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その21 アマノ同盟

 アマノ王国の王宮『白陽宮』で最も大きな建物である『大宮殿』……の片隅、侍女休憩室。そこで二人の侍女が雑談をしていた。


「……それでエーディト、愛しの騎士様は見つかったの?」


 僅かに年長の侍女が、興味津々な表情で答えを待つ。ただし、どういう返答か予想が付いているのか、笑いを含んだ顔である。


「わ……私は別にそんなんじゃ……」


 エーディトと呼ばれた侍女は、同僚の言葉に頬を染めた。成人したてといった外見の少女だ。

 このエーディトは、ここに帝国時代から勤めている。彼女は旧帝国の宮殿、大帝殿の侍女だったのだ。

 ただし担当が裏方で更に末端であったからだろう、エーディトは異神の支配が弱かったらしい。そのため彼女はメリエンヌ学園分校を比較的早期に出て、王宮の侍女として再雇用されていた。


「そんなんじゃって言うけど、熱心に情報を集めてるじゃない?」


 問うた侍女は更に追及をする。しかし彼女の顔は笑みを含んだままで、あくまで同僚の反応を楽しんでいるだけらしい。


「それは助けてもらったお礼がしたかったから……このままだと気分が悪いからよ!」


 からかわれていると気付かないのか、エーディトは真っ赤な顔で叫び返した。

 エーディトは創世暦1001年3月6日、帝都決戦の日も宮殿で働いていた。多くの人々が皇帝の作った秘薬で異形と化した、あの日である。

 もっとも彼女は裏方でも最年少に近い若輩だったから助かった。秘薬を混ぜた祝い酒が配られたとき、彼女は上役からの伝言を他部署に届けるため外していたのだ。

 そのため異形とならずに済んだエーディトだが、自身の持ち場に戻ったら魔獣と人の合いの子のような怪物と出くわし、宮殿へと逃げ込むことになった。そこで彼女は宮殿に突入してきた騎士の一人、ジャン・ピエールに助けられたが、名を聞くこともなく今に至る。


「はいはい、そういうことにしておくわよ」


「何よ、その言い方は!」


 姦しい会話が続くのだが、そこに待ったかかる。


「貴女たち、そろそろ休憩は終わりよ? それともう少し声は控えなさい……王宮侍女長に怒られても知らないわよ?」


 更に年長、おそらくは三つかそこらは上の侍女からの言葉にエーディトたちは首を(すく)める。


 年長の侍女が言う王宮侍女長とは、ロザリー・ド・ラブラシュリ男爵夫人である。

 ロザリーの正式な地位は侍女長補佐だが、彼女は主に『大宮殿』の侍女たちを取りまとめていた。そのため侍女たちはロザリーを王宮侍女長と呼んでいるのだ。

 余談だが、侍女長ロジーヌ・ド・アングベール子爵夫人が総侍女長、タマーラ・イナーリオ親衛隊長夫人が小宮侍女長と呼ばれている。


「は、はい!」


「わ、わかりました!」


 エーディトたちは素早く立ち上がる。そして二人は持ち場へと向かう。

 とはいえ彼女たちの行く先は国王や宰相の区画や謁見の間などではない。騎士の詰め所、侍従の控えの間、無数にあるが小規模な歓談の場、そういったところだ。これらが、まだ各国の貴顕が集う大広間などに出ない見習い侍女たちの仕事場なのだ。


 だが、裏方と侮るなかれ。各種物品の管理や洗浄、補修補給など、仕事は山ほどある。物品管理を任されるのは信頼の証、そのため地球でも洋の東西を問わず、御納戸係、納戸部などが存在したくらいである。

 もっとも、先輩侍女に追い立てられるエーディトたちには、まだそのような威厳や貫禄は存在しない。彼女たちの仕事(たたかい)は、まだ始まったばかりなのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 イーゼンデックの断崖についての報告は、上も重視してくれた。シノブ様にも、すぐに報告するって。

