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その36 同居人?

 それは困惑していた。流れ着いた場所では、強いものと弱いものが入り混じって暮らしていた。そして森の常識では考えられないほど、同じ生き物だけが密集している。

 どう動くべきだろうか。それは物陰で様子を窺っていたが、結果的には僅かな間だけであった。食べ盛りの幼い体が強い空腹を訴え、しかも鋭敏な嗅覚で美味(うま)そうな匂いを感じ取ったからだ。

 野生の本能は、危険だと激しく警告をする。しかし(かて)へと向かってしまうのも、本能(ゆえ)であった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 俺ジャン・ピエールは、困惑していた。

 その日の俺は、北の神殿広場でムハマさんたちの素無男(すむお)大会に出場した。要するに相撲大会だな。

 経緯はともかく相撲だから、俺は元日本人の意地を見せんとばかりに奮闘した。その甲斐あって俺は優勝し、もらった景品を抱えて帰宅する。

 そして帰路で俺は、王都にいるはずのないものと遭遇した。


「まさか、こんなところで……森から迷い込んだ? しかし門はどうやって?」


「グルルル……」


 喉を鳴らすように唸っているのは野良犬……ではなく狼だった。毛色は黒、一目で分かるくらい小柄だから若い個体かもしれない。

 俺は魔獣退治もする軍人だから、野獣や魔獣の実情は熟知している。そのため目の前にいるのが犬ではなく狼だと見抜くのは容易だった。


 しかし害獣として始末するのも可哀想に思ってしまう。

 この狼は体が随分と小さいし痩せている。発育が良くないのか子供なのかは分からないが、危険を感じるほどではないのは確かだ。

 ただ、今にも襲い掛かろうと牙を剥き出しにしているんだ。おそらく俺を警戒してだと思うんだが。


「幸い、他に人はいないか……」


 場所は近道しようと通った路地で、いるのは俺だけだ。

 普通なら逃げ出すんだろうが、俺は現役軍人で魔狼狩りに加わったこともある。そのため単なる狼であれば、どうということもない。それに腰には『無形』……ニュテスさまから授かった小剣を佩いているし。

 そのため俺は、落ち着いたまま考えを巡らせていた。


「やっぱり、ここは『ほら、怖くない』かな? 噛まれるのは遠慮するとして……」


「……グルゥ?」


 暢気な口調の俺に釣られたのか狼も唸るのをやめ、様子を窺うように見上げている。

 動物相手だと、動揺を見せないってのは大切だよな。ヤツらは気配や仕草で相手の力を把握するから、平静さを保つだけでも随分と違う。


 ちなみに、こちらの世界だと高度な魔力操作が可能な人は敢えて魔力を放ったりもする。

 ただし窮鼠(きゅうそ)猫を噛むというように、下手に追い詰めると反撃される。そのため魔獣や野獣と出会った場合、実力以上に見せかけるのは軍でも悪手だと戒めるところだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ジャン・ピエールが不審に思うのも無理はない。彼を含む守護隊の活躍で、狼などの野生動物が都市に入り込むなど殆ど耳にしないからだ。

 都市の規模によっても差はあるが、高さ5mや10mの城壁を乗り越えるのは身体強化に優れた種、つまり魔獣だけである。しかも例外中の例外と言うべき大物のみだ。

 そのため危険を感じるような野生種と街中で遭遇するなど、珍事と表現すべき出来事であった。


 また、この世界において野良犬は非常に珍しい。正確には、多くの地では犬自体が貴重な存在なのだ。


 創世記などに記されているように、この世界における犬は家畜化した狼ではない。犬や猫も、創世の際にアムテリアが創造した生き物だからである。

 この世界の生き物も近縁の種と子孫を残すことが可能だから、創世より後に犬と狼の雑種が生まれた例はある。とはいえ創世から千年が過ぎたばかりであり、雑種を含め新たな品種は数少ない。

 これはアムテリアが純粋な意味での愛玩種を作らなかったからだと思われる。


 そのため犬を例にすると、品種の殆どは狩猟犬や番犬用、あるいは牧羊犬である。

 狩りも貴族が鍛錬として励む以外、食肉目的や野獣退治の実用が殆どだ。したがって狩猟犬も実用一辺倒、アナグマ狩りなどを除けば大きく素早く力強く、といった方向であった。

