る店だ。これじゃ(さら)し者だし、おそらく明日には所属の東門大隊にも伝わるだろう。もちろん俺には後ろめたいことなど無いが、いい迷惑だよ。

 そんなわけで、むかっ腹の立った俺は少々乱暴な返答をしたわけだ。


「あなたに理由がなくとも自分にはあります! もちろん受けてもらわずとも結構……ですがそのような軟弱者には、あの健気で高潔な女性をお任せするわけにはいきません。そう、私は真実を明らかにするため立ち上がったのです!」


 リヴァーレ氏の自己陶酔気味の言葉に、俺は少々(あき)れてしまう。

 どうやら決闘の理由は、エーディトさんへの横恋慕らしい。名前は出さなかったが、俺と親しくしている妙齢の女性なんてエーディトさんしかいないからな。

 いや、思い込みで判断すべきじゃない。何しろ決闘だって言うのだから。


 エウレア地方の従士階級以上は、揉め事を決闘で解決することがある。もちろん頻繁にするわけじゃないが、それでも大隊や中隊に一人くらいは決闘の経験者がいるものだ。

 多くの場合、貴族や騎士それに従士は軍務に就いていなくても武人たれと教育される。そのため荒っぽいけど、多少の揉め事なら戦って決着しようってね。

 そして決闘で勝った方が意中の相手に告白するケース、つまり今回に似たような場合も多い。もちろん勝っても相手から断られる場合もあるんだが……。


 それはともかく私闘が頻繁に繰り広げられるのは、望ましくない。そこで決闘は立会人を用意し、しかも殆どは命を奪わないように配慮した形式で行われる。

 とはいえ同格以上の者に立会人を頼むわけだから、色々面倒なんだよ。それに怪しげな理由の決闘に立ち会ったら、務めた人の恥にもなる。


「……まず話を聞こう、受ける受けないはその後だ」


 そこで事情を話してくれと、俺は言い放つ。するとリヴァーレ氏も説明する気はあったようで、彼は満足そうに頷くと一人語りを始めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 リヴァーレ氏は王宮で目にしたエーディトさんを好きになった。しかしエーディトさんには既に付き合っている相手がいた。それなら仕方ないと諦めようとしたとき、彼はエーディトさんが交際相手と婚約していないと知る。

 これにリヴァーレ氏は憤慨した。彼が慣れ親しんだ由緒正しい家柄の常識では、婚約もせずに付き合うなどありえないからだ。

 そのため俺が女を騙す男ではと、リヴァーレ氏は疑ったらしい。つまり常識の違いが招いた惨事って側面もあるようだ。


 ちなみに、これらの情報を得るのは容易だったという。エーディトさんと俺のことは、王宮侍女の間で有名なんだとか。

 で、その噂の中には俺の軍歴も入っていた。つまりメリエンヌ王国のベルレアン出身、そしてガルック平原の戦いから帝都決戦まで数々の戦いに加わったことなどだ。

 しかも戦王妃(せんおうひ)シャルロット様の生まれ故郷の出身で、今では伯爵となったアルバーノ様やアルノー様などの知遇も得ているというから、リヴァーレ氏は首を傾げる。既に悪いイメージが出来ていたからだろう、俺が上の方々を騙して取り入ったのではとリヴァーレ氏は思ってしまったんだ。


「……公明正大かつ英明な陛下や戦王妃(せんおうひ)様であれば、容易く見抜かれるでしょう。しかし下の者なら万一という疑念を捨てきれませんでした。そこで騎士としての務めを果たし、我が身で真実を明らかにしようと思った次第です。

もちろん悩みました。自分は王宮騎士ですから、勝手な行いは不忠のそしりを受けるでしょう。しかしエーディト殿の選択が正しいと証明できれば、それで本望です」


 リヴァーレ氏は良く通る声で抑揚をつけ、更に身振り手振りまで加わる。その様子は、まるで舞台俳優のようだ。

 ちなみに彼はカンビーニ王国出身で、競技会で抜擢され騎士になったそうだ。アルバーノ様もそうだけど、カンビーニ王国の人は大仰な振る舞いを好むらしいから、納得の出自ではある。


「……『もてあそんでる』なんて陰口もあるから、自身で確かめずにはいられないわけか」


「ご賢察の通りです。もちろん評判通りの腕前でしたら素直に退()きますし、祝福もしましょう」


 相手の気取った言動のためだろう、俺は逆に()めてしまう。しかしリヴァーレ氏は気づかなかったようで、派手な仕草で一礼を返す。


 動機は判らなくもない。人を好きになったら感情が先走ることもあるだろう。それに職場のあり方に疑念を持ったまま勤めるのは、真面目であるほど(つら)いよな。しかし激しい思い込みのせいか、随分と道を間違えているが……。