 ただ、俺ジャン・ピエールは元の役目に戻ったから、結果については随分と後になるまで知らなかった。あれがアマノスハーフェン誕生に繋がるなんてな……。結構な報奨金がもらえたのは、そのお陰なんだろう。


「宮殿に聖堂?」


「ああ、岩竜の長老ヴルム様とリント様がお造りになったそうだ」


 イーゼンデックから旧帝都に戻った俺は、岩竜の長老たちが見事な聖堂を作ったという話を聞いた。どうも、昨日4月11日のことらしい。


 暇ができたら見に行きたいけど、まぁ、忍び込むんでもないと無理かなぁ?

 半球状の聖堂は敷地の外からでも見える。だけど中には立派な神像があって、更に周囲を様々な生き物の石像が取り囲んでいるっていうからな。


「それはシノブ様もお喜びになっただろうな」


「たぶんな。ちょうど、あの地下神殿の後始末でいらっしゃったそうだ……神像や聖堂は代わりにお造りになったんだろう。だが、すぐに戻られたとか……やっぱり西海での戦いがあるからお忙しいのだろう」


 後で聞いたら、同じ日にシノブ様はディルフィナ共和国に向かわれたそうな。いつものことだけど忙しい人だと呆れたよ。

 ちなみに俺は長いことエルフと会う機会がなかった。フライユ伯爵領にも使者として来たそうだけど、そのころ既に旧帝国勤務だったからな。それに、このころ旧帝都にエルフが来たことはなかったんじゃないかな? だから、一度くらい生でエルフを見てみたい、なんて思っていたよ。


 そして今日4月12日、エウレア地方の各国が連名でアルマン王国に宣戦布告した。やはり陰謀説は正しかったらしい。とはいえ俺は通常業務だが。


「しかし、蒸気船って何だよ? 帆が無くて船が進むなんて……魔法の力か?」


「ああ、湯気の力で風車みたいなのを回してだな……もっとも蒸気は熱の魔道具で作るから、魔法の一種だとは言えるが……」


 俺は首を傾げる同僚に、蒸気船について説明する。

 ドワーフの技術は蒸気機関を実現したらしい。しかも、地球のものと違ってエネルギー源は環境に優しい魔力由来だ。そして、ついに蒸気船を就航させたと……シノブ様、あんまり機械技術を持ち込むのは控えましょうよ。


「お前、博識だな。学者になれば良かったんじゃないか?」


「ドワーフの戦友から聞いただけさ! 俺には無理だよ!」


 俺は慌てて誤魔化した。やっぱり地球関連のことには触れないほうが良いな。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 その後は怒涛の展開で、アルマン王国内部でクーデター、そして……シノブ様が姿を消した。

