その10 メグレンブルク攻略
猫の獣人の御老人と飲んでから、しばらく経って。
今日は小隊全員での訓練を行う日だ。俺ジャン・ピエールは、部下たちを前に声を張り上げる。
「みんな、よく聞いてくれ!
つい先日、我が国を始めとした国々で結成した東域探検船団が出発したのは知っているだろう? 今や、大航海時代というに相応しい世の中となった。それは喜ばしいことだが、他国との接触は良いことばかりとは限らない」
東域探検船団は、先日の9月3日に出港した。もちろん出港したのはアマノスハーフェン、アマノ王国の東の果てだ。ここ王都アマノシュタットで船が見えるわけじゃない。
とはいえ今は放送の魔道装置があるから、国を挙げての式典ともなれば各都市に流される。それに新聞もあるから、内外の大きな出来事は知ろうと思えば誰でも知れる。
俺も情報化社会から来た人間だから、それらが大切なことは良く知っている。一応、これでも新聞は購読しているんだぜ。
まあ、多くは物珍しさや商売の種を探すため、あるいは国が推進しているから話題作りに、という感じで新聞を読んでいるだろうな。
だが、何があるか判らないし、そのとき何が役に立つかも判らない。そして俺たち軍人は、その『何か』に備える者だ。
部下たちを預かる以上、俺も最善を尽くす。そういうことさ。
「……ある遠国の故事だが『剣は抜かねば天下泰平これ重畳、ひとたび抜かば一刀両断』という言葉がある。我々武人は日々有事に備えておかねば、ということだ。では、訓練を始める!」
どこで聞いた言葉だっけな? 前世なのは間違いないんだけど……確か、剣豪っぽい老人だったと思うが……そういえば、あの御老人に似ているかも。
まあ、それはどうでもいい。言葉通り、有事に備えるだけさ……ここアマノシュタットが幾ら平和な場所だったとしても、それを維持していくのは、俺たちなんだから。
◆ ◆ ◆ ◆
ベーリンゲン帝国メグレンブルク伯爵領、領都リーベルガウの警備をしていた、ある兵士の回想より。
二月も半ばに入った直後のことだ。その日は綺麗な星空だった。最も積雪の多い時期だが、雲ひとつなかった。それもあって、俺は寒さを我慢しながらも夜空を見上げていた。
城壁の上だから、視界を遮るものなど何もない。いつもと変わらぬリーベルガウの夜だった。しかし俺には空が、いつも通りには見えなかった。
前日の未明……いや既に前々日の……かな。西の国境の三つの砦が突然落とされたらしい……と聞いた直後だった。らしいと言うのは、砦で何があったか我が軍が把握していなかったからだ。
砦からの定時連絡が途絶え、不審に思った我が軍の斥候隊が偵察に赴いた。しかし、帰ってくる者はいない。それに砦から逃げてくる者も。ただ、砦付近の空を竜が飛んでいたという報告が、数件あったようだ。
だから、俺はついつい空を見上げてしまった。
(大丈夫だ……何も……む? ……まさか噂の竜か!?)
空に星明りを遮る何かがあると、俺は気が付いた。しかも、その何かは一直線にリーベルガウへと迫ってきた。
「て……敵しゅ……」
敵襲と声を上げようとした矢先、体の力が抜けていった。立っているのがやっと……しかし次の瞬間、身体強化をしなければ立つことすら困難になった。
(これも竜の力なのか!? 我ら帝国軍は竜に敗れるのか!?)
何か、細い紐のようなものが多数降りてきた。と思うと俺は頭に衝撃を受け、闇へと沈んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆
メグレンブルク伯爵領はあっけなく制圧できた。参戦しておいてなんだけど、色々チートすぎるって。
竜での空襲、しかも同時に数頭だ。リーベルガウは岩竜のガンド殿、ヨルム殿、そして子供のオルムル殿。更に炎竜のゴルン殿までいる。しかも竜たちは砦を攻略したときの『解放の竜杖』に加え、『無力化の竜杖』まで持っている。
『解放の竜杖』が奴隷解放、『無力化の竜杖』が体力減衰だ。……鬼に金棒ならぬ、竜に二本竜杖だね。ミュレ先輩、前回に続きやってくれるぜ!
