YOASOBI 二人きりの物語
ここ数日、YOASOBIの曲ばかり聴いている。ポップでキャッチーなメロディーラインと、わかりやすい歌詞。若者に受けるのもわかる気がする。
わかりやすいというのは重要で、東京事変の赤の同盟なんか、うちの親に「何歌ってるかわかんねえんだよ」と言われて即座に反論できなかった。悔しい。歌詞はそれほど難解でもないのだが、曲の構成が難解なんだと思う。ていうか私もよくわからん。
YOASOBIの曲は男女の関係性を歌っているものが多いというか、私が知る限りではそれしかない。ハルジオンという曲のMVは、甘ったれたツラしたサブカルクソ女と元カレ云々みたいなアニメーションが展開される。
二人が常に同じ方向を見ているとは限らない。それを忘れ、目的を一にするもの以外を排除するのが現代のトレンドらしい。偉大なアメリカとトランプ、半沢直樹、アノスヴォルディゴードwith喜び組、エミリア陣営。みなそれらに与しないものは排除されてしまう。おそロシア。
世界の半分は巨大な精神病棟になってしまい、我々は不適合者の烙印を押されることを極度に恐れる。
そんな中現れたYOASOBIは時代を象徴しているように思える。最小化された二人の世界。目的を違えればサヨナラ。堕ちる時は地獄まで。
潔いのかそうでないのか、わからない。極端な方向に進んでいるようにも思える。前に進もうという意思は感じるのだが、もはや二人ではなく一人と変わらないのではないか。
東京事変の件の曲に、「まだ会えていない」というような部分がある。他人を理解するのは難しいと解釈できるが、そこから一歩踏み込むことの難しさも歌っている。同化とも融和とも妥協とも違う関係性。主題歌となっているドラマの内容から共犯を示唆していると思われる。
結局、YOASOBIと大差ないような気がするが、私は違うと思う。相手の重層的な膨らみの余地を認め、そこを含めて理解しようという覚悟が見て取れる。
俺にはそんな余裕ないんだ。けっ、って人は
自転車でもこいでろ。最近二択ばっかで窮屈なんだよ。ヨサコイしろ、キャンプしろ、やんないとお客様じゃないんだろ。そんなに二択好きなら、クイズで大統領決めちゃえばと思う。




