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その23 アクフィルド平原

 アマノ王国の王宮の中核たる『大宮殿』……の四階の廊下。一人の若い侍女が浮かない顔をしながら掃除をしていた。


 大宮殿の主要な設備は、一階から三階に集中している。

 一階には『金剛の間』、『瑠璃の間』、『翡翠の間』など大規模な宴に使う場が揃っている。それに位置的に人の出入りも多いから掃除も気合が入る。

 二階は国王や宰相の執務室、謁見の間、続く格のヴルムの間にリントの間などだ。これらは常に要人たちが使うから、清掃担当も上級のものばかりで成年前や直後の未熟者など声も掛からない。

 それらに比べると三階は比較的気楽だが、それでも国中の書籍を収めた『叡智の間』や軍議のための『紅玉の間』には国王や閣僚が訪れることもある。したがって、ここも緊張する場ではあった。


 しかし、その上ともなると王家の者や閣僚が訪れることは非常に稀であった。そのため若手の清掃技術向上に使われる。そして注目されることが少ないだけに、修行中の侍女たちも他より気楽に働けるようだ。

 だが、気が抜けたともいえる様子に、指導役の先輩侍女が不満を(いだ)いたらしい。各所に散った侍女たちを巡っていた彼女は、エーディトへと寄ってくる。


「いつ陛下や宰相閣下がいらっしゃるか判らないのだから、気を抜かない!」


「すみません、先輩!」


 先輩の叱責に、エーディトは素直に頭を下げる。ここに国王や宰相が来ることなど殆どないのだが、だからといって手抜きが出来ないのは事実ではある。

 シノブは国王として最初に宮殿の各所を巡りはした。ただし、その後の彼は用のある場所にしか赴かないようだ。


「特に陛下はお忙しいから……」


 先輩侍女は、この際エーディトの気を引き締めようと思ったのか、立ち止まって説教を始める。

 二階にはシノブ自身や右腕たる宰相の執務室があるから、ほぼ毎日何時間か過ごしている。更に双方の補佐官を始めとする文官たちの部屋などがあり、そこにも足を運ぶことがあるようだ。しかしシノブが、その他の区画に顔を出すことはあまりない。


「……多忙なのは確かよ。でも、陛下は侍女や従者にも気を配っていらっしゃるわ。貴女も名を呼んでいただいたことがあるでしょう?」


「はい」


 エーディトは、初めて王宮に上がったときから数えても数度シノブの顔を見ただけである。

 ただしエーディトは、直接シノブに声をかけられ名も呼ばれている。そのため顔は出さないシノブだが、侍女たちの評判は良い。


 実はシノブが配下の名を覚えているのには裏がある。

 シノブは宮殿に勤めている者達の履歴書に、彼らの似顔絵を添付し記憶するよう努めていた。似顔絵の元となる映像はアミィが提供し、彼女がシノブと協力して羊皮紙に転写したのだ。

 もっとも、それらの手間を掛けてでも配下を把握しようとする姿勢は褒められるべきであろう。


「……貴女が助けてくれた騎士を捜しているのは知っているけど、気持ちの切り替えはしっかりね。

それに王宮でこれだけ探して見つからないなら、軍本部にでも頼んだほうが良いのではないかしら? 伝手がないなら、しっかり働いて心証を良くすべきだと思うわ」


 先輩侍女は、勤務態度が悪ければ助けも無いだろう、と言いたいらしい。

 宮殿の主が名や経歴の把握に努めるのだから、それを周囲も真似る。そのため真摯に働く者には支援の手も多く差し伸べられるだろうが、そうでなければ。仮にエーディトが探している騎士が上の覚えが良ければ、将来ある若者に相応しくないと捨て置かれるかもしれない。


「は、はい!」


 先輩侍女の言葉で、エーディトは気持ちを切り替えた。そして彼女は気を引き締め、宮殿の清掃を続けるのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 俺ジャン・ピエールは、ブロアート島に集結したアマノ同盟連合軍で、海峡を挟んで南のアルマン島の情勢を聞いていた。

 既に馬揃えなどは終わり、配られた食事を食べながらだ。まあ、一種の懇親会だな。


「それじゃ、ベイリアル公国軍はアルマン島の北部都市を奪取したのか」


「ああ、俺たちの集結と前後してだそうだ」


 まず、ベイリアル公国がアルマン島の北の都市ドォルテアを押さえたそうだ。で、これを王都の軍務卿、鮪丼じゃなかったマクドロンが迎え撃つかと思いきや、そうならなかった。


「マグロドンは王族との戦いに行ったとさ」


「マクドロンな……」


 しかしマグロドンね……誰が広めたんだろ? 日本のことを知っているとなると、シノブ様か? でも、そういう性格じゃなさそうだしな……。


「でも、それも予想済みなんだろ?」


「ああ、こっちも王都と西のジールトンの中間辺り……アクフィルド平原を目標としているからな」


 行方不明だったアルマン王国の王族は、西部の都市ジールトンに現れた。そして彼らは軍を率い、東進してくる。当然、これを反逆者の軍務卿マクドロンは西進して迎え撃つ。で、激突するのがアクフィルド平原っていう予想だそうだ。

