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その16 解放

 その日、俺ジャン・ピエールは東門街の神殿に向かっていた。

 東門街とは、王都アマノシュタットの東区でも城門に近い場所の通称だよ。要するに、俺の職場近辺のことさ。


 王都の人口は九万人以上。で、中央区には宮殿に大神殿、政庁や軍の施設、そして公邸だ。

 公邸といっても侯爵の屋敷から宿舎というべき独身寮的なものまで様々だが、住むのは原則として貴族に騎士に従士、つまり平民ではない。ちなみに俺も騎士だから、その独身寮っぽいヤツに入っているよ。

 話が()れたが、ともかく中央区の人口は少ない。だから東西南北の各区の人口は、それぞれ二万人を超える。こうなると更に名前を付けないと色々面倒だ。俺たち警備する側だって、困るしな。


(かなり慣れたつもりだけどな……)


 帝都決戦に加わってから、それまでとは見方が変わったように思う。

 かつてのベーリンゲン帝国、俺の故国メリエンヌ王国からすれば五百年以上もの仇敵にだって、普通の暮らしがあった。それを俺は理解したんだろう。

 もちろん、皇帝や異神への怒りは以前と同じままだ。人の意思を捻じ曲げて奴隷にしたり、存在すら作り変えて異形としたり。そんなのは、絶対に許せない。

 だけど、奴隷や異形となった人たちは普通の人間だった。帝国にだって親がいて子供がいて、家庭があった……あったんだ。


(俺が倒した魔人って……いや、出来ることをするだけさ)


 歩む先に見えてきた建物を、俺は見上げる。城門近く、つまり王都の外れとはいえ随分と立派な建物だ。

 帝国時代の神殿は、非常に大きな権力を持っていたらしい。喜捨という名目で租税に匹敵するだけの金を搾り取っていたんだとか。

 喜捨の大半は中央に吸い上げられ、帝国自体にも回された。だけど、当然それぞれの神殿にも使われる。おそらく、神の威光を示すためだろうが。

 そんなわけで、神殿は周囲と比べると大きく目立つ建物だった。


 もっとも神殿の中は、昔とは大きく様変わりしている。

 ベーリンゲン帝国の攻略と並行して、各地にある小規模な神殿も含め速やかに改修されたからだ。もちろん俺たちが信ずる七神を祀る神殿に、だ。

 この世界を創ったのは大神アムテリアさまだ。そして大神が六柱の従属神を誕生させ、更に人間を含む万物を創り出した。メリエンヌ王国にしろ帝国攻略に協力してくれる各国にしろ、これを疑う国はない。

 俺も創世記に書かれたことを信じているし、神々に感謝もしている。何しろ、俺は従属神の一柱である闇の神ニュテスさまの加護を授かったのだから。

 そんなわけで俺も神像の作り変えは当然だと思っている。人間を異形に変えた異神の像なんか、見たくもないしな。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「さてと……」


 俺ジャン・ピエールは、目的地の神殿に着いた。正確には神殿に併設された孤児院に、だけど。

 これも変化の一つだ。せっかく立派な建物があるんだから、有効に使わないとってことらしい。まあ、メリエンヌ王国などでは神殿は基礎教育の場でもあるし、親の無い子を受け入れ神官として育ててもいた。

 そんなわけで、ここでも神殿に孤児院が併設されたんだ。戦争の犠牲となった者の子供たちを受け入れる場所が必要だからな。


 就学年齢に達している子供たちは、メリエンヌ学園やその分校となった施設に預けられた。だけど、そうじゃない子供たちも当然いる。

 国は貴族や騎士や従士も含め、養子縁組も進めている。でも、受け入れ可能な者たちばかりじゃない。俺みたいに独身で、子育てしたことのない若造も多いからな。

 だから、孤児院の設立や支援は国も力を入れていた。それにメリエンヌ王国などの各国も色々援助しているらしい。


 たぶん、善意だけでもないんだろう。孤児が溢れたら治安も悪くなるし、街の者だって国への不満が溜まる。そうなれば治める側も大変だ。

 幸い、資金的な余裕はあるそうだ。例の喜捨で神殿が溜め込んだ金もあるし、帝国はメリエンヌ王国と戦うため国家予算のかなりを軍事費としていた。それを削減したから、こういった援助……罪滅ぼしもできるんだろう。


(罪滅ぼしか……)


 俺も孤児を生み出した一人だ。そんな思いからだろう、こうやって時々差し入れを持ってくるわけさ。それが自己満足だとも思いつつもな。だが、偽善であったとしても、誰かがやらなくちゃいけないことなんだ。

 そうは思いつつも、俺は気が重くなってしまう。


(いかん、笑顔だ!)