俺たちおよそ三百名の兵は、成竜の三頭に分乗して飛来。更に領主の館の庭を抑えたら、シノブ様の魔法の家で兵員をピストン輸送。魔法の家を呼び寄せたら、一回につき三百名が湧き出てくるんだ。
ちなみにリーベルガウには、七百名の兵士がいたそうだ。降下した分と合わせたら、二回の転移で敵を上回るわけか。
メグレンブルクの情報は、攻略したばかりの砦から得た。それを使って、メグレンブルクの残る二都市も同時に攻略している。この二つはリーベルガウより小規模だから、竜が二頭ずつだという。
で、竜って離れていても思念で会話できるから、その二都市の情報もリーベルガウから把握していると……強力な武器を備えた無線付きの大量輸送できる飛行機ってとこか。
……無駄な人死にが出ないのは良いことだ。うん、そう思うことにしよう。
捕縛された軍人たちは自決をさせないため、拘束したまま留置された。もちろん見張りは付けている。伝え聞いた話では、帝国の人間の何割かは洗脳を受けている状態らしい。
……まるで前世であったカルト集団だな。一部の人間のために価値観を捻じ曲げて死兵にすら仕立て上げたりする……正直反吐が出る。
場合によっては一般市民のテロすら警戒しないといけないのか?
ただ、実際のところ、そこまでの心配はいらないようだけど。
市街地の見回りをしていると、狼耳の少女が角から顔を出しているのに気付いた。視線を向けたらすぐに隠れてしまった……けど、ああいう子が救えたと思えば気分が良くなるね。
夜が明けてからのことだ。
見回りをしている間に、シノブ様たち幹部ご一行が領都の大神殿を見に行ったらしい。警備を担当していた同僚から、シノブ様が異神の像を七神像に作り替えたと聞いた。しかも、精巧さは王都の大神殿並みだとか。まぁ、そりゃなぁ……ニュテスさまの話じゃ御一族らしいし。
しかし改造される前の異神像って、槍と稲妻を持ってたらしい。ん~、通常稲妻を使うのは主神や近いクラスだよな。そういう意味だと分からなくはないけど……。
ただ、この星を創ったのは大神アムテリアさまたち七神だから、よそから来た神霊ってことだよなぁ。前世でそこまで信心深かったわけじゃないけど……なんか気に入らないなぁ。
ま、そういう本命はシノブ様に任せて、俺は地味に周囲を削って嫌がらせしようかな。
◆ ◆ ◆ ◆
メグレンブルク攻略から十日ほどが過ぎた。俺ジャン・ピエールは、竜たちが運ぶ鉄甲船の中にいた。
シノブ様が、帝国に隷属させられた炎竜たちの奪還をするそうだ。これは陽動を兼ねたもので、シノブ様は帝国軍の注意を惹きつける。
で、その間に俺たちがゴドヴィング伯爵領を落とすという作戦だ。
前回と同じで、充実した魔道具でほとんどの兵士を無力化できる。更に今回は、鉄甲船による空輸もあるから移動も快適だ。
そんなわけで、俺たちは都市の制圧を頑張ればいいだけ。油断はしないが、かなり気楽だよ。
でもなぁ、俺っていつの間にか精鋭部隊に所属させられてるんだよね。先代様を筆頭に知った顔がいくつもある。
俺が乗っているのはゴドヴィングの中心、領都ギレシュタット行きだ。そんなこともあって先代ベルレアン伯爵アンリ様に、当代のコルネーユ様、更にアシャール公爵位を息子に譲って先代となったベランジェ様……うん、向こうに行こう。
「俺、下っ端ですよ? そこまで期待しないでください……」
偉い人たちから距離を置いた俺は、顔見知りの中隊長と雑談をしていた。すると後ろから……。
「ふむ……見どころがありそうだ。実戦で鍛えてやろう」
こ、この聞き覚えのある声は……や、やっぱり『雷槍伯』アンリ様!
ああ、親父……兄貴……。俺、『雷槍伯』様に弟子入りできるかもしれない。生きて帰れたら自慢するよ……。どっちの意味でも死なないように、祈っておいてくれ。
お読みいただき、ありがとうございます。
前半はアマノ王国建国後、その王都アマノシュタットでの光景です。東域探検船団が出港しているので、創世暦1001年9月3日以降のことです。
後半は創世暦1001年2月後半です。フライユ伯爵領に移籍し小隊長になったジャン・ピエールさんは、帝国のメグレンブルク伯爵領、そしてゴドヴィング伯爵領と転戦のようです。
以下に大まかな流れを示します。
創世暦1001年 2月15日 零時過ぎ、炎竜救出作戦と砦制圧作戦を同時に実施(前回の範囲)。
創世暦1001年 2月16日 深夜から翌日未明にかけて、ベーリンゲン帝国のメグレンブルク伯爵領を攻略。
創世暦1001年 2月17日 シノブとアミィ、メグレンブルク伯爵領の領都リーベルガウの神像を作り変える。
創世暦1001年 2月20日 シノブ達、王都メリエに報告に行く。ベランジェ、先代となる。
創世暦1001年 2月27日 零時ごろから、ベーリンゲン帝国のゴドヴィング伯爵領を攻略。




