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その25 昇進

 その日ジャン・ピエールは東門大隊長、ジョーゼフ・ド・ジョストに直々に呼び出された。場所は王都アマノシュタット守護隊の東門大隊長室……つまり大隊長ジョーゼフの執務室である。


 ジャンは東門大隊に所属する小隊長だ。したがってジョーゼフに呼ばれたことは何度もあるが、大抵は中隊長と一緒だ。

 多くの者は自分を飛び越えて部下を呼ばれるのを好まない。したがって大隊長が小隊長を呼ぶとき、よほどのことがなければ上官である中隊長も合わせて呼ぶ。

 それが単独なのは、つまり面倒事なのだろう。そんな予想をしつつ、ジャンは入室をする。


「昇進……ですか?」


 入室して早々ジョーゼフは要件を切り出した。しかし想像した内容との違いに、ジャンは思わず呟きを漏らしてしまう。

 何しろ部屋に入ると、ジョーゼフが真剣な顔で真っ直ぐ睨みつけてきたからだ。彼は軍人らしく鍛え上げた体格で、しかも鼻下と顎に幅広の立派な髭を蓄え眉も釣り合うように太い。更に笑っているときは愛嬌がある青緑の目も、今は鋭く光っている。

 そのためジャンは、何か叱責でも、と身構えたのだ。


「そうだ、お前さんを第二中隊中隊長にな。まだ内示だが、中隊長研修があるから十月まで何度か本部に出てもらう」


 執務机の向こうから、ジョーゼフが隆々たる肉体に相応しい重々しい声で応える。

 威厳に満ちたジョーゼフだが、どことなく意識的に取り繕っているような不自然さがある。どういうわけだが、ジャンは、そんな印象を受けた。


「はあ……どうしてまた急に?」


 ジャンは疑問を解消すべく、ジョーゼフに急ぐ理由を問うた。既に九月に入っている。それなのにどうして、というのは当然の問いだろう。


「うむ、実はな、北門大隊の中隊長が腰をやっちまってな……」


 ジョーゼフは苦虫を潰したような顔となる。しかし、その一方で彼はジャンの様子に何らかの理由で安堵をしたらしい。ジョーゼフの(まと)う空気は、今までとは違って大きく和らいだものとなる。


「腰ですか……それは……」


 ジャンは何となく事態を察した。

 この世界における傷病には治癒魔術が効き難いものがある。そして腰痛、それもヘルニアのような慢性的なものは治りにくい部類だ。

 刀傷など、しかも切られた直後で切断面が綺麗であれば、治癒魔術で比較的容易に治せる。腕の良い術者であれば、元通りにすることも充分に可能だ。ただし、自然な治癒が始まってからだと中々難しい。癒着などをしつつ再生した組織を元のように整えるのは困難だからだ。


 関節の変形なども同様だ。自覚症状が出たときには、既に変形が定着している。

 理論的には、一旦該当部分を大きく切除してから丸ごと再生すれば良いとされている。しかし、そのような大技が使える術者など滅多にいないし、いても脊椎のような重要部位に施術できるのは伝説的な領域に達した者だけだろう。

 要するに、北門大隊の中隊長は現場仕事から退(しりぞ)くしかないわけだ。


「知っての通り、この間の東域探検船団の発足で結構な数が海軍に行っちまってなぁ。向こうにゃ、昇進できるほど実績を上げた小隊長がいないらしい」


 9月3日に東域探検船団が出港したのは、街の者でも知っていることだ。新たな時代を感じさせる朗報は多くの人を微笑ませたが、関わる者たちは喜んでいるだけで済むわけがない。

 出港したのは六月頭の建国時に結成された艦隊だが、留守中の守りが必要だ。そこで九月になるまでに第二艦隊が準備されたが、当然異動が多く発生した。

 その結果、王都守護隊からもガルゴン王国やカンビーニ王国出身で海軍勤務経験のある者などが引き抜かれた。彼らにも海軍で必要とされるならそちらで、という者は多かったから、喜んで東のイーゼンデックへと旅立っていった。

