表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/51

その22 アルマン王国へ

 アマノ王国の王宮『白陽宮』と外部を隔てる城壁の近く。とある建物の前で、若い騎士と侍女エーディトが話をしていた。

 ここは『白陽宮』城壁の警備を担当する騎士や兵士の休憩所だ。


「帝都決戦……その旧大帝殿突入部隊の騎士ね。確かに参加したのは選抜部隊で、出世頭のはずだからなぁ……」


「ご存じではありませんか?」


 侍女エーディトは、自身を助けてくれた人物を探し続けていた。竜の血で作った秘薬で生じた異形に追いかけられ殺されそうになったのは、それだけ衝撃だったのだろう。


「有名どころはイヴァール様、アルノー様、アルバーノ様の三伯爵、あとハーゲン将軍たちの将軍格か。このあたりは指揮官だから、違うだろうけど」


「そうですね。指揮官という感じではありませんでした。比較的若い方だと……それに人族だったと思います。たぶんですが……」


 騎士の挙げた者たちは、全て人族ではなかった。イヴァールがドワーフ、他は獣人族だ。身体能力の高さ、それに戦闘奴隷だった獣人族は、帝国への恨みもある。しかも進攻に先立って行われた奴隷解放作戦で活躍したのは獣人族だ。

 それらの事情から、突入部隊の指揮官は殆ど全てが人族以外であった。


 とはいえエーディトも、助けてくれた人物が人族だという確信はないらしい。ドワーフは身長や体格で判りやすいが、鎧兜を着けると人族と獣人族の差は少ない。

 獣人族の場合、頭上に獣耳を入れる膨らみがあるが、兜飾りなどに紛れてしまうこともある。尻尾は背後から見えることも多いが、これもマントなどで隠れてしまう。それに熊の獣人のように、尻尾が極めて短い種族もいる。


「王宮守護隊の先輩たちにも当然参加者はいたし、たぶん参加者って出世した人ばっかりじゃないかな……もう少し詳しい特徴ってない?

マントは……いや、突入部隊は小隊長級以上だからマントありか。兜があるから髪も見えないだろうし。瞳は……」


「え……え~っと。……ごめんなさい、思い出せません」


 残念ながら、エーディトに相手の瞳の色まで覚える時間はなかったらしい。しかし、それも無理はない。

 人ならぬものに追い立てられ、助けられた直後に相手の勧めで脇の部屋に隠れた。交わした言葉は、このときの部屋に隠れるように、というものだけだ。

 その間、十秒かそこらしか無かったかもしれない。


「あ、ああ、いいって。当時そういった話が多かったらしくて、先輩たちの中には『結ばれる運命だったんだ』って自慢している人もいるからさ。それより、どう? 今度暇な時?」


 どうも騎士は親切心だけではないようだ。彼は、これを機会にエーディトと親しくなろうと考えたようである。


 そもそも本気で探してやるなら、突入部隊の全員が現在の王宮配属ではないことくらい指摘するべきだ。

 確かに突入部隊の多くは旧帝都配属となり、そのまま更に王都アマノシュタット配属となった。しかし、彼が挙げた指揮官級のように他領に回った者、将軍などのように王都や王領守護でも王宮外で活躍している者も多い。

 それを伏せているのだから、この騎士も人が悪いというべきであろう。


「ごめんなさい、仕事に戻りますので……お話、ありがとうございました」


 騎士が親身ではないと察したのか、エーディトは話を打ち切る。そして一礼して足早に去っていく彼女に、騎士は力なく肩を落としていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 俺ジャン・ピエールがニュテスさまの夢を見てから、しばらくしてのことだ。聞きなれない名が旧帝都の軍人たちの間で(ささや)かれた。


「ベイリアル公国? ベイリアルって何だ?」


「知らないのか? アルマン王国の北半分の島の公爵だよ」


 俺を含めたメリエンヌ王国出身が、多少の知識を披露する。それを旧帝国出身や南方のカンビーニ、ガルゴンから来た者たちが興味深げに耳を傾ける。


 アルマン王国の北方、ブロアート島がベイリアル公国として独立を宣言した。創世暦1001年4月27日、シノブ様が姿を消してから十日近くが過ぎた日だ。

 ベイリアル公国……語感と公国という言葉から悪いイメージがする。でも、普通にアマノ同盟に協力してくれるだけだって。


「シノブ様が戻られたぞ!」


「本当か! これでアルマン野郎も終わりだな!」


 5月2日、シノブ様が帰還された。そして翌日にはシェロノワで宴が開かれたらしい。

 また参加できなかったよ……と思ったら、先代アシャール公爵ベランジェ様の計らいで勤務時間外に料理がふるまわれた。流石に酒は非番になってからだけど。

 ベランジェ様、やっぱり色々気が回る人なんだなぁ。俺も感謝しつつ料理と酒にありついた。


「おい……宮殿って白かったかな?」


「馬鹿なことを……飲みすぎて目がおかしくなったのか? い、いや、本当に白いな!」


 そして宴会が終わって同僚と宿舎に戻る道筋だ。俺は前方に(そび)える皇帝がいた場所『黒雷宮』、今は軍管区の中枢が置かれている宮殿を見て驚愕した。宮殿……『大帝殿』を含む敷地内の全ての建物が、黒から白に変わっていたんだ。

