その17 旧帝都配属
その日、アマノ王国の三人の侯爵のうち、二人が顔を合わせていた。
一人は内務卿シメオン・ド・ビュレフィス。出自はメリエンヌ王国のベルレアン伯爵家の分家ビューレル子爵家という、王妃シャルロットの又従兄弟でもある二十代半ばの青年だ。
もう一人は宰相ベランジェ・ド・ルクレール、シャルロットの伯父だ。こちらも同じくメリエンヌ王国出身だが、現国王の弟で先代アシャール公爵だから故国ではシメオンより相当格が上だった。ちなみに歳も四十半ばで、シメオンより二十近く上である。
外見はシメオンが銀髪に近い灰色の髪で瞳も灰色、ベランジェが金髪碧眼ということもあって印象は大きく違う。シャルロットを通して縁戚ではあるが、彼女にとってシメオンは父方、ベランジェは母方の親戚である。そして何代も前を別にすれば二人に共通の血族はいないから、当然ではある。
対面した場は、王宮の中だ。アマノ王国の中枢たる『白陽宮』の『大宮殿』、その二階にある宰相に割り当てられた区画である。
宰相は他の閣僚よりも一段上に置かれている。シメオンの内務省など他は省とされているが、宰相の率いる組織は宰相府で、下に技術、文化など幾つかの庁が配されているのだ。
また宰相の執務室は、他とは違い王宮に存在した。他の省は全てを王宮外の政庁街に置かれているが、宰相府は中核が『大宮殿』で残りが政庁街にあった。
そのためだろう、二人がいる応接室も絢爛豪華な内装であった。隣の宰相の執務室も同様だが、ここが宮殿の主の使う場所だと言われても多くは信ずるであろう。もっとも実際には国王の区画より一段抑えられており、ベランジェが好んで飾り立てたわけではない。
「……以上です。各地の神殿にはボドワン商会やマネッリ商会から多くの物資が寄付として寄せられていますし、充分な数の孤児を養えるかと」
シメオンの用件は、神殿での孤児養育に関する報告であった。
内務省の管轄は幅広い。産業は商務に農務、軍備と治安維持は軍務、対外は外務と専門の省がある。それに財務も公平を維持するために独自の省とされている。また先進的なものや国が特に力を入れている分野は、宰相府の管轄下に置かれている。しかし残りは全て内務省が受け持っていた。
そのため内務省の仕事には国民の生活全般に関わるもの、更に貴族籍管理から地方を預かる各伯爵の監督や彼らの領地の査察まで含まれていた。警察に相当する職務は軍務省が担当しているし、街道敷設なども彼らの役割だから多少は負担が軽減されているが、忙しいことには変わりない。
したがって長のシメオンが一業務のことでわざわざ宰相を訪問しなくても良さそうなものだが、彼は別して公共の福祉に熱心であった。
ベルレアン伯爵領の内務次官だったころのシメオンは、人を寄せ付けない振る舞いと無表情で有名だった。しかし今は、細やかな配慮のできる心優しい人物と理解されている。
そのため幼子の暮らしを案じ、自ら宰相のところに足を運ぶ姿にも、宮殿の人々が驚くことはない。
「……ふむ、各国からも有形無形の援助があるし、これで一安心といったところかな?」
ベランジェは手ずから淹れたお茶を飲み干すと、シメオンに問い掛けた。
ここには二人だけしかいないこともあり、ベランジェは報告を聞きながら軽食を摘んでいたのだ。一国の宰相だから当然ではあるが、こちらも相変わらず多忙なようだ。
「予算が削減でき、嬉しいことです」
シメオンはティーカップを手に取り口元に持っていく。
せっかくベランジェが淹れてくれたのだから、全く飲まないのも失礼ではある。しかし今のシメオンの仕草には、何となくではあるが表情を隠すような様子が見受けられた。
だいぶ心を開くようになってきた彼だが、それでも以前の癖は簡単に消えないらしい。もっとも今は目の前の相手が意味深な笑みを浮かべていたのも大きいのだろう。
シメオンより二十近くも年長だからか、ベランジェは素直になれない子供を見るような顔をしていたのだ。二人きりとはいえ、これではシメオンが韜晦するのも無理はなかろう。
「ああ。子供たちが幸せに暮らせる国にしないとね……そうじゃなきゃ、この部屋にいる意味がない。前の主がどうだったか知らないが、追い出しただけの意味があると思って欲しいものだよ」
敢えて偽悪的な物言いをしたシメオンより、ベランジェの言葉は素直であった。もっとも彼の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんだままではあったが。
この区画は帝国時代も宰相が使っていた。そしてベランジェは異神を祀る類のものを破棄したが、他は殆どそのまま流用していた。流石に帝国時代の人物や出来事を描いた絵画などは下げたものの、それ以外は部屋自体と同じく使い続けているのだ。
現実的な問題として、新たに揃えたら金が掛かるというのもあるだろう。しかしベランジェは、彼が打倒し消し去ったものを忘れないために、それらを手元に置いているようでもある。
「一部の騎士や兵士たちですが。どうやら頻繁に孤児院に出向いているそうです」
「放っておきたまえ。心の整理がつくまで時間がかかるだけさ……特に帝都決戦に加わった者たちはね」
シメオンの追加の報告に、ベランジェは僅かだが表情を動かした。
竜の血を用いて生み出された異形の正体は人間だった。それらは難を逃れた従者や侍女という目撃者がいたこともあり、周知の事実となっていた。
ただし、多くの者が強い衝撃を受けたのは間違いない。戦士たちも人ならぬ異形だからと容赦なく倒したが、元となった者には女性も含まれていたのだから。仮に人間のままだったら、と後悔と共に振り返った武人も多いのだろう。
