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その26 建国

 俺ジャン・ピエールは、所属の東門大隊長であるジョーゼフ・ド・ジョスト殿から中隊長昇進の内示を受けた。だが、俺には一つ気になることがあったので、それを訊ねてみる。


「宿舎はどうなるんでしょうか?」


 俺の心配事は、住居についてだった。今の下士官宿舎では、小隊長しか見たことがない。ここでは小隊長が下士官扱いだから、当然だが。


 アマノ王国では、大将、中将、少将みたいに細かく分けていない。これは各種制度の元となったメリエンヌ王国、俺たちの出身国も同じだ。

 それに明確な職業軍人を置いている国、カンビーニ王国、ガルゴン王国、アルマン共和国も似たようなものらしい。そして残りのドワーフのヴォーリ連合国やエルフのデルフィナ共和国は、もっと単純で村などの集団ごとに戦士長がいるだけだそうだ。


 ともかくアマノ王国などの場合は地球の軍隊に当て嵌めるなら、司令官が将軍、大隊長が佐官、中隊長が尉官ってとこだな。で小隊長が下士官……つまり軍曹とかそういうヤツだ。

 ただし最上位には元帥ってのもあるし、メリエンヌ王国時代のシノブ様は東方守護将軍、旧帝国にも大将軍や将軍ってのがあった。だから将軍っていう言葉は通じる。大佐や少尉は駄目だけどな。


 おっと、余談が過ぎたな。大隊長のお言葉を聞き逃すわけには尉官……じゃなかった、いかん。


「今の下士官宿舎は出ざるを得ないな。ま、その代りの家は斡旋してもらえるから、住むところの心配はしなくていいぞ」


「あ~、でも、家を空けることが多くなりそうなんですけど……」


 やっぱり、そうなるか。寮暮らしも気楽で好きなんだがな。そこで俺は、僅かばかりの期待を篭めつつ続けてみる。


「なら嫁を探すか、家政婦でも雇うんだな。給料が上がる分、その辺の余裕はできるだろ?」


 そうなるか。まあ、簡単に例外を認めたら誰も出て行かないよな。結局、引き継ぎまでにどうにかするしかないようだ。

 個人的には嫁さんを見つけたいところだけど、そこら辺は縁だからなぁ。だいたい、昇進まで一ヶ月切っているんだ。そんな短期間で無理に見つけるものでもないだろ。


「公営侍女紹介所もあるぞ? 何も自分で探さなくても良い。まずは家政婦として雇って、気に入ったら嫁さんにしたらどうだ?」


 俺が渋い顔をしたからか、大隊長は侍女紹介所に触れた。

 この公営侍女紹介所っていうのは、国が用意したものだ。名前に侍女と入ってはいるが、従者も派遣してくれるとか。


 俺たち騎士や、その上の貴族は他国から来た者が殆どだ。つまり侍女や従者を雇うとき苦労するんだよ。

 たとえばメリエンヌ王国の場合、侍女や従者は騎士か従士の子供、もしくは身元が確かな平民だ。大貴族なら下級貴族から行儀見習いに来た人を側近にする場合もあるが、そういうのは伯爵以上だね。

 で、比較的素性の良い者は王宮勤めでもするが、他は貴族や騎士の家へと回る。でも、個々の家で身元確認なんかやっていられない。だから公的機関の出番ってわけだ。


 雇用対策の一種なんだけど、実際に仕事が欲しい人は助かっているみたいだ。それに雇う方も、国が素性を保障してくれて技能も一定以上だから喜ぶ。

 情報局の諜報員が内偵で紛れてくるって噂もあるけど、後ろ暗いことがなければ堂々と雇えば良いだけだ。それに、内偵が入るのは貴族だけだろうし。


「嫁さんに、ですか?」


「ああ。独身で来たヤツも多いからな。結構あるらしいぞ?」


 俺の苦笑混じりの言葉に、大隊長は気楽そうな笑顔で応じた。

 まあ、確かに事実ではあるけどね。やっぱり、しばらくは家政婦さんでも入れるのが良さそうだな。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そんなこんなで俺ジャン・ピエールは宿舎に戻ってきた。寮監のエーファさんにも話をしておかないとな。と、寮監室の扉をノックしたけど返事がない。留守かなとも思ったけど、一応呼び鈴を押す。


 この呼び鈴も魔道具で、ボタンを押すと被覆銀線の先にあるベルが鳴る仕掛けだ。ポピュラーなもので、軍でも隊長室などに使われている。

 ちなみに貴族も執務室などに設置して執事や侍女の呼び出しに使っているが、そういうのには無線の魔道具を応用した持ち運び可能なタイプもあるという。


 この呼び鈴が繋がっている先は、寮監室の奥にあるエーファさんの私室だそうだ。エーファさん、住み込みなんだよ。といっても繋がるのは日中だけで、向こうでオフに出来るとか。

 呼び鈴や住み込みの場所が別区画になっているのは、寮監さんが若い男衆と何かあっては、という配慮だろうね。しかし、こういう近代的な魔道具の使い方はメリエンヌ王国では見なかったな。やっぱり、シノブ様が教えたのかな?


