その18 学び
結局、ヒルダは他の子に引っ張られてくるまで近づいてこなかった。一方の俺ジャン・ピエールはというと、子供にせがまれて昔話をしていたりしている。
ここに通うようになって随分と経つ。だから、そんなこともするようになったのさ。
といっても、エウレア地方でメジャーな話は神官さま達が既にしている。そこで地球の昔話アレンジエディションの出番だ。今日は桃太郎改め『ペーシェ卿と三人のお供』だよ。
……日本神話系の昔話をやろうと思ったら、神像から妙な圧迫感がね。でも桃太郎も古代の争いが元だとか……神々自身じゃないから許してくれたのかな?
「大人になったペーシェ卿は、三人のお供と共に悪人たちを退治に出かけました。悪人がいるのは……」
鬼をどう表現するかは悩んだんだよ。この世界には獣人やドワーフ、エルフもいるからな。
旧帝都の孤児は、大抵が人族だ。多くは宮殿で異形となった人の子か、同じく帝都を守備する部隊から選ばれ異形部隊に回された者の子だ。で、旧帝国だと奴隷以外は人族だからな。
結局、悪人の種族には触れなかった。まあ、色々いたってことで良いだろ。それでペーシェ卿が人族、三人の家臣を獣人、ドワーフ、エルフとしたよ。
「……そして、悪人たちは心を改めました。悪人たちは奪った財宝をペーシェ卿に渡すと、その土地を出て行ったのでした。めでたしめでたし」
しかし悪人を追い払った話か……よくよく考えると微妙な内容だな。各種族が力を合わせて悪人を退治するなんて、俺たちと旧帝国の寓話みたいだよな。
最後を悪人たちの退去としたのは思い付きだけど、無意識に帝都決戦を思い出したのかも。
「ジャンたいちょ~、そのひとたち、どうなったの?」
やっぱり、そこが気になるか。俺に一番懐いている子、アルが問い掛けてきた。それに他の子も、俺の答えを待っている。
「そうだねぇ……自分たちで新しく住む場所を作ったかもしれないし、ずっと先に許されて帰ってきたかも。それは判らないんだ」
このお話はマズかったかな……かぐや姫や一寸法師にしておけば……。いや、天に昇っていくとか神殿的にどうかと思うし、小人ってのもな……生憎、そういう系統の昔話って無いんだよ。
「わるいひとでも、ゆるしてくれるのに……」
「おとうさんたち……かえってこれなかったのは、なんで?」
子供たち……アルやエリックは納得できないといった顔をしている。それに、後ろで聞いているヴィオやヒルダも今にも泣き出しそうだ。
この子たちも、皇帝が奴隷を酷使し、異形を作り出したことは教わったそうだ。流石に、何も説明しないで孤児院に連れてきても納得しないだろうからな。まあ、随分とソフトな伝え方らしいが。
だから子供たちも、親が戦の犠牲になったことは知っている。お話だからって、丸く収めすぎたのは失敗だったかも。
「神々は何でもしてくれるわけじゃないよ。七柱の神々は地上のみんなに自分の力で頑張ってほしいんだ……。それに、そんな顔をしていちゃ、お父さんやお母さんもニュテスさまのところから旅立てないよ」
この子たちも、新たな神殿で大神アムテリアさまを始めとする神々について学んでいる。だから俺は、自分が教わってきたことを元にして、話してみる。
「たびだつ……」
「しんかんさまの、おはなし?」
子供たちの顔が、少しだけ明るくなった。やはり神官さま達のお話で、別れが単なる別れだけじゃないと学んだようだ。
「ああ。今はニュテスさまの御許でみんなを見守っている……だけど、いつかまたこの地に生まれてくるんだよ」
俺は力強く頷きつつ答えた。俺はニュテスさまの使徒だし、転生者だ。明かすわけにはいかないけど、生まれ変わりがあることは誰よりも良く知っている。
だから俺は、確かな事実として子供たちに語っていく。
「おとうさんたち、かえってくるの?」
真実を知る俺の言葉には、それなりに説得力があったのだろう。子供たちは期待の表情となる。
「みんなのお父さんやお母さんとしてではないけどね。……もしかしたら、みんなが大人になって生まれる子供は、お父さんやお母さんかもしれないよ。だから、悲しむばかりじゃなく笑って帰ってこられるようにしないとね」
これは、広く一般に言われていることだ。親子で顔が似ているのは、先祖が生まれ変わってきたからだ、って。まあ、遺伝とか知らなきゃ、そう思うのかもしれないけど。
ただ実際に生まれ変わりがあるし、王家など極めて加護が強い家系だと子孫も同じ特徴を備えることが殆どだ。それらを考えると、案外真実なのかもしれない。
「……うん!」
たぶん、そういったことも教わっていたのだろう。子供たちは素直に納得してくれた。
アルにエリック、ヴィオ……そしてヒルダも。だから、俺は少し安心した。
ただ、この話は、そこで終わらなかったんだ。
俺の語りが上手かったのか、一緒に聞いていた神官が共に働きましょうって……そりゃあ、俺はニュテスさまの使徒だけどな。でも、神官になって品行方正に暮らすのは無理だよ。
◆ ◆ ◆ ◆
しばらくしてシノブ様が南方から帰還された。
