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黒猫は満月の夜に  作者: 雪嶋ゆえ
Chapter1 黒猫と告白
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Chapter1...01

 金曜日の放課後、小野寺碧生(おのでら あおい)は学校帰りに市立図書館に立ち寄っていた。

「暗くなっちゃったか」

 そうして、図書館の玄関から出てすぐに、宙を仰ぎ見ながら小さな声でそうボソリと呟いたのだ。その拍子に彼のストレートの前髪が軽やかに、サラリと動く。

 この地域で一番の偏差値を誇る高校に入学したばかりの碧生は、独特の白いブレザーにグレイのスラックスの制服に身を包んでいた。身長は高校生男子の平均より二センチ程低かったが、まだ伸びるのではないかとの予想の元、気持ち大きめに作られていた。

 碧生は闇に覆われた空から視線を正面に戻すと、最寄りの駅へと向かう。

 特に繁華街という訳でもない駅までの道は、近道になる一方通行の細い路地に入れば、辺りを照らすのは街灯の明かりだけになる。歩行者も少なく、自動車も少ない。

 薄暗い道を暫く進めば、二車線の少し広い道路に出るのだが、碧生の足元を何か黒い影がすり抜ける。気配を追うと、その視線の先には黒猫が、二車線道路を横切ろうとしているのが見えた。

「あ」

 小ぶりな黒猫を認識した次の瞬間、碧生は小さな声を漏らす。

 乗用車が車道を横切ろうとした黒猫をライトで明るく照らし出したからだ。急に光を浴びたせいか、黒猫は固まったかのごとく、ピクリとも身動きできずにいた。

 黒猫の存在に気づいてるのか、気づいてないのか、乗用車はスピードを落とす事はなかった。

 碧生は反射的に駆け出すと、黒猫を抱え、その勢いのままゴロンと前に一回転した。それとほぼ同時にクラクションの音がけたたましく辺りに鳴り響く。

 それでもなんとか乗用車とは接触する事なく済み、乗用車は碧生に話しかける事もなく、そのまま走り去っていった。

「いてて。大丈夫か?」

 道路に座り込んでいる碧生は、自分の膝の上で抱きかかえたままの黒猫を見下ろしながら、尋ねるように話しかけた。だが、黒猫は碧生の声にハッとしたかのように、彼の腕から飛び出すと、二・三歩走った所で碧生の方を振り返った。当の碧生は元気そうな黒猫の様子にほっとして、笑みを浮かべたのだが、黒猫は踵を返すと走り去り、闇に紛れてしまった。


 ――ま、いっか。無事だったんだし。


 そう思いながら碧生は立ち上がり、ブレザーやスラックスについた埃を軽く叩きながら払うと、猫を助ける際に投げ出した鞄を拾い上げた。


◇    ◇    ◇


 そんな事のあった翌週、月曜日の朝、学園に来ていつものように靴箱を開けると、白い洋封筒が一通、入っていた。

 今時靴箱にラブレターなんて事があるんだろうか、そう訝しみつつも碧生はその場で封を開け、中身を取り出す。出てきたのはシンプルな白い便箋で、広げると綺麗な文字が綴られていた。


 小野寺碧生 様


 放課後、屋上に来てください。


 一年C組 日下部まりあ


 碧生は目を通すと、封筒に便箋を入れ直し、とりあえず鞄にしまうと、ゆっくりと廊下を歩き始める。そしてはっきりとは書かれていないが、文面の流れ的に告白される可能性が高いように考えた。


 ――それにしても、日下部(くさかべ)まりあってなんか聞いた事あるような、ないような……?