 つまり、俺たちを加えると三つ巴の様相を呈しているわけだな。もっとも国王派と軍務卿派が、俺たちのことまで意識しているかは知らないが。

 ベイリアル公国軍は、まだ200km北のドォルテアだ。賢いヤツなら連合軍が空から磐船でやってくると考えているかもしれないが……でも、予想したって対処する方法なんて思いつかないだろうし敢えて無視かな。


「東軍と西軍が激突して疲弊したところに俺たちが、って感じか?」


「そういう意見もあるらしいがな。だが、無駄に血を流すことも無いだろ」


 非情な策を採るなら、国王派軍と軍務卿派軍の戦いの後、疲弊したほうを討つべきだ。でも、この世界の人々は無用な犠牲を厭うからなぁ……神々の思想を反映してだと思うけど。まあ、そういう俺も同じなんだけどさ。


「それに、これが最後の戦いだろうからって各国の軍も張り切っているしな」


「ああ。俺の隊の指揮官も、わざわざアルマン王国まで来て戦場を駆けずに帰れるかって息巻いていたぜ。……そうそう、お前の馬もやる気充分じゃないか」


 隣の騎士は、羨ましげな顔で俺に向き直る。今回、俺はメリエンヌ王国騎士団枠での参戦、愛馬プリムヴェールも一緒だ。


「ああ。良い馬だよ。運が良かったんだろうな」


 プリムヴェールは軍馬だから、馬鎧も嫌がらない。一応牝馬なんだけど、馬体もしっかりとした黒馬で、最初見た時は世紀末覇者とか傾奇者とか竜巻を思い出したよ。


 そして5月11日未明、艦隊は予定の地点に潜んでいる。ここはアクフィルド平原の50kmほど北方、アルマン山地の奥深くだ。でも、木の伐採や整地を竜の皆さんがやってくれたので、着陸もスムーズだったよ。


「これでエウレア地方の戦いは終わるのかな……」


「ああ、終わりにするんだ」


 東西にらみ合う天下分け目のアクフィルドってところかな。そのため、俺たちも気合が入る。


 西軍には、たぶん異神がいるんだろう。でも、そっちはシノブ様に任せるしかない。

 東軍にも神具を悪用する鮪丼がいるけど、そっちはイヴァール様やカンビーニとガルゴン両国の王太子様が、ガンド殿や光翔虎のお二方に乗って牽制をされるそうだ。

 俺はメリエンヌ騎士団の乗る輸送艦……後部ハッチがあるヤツだ。平原に馬を出すからな。そして旗艦のアマノ号は、高空からの射撃支援に当たるらしい。

 今はプリムヴェールと共に船倉の中だから、周囲は見えない。しかし、外から神獣たちの咆哮が聞こえた。どうやら動きがあったらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 三頭の炎竜に運ばれた輸送艦型の磐船は、両軍の対峙する場所から少し北に強行着陸を果たす。そして後部ハッチから怒号を上げて次々に騎馬や兵たちが降りていく。

 降りた者たちは速やかに部隊を展開すると、すぐに動き始める。


「メリエンヌ王国騎士隊、突撃! ドワーフ隊はその後方に!」


 突撃命令を受け、メリエンヌ騎士団が駆け出す。俺ジャン・ピエールも、当然その中の一人さ。


「ベルレアン流槍術に敵は無い!」


「我が槍の錆となれ!」


 先陣の騎士が叫ぶ……兜飾りからすると、あれはアリエル様のお父上ルオール男爵と、ミレーユ様の兄上ソンヌ男爵継嗣か。

 どちらも先代ベルレアン伯爵アンリ様、『雷槍伯』様の高弟だ。凄まじい勢いで突撃していく。


戦友(とも)よ、今が駆け抜けるとき!」


 先陣に負けじと、俺も声を張り上げる。

 高揚と共にプリムヴェールを走らせる俺だが、周囲の技量に目を見張ってもいた。殆どの人が手綱を使っていないんだよ。特にベルレアン流槍術を修めた人は両手でしっかりと槍を振るっているんだ。

 馬上試合では槍と楯を構えるから手綱は使えない……それは前世の記憶でも知っていた。だけど、よほど馬と息があっていないと無理でしょ。俺は加護のおかげか、プリムヴェールと心を通わすような感じで何とかしているけどね。

 さて、罪科に悔やむ魂よ……闇の使徒として輪廻に送り奉る!


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。


 後半は、創世暦1001年5月の上旬です。

 ジャン・ピエールさんは臨時の召集でベイリアル公国に移動、アルマン王国での決戦に参加です。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年 5月 8日 アルマン王国の都市ドォルテア。ベイリアル公爵やシメオン達が攻略する。

創世暦1001年 5月 8日 シノブ達の軍議で各国の軍をブロアート島に集結させることが決まる。

創世暦1001年 5月 9日 神殿の転移や磐船での移動を駆使して各国軍が集結する。

創世暦1001年 5月11日 アルマン王国のアクフィルド平原。東軍(マクドロン親子側)、西軍(国王側)、双方が集結。アクフィルド平原から北50kmほど、アマノ同盟軍が集結。


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