 どういう理由で来たにしろ、子供たちの前では明るくしなきゃな。支援に来たのに心配されたりしたら、本末転倒だぜ!


 俺が孤児院に入ると子供たち……まだ五歳にもならないくらいの幼児たちが駆け寄ってきた。


「ジャンたいちょ~」


「たいちょ~、おんぶ~」


 担当の神官に差し入れのお菓子を渡しているところを見つかったんだ。

 俺が挨拶の最中だなんて、お構いなしだ。アルやエリック……見慣れた子供たちを先頭に、笑顔で飛びついてくる。


「だぁ! アル、登るな! エリック、引っ張んな! ヴィオ、しがみつくな、絵的にまずい!」


 怒るように言ったものの、効果はない。俺も本気で言っているわけじゃないし、顔は笑っているからな。


 ……十人近いな。しかし俺には身体強化がある! 俺が暴れる子供を楽々担ぎ上げると、歓声が上がる。

 難しいことを考えるのはやめよう。あのまま放っておいて、この子たちが幸せになれたわけがない。泣く子がいたら、笑顔に変えていくだけさ。


 そんなことを思ったからだろうか。神殿からの帰り道、俺は帝都決戦直後のことを振り返っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 気が付くと、俺ジャン・ピエールは磐船の船室で横になっていた。周囲には、同じような怪我人……といっても治療済みの奴らが転がっている。

 話を聞くと制圧作戦は成功、現在は『黒雷宮』周囲の施設の接収および調査の最中、負傷者は磐船で安静にするようにとのことだ。


 治療の魔法で傷は(ふさ)がるが、失った血液を急激に増やすことは基本できないらしい。まぁ、可能だけど、体内のバランスや栄養の(たぐい)の問題でやらないのだと思う。

 考えてもみてくれ。いきなり増えた血で血圧が急上昇、あるいは血が逆流。それに血液だけを増やしたら、血糖値や血中の酸素濃度が下がるかもしれない。下手をすれば逆に命取りだ。

 この世界では地球ほど医学は発達していないが、そういうことは経験的に判ったんだろうな。傷の治療でも体力回復の術……魔力を与えて細胞を活性化するものを並行して使うらしいが、同時に二つや三つの魔術を行使するのは困難だ。それに血が運ぶべき栄養や酸素を正確に思い浮かべられる人なんて、まずいないだろ。


 ともかく今は、レバーとかホウレン草とかいったものが食いたい気分だよ。


「おお……随分増えたな」


 外出許可を得たので磐船を出てみると、増援の兵士たちで中央区は活気づいていた。俺も一応は動けるようになったから、手伝いに加わる。


「あれがメリエンヌ王国の……」


「……今度は私たちが奴隷にされるのかしら?」


 外周部の平民たちは恐る恐る様子を窺っている。


 そんなことはしない! と叫びたいところだが、俺は黙って与えられた仕事をこなしていく。仲間たちも同じだ。

 治安維持のための呼びかけは、(いか)つい顔の兵士じゃなく、優しげな文官たちがやっているしな。剣を帯びた俺たちが何か言っても、脅しているようにしか見えんだろ。

 ともかく忙しい。早いところ打ち解けられるといいな、と思いつつ俺は背を向けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 その後、俺ジャン・ピエールは旧帝都……後に領都ヴァイトシュタットと呼ばれることになった街に残っていた。

 ちなみに旧皇帝直轄領がヴァイトグルント軍管区だったな。しかし、どちらもアマノ王国の建国で更に改名されたから、使われたのは長くて二ヶ月半ってとこだ。

 だから、俺も大抵は軍管区時代の街を旧帝都とか言ってしまう。


 ともかく帝都決戦で鎧は壊れたし、傷の治療もあるから旧帝都で静養だそうな。そして再編成で警備担当に回るらしい。

 今後の帝国の攻略は、王国の他の伯爵領からの手勢とカンビーニ、ガルゴン両国からの傭兵などで構成された部隊が中心になるという。これまでが王領、ベルレアン、フライユを中心にしていたから手柄のバランスの問題ということらしい。

 司令官や大隊長など上は大して変わらないが、下は随分入れ替わるようだ。


「これ、頼むわ」


「おお、一緒に持っていってやる」


 俺は同僚に手紙を預けた。フライユ伯爵領の鍛冶屋、ドワーフのムハマさんへの手紙さ。鎧の発注をしたんだよ。本当は騎士になった直後に頼むつもりだったけど、連戦で延び延びになっていたんだ。