 そんなことを俺が考えていると、ディーターが前に進み出る。黙ってしまった俺の代わりに何か言わなくては、と思ったのだろうか。


「小官はディートリッヒ・アインスバイン、エーディトの兄です。

お聞きしたところ、貴官の横恋慕のように感じましたが? それに大変申し訳ありませんが、この件は親の許しも出ております」


 ディーターの押し殺したような声音(こわね)が響く。これは、かなり怒っているな……それで王宮守護隊や騎士への遠慮が吹っ飛んだのだろう。


「え、エーディト殿の兄上……」


 リヴァーレ氏は激しく驚いたようで、ディーターを見つめたまま固まる。どうやら彼は、呼びかける直前の俺とディーターのやり取りまでは聞いていなかったらしい。

 情報収集が王宮のみだから、リヴァーレ氏は意中の人物の家族まで知らなかったのだろう。


 だが、その辺のことはどうでもいい。問題は決闘を受けるかどうかだ。

 正直なところ、俺は自分がエーディトさんに相応しいか迷っている。特殊な生まれの俺じゃない方が、幸せな家庭を築くのには良いんじゃないかってな。

 とはいえ、この思い込みが激しそうなリヴァーレ氏もね……。それに決闘しなくても彼が告白するだけだ。エーディトさんが気に入らなければ、それまでだろ?



 ◆ ◆ ◆ ◆



「悪いがこの決闘……」


「受けるべきでしょうな」


 俺は断ろうとするが、そこに横からの声が被さる。いつの間にか側にエン爺さん、顔見知りの猫の獣人の御隠居がいたんだ。


「あ……」


 リヴァーレ氏は、なんだか驚いたような顔をしていた。もしかすると、エン爺さんと知り合いなのか?


「エン爺さん?」


「恋の焦がれは若さの特権、とはいえそれも時と場合。想いで乱れ目が(くも)る、忠義の士なら恥じるべき。

……ピエール殿、騎士の(まこと)を見せてやりなされ。貴殿は相当な実力者と聞いておりますぞ。きっと慕うお方も安堵なさるでしょう」


 エン爺さんの言葉に俺は驚いた。普段と違う雰囲気、まるで見得を切っているかのような口調に、それにアルバーノ様のように(いき)な立ち姿。俺は思わずエン爺さんに見惚(みと)れてしまう。


 ……おっと、今はそれどころじゃない。

 確かにリヴァーレ氏の王国騎士らしからぬ振る舞いは、正すべきだろう。それにエン爺さんが口にした最後……そうだな、エーディトさんの気持ちを考えるべきか。

 俺は考えを(まと)めなおすと、リヴァーレ氏に顔を向け直す。


「無手格闘だ。私闘で傷を負い務めを離れるなど、騎士の本道に(もと)るからな。その代わり、場所や日時はそちらに任せよう」


 エン爺さんに釣られたのか、俺も少し芝居がかった口調になってしまう。

 剣や槍での決闘でも、刃を落とした模擬剣や模擬槍を使う。しかし万一の事態を避けるため、俺は素手での戦いを提案した。

 実は軍でも、決闘は出来るだけ素手の勝負で、としている。かなりの傷でも魔術があるから治せるとはいえ、常に優秀な治癒術士を用意できるとは限らないからな。


「感謝します。場所、日時は上司に相談して後日連絡します」


 その辺りを知っているからだろう、リヴァーレ氏も剣や槍でとは言わなかった。もっともカンビーニ王国は素手の格闘も盛んらしいから、そちらにも自信があるのかもしれん。


「ならば……。アマノ王国騎士ジャン・ピエールは、同じく王国騎士リヴァーレ・カバリェーロ殿との決闘を受諾する! 偉大なる建国王と聖人の定めた通り、神々に恥じぬ戦いをしようではないか!」


 俺の言葉は故郷の親父から叩き込まれたもの、俺の出身メリエンヌ王国の誓詞を元にしている。まさか実際に使う日が来るとは思いもしなかったけどな。

 ちなみに本来は『建国王エクトル一世と聖人ミステル・ラマールの』だが、そこは変えた。しかし、まだアマノ王国は聖人を定めていないから、少々微妙かもしれない。

 もっとも殆どの人は、アミィ様達を聖人だと思っているだろうけど。


「感謝の極み! 大神アムテリア様もご照覧あれ! 我ら二人、騎士の名に恥じぬ正々堂々の勝負をいたします!」


 リヴァーレ氏はカンビーニ王国出身の騎士らしく、古風な物言いや儀式めいたことが好きらしい。彼は腰に佩いた小剣を僅かに抜くと金打(きんちょう)……つまり刃を鞘に戻してカチリと打ち鳴らす。