 このように犬は馬と同じ生活に不可欠な存在で、大切な財産でもある。つまり野良になることは極めて稀で、野良犬を見つけた人も(しか)るべきところに連れて行き飼い主に戻そうとする。


 猫なども農家や商家でネズミ避けに飼いはするが、どこの家の猫か分かるように首輪を着ける。もっとも寒冷な土地が多いアマノ王国だと、猫は殆ど目にしない。王都アマノシュタットで猫を飼っているのは、南方のカンビーニ王国やガルゴン王国から来た高位貴族か、同じく南出身の大商人くらいだろう。

 そのため、こちらも放逐や逃亡の例は皆無である。それに冬は積雪も多い王都の戸外は、猫にとって(つら)い土地だろう。


 ちなみにアマノ王国で飼われている犬は、狼に似た外見のものが多い。寒冷な土地だから元から毛足が長く、地球の犬種であればシベリアンハスキーに良く似た大型犬だ。

 雪深い土地での狩猟には、短毛種や小型種は向いていない。魔獣には常識外の大物が多いから、ますます大型種が尊ばれたようだ。

 南方でも短毛の犬が多いなど多少の差はあるが同じく実用優先で、たれ耳や巻き毛などの改良が進んだ品種は見かけない。


 これらのうちアマノ王国内の現状に関しては、ジャンも充分に把握している。そのため彼は狼に似た犬ではないと、すぐに判別できた。しかし流石の彼も、自身の遭遇した相手が単なる狼ではないとまでは思い至らなかったようだ。

 実はジャンの目の前にいるのは、魔狼の子供であった。もっとも王都近くの森に棲むだけあって成体でも通常の狼より多少大きい程度だから、ジャンが気付かないのも無理はない。

 ましてや魔狼の子供が地下水路から王都に流れ込んだなど、ジャンの想像の埒外であった。


 しかし相手が単なる狼ではなく魔狼だったのは、ジャンにとって幸運だったかもしれない。魔力に敏感な生き物であれば、単なる野獣とは違いジャンの力を正しく把握できるからである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 俺ジャン・ピエールは、目の前の狼を懐柔しようと一歩踏み出した。

 細い路地で更に夕刻遅くだから人通りもない。しかし近所の住民が顔を出すかもしれないし、兵士が巡回に来るかもしれない。だから俺は早く収めようとしたんだ。


「これは手懐(てなず)け出来そう……おっと!」


「ガウッ!」


 小柄な狼は真っ直ぐに跳びかかってくる。俺が前に出たのを襲うと思ったのか、それとも空腹に耐えかねたのか。抱えている賞品には干し肉もあるからな。


「催眠!」


 とはいえ俺も素人じゃない。そう来るかもと予測していたから、手で受け止めて魔術で眠らせた。


「グルゥゥゥ……」


「寝顔は結構可愛いな、コイツ……やっぱり子供かな?」


 そんなわけで、俺の抱える品は一つ増えた。

 普通なら騒ぎになるんだろうけど、幸いにも俺は軍人だ。そのため擦れ違った人にも逃げ出した犬を捕らえたとか、適当に言い訳しつつ歩んでいく。


 流石に寮に連れ帰ったときは多少の騒ぎとなった。しかし、もうすぐ出ることもあってしばらく面倒を見るのは認めてもらえたよ。

 寮に着いてから、大会で貰った干し肉を使った麦粥を作って子狼にやったら、喜んで食べた。結構大量に作ったんだけど全部平らげたんだ。ずいぶん腹をすかしていたんだと驚いたよ。

 ちなみに子狼だけど、催眠の魔術を使ったとき俺の強さを理解してくれたようだ。そのためだと思うけど起きてからは、素直に言うことを聞いてくれる。たぶん、群れのボスとして認めてくれたんだろう。


 そうそう子狼にはノワールって名付け、更にタグ付きの首輪を着けた。役所に届け出すると登録してくれるんだ。

 懐いているかなど審査されるけど、ノワールは俺の言うことをシッカリ聞くから全く問題ない。それどころか審査の担当官が「狼とは驚きましたが、良く躾けていますね。苦労なさったでしょう」と感心したくらいだった。


 こうして九月末、新たな同居人(狼?)が増え、昇進間際に新居に引っ越した。タダで番犬が手に入ったわけだから、良い拾いものだったと思ったよ。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その35」より後、創世暦1001年9月末近くです。


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