その20 帝国滅亡
俺ジャン・ピエールは、買った食材を抱えて大通りを歩き中央区に入る。そして入って間もない外周区の近くで脇道に曲がる。すると見えてくるのが俺の住む下士官宿舎、通称『男子独身寮』だ。
ちなみに兵舎……平隊員の宿舎はまた別だ。東西南北各区ごとに詰め所の近く、元々あった施設を流用している。そっちは大体相部屋だそうだ。
ただし下士官もそうだけど、既婚者は住宅地に家を見つけている。国から斡旋してもらうみたいだ。もちろん、元々ここに住んでいた連中もいるが。
それで俺たちの『独身寮』も、帝国時代から同じような用途の建物だったらしい。まあ、旧帝国だって若い下士官や独身はいただろうからな。
玄関を開けると寮監のお姉さんがやってくる……うん『お姉さん』ね。
この人はエーファ・アインスバインさん、部下のディードリッヒ・アインスバイン……ディーターの『お母さん』だ。見た目が若いこともあって、年相応の扱いをしようとすると非常に怖い。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい。あら、ずいぶんと大荷物ね?」
ディーターという接点があるせいか、エーファさんは俺に良く話しかけてくる。こういう荷物を持って帰るのも時々あるんだから、わざわざ口に出さなくても……まあ、この後のことを考えると手間が省けるのは確かなんだが。
「ええ、ちょっと台所を借りますね?」
「はいはい、いつも通りね」
やっぱり、これの確認だったんだろうな。エーファさんは頷くと、奥に戻っていった。
寮の食事は申告制で、食べるときはあらかじめ申し込んでおく必要がある。面倒なので夕食は兵舎に紛れたり酒場で食べたりで、ここじゃ非番でもないと朝くらいしか食べていない。
で、台所につくと材料を広げる。調理工程は省略……で、できたのが蕎麦にカツ煮に焼き鳥だ! ちなみに焼き鳥はネギマっぽい感じな!
「やっぱ、たまにはこういうのが食べたいよな~」
魚醤のせいか若干違和感があるけど、久々に和食っぽい食事にありつけた。
俺が知っているのはメリエンヌ王国とアマノ王国の食事だけだが、どちらも洋風だ。実家もそうだから、和食らしきものを食べたのは、つい最近からだ。
「実家も余裕があるような無いような、微妙な格だったからな……」
男三人兄弟だから、手伝いと称して料理をしてみたこともある。ただし食材自体は家にあるものだけだし、実験で失敗などできない。そんなことしたら、飯抜きだからな。
「たまにはカレーでも……シャルロット様やミュリエル様がお作りになったんだっけ……」
王宮ではカレーが流行っているらしい。正確には、フライユ伯爵家時代からなんだけど。
シノブ様がフライユ伯爵となった直後、シェロノワにカンビーニのマネッリ商会が来た。で、それからは南方から香辛料が入手できるようになったそうだ。
それに米も。意外なことに、エウレア地方の南部、カンビーニやガルゴンでは稲作をしているんだ。ただ、比較的流通の良いベルレアン伯爵領でも産地の三倍はしていた。そのため下級騎士家の実家では、全く縁が無かったな。
俺以外はパンで充分だって……まあ、当たり前か。
フライユ伯爵領でもマネッリ商会が米を輸入してくれたんだけど、やはり高いのは高かった。だから、中隊長級の家庭持ちなんかが、一度はシノブ様たちと同じものを家でも、とか言って作る程度だったらしい。
そして残念ながら、北で高地のアマノ王国だと稲作はやっていない。オマケにメリエンヌ王国より更に産地から遠い。そのため米は超高級品だ。
「ご飯にお餅、食いたいなぁ……」
そういえば、どういうわけだかシノブ様がフライユ伯爵となった後……四月くらいから茄子が流行り出したな。
茄子も南方系のはずなんだが。少なくとも、俺はエウレア地方に茄子があったなんて聞いたことはない。もしかすると、エルフと交易できるようになったからか?
