その33 休憩
九月某日の王都アマノシュタット、その中央に聳える『白陽宮』の大宮殿……の一角にある侍女控え室。その日の昼過ぎ王宮侍女のエーディトは、いつも通りに同僚と一緒にお茶を飲みながら休憩をしていた。
「……そういえば、例の騎士様探しは最近どうなったの? あんまり話を聞かなくなったけど?」
少しだけだが年長の侍女が、エーディトへと訊ねる。
エーディトは、帝都決戦の際に助けてくれた騎士を長らく探していた。そして、この侍女は何度と無くエーディトの話を聞き相談に乗っていた。
エーディトと同じ時期に王宮侍女になったのもあるが、それは彼女だけではない。アマノ王国の建国や、そこまでの二ヶ月少々で採用された者は他にも大勢いるのだ。それにも関わらず彼女がエーディトを親身に世話するのは、やはり元々の人柄からであろう。
「あ、ごめんなさい! その……見つかったの」
エーディトは、慌てた様子で頭を下げた。彼女にとって、この同僚は一番付き合いも長く、色々と気を回してくれた、つまり最も親しい相手だ。その相手に報告が遅れたのだから、エーディトが申し訳なく思っても無理からぬことだろう。
「……気を使わせちゃった?」
エーディトは、ここのところ同僚が恩人探しについて質問しなかったのを、気遣いからだと思ったようだ。確かに探しても探しても見つからないのであれば、相手も少し間を置こうと思うに違いない。
「ま、気にしないで。お互い真面目に仕事をしていたってだけなんだし。……で、どんな人だったの?」
エーディトの同僚はサバサバした性格なのだろう。彼女は笑顔で首を振る。
もっとも続けた言葉からすると、恩人とやらに対する興味が上回っただけかもしれない。彼女は、それは楽しげに瞳を輝かせている。
「兄の上司で、母の勤め先の寮に住んでいました……」
よほど言いにくかったのか、エーディトの声は随分と小さいものであった。縮こまるようにして上目遣いに相手を見る姿にも、彼女の内心が良く表れている。
もしかすると、この出来すぎとも言える結末が、同僚への報告が遅れた理由なのかもしれない。
「何よそれ、最初っから運命の人だったんじゃない!?」
同僚の侍女は目が点になっていた。おそらく、エーディトの言葉を理解するのに若干の時間を要したのだろう。
「そ、そうかも……それでね……」
頬を真っ赤に染めたエーディトは、再会までの顛末や、同僚の言うところの運命の人ジャン・ピエールの来歴などを語り始める。
メリエンヌ王国の騎士家の三男坊に生まれ、幾多の戦で栄達し騎士となり、更に最終決戦と言うべき戦いでは敵国の女性を救った。そして騎士は共にアマノ王国で働く者として女性と再会した。
かたや間もなく中隊長となる期待の星、かたや父を戦で亡くしたものの新たな職場で奮闘する少女。かつて敵同士だった二人は、これから手を取り合い前に進んでいく。何ともドラマチックな展開である。
「凄いわね~! これはアマノ同盟大祭の劇にしてもらうべきよ!」
同僚が挙げた『アマノ同盟大祭』とは、来月10月10日から開催されるアマノ同盟の全ての国が集まる一大イベントだ。
この大祭の二日目には演劇の部もある。どうやらエーディトの同僚は、そこで発表できる内容だと受け取ったようだ。
「そ、そんな! きっと他にも似たような話はあるわよ! それに募集どころか予選まで進んでいるし、第一今から劇に仕立てられるわけないじゃない!」
「そんなに転がっていないと思うけど……でも、期間の問題はあるわね。なら、来年ってことで!」
慌てたように両手を振るエーディトに、同僚の侍女は追い討ちをかける。
果たして彼女が本気でエーディト達の話を劇にと思ったか、それは定かではない。しかし声に宿った熱意からすると、かなり乗り気ではあるのだろう。
ちなみにエーディトとジャンの逸話は、その後侍女たちに広く知られるようになった。そして回り回って宰相のベランジェにも伝わったという。
◆ ◆ ◆ ◆
俺ジャン・ピエールは、東区の酒場『旭日の歓待』に訪れた。やっと昇進に伴う引き継ぎや研修も一段落し、少し時間が出来たんだ。
そんなわけで俺は食事を楽しみつつ、久々にドワーフの鍛冶師ムハマさんと酒を酌み交わしていた。
エーディトさんとのデートも楽しかったけど、こういう男同士の気の置けない時間は別の楽しさがある。これが部下達だと上下関係があるから、互いに気ままにはできないしね。
「塩田用蒸気式揚水機の採用、おめでとうございます~!」
俺はエールの入ったジョッキを掲げてみせる。
ムハマさんを含むドワーフ鍛冶師たちで蒸気機関を利用したポンプを開発し、それを国の機関に売り込んで採用されたのだ。