 後で聞いたんだが、岩竜の長老様たちが改装してくれたとか。長老ともなると、岩石の色調調整も朝飯前ということか。


「もう『黒雷宮』じゃないな……『白雷宮』かな?」


「う~ん。雷も邪神や皇帝の象徴だからな……まあ、名前は偉い人が考えてくれるだろ! 白い宮殿にカンパ~イ!」


 このときの俺たちは相当に酔っていた。だから仮に紫や茶色でも乾杯しただろうな。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「温泉か……」


 俺ジャン・ピエールは頬を緩ませる。

 シノブ様が帰還してから少ししたころだ。シノブ様は、旧帝国領内各地に温泉を掘って回られたそうだ。当然ここ旧帝都にも追加される。

 いや~、元日本人的に浸かれる温泉はうれしいね。実はフライユにもあるのは知っていたんだけど、行く機会がなくって。

 シノブ様が最初に温泉を造ったのは一月末くらいらしい。でも、そのときは伯爵家の館だけだし、直後に帝国への進攻が始まったからな。


「旧帝都にも造ってくださったけど、中央区だけだったしな。あっちは上官たちも来るし……」


 こういうとき、軍隊は面倒だなって思う。まあ、内政官でも変わらないかもしれないが。


 えっ、今まではどうしていたかって?

 大概は桶にお湯を張って体や髪を洗うんだけど、俺の場合は魔力障壁で小さく体を覆ってそこに適温のお湯を出して、汗や汚れを浮かせて浄化、お湯は桶に捨てて終了って感じだった。しょうもない魔法の使い方っていうなよ? 結構苦労してるんだ。


「仕上げ工事に数日か。待ち遠しいな」


 ウキウキ気分で温泉を楽しみにしていると、また招集が……。

 何グループかに分かれて神殿で転移、そして転移先からは磐船だ。目的地はブロアート島、つまりベイリアル公国だと。

 そう、アルマン王国での戦いに加わるんだ。


 今回の作戦で運用される磐船は全部で五隻、それにメリエンヌ王国だけじゃなく、ガルゴン、カンビーニ、ヴォーリ各国の戦士が乗り込むとか。しかもデルフィナ共和国も人員は出すし、ベイリアル公国も少数だが加わっているそうだ。


 五隻の磐船は、どれも新型らしい。

 うち四隻は後方に巨大なハッチがある。海上行動を除外して速やかな上陸に最適化したんだろう。

 どうやら俺は、このうちの一つに乗り込むらしい。


「しかし『空中戦艦アマノ』ねぇ……そのうち何かを取りに行くのかな?」


 俺の目の前にあるのは、最後の一隻だ。俺が乗るわけじゃないが、ついつい眺めてしまう特別な船なんだよね。

 まず、デカい。今までの磐船の倍は横幅がある巨大戦艦……それもそのはず、双胴船だった。で、その名も『アマノ号』……要するにシノブ様の専用艦ってことか。今回は別行動らしいけど。

 魔法の家という魔道具……おそらくは神具なんだろうが……を設置するための特別製で、しかも今回のアマノ同盟連合艦隊の旗艦になるそうだ。

 乗ってみたい気はするが、あっちには先代ベルレアン伯爵アンリ様、つまり『雷槍伯』様もいる。それどころか王太子殿下もいるからなぁ。外から眺めているくらいが、俺にはお似合いだね。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。


 後半は、創世暦1001年4月の下旬から5月の上旬です。

 ジャン・ピエールさんは旧帝都の守護隊東門大隊で働いています。しかし、また臨時の召集が発生しベイリアル公国に移動、アルマン王国での決戦に参加することになりました。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年 4月27日 ブロアート島、ベイリアル公国として独立。

創世暦1001年 5月 2日 シノブ、地球から帰還。夜、旧帝都で岩竜の長老達が宮殿を白く造り変える。

創世暦1001年 5月 5日 シノブ達、温泉を作りに旧帝国領を回る。

創世暦1001年 5月 8日 シノブ達の軍議で各国の軍をブロアート島に集結させることが決まる。

創世暦1001年 5月 9日 神殿の転移や磐船での移動を駆使して各国軍が集結する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