なお、帝都決戦の時点では、シノブたちも異形を元に戻す術を持っていなかった。もしかすると直後にアムテリアが治癒の杖を授けた背景には、それらへの配慮もあったのかもしれない。
「わかりました。次の件ですが……」
シメオンは静かに一礼をし、話題を変えた。
後方とはいえシメオンも戦に赴き、剣を抜いて戦ったことがある。そのため時を置くしかないと、彼も判ってはいたのだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
俺ジャン・ピエールは、また東門街の神殿……に併設されている孤児院を訪れていた。そして俺は今日も子供たちに纏わりつかれている。
しかし、そんな俺を一人だけ離れて見ている少女がいる。子供たちの中では比較的年長の、三歳くらいの子だ。
「ヒルダ、一緒に遊ばないか?」
俺は声をかけたが、彼女はふいっと顔をそむけてしまう。どうも、まだ心を開いてはくれないようだ。
(う~ん、駄目か)
俺は苦笑いをしながら、彼女と出会った時のことを思い出す。
◆ ◆ ◆ ◆
俺ジャン・ピエールがバーレンベルク伯爵領から戻った直後、旧帝都守護隊東門大隊に配置されたころだ。まだ帝都決戦から一週間かそこらだったかな。
流石に治安は回復したが、多少のゴタゴタはある。そんなわけで、各守護隊は巡回にそれなりの人員を割いていた。だから俺も、非番のときも含め街を巡っていた。
その日は非番だったから、私服で街に出た。軍服の方が面倒事は少ないんだが、それだと気楽に歩けないからな。
元々住んでいる者たちは、軍人や内政官に好奇の視線を向けてくる。新たな統治者がどんな奴らか、そりゃあ気になるだろう。
だから上官からも、街での行動に気をつけろって言われているんだ。でも、軍服を着て表通りを歩いているだけじゃ判らないことだってあるだろ?
とはいえ帯剣はしているし、身分証も懐には入れている。街の力自慢に後れを取ることはないが、騒動になったら身分を明かした方が良い場合もあるだろうし。
そんなことを思いつつ中央区に近い路地を歩いていると、一人の少女が泣きながら角から現れた。身なりは結構良いが、まだ幼子といって良いくらいの子だ。
「おとうさん……おかあさん……」
「お嬢ちゃん、迷子かな? おうちはどこだい?」
近寄った俺は、しゃがみこんで訊ねてみる。
服からすると裕福な商人の子か、逆に騎士あたりの子か。少なくとも、その日暮らしということはなさそうだ。
「グス……あっち……」
少女を宥めすかしながら、どうにか俺は家に辿り着く。
そこは静まり返った少し小さめな邸宅だ。場所は中央区に戻ってすぐ、外周区に近いあたりだ。おそらくは下級騎士か従士の公邸なのだろう。そのため俺は、実家と同じような印象を受けた。
「ヒルダちゃん、どこに行っていたの!?」
恰幅の良いおばちゃんが家の前で、俺を不審そうな目で見ている。
うわっ、これなら軍服を着ていた方が良かったかも……。俺は急いで身分証を取り出した。
訊ねてみると、やはり少女は下級官吏の子だった。名はヒルダ、ヒルデガルド・ローゼンシュタインだ。
親は双方とも宮殿勤めで、父が文官で母が侍女だそうだ。このおばちゃんは隣家の住人、やはり下級官吏の奥さんなんだが、こっちは旦那さんと娘がいたから宮殿勤めは何年か前に終えたそうだ。
で、このおばちゃんがヒルダの面倒を見ていたという。
「その……言いにくいことですが……」
「ああ、宮殿でのこと。まだ、この子には言っていないのよ」
俺の言葉に、おばちゃんも顔を曇らせる。
異形の件は、早々に布告を出したから街の者も知っている。占領軍である俺たちの正当性を主張するためにも、皇帝の非道は公にしているんだ。
だから、おばちゃんもヒルダの両親や自分の家族が帰ってこないと理解はしているんだ。とはいえ、こんな子供に言えはしないよな……父さんと母さんが人じゃなくなった、なんて。
「こちらでも、その……子供たちの世話をする場所は用意し始めています。それに、残った方のお仕事も……ですから……」
俺はヒルダに聞こえないように話を続けていった。
接収した神殿に孤児院を用意しているし、生き残りに仕事を宛がう準備も進めている。それらは布告でも伝えているが、いきなり信用して出て行く人ばかりじゃないよな。だから、こうやって息を潜めて様子を窺っている人は多いらしいんだ。
「そうね……聞いてはいたけど……ありがとう」
おばちゃんも悩んではいたようだ。今後の生活もあるから、何とかしなきゃっては思っていたんだろう。
とりあえず俺は、もうしばらくヒルダを面倒みてくれるように頼んだ。そして俺は今回のことを上官に報告しようと思いつつ立ち去る。
後日、孤児院からヒルダに迎えが行ったそうだ。おばちゃんは再び宮殿勤めを選んだらしく、そうなると幼児を置いて一日を空けてはいられないってことだろう。
で、どうやらヒルダは、そのことで俺を恨んだらしい。おばちゃんと引き離したのは、俺だって。そりゃあ無いよな……トホホ。
お読みいただき、ありがとうございます。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。
後半は、帝都決戦の数日後からです。ジャン・ピエールさんは、旧帝都で勤務することになりました。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 3月 6日 帝都決戦。
創世暦1001年 3月14日 シノブ達、エリュアール伯爵領に磐船で行く。
創世暦1001年 3月16日 シノブ、以前破壊した旧帝国の街道を修復。更に旧皇帝直轄領の都市を巡る。
創世暦1001年 3月20日 シノブ達、カンビーニ王国へと旅立つ。
後半部分は、おおよそ3月16日までとなります。




