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その28 闇の使徒 中編

 翌日、北区の事件の犯人が見つからぬまま、第二の事件が起きた。そして発見したのは、俺ジャン・ピエールだ。


 その日の俺は、部下のディーターとイギーを連れて夜間巡回を行っていた。

 ウチの小隊はミュレ先輩の通信機があるから、連絡を取りやすい。巡回中でも本部から知らせが入るし、こちらからも連絡できる。

 でも、まだ稼働時間が短いなど幾つかの問題がある。そのため今のところ、ウチを含め幾つかの小隊が試験運用しているだけだという。それに重たいしな。


 実際、隊員たちは通信機を邪魔に思うことも多いようだ。鎧に匹敵する重量と動きにくさがね。それに平和な王都だと、差し迫った事態になることも少ない。

 というわけで部下の二人は不満げな顔だ……故障するかもしれないから、二人とも通信機を背負っているんだよ。

 ともかく俺は、二人と一緒に東区南住宅街を歩いていたんだけど……かすかに戦場で嗅いだ錆びた鉄の匂いが……気のせいか?

 そこで俺は狼の獣人であるイギーの力を借りることにする。


「イギー……何か臭わないか?」


「匂いっすか? ……うぇ!?」


 こういう時にイギーの特技『嗅覚強化』が役に立つ。文字通り嗅覚だけの身体強化なんだけど、これがなかなか難しい。特定の感覚だけというのがね。


 話が()れたが、俺たちはイギーの先導で匂いの元に向かう。

 そして俺たちは、僅かな時間で一軒の家に辿(たど)り着く。有り触れた家だが、全く灯りが無いのと不吉な予感から実に不気味に感じる。


「夜分すまない、守護隊だ!」


 俺はドアを叩くが、返事はない。そしてドアを引くと閂はかかっておらず容易に開き、中から濃密な血の匂いが溢れ出した。


「……ディーター、周囲警戒! イギー、本部に連絡を入れて応援を呼べ!」


「隊長は!?」


「俺は中の確認をする」


 二人を置き、俺は足早に踏み込む。

 現場保存を考えると不用意に物に触れるわけにはいかないが、生存者がいるかもしれない。だったら迅速な行動が必要だろう。

 俺は警戒しつつ『サーチライト』の魔術で前方を照らしながら進む。そして匂いが濃い場所……食堂らしき部屋へと入った。


 住人らしき者たちの遺体。そして広がる赤い染み。血臭から、相当なものだとは覚悟していたが……。

 遺体の側にあった凶器らしき短剣が、灯りを反射する。そして嫌な予感と共に光を壁に向けると、そこには北区のものと同じ文言『闇の使徒』……ふざけんな、こっちは本物の闇の神の使徒だってんだ!

 怒りに俺の魔力が揺れると、嘆きの声が聞こえてくる。


『神よ……家族を殺した罪深き私をどうかお許しください。そして私を操ったものに鉄槌を……おお……おお……』


 僅かな時間しか経っていないからか、まだ死者の魂が残っていた。神殿の教えでは、強い後悔があると地上に残る時間が長いと言うが、この魂もそうなのだろう。

 男の魂は幻影の凶器を握り、文字通り血の涙を流していた。


──話を聞かせてくれないか?──


 闇の魔力で魂に思念を送る。そしてニュテスさまからいただいた力で男の魂も落ち着きを取り戻し、何があったか語り出す。


 彼は犯人の男に魔術で操られ、相手の命ずるがまま家に招き入れた。そして男は彼の家族も術で眠らせて……しかも自分では手を下さず……胸糞悪い。

 あらましを聞き終えた俺は『無明』を抜く。そして俺はニュテスさまへの祈りを捧げる。


(この魂が救われますように……)


 男の魂は、曇りの無い表情で姿を消した。月明かりに誘われるように、音も立てず静かに。


 しばらくして応援の部隊が到着、俺たちは彼らに後を任せる。何しろ遺留品の調査とか、やったことがないからな。

 そして俺は報告のため、部下二人と共に東門大隊本部に帰還する。


 俺がジョーゼフ大隊長の執務室に入ると、見慣れない軍人がいた。どうも、中央の本部から来たらしい。

 各拠点には通信の魔道装置があるから、王都守護隊本部にも連絡がいったのか。でも、これだけ早く駆けつけるんだ、上も相当重視しているのだろう。

 俺は発見からの流れを、大隊長と彼に報告した。すると大隊長は、後は任せて休めと言う。北区と同じ犯人だろうから、本部が両区の守護隊を統括して捜査を進めるそうだ。

 とはいえ、のんびり休む気にはならないよな……。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 この事件は、神殿でも話題に上っていた。『闇の使徒』を名乗る存在が殺人事件を起こしたというのだから、当然ではある。

 一部では、神殿として動くべきという意見も出てはいた。しかし犯人が自身から目を()らすために敢えて仰々しい名や意味ありげな細工をしたのでは、という者もいる。

 それに治安の維持は軍の仕事だ。要請されたらともかく勝手に踏み越えるのも、と躊躇(ちゅうちょ)する者も多かった。

 だが、独自の動きを取った者がいる。それは、神殿に大神官補佐として詰めていたミリィである。彼女は『闇の使徒』という言葉に心当たりがあったのだ。


──まさかとは思いますが~。念のため調べに行きましょ~──


 ミリィは本来の姿、青い鷹に戻ると王都の空へと飛び出した。彼女は心当たり……ジャン・ピエールの魔力を既に知っているし居場所も見当が付いているから、見つけるのは容易であった。


 ジャンは夜勤を終えて寮に戻る最中だった。彼は寄り道もせず帰り、寮の中に姿を消す。

 一方、姿を消したミリィは魔力波動を頼りに部屋を探り、窓から覗く。するとジャンは着替えもせずに机に向かい、大きな紙を取り出し広げていた。

 ジャンが広げたのは王都の地図だ。簡易なもので、割と容易に手に入る概略図である。そして彼は、机の上に地図を置く。


「最初の事件がここで……今回がここ……」


 ジャンは地図上の二箇所にピンを刺す。それは事件があったのと同じ場所だ。どちらも外周区で王都を時計に例えると中央から見て真北に近い場所と東南の一角、つまり十二時と四時の方向である。


──二つ目の事件……──


 ジャンの管轄でも事件が起きたのだ。そう察したミリィは悲しげな思念を微かに漏らす。

 もっとも魔力の動きは僅かであり、しかも思念は定めた対象にしか届かない。そのためジャンは何も気が付かなかったようである。


「……フフフ……犯人の意図は読めた」


 見られているなどと知らずに暗い笑みを浮かべたジャンは、新たな場所にピンを刺す。そこは事件と何の関係も無い場所だが、地図には綺麗な正三角形が生まれる。


「……元地球人のオタクをなめんなよ!」


──や、やはり~──


 どこか自慢げなジャンの言葉に、ミリィは驚きと納得が滲む思念を発した。地球好きな彼女だけに、これまでにも察する何かがあったのだろう。

 ともかく、思わぬところでジャンの正体を知ったミリィであった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 アマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その27」の直後なので、創世暦1001年9月3日以降のことです。


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