 しかし残った者たち、特に語るジョーゼフなど幹部は頭を悩ませることになった。何しろ、更に第三艦隊を、という声すらあるのだ。


「……では、自分は北門大隊に異動ということでありましょうか?」


 慣れた東門から去るのか、と思ったジャンは先の苦労を思い浮かべてしまう。

 そのためジャンの声や顔に僅かな変化が生まれたらしい。和らいだジョーゼフの表情が僅かに動く。


「いや、経験や引き継ぎの問題があるから、今の第二中隊長を向こうに回す! で、お前さんは今月中に引き継いで、来月からここの第二中隊長だ!」


 ジョーゼフは、ジャンが拒否するのではと思ったようだ。彼は矢継ぎ早に言葉を並べていく。

 鋼の肉体と威厳のある顔のジョーゼフが慌てる様子は、どこか滑稽であった。しかし彼には焦るだけの理由があった。


「了解しました」


「ほんとはなぁ、お前はもっと早く中隊長になってたはずなんだがなぁ……」


 ジャンが諾意を示すと、ジョーゼフは明らかな安堵を浮かべつつボヤく。

 これがジョーゼフが慌てた理由である。以前にもジャンは昇進を打診されたが、そのとき彼は断っていたのだ。

 それは、エウレア地方に平和が訪れた直後のことであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 5月11日のアクフィルド平原決戦は、アマノ同盟軍の勝利で終わった。

 戦後の処理はベイリアル公国とアルマン王国の人たちがやってくれるそうで、俺ジャン・ピエールを含む同盟軍の大半は帰途に着く。


 まぁ、後はアルマン王国の問題だ。自国のことは自国でやってくれ、としたいものだよ。何しろ俺たちは自分たちの建国を放り出して来たわけだからね。

 三月頭に行われた帝都決戦から二ヶ月少々、旧帝国に新国家が築かれることを知らない者はエウレア地方にいないだろう。だいたい一伯爵でしかないシノブ様が多国間同盟の盟主となったのは、近い将来君主となるからだ。

 もっと早くから察している人も多いだろうけど、どんな鈍い者でもそこで気がついたんじゃないかな。


 それから一週間程度が過ぎた。その間、俺は普通に勤務を続けていたが、なぜか東門大隊本部に呼び出された。


「何の御用でしょうか?」


 大隊長室に出頭した俺は挨拶もそこそこに終え、大隊長のジョーゼフ殿に用件を確認する。

 別に、大隊長とは気安いわけじゃない。だが、およそ二ヶ月も同じ隊にいれば、どういう方か充分に理解できた。向こうも堅苦しいことは嫌いだとね。そんなわけで、あまり言葉を飾ることもない。


「ああ。お前さん、『アクフィルド平原決戦』で結構な活躍したんだってな。本部から昇進の打診が来ているぞ」


「……は?」


 一瞬マヌケな声を上げてしまった俺だが、事態は理解した。決戦から一週間だ。そりゃあ軍功評定も終わるよなって。


 あの戦いで、俺は指揮官の騎士を一人と平騎士らしき者を一人倒した。まあ、他にも多少は引っ掛けたかもしれないが、俺の功とされたのは、その二人だろう。

 で、平騎士一人だと微妙かもしれないが、指揮官は金星と呼ぶべき戦果だからね。


「城門の小隊長としては普通だが、やっぱり戦場では派手な活躍をするんだな。まあ、今だって本当なら中隊長になるだけの武勲は溜まっているが、相次いでの昇進はって見送られただけだからな」


 大隊長の評価は最初が少々微妙だった。そのため俺は、表情を変えないようにするのに苦労した。

 しかし続く言葉を聞いた俺は、この半年近くを思い出す。


 昨年十二月末のガルック平原会戦、通称『二週間戦争』で、俺は反乱軍の中隊長を倒した。で、これと翌月末の大武会の成果で小隊長に昇進した。

 そして俺は、その直後の二月半ばからベーリンゲン帝国攻略作戦に参加した。国境砦、メグレンブルク、ゴドヴィングでは目立つ戦果はなかったが、三月頭の帝都決戦では十五体もの異形を倒した。もっとも、直後に力を使い果たして命を落とすところではあったが。

 ともかく、ここでも俺は大きな実績を残してはいた。


 ただし帝都決戦後の評定では、あまりに一気に昇進させるのはどうかと上が様子を見たらしい。

 まあ、イナーリオ大隊長に助けてもらわなければ今ごろニュテスさまのところに行っていたし、俺としても異存はない。加護に頼って力を使い果たして、など俺自身反省点の多い戦いだったし。