塩田用とはなっているが、農業用水に使っても構わない。魔力が少ない土地じゃ使えないから、場所を選びはする。しかし、それさえクリアしていれば実にエコなポンプである。
ちなみに魔道具を使った製塩には、抽出の魔道具で塩を得る、逆に水を取り除く、という方式もある。しかし抽出の魔道具より火属性の湯沸かしの魔道具の方が、構造は簡単だし使用魔力も少ない。
それに土地の魔力次第では深い井戸からの汲み上げにも使える。だから、かなり応用が利くんじゃないかなぁ。
「なに、お前さんの考えを形にしただけだ。儂らだけの手柄じゃない」
そういいながらムハマさんは、笑顔でエールを飲み干す。
まぁ、確かにポンプの弁の構造とか(石油ストーブでよく使っているポンプのアレ)、蒸気の冷却にくみ上げた海水を使うことで海水自体の温度を上げて製塩時の使用魔力を減らせるっていう構造を教えてはいたんだけど……。
「でも、考えを形にできる皆さんのほうが凄いですよ。俺の方は思い付きでしかないんですから」
「いや、その思いつきが大切なんだ。それにお前さんの推薦で、アマノ同盟大祭にも出品できる。それも含め感謝しているぞ」
そういってお互いが譲り合っていると。
「まぁまぁ、そこはお互いのおかげということにしませんかな?」
そこには酒場でよく見かけるご隠居、猫の獣人のエン爺さんがいた。
店で口論や喧嘩が起きると、エン爺さんが上手く収めてくれる。どうも南方の騎士か従士の出らしく、剣術の達人みたいな風格のある老人なんだ。
だから仲裁されたヤツは、たいてい大人しくなる。もちろん、俺達も同じさ。
「そうですね」
「そうだな」
俺とムハマさんが納得すると、エン爺さんは席に戻ってまた酒をチビチビと飲みだす。
「それでな、知り合いの鍛冶師連中から相談を受けているんだが……」
「なんです?」
真顔になったムハマさんに、俺も居住まいを改める。火急の問題というほどじゃないが、真面目な話らしかったからだ。
「いや……今後、戦はほとんど無くなるわけだろ? そうなれば武具職人の仕事が減るじゃないか」
実際には対魔獣などで一定の需要はあるが、やはりある程度国に納入する鍛冶師は限られてくる。そんなわけで腕の維持をするにも、武具だけ作って食べていくのは難しくなる。
「そうですね……。魔獣を狩ったりする装備は要りますが、平和になれば軍だけで充分かも……そうなると、そうそう注文も出ないでしょうし」
「そこで、良い考えがないかと相談されてなぁ」
どうもドワーフたちは、他に応用するのが苦手らしい。彼らは得意不得意こそあっても、一定のものは打てるんだ。だが、それを活かして別のものを作るという発想に乏しい。
伝統への拘りが、他への道を塞いでしまうのかな?
「う~ん……そうだ!」
暫し考え込んだ俺だが、ティンと閃いた。
「こんなのはどうです? 人形や小さな鎧も作れますよね?」
と断りを入れ、俺は説明を始める。
まず、人形に鎧を着せるという提案をしてみた。もちろん、人形自体も工夫はする。関節部分にバネを仕込み、更に一定の角度ごとに固定可能とし、ポーズを付けられるようにする。
「なるほど! それは面白そうだな!」
「でしょう! 手で持って遊べるくらいにしても良いし、もっと大きなものを造って飾るだけでも良いですよ!」
あれだよ。GI……陸軍兵士的な男の子向きフィギュアを作ってみてはどうかと。人形のサイズでも鎧のデザインで工房ごとに競い合えるだろうし、値段によっては庶民でも買える。
騎士家なんかに、五月人形的なアイテムとして売り込むのも良いな。実家の親父や兄貴なら、喜んで買っちゃうだろう。特に親父が孫のため、とかな。
持って遊ぶ人形も、武器は刃を丸めれば危なくないだろう。それに交換の鎧や武器セットとか、好事家なら数を揃えそうだ。
女の子向きなら着せ替え人形にもできそうだけど、そっちは女性が考えてほしいなぁ。
「今からだと間に合わないでしょうけど、来年のアマノ同盟大祭には出品できるかもしれませんよ」
「おお。そうなればエウレア地方全体、いや最近噂の東にも売れるかもしれんな!」
酒のせいだろう、夢は世界規模に広がっていく。俺が考え、ムハマさんが作った人形で世界中の子供が遊ぶ。そんな会話を俺たちはタップリ楽しんだよ。
お読みいただき、ありがとうございます。
アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その31」より後なので、創世暦1001年9月3日以降のことです。