 シノブ様は復活した邪神と一旦戦った。でも完全に仕留められなかったから、確実に消滅させるための何かを探しに行ったとか。

 それでシャルロット様が、フライユ伯爵代行を務めると宣言されたそうだ。しかも東方守護将軍も込みだという。

 更に同日、各国が集まりアマノ同盟が発足だ。シノブ様がいないからいいけど、いたらその名前は絶対嫌がるだろ。

 これらは最重要のニュースだから、旧帝都の俺たちにも同日中に伝わる。シノブ様の不在が変に広まるより、上からハッキリさせるのが良いだろうってことだな。


 そしてアマノ同盟発足の知らせを聞いた夜、またニュテスさまが俺ジャン・ピエールの夢に現れた。


「最近、頻度が上がっていませんか?」


「君と話すのは気分転換のようなものだよ」


 呆れ気味の俺に、ニュテスさまは楽しそうな笑いで応じる。だいぶ気安くなってきたように思うが、緊張させられるよりはマシかな。


「そうそう、シノブのことだけど……」


「ご存じなのですか!?」


 教えてくれるのか! 俺は驚きつつも続きを待つ。


「ああ、地球にいるよ。四柱の異神、バアルとその一族がシノブを遥か彼方の宇宙に転移させようとしたんだが、どうにか修整してね。

私があちらに別件で念を送っていたから、その経路も使ったんだよ。だからシノブは縁者の近くにいる」


「縁者……家族ですか」


 ニュテスさまの声は、しんみりしたものになっていた。だから俺は、縁者が何を意味するかに気が付く。


「彼も突然だったし、きちんと別れを告げさせるべきだろう? 君の家族にも言付けをしても良いよ?」


「……いえ、思い出して悲しんでもらいたいわけでもないし、今の人生もいいものですから」


 シノブ様の場合、転生じゃなくて転移らしい。だから、家族からすれば行方不明なんだろう。だったら別れは必要だと、俺も思う。

 だけど、俺の場合は地球で死んでの転生だ。交通事故だったようだから突然だが、向こうからすれば既に心の整理も出来ているだろう。それに信心深いほうじゃなかったから、転生だなんて告げられても、余計に混乱するかもしれない。


「……そう言ってもらえると私は嬉しいね」


「そういえば、ニュテスさまの別件って何でしょう?」


 俺は話題を変えようと、さっきニュテスさまが口にした別件を持ち出した。


「シノブの家族に、こっちでの様子を夢で見せているんだ。これでシノブも、もう少し私のことを思い浮かべてくれるかな……」


 ニュテスさま、そんなことを……アフターケアってことか。ご家族も、行方不明になったシノブ様を探そうとするだろうからな。

 しかし、思い浮かべて、か。従属神の方々はシノブ様と兄弟姉妹らしい。シノブ様が地球で生き続けたらともかく、こっちに来たから交流したいんだろうか。何というか、微笑ましくはあるな。


「種族に崇められるサジェールさまやテッラさま、ポヴォールさま、アルフールさまに比べると接点が無いですからね」


 この四柱は、それぞれ人族、ドワーフ、獣人族、エルフの守護神とされている。そのため各国に現れた聖人の逸話にも、どこか守護する神を思わせるものが多かった。

 そして海はデューネさまの独壇場だ。国を問わず船乗りはデューネさまに感謝を捧げるし、その意味では戦士の守り神とされるポヴォールさま、大地や森で農業と縁深いテッラさまにアルフールさまも似たようなところがある。

 だけど、ニュテスさまの領分は夜や冥界だからね……。


「無駄に出番がないほうがいいと私も思っているのだけどね。神の長男としては複雑な気分だよ」


「俺もニュテスさまの使徒っていっても、シノブ様と接点ほとんどありませんからねぇ……」


 出番が少なくて良いと俺も思う。でも、少し寂しいのは事実だな。


「それなら君のことをシノブに話して、頑張ってもらおうか」


「ちょ! それは勘弁してください!」


 相手は神さまだけど、気心の知れた上司と部下って感じになってきたのかも。

 そんな感じで、今回は指示や頼み事も無く終わる。どうやらニュテスさま、本当に気晴らしに来ただけらしい。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。


 後半は、創世暦1001年4月の上旬から中旬です。

 ジャン・ピエールさんは旧帝都の守護隊東門大隊で働いています。臨時の召集で行ったイーゼンデックからも、無事に戻ってきました。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年 4月10日 シノブ達、イーゼンデックの東の海岸の階段に行く(後のアマノスハーフェンとなる場所)。

創世暦1001年 4月11日 シノブ達、旧帝都の地下神殿の調査をする。更に地上に神像を設置する。岩竜の長老達が屋根を掛ける。

創世暦1001年 4月11日 シノブ達、デルフィナ共和国でエルフの巫女の託宣を見る。

創世暦1001年 4月12日 エウレア地方の大陸の諸国が、アルマン王国に開戦を宣言する。

創世暦1001年 4月14日 アルマン王国でクーデターが発生。

創世暦1001年 4月18日 シノブ、異神達と戦うが地球に飛ばされる。

創世暦1001年 4月19日 シャルロット、シノブの代行となる。アマノ同盟結成。


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