 小さな引っ掛かりに、知らず知らずのうちに、碧生の歩みは廊下の真ん中で止まっていた。

「碧生、おはよう。どうしたの? こんなとこで立ち止まって」

 後ろから声をかけてきたのは、昔隣の家に住んでいた幼馴染の女の子、村上彩香(むらかみ さやか)かだった。今は隣の街に住んでいる。

 学園の制服の白いセーラーの上下が、色白の彼女にはよく似合っていた。そして、栗色の髪の毛は肩を少しすぎた所で綺麗に切り揃えられ、真面目そうな印象を強くしている。碧生と目が合うと、黒目がちな瞳は優しく揺れ、表情には柔らかな笑みを浮かべた。

「あ、彩香か。おはよう。別になんでもないよ」

 クラスは違うが、隣同士のクラスなので、二人は並んで教室へと向かう。

「そーいや、彩香、日下部まりあって知ってる?」

「うん? あのすごい美少女の? 名前負けしてないもんねー。天使みたいに可愛いよね」

 彩香は少しうっとりするような表情を浮かべ、話の途中からは、まりあの姿を思い浮かべているようだった。だが、彩香の話で名前に聞き覚えのある原因もわかった。それだけの美少女なら、何かの話題の時に名前を聞いたのだろうと。

 ただクラスも違うそんな美少女が、自分に告白なんてするのだろうかと、別の疑問が胸の中に広がってきた。

「先生、おはようございますー」

「ああ、おはよう、小野寺も、ご両親は元気か?」

「おはようございます、はい、元気です」

 すれ違いざまに彩香が声をかけたのは、歴史を教えている河野教諭だった。河野はこの学園の卒業生だ。だから碧生はあまり話をしたくない相手でもある。

「二人共在籍中は仲がよかったからな、結婚してその子供もこの学園に入学する頃に、ここに就任しているとは、縁ってのは恐ろしいな」

 河野はそう言うと屈託なく笑った。そう、碧生の父と母はこの学園の卒業生だった。しかも父はずっと学年一位で卒業したのだ。中学の時もだが、碧生は父の事を知っている教師に出会うと、いつも比較されているようで、それが嫌だった。それならば、この学園以外に通う選択肢だってあるのだが、この学園はこの辺りでは一番の進学校だった。父のためにわざわざランクを下げるのは馬鹿らしい。

「ご両親共、成績よかったし、小野寺も新入生代表を務めた事だし、期待してるよ」

「……母も成績良かったんですか?」

「聞いてない? 確か十位前後はキープしてたみたいだけど?」


 ――まじかよ。母さんの中学は別だから、今まで気にもしてなかったけど……。最悪母さんと同じ順位くらいはとっとかないと、なんか言われそうだな……。


「そうなんですか……。僕もがんばります」

 碧生は顔を引きつらせながら、そう返事するしかなかった。

「まあ、成績だけがすべてではないから、そんなに気にしなくてもいいよ」

 河野は最後に当たり障りのない言葉を口にした。

「碧生のお母さんも賢かったんだね、すごいなぁ。碧生のお母さん優しくて大好き。なんかお姉さんみたいだよね、若く見えるし」

 河野とは別れ、再び教室に向かいながら、彩香は楽しそうに話す。

「若く見えるのは童顔だからだと思うけど。そーいや、高校入ったばかりの時は中くらいだったけど、父さんに勉強見て貰うようになってからは成績少し上がったとかなんとか言ってたけど、十位前後てなんだよ……」

「そうなんだー。碧生のご両親、ホント仲いいよねっ。私も結婚したらあんな風になりたいなぁ」

 今度は、少し夢見るような表情で彩香は呟くように言葉にした。


 ――両親が仲よすぎるのも、子供の立場では微妙なんだけど。


 そんな事を考えつつも、碧生は両親の話題から話を逸らす事にした。

「そーいや、彩香よくここ受かったよな。合格スレスレとか言われて、他受験するように勧められたんだろ?」

「ええっ。ああ、うん、そうなんだけど。どうしてもここに通いたかったから、結構がんばったんだよ」

「ふうん。そんなにここに来たかったんだ。まあ、ここ進学校だしなぁ」

「うん、それもあるんだけど」

 そう返事をしながら、彩香は何故か少し俯いて照れくさそうな表情を見せた。碧生は横目でそれを不思議な気分で眺めるばかりだった。

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