 などと考えつつ俺は待っていた。すると少し経って、エーファさんがドアを開けてくれた。


「ごめんなさいね、ちょっと娘が来ていたものだから……」


「いえ、こちらこそ来客中にすいません。実は……」


 エーファさんの様子からすると、別に深刻な話でもなさそうだ。

 とはいえ悪いことをしたな。そう思った俺は、手短に昇進の件と近々寮を出ることを伝える。


「あら! おめでとう!」


 エーファさんは、にっこり笑って祝ってくれた。

 部下のディーターのお母さんだから良い歳したおばさんだけど、元が若く見えるから笑うと更に良い感じだな。こういう人を家政婦さんにして、ゆっくり嫁さんを探すのも良いかも……なんてね。


「俺としては、嫁もらう前に寮を出ることになるとは思ってませんでしたけどね」


 妙なことを考えたからか、ついつい俺は軽口を叩いてしまう。それとも、昇進で浮かれているのかな?


「あら~、それならウチの娘はどう?」


 俺の冗談に乗ってくれたのか、エーファさんも悪戯っぽい笑みで応じてくれる。こういう付き合いの良いところも、話しやすくて良かったんだが。


「いやいや、ご本人の意思もあるでしょう!?」


 嫁は欲しいけど、知らない相手となんてすぐには無理ですって。実際、騎士家だと親が相手を決めることもあるけどね。とはいえ元が日本人のせいか、やっぱり見合いよりは恋愛って思ってしまう。

 とりあえずエーファさんには当たり障りのない返事をして、俺は部屋に戻る。少しずつでも荷物を整理しないとな。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アクフィルド平原決戦から三週間、現在の隊の安定を優先したいと俺ジャン・ピエールが昇進を辞退してからだと二週間ほどが過ぎ、月が改まる。

 この日は、多くの人にとって特別な一日だったろうな。


 創世暦1001年6月1日、ついに旧ベーリンゲン帝国領に新たな国が誕生した。国王はもちろんシノブ様だ。


 この日シノブ様がアマノ王国の建国を宣言し、周辺の各国もそれを祝福した。

 普通なら独立された側は激怒するだろうが、そんなことはない。エウレア地方の国々で建国に最も積極的に協力したのは、メリエンヌ王国だったからなぁ。

 それを端的に示すのが、アマノ王国の国旗だ。国旗に描かれている四種の宝は、誰もが知っている通り元はメリエンヌ王家の秘宝だ。メリエンヌ王国では知らぬ者などいない、聖人が授けし第二代アルフォンス一世陛下の武具、王家伝来の国宝中の国宝、おそらくは神々自身の手による宝だよ。

 それをシノブ様に譲るんだからな。


 もちろん、おいそれと譲れるものじゃない。だけど王家なら、アマノ王国の建国に神々の意志が働いていたと知っているだろうし、シノブ様を大神アムテリア様に連なる者と感じていたんだろうなぁ。

 それに実利的な意味でも、広大な地域を信用できる人間に統治させるのは悪い手じゃない。支援という名目で見守るだけになれば、国としても負担が減るんだ。交易の相手にもなるし、経済的にも万々歳じゃない?


 しかし、アマノ王国か……漢字に直せば天野王国なんだろう。『天』の字を含む名前でも神々から不興を買わないってことで、後世の歴史家はシノブ様を神に連なる王と考えるかな?

 ちなみにエウレア地方の言葉は、話し言葉も書き言葉も全て日本語で統一されている。日本と縁の無さそうな地域がそうなんだから、おそらく世界全体も同じなんだろう。

 ただ、エウレア地方の名前は人名も地名も西洋風だ。そのため名前に漢字を当てるって感覚がないから、『アマノ』を『天野』とか考える人間はまずいないだろうけど。


 でも、先の時代で東洋に相当する地域と接したら……。いやシノブ様なら、そんな先のことじゃないかも。俺は建国式典で沸く街の警備をしながら、そんなことを考える。

 当然だが、建国宣言の日からしばらく王都アマノシュタットはお祭り騒ぎだった。何しろ、放送や蒸気自動車、ヘリウム入りの風船まで飛び出したんだから。各国からも大勢見物に来るし、非番も引っ張り出されるほどだった。

 幸いちょっとした喧嘩が起こったくらいで、後はそこまで忙しいわけでもなかったけど。


 そんな騒動も、そろそろ終わりだ。明日は非番だ、ガッツリ飲むぞ!


「アマノ王国に栄光あれ!」


 いや、今日からだ。俺は仕事帰りに、いつもの酒場で浴びるように飲んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。「その25」の続きなので、創世暦1001年9月3日以降のことです。


 後半は、創世暦1001年6月の頭です。

 ジャン・ピエールさんはアマノ王国の騎士となり、建国に沸く王都で働いていました。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年 6月 1日 アマノ王国、建国。王都で式典が行われ、各都市に音声で放送される。蒸気自動車などが披露される。

創世暦1001年 6月 2日 各国の招待客、帰国する。


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