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愛しい境界

Fate heavens feelを観たら、FGOとの違いと共に思うところがあった。


fateシリーズは元々PCゲームが原作で、願いを叶える聖杯を巡って、魔術師同士が殺しあうというストーリーである。


魔術師は一人につき一体、サーヴァントと呼ばれる英霊を使役できる。たとえば、主人公の衛宮士郎の場合、アーサー王伝説のアーサーという具合だ。ただし、英霊ならなんでもよいというわけではない。


英霊には七つのクラス(原則個々のクラス自体に優劣はない)があり、アーサー王の場合、エクスカリバーという剣が有名だから、セイバーというクラスに該当するという風に紐付けがなされている。真名がわかると必殺技も推察できるため、大抵はクラス名、アーサー王ならセイバーと呼ばれることが多い。


heveans feelはstaynightというゲーム内の個別ルートで、ヒロインの一人、間桐桜に焦点が当てられている。桜は家庭の事情で幼少の頃に間桐家に養子に出されており、そこで教育という名の虐待を受けている。士郎の後輩で、彼に恋心を寄せている。


寒空の下、薄着で士郎を待つシーンは健気な一方、あざとく見えたりする。過去、桜の家庭の事情を知らなかった私は、この子がなんとなく苦手であった。笑っているようで笑ってないんじゃないかと疑っていた。今は純然たる被害者として認識している。こういう言い方もひっかかるだろうが、桜に関してはこれで終わる。


今回書きたいのは、staynihtとfgoの差異である。


士郎とセイバーが路地を歩いていると、ライダーという敵のサーヴァントと遭遇する。この展開、新鮮さと既視感が混同するなあと思ったら、こういう状況は型月作品では定番ではないか。月姫、空の境界などでも、人気のない路地で殺人事件が起こるというのは何度も見てきた光景だ。


そんな当たり前のことを長々と書きやがってと信者に怒られそうだが、この新鮮さというのが肝である。staynightの世界観に久々に触れたせいでもあるが、路地の奥に異界が広がるという想像を忘れていたせいでもある。今では監視カメラが多数存在し、都市の死角は減りつつある。もちろん、今もこれからも人気のない場所で事件は起こり続けるが、脅威と捉えづらくなっているのも事実だろう。


わからないものに対する畏怖が、staynightにはあって最新作のfgoにはないものだと思う。fgoではたとえ神霊であっても、倒すべき対象や共に戦う仲間として一括りにされてしまう。


つまり境界が曖昧で、あるべき一線が薄れていると感じる。staynightのセイバーは、戦いが終わった後、気持ちが通じ合っているのにもかかわらず、あえて自分から消えるルートが存在する。士郎と共に生きる選択肢もありそうだが、そうはならない。人とサーヴァントは違うという境界が示されている。


話は変わるが、私の家から少し歩いた場所に、やたらとセキュリティー意識の高そうな家がある。それほど大きい家でもないのだが、門から玄関までの数メートルの距離に心理的な抵抗を感じる。入ったことはないが、進んで入りたいとは思わない。そういう狙いがあるのだろう。どんな人が暮らしているのかは知らない。


想像力を巡らせてもその家は答えてくれないが、考えずにはいられない。考えても答えは出ないが、その境界を愛しく感じる。

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