その3 武士?
王都アマノシュタットの第一訓練場は王宮にあり、王族や近衛のメンバーが主に使用するわ。そして第二訓練場が外周部ね。
第二訓練場は王都守護隊などの下士官宿舎に近いから、若手の軍人達が早朝から熱心に訓練に励むの。その中に、彼……ジャン・ピエールの姿があった。
彼は的に向かって槍を振るっていたの。あっ、的は旧帝国の鎧が括り付けられた、普通のものよ。
「風纏い・旋風!」
囁くような声だけど、私には聞こえたわ。
彼が操る槍の穂先に旋風が巻き付き、突き立った鎧を大きく揺らした。続いて槍を反転、石突を地面に擦るように下段から振るうと、先端が石を纏っていたのよ。
「岩纏い・牙礫!」
今度は纏った石が砕けるほどに石突が叩きつけられ、更に上段から穂先が振り下ろされた。しかも、そこには砂の粒子を巻き込んだ風の刃が生み出されていたわ。
技の名前は私好みじゃないけど、同僚の一人なら喜びそうな感じだった。彼女が注目した理由は、これもあるのかしら?
「風纏い・鎌鼬!」
穂先を受けた鎧には、一条の斬撃痕が刻み込まれていた。彼は単なる王都守護隊の小隊長、騎士に成り立ての若者なのよ?
「これぞ、ジャン・ピエール流魔槍術……ってか?」
満足げな顔となった彼は、構えを解くと一息吐いて汗を拭った。そして何かを気にするかのように辺りを見回したわ。
でも彼は、自身を見つめる瞳には気が付かなかったみたい。この金鵄族のマリィの瞳に……。
──あの技、あの魔力……ニュテスさまのお力を感じるけど、判らないことだらけね──
──でもマリィ、面白い人でしょ~。やっぱりマリィに見てもらって良かったです~──
私が思念を発すると、すぐに同僚のミリィから返答があった。彼女は、何だかとても楽しそうだったわ。まあ、いつものことだけど。
──それはそうだけど……でも、貴女だって判るでしょ?──
──いえいえ~。マリィ様がみてる、だから良いのですよ~──
ミリィは意味不明なことを口にしたわ。しかも言葉遣いまで変だった。だから、私は彼女に注意をする。
──ミリィ、『みてる』は『い抜き言葉』よ? それくらい知っているでしょ?──
──これだからマリィは~! この場合は『みてる』じゃないとダメなんです~!──
やっぱり、ミリィの好きな地球の何かだったのね。余計なことを聞いてしまったわ。
◆ ◆ ◆ ◆
シャルロット様がセリュジエールの北門を駆け抜けてからしばらくして、東門のブロイーヌ大隊長が失脚した。噂ではシャルロット様の暗殺を企てたとかなんとか。しかも、それを阻止して事件を解決したのが、あの時見かけた男とその従者だという。もちろん俺ジャン・ピエールを含め、みんな驚いたさ。
ただ、面接の時に会ったブロイーヌ大隊長って、謀略ができるようなタイプに見えなかったんだよね。どちらかっていうと正面から力押しってイメージが……。
しかも、その魔術師ってのがシノブ・アマノ、しかも武士? どう考えても日本人じゃないか!?
でも、黒髪じゃないし外見と名前がチグハグで……俺と同じ転生者なのか、それとも違うのか……イマイチよく判らなかった。
その後も高品質の魔狼の毛皮を大量に売りさばいたとか、優れた治癒術師だとかなんとか、うわさが流れてきた。しかも、矢継ぎ早に……。
これ、上層部が故意に流しているんじゃないか?
そんな風に思っていた矢先、シャルロット様と件のアマノ殿の決闘が行われるとか聞いた。たまたま非番に重なったこともあり、俺は観戦することにした。
俺が訓練場についたころには大入りの満員御礼だった。それだけみんなの関心が強かったのさ。
そして二人の戦いが始まった。……って、すご……。
いや、シャルロット様の強さは実体験で良く判っていたけど、今は更に鋭く速い。ヴァルゲン砦の司令となってからも、シャルロット様は随分と腕を上げていたんだ。
しかし、それに付いていけるアマノ殿の強さは……現時点で領内有数かそれ以上じゃないか?
おそらく、俺と同じことをシャルロット様も考えたのだろう。それまでとは構えを変えた。
って、上段!?
「殺す気か……」
我知らず呟いた。……いや、それでもたぶんシャルロット様の負けだ。直観的にそう感じた。
そして、予感は現実となった。
後日知ったけど、あの決闘はシャルロット様の気持ちを知ったご領主様のお膳立てだったそうな。流石は名君コルネーユ様、娘の心なんてお見通しってことさ。
その後、シノブ様(ご一族になるんだから『殿』じゃマズイだろ)やアミィさんと、訓練で一緒になる機会があった。
訓練中なんだけど、時々アミィさん(どう見ても年下なのにどこか威厳があるんだよね)に睨まれている気がしたんだよね。何か嫌われるようなことしたっけか? そんな風に思ったものさ。
まあ、こちらは北門担当だから、会うことなんて多くない。せいぜい勤務中に、何度かピエの森に向かうシノブ様と挨拶をした程度さ。
だけど、一人のドワーフ族の戦士がさらに事態を加速させた。
……誰かって? もちろんイヴァール様だよ。
でも、あの当時は厳つくてカッコいいかも、とかノンキに見送ったんだよね。
お読みいただき、ありがとうございます。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。
後半は創世暦1000年8月から9月末です。ジャン・ピエールさんはセリュジエールの北門勤務、そしてシノブがベルレアン伯爵家の居候として過ごした時期です。
ちなみに訓練中のアミィさんですが、ジャン・ピエールさんからニュテス神の加護を感じて怪訝に思っただけだそうです(笑)