でも、マーボーナスを作れるのは嬉しいな……とか思ったら、余計にご飯が欲しくなった。マーボー丼とか、ご飯さえあれば再現できるのも多いんだが……。
あのアマノスハーフェンくらい南で低地だったら、稲作も出来そうだな。ご飯のことから、俺は一度だけ訪れた場所を思い出す。
◆ ◆ ◆ ◆
旧皇帝直轄領に近い三伯爵領が攻略されてから、僅か六日。最後の辺境三伯爵領が攻略された。創世暦1001年4月9日、ベーリンゲン帝国は完全に滅び、軍管区による統一支配が実現したんだ。
旧帝都は帝国への完全勝利に沸き上がり、外周区では酒盛り安売りのお祭りムードになったそうだ。それだけ圧政に苦しんでいたってことなんだろう。
ちなみに俺ジャン・ピエールは、そのころ旧帝都にいなかった。実は前日の4月8日に、ある任務が俺に与えられたからだ。
「中隊長の呼び出しか……何だろ? 攻略完了で街が沸くから警備をってとこかな?」
俺たち小隊長には、ある程度の情報が回っている。だから、明日は残りの三伯爵領攻略だってことは知っていた。
で、ここまで一回も失敗しなかったんだ。作戦成功は間違いない。となれば、都市の攻略が終われば旧帝都にも布告されるし、そうなれば上から下まで祝賀に突入だ。
最初の国境砦攻略から二ヶ月も経っていないってのに……嬉しいことだけど忙しいよな。少しくらいノンビリすればいいのに。偉い人たちは大変だ……などと俺は思っていた。
で、そんなことを考えていたせいか、俺にも仕事が降ってきた。
「はあ、イーゼンデックですか」
僅か一週間で六つもの伯爵領を攻略したから、前線で人手が足りなくなったそうだ。以前のように、解放宣言をしに行ってくれって。
行き先はイーゼンデック伯爵領……最東端の伯爵領だ。しかも、その更に東端、渡された地図によればビーレア村とか、いくつかの村々が記されていただけの辺境だ。
「ああ、済まんが頼む」
中隊長によれば、普段は五組で交代の五中隊から小隊長を二組分出すそうな。東門大隊の中隊は八小隊だから、十六人か。で、隊長が抜けた小隊は、他の小隊長が連続勤務で埋めるんだと。
「はっ! 謹んで拝命します!」
非番なしの勤務になるくらいなら、外を馬で駆けるのがマシだ。というわけで、指名されたヤツで断ったのは殆どいないらしい。
「せっかく東の果てまで行くんだ。土産物があったら頼むぞ」
気楽なことを言って……。
ちなみに俺が訪れた村の一つビーレア村は、アマノ牛と呼ばれる超高級牛肉の産地として有名になるのだが、その時は知るわけもない。もちろん食べる機会もなかったし、知っていても中隊長には持っていかなかっただろうがな。まあ、それは置いておこう。
ともかく前と同じで文官の護衛をしながら村々を巡った。
「……断崖を?」
「はい……」
ここでも労役があったそうだ。断崖絶壁を削って海まで降りる階段を造ったんだと。イーゼンデック伯爵領は旧帝国で唯一海岸線を持っているんだが、一番低くても100m以上はある絶壁なんだ。
で、その掘削作業の際に落下死した者たちが多く出たそうだ。全く、人間を何だと思っているのかね。あいつらからしたら村人……つまり奴隷なんて人間以外なんだろうが。
「これは報告すべきかと」
「そうですね。お願いします」
ともかく報告だ。俺は文官の人に断りを入れると愛馬プリムヴェールを駆けさせる。
おそらく俺たちメリエンヌ王国に勝てないもんで、海から回り込もうと考えたんだろう。帝国は滅びたけど、放置して良いわけじゃないよな。
それに、もしかしたら重大な発見があるかも?
お読みいただき、ありがとうございます。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。
後半は、創世暦1001年4月の頭です。
ジャン・ピエールさんは旧帝都の守護隊東門大隊で働いています。ですが、臨時の召集でイーゼンデックに行くことになりました。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 4月 8日 アミィ、過去にガルゴン王国の聖人が用いた炎の細剣を贈られる。
創世暦1001年 4月 9日 シノブ達、ガルゴン王国の近海でカンビーニ王国を目指していたアルマン王国の偽装商船団を拿捕する。
創世暦1001年 4月 9日 帝国の最後の三伯爵領ヴェルフスバッハ、ゾルムスブルク、イーゼンデックを攻略する。




