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その13 帝都決戦へ

 その日、ジャン・ピエールは久しぶりに東門近くの街を巡回した。むろん一人ではなく、お供に隊員のディードリッヒ・アインスバインを伴ってである。

 軍人は二人以上での行動を基本としている。そのためジャンが小隊長で門から近い場所とはいえ、一人で勝手に出歩くわけにはいかない。


「ジャン隊長、こんにちわ~」


 ジャン達が路地を曲がって細い通りに入ると、五歳かそこらの男の子が声を掛けてきた。この近くに住んでいる男の子だ。

 それに男の子だけではなく、他の子供たちもジャンに笑顔を向け手を振る。近場だけあって、子供たちは巡回するジャンを何度も見ているのだ。


「おお、こんにちわだ、ガキンチョども。……サッカーだな?」


 ジャンも陽気に言葉を返す。

 笑顔の子供たちの足元には、布を丸めて作ったらしき丸い球があった。子供たちは、最近広まりつつある球蹴り……サッカーをしていたらしい。

 フライユ伯爵領でシノブが紹介したサッカーや野球、テニスなどの球技は、当然アマノ王国にも伝えられた。中でもサッカーは道具が用意しやすいことから、街では一番親しまれている。

 ちなみにシノブは、多くの競技を日本と同じ名で伝えていた。そのためサッカーなどの言葉は街でも充分に通じる。


「うん!」


 子供の一人が足元の球を拾い、掲げてみせる。

 球は手作りで、布は穀物を入れていたらしき粗い造りだ。破れて使えなくなったから、子供たちのオモチャに回ったのかもしれない。

 各所に(つくろ)った跡があるし、形も随分と(ゆが)んでいる。中に入っているのもボロ布か何かだと思われる。たぶん蹴っても弾まないし、真っ直ぐ転がらないに違いない。

 それでも子供たちにとっては大切な宝物なのだろう。どの顔も眩しく輝いている。


「危なくないところで遊ぶんだぞ」


 馬車が行き交うような大通りとは違うから、危険ではないだろう。しかし万一と言うこともある。そこでジャンは、一言添えたようだ。


「は~い!」


 子供たちも素直に答える。おそらく、親などからも注意するようにと言われているのだろう。


「おお、良い返事だ!」


「……隊長、そろそろ戻りませんか?」


 子供たちと言葉を交わすジャンに、浮かない顔をしたディートリッヒが声をかける。

 ディートリッヒは生真面目な性格なのかもしれない。ジャンとは違い、子供たちとの会話に加わることもなかった。


「ん、どうした?」


「隊長(みずか)ら巡回するなんておかしいですよ。詰め所でどっしり構えていてほしいって副隊長も……」


 振り向いたジャンに、ディートリッヒが苦言を呈する。

 確かに巡回は隊員の仕事だ。ジャンたちは東門を含む東区を担当しているから、別に街を巡回しても問題はない。それに区内には詰め所が多数あり、そちらは巡回が主要な業務の一つである。


 小隊長の多くは勤務時間中、詰め所を離れないようだ。小さな詰め所だと、持ち場の責任者が小隊長だからである。

 城門のように大きな拠点だと上に中隊長がいる。しかしディートリッヒは、ジャンに隊長らしい振る舞いを期待しているようだ。あるいは勝手に出歩くと、ジャンが中隊長から叱られるとでも思ったのだろうか。


「まぁ、それも悪くはないけど、できれば自分の目で見て色々と確認をな……」


 そうは言いつつもジャンは表通りへと戻っていく。

 ここは東門からも近く、何かあれば城門の鐘が充分に聞こえる場所だ。しかしジャンは、忠告してくれたディートリッヒの顔を立てようと考えたらしい。彼は部下に顔を向けて話しつつも、素直に戻り始めた。