噂では新たな神獣『光翔虎』っていう空飛ぶ虎を連れ帰ったそうだ。竜虎相打たず、今まで以上にファンタジー……っていうか、どこの魔物使いよ。前世で聞いた話に、そういう王族がいたような。
他にもカンビーニ王家筋の人が弟子入りしたとかなんとか。
しかしシノブ様、忙しいだろうなぁ。フライユ伯爵としての仕事、東方守護将軍としての仕事。それに他国との友好関係作りか。旧帝都に足を運ぶことは少ないようだけど、それも無理はないよな。
それに比べ、俺ジャン・ピエールの仕事は相変わらずだ。今日も今日とて門番と街の巡回だよ。
「最近は店も増えたねえ」
「ああ、西の国からの商人だろ? でも、勤める先があるのは良いことだ」
徐々に町の人々の表情も明るくなってきた。軍管区としての施政も確立され、俺ら軍人の態度も悪くないからだろう。
特に東門街は商人やその従業員が多くいるので、変りようは顕著だね。衣食足りて……ってやつだ。
「まだ東は領内だけだが、そろそろ隣の三伯爵領も……期待できるな」
「ああ。今でも東への隊商はあるが、そうなると数も増えるだろう」
旧皇帝直轄領……現在のヴァイトグルント軍管区の治安や景気が良いせいか、街の人たちは意外にも俺たちの進攻に好意的になってきた。
これは旧帝国で支配者層と被支配者層の差が大きかったからのようだ。従士以上と平民の違いは大きく、そのため上が変わっても別世界のことなのだろう。
安定した公正な統治をしてくれたら、誰でも良いってことかもな。
もっとも、俺たちが努力したのは確かだ。
中央区や近辺の孤児の問題も、早い段階で対応が終わった。年少者は神殿に併設した孤児院、年長の者は寮のある学び舎に。だから、街に浮浪児がいたりはしない。
孤児とかってスラム街とか良くある問題だと思うんだ。でも、締め付けが強かった旧帝国時代には、そもそもスラム街など形成されなかったらしい。そんなのは軍人が一掃していたんだと。
それに領地や町の間の移動が相当に管理されていたようで、帝都には許された者しか住めなかったそうだ。村人は奴隷だから、こっちも移動の自由はないしな。
(学び舎か……なんだか立派なものもできるらしいし)
良いことは続くようだ。フライユ伯爵領の北部、ドワーフたちの棲むアマテール村近郊に、総合的な学び舎ができるという。
そして異神から解放された人たちも、希望者は向こうで学ぶらしい。上手くいけば、人手不足解消の役に立ちそうだ。
ちなみに、そこには研究施設もできるらしい。ミュレ先輩が嬉々として住み込みそう。
(しかし、異神が地球に関係する存在だったとはな……バアル神ねぇ)
この間、ニュテスさまからの夢のお告げで教わったんだ。バアルっていうとメソポタミアの神だったかな? ゲームとかで聞き覚えがある名前だよ。
(まあ、いいや。シノブ様が退治したんだし……だから、平和な世の中になるさ。そろそろ俺も嫁さん探そうかな?)
上の方は結婚ブームだ。フライユのシェロノワでは、シノブ様の懐刀の方々の結婚式が行われたんだ。
まずビュレフィス子爵夫妻とフォルジェ子爵夫妻。『戦乙女の双翼』ミレーユ様、アリエル様と、そのご相手という印象。旦那さんの方は、俺と接点が少ないからね。
ビュレフィス子爵シメオン様はベルレアンの御一族で冷徹次官として有名だったけど、内政官だし。フォルジェ子爵マティアス様は軍での繋がりがあるけど、向こうは司令官で元々が王領の人だから。
それと客将にしてシノブ様の盟友イヴァール様、親衛隊長のアルノー・ラヴラン様。こちらも、それぞれお相手を見つけていたんだって。
イヴァール様は出身のセランネ村からの仲、ドワーフの若い女性だ。ティニヤさんって言うらしいけど、生憎面識はない。
だけど同じ村出身のムハマさん、俺の戦友によれば村一番の美人で若衆の憧れだったとか。ムハマさん、ヤケ酒飲んでいたよ。
ラヴラン親衛隊長は、同格の大隊長アデージュ様だ。こちらはガルック平原の戦いにも傭兵隊長として参加していたから、俺も知ってはいる。それに、大武会にも出場されていたし。
鋭い目つきの女軍人だけど、寡黙なラヴラン親衛隊長とはお似合いかもな。
そんなわけで俺の嫁さんゲットへの思いも強まったけど、まずは素直にお祝いだ。流石に旧帝都から祝いに行くわけにはいかないから、街の酒場だけどね。
でも、酒場は祝いを口実に盛り上がっていた。もちろん俺も、そこに混じって飲み明かしたよ。
お読みいただき、ありがとうございます。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。
後半は、創世暦1001年3月の末から4月の頭です。
ジャン・ピエールさんは旧帝都の守護隊東門大隊で働いています。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 3月28日 シノブ達、カンビーニ王国からフライユ伯爵領に帰還。
創世暦1001年 3月30日 シノブ達、学校予定地(後のメリエンヌ学園)に行き魔法の学校を展開する。
創世暦1001年 4月 1日 シメオンとミレーユ、マティアスとアリエル、イヴァールとティニヤ、アルノーとアデージュの四組が結婚式を挙げる。