 騎士鎧は、代々の騎士家だと家伝のものを合わせ直すことが多いそうだ。多くの場合、子供や孫にも渡せるように最初から調整可能にしているんだって。まあ、いちいち新調していたら財産が吹っ飛ぶからな。

 とはいえ急に騎士となることもあるし、文官の家系から突然変異的に武官となる者も稀だがいる。そういうときにどうするかというと、主君の側で貸与してくれることもあるんだと。

 伯爵家くらいだと、側近には揃いの鎧を与えようと考える人も珍しくはない。それに新規採用した騎士への配慮で、大小いくつかの予備を置いておくとかね。


 だが、フライユ伯爵家は元があるとはいえシノブ様からの新興だ。それにガルック平原からの連戦で新規採用も多数、余った鎧なんか存在しない。

 そこで騎士となったときに頂いた支度金で、新調するわけだ。自分で用意すれば、お仕着せとは違って好きにできるからな。

 もちろん最低限守るべきことはあるんだけど、よほど変なものじゃなければ兜飾りなどは自由だ。ムハマさんへの手紙には、岩竜ガンド殿みたいに、って注文を付けたぜ。


 ともかく俺は、体慣らしに旧帝都の街へと走り出す。

 竜たちの協力は変わらず続いているし、空襲のノウハウはすでに確立されている。そしてシノブ様たちは協力してくれる南方の国を表敬訪問するといううわさだ。

 どうやら、しばらくはノンビリできそうだな。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 愛馬プリムヴェールがシェロノワから磐船で運ばれてきた。構ってやれなかったし、どこかで走らせてやらないとなぁと思っていた矢先、新たな任務に就くことになった。

 人手不足の折、使える人間は……ということらしい。しかし病み上がりへの配慮だろう、村々に解放の宣言をしに行く護衛を拝命した。

 ちなみに鎧は間に合わなかったから、兵士と同じ革鎧と鉄兜だ……残念だぜ。


 行き先は旧皇帝直轄領と同時に解放したバーレンベルク伯爵領だった。西の都市ライムゼナッハのあたりだそうだ。渡された地図には、エウシャッセンという町を含むいくつかの町村が記されていた。


 後に俺は、エウシャッセンが長毛豚(ちょうもうぶた)の名産地だと知るのだが、その時は食べる機会がなかった。そのため俺は後々残念に思ったが、それは置いておこう。


「俺たちも自由に暮らせるのか!?」


「ほ、本当に!?」


 村々では多くの獣人たちが解放を喜んでいた。もちろん多少の疑念はあるようだが、それは当然だろう。


「そうです! もう皇帝はいません! これからは貴方たちの思うようにできるのです! 近日中にドワーフたちも来ますから、鉱山での仕事も大きく改善されるでしょう!」


 解放を伝える文官の言葉を、俺は護衛しながら聞いていた。

 どうも村人たちは、最近まで労役で苦労していたらしい。鉱山での採掘だそうだ。


 だが、これも後で知ったのだが、ここバーレンベルクは随分マシだったらしい。この後に解放される東の伯爵領では、無茶な採掘をさせられ事故死した者も多かったそうだ。……ほんとに帝国の連中はろくなことをしていない。


「……ドワーフ?」


「俺たちは山の専門家だ! ここには良い鉱山があるそうだな!」


 護衛の一人として同行していたドワーフの戦士が進み出た。

 ここから北にあるサドホルンという鉱山は、良質の鉱石が採れるそうだ。帝都でそれを知った文官は、早速義勇軍のドワーフたちに声を掛けたわけさ。


「おお……」


「鍛治も得意なんですね!」


 帝国にはドワーフがいなかったから、最初のうち村人たちは怪訝そうな顔をしていた。しかし彼らもドワーフたちが鉱山や鍛治の専門家だと知ると、笑顔になる。

 俺は、そのうちムハマさんもこっちに来るのかな、とか思いながら同じく微笑みを浮かべていたよ。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。


 後半は、創世暦1001年3月6日の帝都決戦の直後からです。

 『大帝殿』で戦ったジャン・ピエールさんは、そのまま現地に残ることになりました。


 以下に大まかな流れを示します。


創世暦1001年 3月 6日 帝都決戦。

創世暦1001年 3月14日 シノブ達、エリュアール伯爵領に磐船で行く。

創世暦1001年 3月16日 シノブ、以前破壊した旧帝国の街道を修復。更に旧皇帝直轄領の都市を巡る。

創世暦1001年 3月20日 シノブ達、カンビーニ王国へと旅立つ。


 後半部分は、3月6日から3月14日あたりとなります。


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