「……っと」


 脇見していたからだろう、ジャンは通りを歩む者とぶつかってしまった。相手は黒髪黒目の狼の獣人の青年だ。服装からすると、旅の商人だろうか。


「すまない」


「いえ、こちらも話ながらでしたので……」


 ジャンが頭を下げると、相手の青年も柔らかく微笑みつつ応じた。

 狼の獣人は、どこか品の良さを漂わせた青年であった。繁盛している商家の跡取りか何かだろうか。


「シーノ兄さん、早く行きましょう」


 十歳くらいの子供、こちらも狼の獣人の少女が青年の袖を引く。

 どうやら家族らしい数人で連れ合っていたらしい。他にも幾人かが青年の側にいる。


「それでは失礼する」


 邪魔しても悪いと思ったのか、ジャンは再度頭を下げ、その場を離れた。

 ディートリッヒは少し不満げな顔をしていたが、大人しく続いていく。帝国時代とは違い、アマノ王国では意味も無く民に権威を振りかざすことを禁じているからだ。


 そんな二人の姿を、シーノと呼ばれた青年と彼の家族らしき者たちは興味深げな顔で見送っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 三月に入って間もないころ、東方守護将軍騎下のメリエンヌ王国軍上層部は、帝都ベーリングラード攻略作戦を計画していた。


 今回の作戦では、帝都と同時にバーレンベルク伯爵領とブジェミスル伯爵領も攻略する。もちろん帝都に最大の戦力を振り向けるが、バーレンベルクとブジェミスルも錚々たる面々が赴く。

 バーレンベルクにはベルレアン伯爵コルネーユと、シノブに代わってフライユ伯爵領軍を預かるフォルジェ子爵マティアスだ。

 同様にブジェミスルには先代ベルレアン伯爵アンリと、国境防衛軍の司令官の一人であるシーラス・ド・ダラス、つまり軍務卿エチエンヌ侯爵の嫡男である。

 もちろん各方面には多数の竜が同行し支援をしてくれる。


 このように三方に分かれるのだから、事前の打ち合わせも綿密に行われていた。多くで高位の軍人たちが顔を突き合わせ、作戦の段取りや人員の配置についてを口にしている。

 そして帝都攻略で指揮官の一人となる大隊長アルノー・ラヴランも、とある軍人について先代ベルレアン伯爵アンリに訊ねていた。


「お……先代様。お勧めいただいた人員について、少々よろしいでしょうか?」


 二十年前、アルノーがベルレアン伯爵家に仕えていたころの当主はアンリだった。しかもその後、アルノーは帝国軍に捕まり先日まで戦闘奴隷となっていた。そのため彼は、時々アンリのことを『お館様』と呼びそうになるらしい。


「ふむ、儂の推した騎士か?」


 アンリは相手の用件を察していたようだ。老武人は立派な頬髭で飾られた顔を、僅かに緩める。


「はい。同程度の者は他にもいます。それに今回の作戦に向いた者も。それなりだとは思いますが、わざわざ先代様が推すほどかと」


 アルノーは、その人物に一定の評価をしているらしい。しかし作戦で最も重要な帝都攻略部隊に加えるのを、彼は疑問に感じたようだ。

 帝都には元は大将軍と将軍であった二人の異形がおり、それを造った皇帝もいる。そして皇帝の背後には、彼が信ずる神もいるはずだ。

 その最も危険な場所に伴うのだから、並の騎士では危ない。アルノーは、そう考えたのだろう。


「あやつはな……良い意味で諦めが悪い。騎士として潔いとは言えんがな。

だが、このギレシュタットを攻略したときも、あやつは戦意を失わず戦い抜いた。相応の手傷を負ってはいたが……」


「能力よりも気概で選んだのですか?」


 アルノーは僅かに首を傾げていた。

 確かに心は重要な要素だが、それだけでは異形や操る者たちに勝てない。二十年も戦闘奴隷として苦労しただけに、アルノーに甘い幻想は無いのだろう。


「敵は邪神の使徒なのだ。心の強さは大切だぞ? ……それに、あやつは何か奥の手を隠し持っている、そんな気がするのだ」


「判りました」


 アルノーは深々と頭を下げた。どうやら彼は、尊敬するアンリがここまで言うのなら、と思ったようだ。


「それよりアルノー、そろそろ結婚はせんのか? シノブにシャルロットにコルネーユ……もちろん、儂も待っておるのだぞ? 何やら傭兵あがりの女大隊長と、仲が良いそうではないか」