 そんなことを俺が考えているうちに、大隊長が話を続けていく。


「しかし、また武勲が増えた。前回からも二ヶ月、そろそろ昇進しても問題ない。で、本部の中隊長に空きが出たから、そこにお前をって腹みたいだ」


 大隊長の言うように、帝都決戦からも二ヶ月少々だ。だから、これ以上はっていうのがあるんだろうな。それと、もう一つ。


 旧帝国をシノブ様が統治する独立国家とする、といううわさがある。まあ、正式発表されていないだけで事実だけど。

 そもそも今の体制が(いびつ)なんだ。各国の指導者が伯爵のシノブ様を同盟の盟主として仰ぐっていう。どう考えても、近日中に同格以上になる前提での盟主就任だよ。

 まあ、独力で空を飛んじゃう人だからね。それも伝説の四つの秘宝を着けて。これが秘宝の力で飛んだ、とかならまだ理解の範疇だけど、そういうことでもないらしいし。


 他の国はともかく我らがメリエンヌ王国のアルフォンス七世陛下なんて、今のままだと胃が痛いんじゃないか?

 第二代の伝説の英雄王アルフォンス一世陛下だけが使えた、王家の四つの秘宝。後代の誰もが一つとして手に取ることすら不可能だった秘宝を、全て自在に操ったんだ。その人を家臣として自分が玉座に座るなんて、普通の神経なら耐え切れんよ。


「何しろ、各国の駐留部隊も引き上げるからな……それに海軍もある」


 そうなんだ。大隊長が口にしたのは、凄く大きな問題だ。

 まず、新国家に移籍しない人たちは当然ながら自国に帰る。一般の兵士や比較的下の者は、こちらで出世できるから残るけど、要職にあった人ほど帰国する。つまり、上が沢山抜けるわけだ。で、軍も大幅に再編成となる。


 更に海軍も誕生する。だから海軍設立のために、各部署から異動が始まっている。

 俺も発見に関わったイーゼンデックの断崖の階段が、シノブ様の魔改造で港になったそうだ。で、そこを海軍は拠点にする。

 何でもガルゴン王国やカンビーニ王国の人たちが優先的に声を掛けられているとか。まあ、両国とも船乗りは多いしね。


 そんな折、各部で人材が足りなくなっているのは判る。判るんだが。


「済みません! 大隊長、今回は辞退させてください!」


「……なに? お前、まさか国に戻る気か!?」


 俺が辞退すると、大隊長が大声を上げた。

 ああ、そっちに取られてしまったか。そこで俺は、辞退の理由を急いで続ける。


「今の小隊ですが、やっと態勢が整ってきたところなんです! 慣れ始めたところで変わると、業務に支障が出かねません! 組織自体、これから色々変わると思いますし!」


 俺が今の小隊の長に着任してから約二ヶ月、隊員たちとも打ち解け仕事が回るようになってきた。まず、これが理由の一つ。

 そして曖昧に(ぼか)したが、建国となれば更に大きな変化があるだろう。要するに、これから暫くガタガタする。これが二つ目。

 出世はしたいけど、先にやるべきことがある。それに俺以外にも、元の部署や国に残る人もいるんじゃないかな。

 まあ、これだけ大変化をしているんだし、空いている席も暫くは埋まらないだろう。そういう計算もあるにはあったけど。


「う~ん。それなら仕方ないか……」


 俺の返答に、大隊長も否とは言えなかったらしい。こっちに残るなら次の機会を待てば、と思ってくれたのかも。


 こんなわけで、俺の昇進は見送られることとなった……というか、見送ってもらったんだ。

 四ヶ月も待たせたんだから、しっかり中隊長として頑張らないと!


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。東域探検船団が出港しているので、創世暦1001年9月3日以降のことです。


 後半は、創世暦1001年5月の中旬です。

 ジャン・ピエールさんは、アルマン島の戦いから無事に戻り、再び旧帝都の守護隊東門大隊で小隊長として働いています。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年 5月11日 アルマン島、アクフィルド平原の戦い。

創世暦1001年 5月17日 シノブ達、正体を隠して旧帝都を散策する。後にベランジェの補佐官となるリンハルトと出会う。このころには、新国家の閣僚や伯爵は内定していた。

創世暦1001年 5月21日 新王国の王都の名、アマノシュタットに決まる。国名は、これ以前にアマノ王国で決まっていた模様。


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