 そしてリヴァーレ氏は、意気揚々と酒場から去っていった。


 俺? もちろん続いて立ち去ったよ。何しろ周囲の注目が凄いから、飯など食えたものじゃない。

 冷やかし混じりの声を背に俺は勘定を済ませ、ディーターと共に大通りへと歩み出ていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして翌日。酒場『旭日の歓待』にてエン爺で通っている猫の獣人が、アマノ王国の王宮『白陽宮』に現れた。そして彼は、なんと宰相執務室へと入っていく。


「……ということが昨晩ありまして」


 エン爺なる老人は、酒場での出来事を語り終える。

 老人の向かいにいるのは、二人の貴人であった。一人は部屋の主であるルクレール侯爵ベランジェ、もう一人は国王シノブ・ド・アマノだ。


「ははっ、これは面白い! 女性を取り合っての決闘なんて、小説の題材に最適だ! エンリオ殿、感謝するよ!」


 ベランジェの上機嫌な声が執務室に響く。そう、御隠居エン爺の正体は先ごろイナーリオ男爵として叙爵されたエンリオ、つまりシノブの親衛隊長にしてメグレンブルク伯爵アルバーノの父だったのだ。


「リヴァーレは思い込みが激しいというか、周囲が見えなくなるところがありますね。根は良い男なのですが……。ところで義伯父上、故郷では『事実は小説より奇なり』という言葉があるのですよ」


 最初は悩ましげな顔をしていたシノブだが、エンリオの話には惹かれたようだ。

 何しろ決闘する一方は、新聞の連載小説『岩竜の騎士』の主人公の元となったジャン・ピエールだ。そして連載小説を企画したのはベランジェで、当然シノブも連載小説を読んでいるし元となったジャンに興味を示していたのだ。


「お膳立ては任せてほしいね!

でもアマノ同盟大祭も近いから、その後が良いかな……今は訓練場も塞がっているし。それに、せっかくだからシャルロットにも見せたいねぇ……」


「ええ……とはいえ大祭の観戦も遠慮するくらいですから」


 ベランジェとシノブは似たような表情のまま黙り込む。

 シャルロットは臨月だから、10月10日と翌11日のアマノ同盟大祭も宮殿内の式典にしか顔を出さない。その彼女が決闘の観戦に興ずるだろうか。


「彼はベルレアンからの家臣だしねぇ。あまり接点は無いそうだけど……聞いた話だとシャルロットが子供のころ、訓練で彼を叩きのめしたときくらいかな?」


「ええ。私が来たころだとジャンはセリュジエールの守護隊員、シャルロットはヴァルゲン砦司令ですからね。当時の彼は北門守護隊所属ですから、大門通過の際に顔を合わせているはずですが……」


 問うたベランジェに、シノブは頷いてみせる。

 実はシャルロットどころかシノブもセリュジエールの出入りの際に会っている。しかし連載小説の取材でジャンが当時のことを明らかにするまで、シノブは気が付いていなかった。


 それはともかくベランジェが指摘した通り、ジャンはベルレアン伯爵領からフライユ伯爵領、そしてアマノ王国へと来た一員だ。そして知っている者や懐かしい故地が出るからだろう、シャルロットも連載小説『岩竜の騎士』を楽しみにしている。

 そのためシャルロットに見せないまま終わるのもどうか、と二人が悩むのも無理からぬことであった。


「何か理由を付けて出産後まで引き伸ばすかね? 王宮の侍女や守護隊員も絡む件だから、決闘までの経緯も充分に調べる、とか」


 ベランジェは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 シャルロットの出産予定日は、およそ一ヶ月後だ。そこまで引き伸ばされたら、ジャンはともかくリヴァーレは気を揉むだろう。しかし暴走気味の王宮守護隊員の都合は、ベランジェにとって考慮するに当たらないことのようだ。


「そうしていただけますか。シャルロットも当時からどう変わったか知りたいでしょう。それに私も会ってみたいと思っていました。

ジャンやエーディトには悪いですが、時間を置けばリヴァーレも冷静になってくれるかもしれませんし」


 シノブは再び笑みを浮かべると、ベランジェに頷いてみせる。

 どうやらシノブも、シャルロットへの気遣いを優先させたようだ。彼は家臣達にも触れたが、同意した理由の大半は愛妻への思いからだろう。


 このようなわけで、ジャンとリヴァーレの決闘は御前試合の様相を呈してきた。しかし当然ながら、そのようなことを戦う当人達は知る(よし)もなかった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その37」の直後、創世暦1001年10月初め頃のことです。


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