「そ、それは……」


 顔を上げたアルノーは、彼にしては珍しく赤面していた。

 しかし同時に、アルノーの顔には微かだが喜びも滲んでいた。慕うアンリの気遣いを、彼は嬉しく感じたのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 俺ジャン・ピエールは、再び竜が運ぶ鉄甲船、先日『磐船』と名付けられた船の中にいた。といっても磐船が直接飛んでいるわけじゃない。磐船は、巨大な岩の塊……巨竜像の中に入っているんだ。


 今回は帝都決戦だ。しかし帝都は異神の雷で守られている。

 そこで、まずガンド殿たちの造り上げた巨竜像で帝都に向かう。そして帝都の中枢『黒雷宮』に着いたら、巨竜像から磐船を降ろす。流石に異神も自分の信者がいる宮殿を雷で攻撃しないだろうからな。そして俺たちが『黒雷宮』を強襲制圧するんだ。


 一応、俺は槍も持っている。だけど室内なら主に小剣を使用するだろう。というわけで、『無明』と以前使っていた通常の剣の二本を両腰に下げている。傭兵なんかでも二刀流がいるし、代えの武器を持っているヤツも多いから目立ちはしない。


『何かが迫ってくるぞ! ……あの異形達の魔力だ!』


『それに似たような魔力が沢山……しかもこれは!』


 結構な時間が経って帝都近くになると、不意に竜たちが慌ただしくなってきた。『アマノ式伝達法』の咆哮がしきりに交わされる。竜たちは、人間にも判りやすく大抵の場合はこうやって思念と咆哮を併用してくれるんだ。

 どうも、空飛ぶ異形が迫ってきたらしい。シノブ様が炎竜を救い出すときに戦ったってヤツかな?


『周囲を囲む者達からは私達と似た魔力を感じます。おそらく邪神が私達の血を使って、人の子を作り変えたのでしょう』


『もはや人とは言えぬ存在となったのだろう』


 巨竜像に接近してくるのは異形と……竜モドキだった。岩の中だけど、岩竜の長老ヴルム殿が壁面に絵を出してくれたんだ。

 その姿は、俺には悪魔にしか見えなかった。竜の血から生れ出た異形は、まるで遺伝子を取り出して強制変異させたような……不気味な姿だった。

 だが、今の俺たちに治療する手段なんかない。もちろん竜たちにも。だから、討つしかない。とはいえ、俺たちは岩の中でじっとしているだけなんだが。


『我ら竜を隷属させ、多くの命を(もてあそ)んだ報い、受けるが良い』


 ガンド殿が操る無数の岩が、竜モドキを率いる異形を押し潰した。それが高空での戦いの終わりだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 暗澹たる気持ちになったが、切り替えなくちゃダメだ。帝都に入り、俺たちの出番が来たんだ。

 それに、ここにも竜モドキはいるそうだ。余計なことを考えている場合じゃないぞ!


「敵がいれば倒せばよい! 建物の中なら、我らが突入して戦うだけよ!」


 突入が迫る中、イヴァール様の雄たけびに周囲が沸き立つ。

 そして巨竜像の腹部が開き、露出した磐船からタラップが下りると、雄たけびを上げて兵士たちが駆け下りていく。


「突入! 俺に続け!」


 指揮官の一人、ヘリベルト殿の声が響く。


『ウォォォォォォォォ!』


 そして間を置かず、大勢が地を揺るがすような叫びで応えた。もちろん俺もその中の一人だ。

 突入部隊には、かつて帝国に囚われた者、つまり先日まで戦闘奴隷だった人が沢山いる。指揮官でもヘリベルト殿だけじゃなく、アルノー殿やアルバーノ殿など数多い。

 俺はガルック平原の戦いまで、帝国とは遠い場にいた。だけど今の俺の胸は、彼らと同じ帝国への怒りで満ちている。

 今こそ全てを断ち切ろう。そう念じつつ、俺は漆黒の宮殿に駆け込んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。なので、創世暦1001年6月以降のことです。


 後半は創世暦1001年3月の初めです。フライユ伯爵領に移籍し小隊長になったジャン・ピエールさんは、3月6日の帝都決戦にも加わりました。


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