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戦姫絶唱シンフォギア


シンフォギアというアニメをご存知だろうか。


あー、あれね、急に歌う奴ね。そうそれ。


新作が七月から放送するので過去作がYouTubeで視聴可能になった。過去シリーズは四期あり、現在放送しているのは五期目に当たる。


一期目は2,012年に放送されており、リアルタイムで観ていたが二期目以降はこれまで未視聴だった。


一期目と二期目で雰囲気がかなり違い、こんなのシンフォギアじゃないやいと、ずっとスルーしてきた。一期目は何処となくエヴァっぽさを感じる。地下に基地があったり、ラスボスの最終形も使徒に似ている。三期になると、ゾ○ドみたいのが出てくる。もはやなんでもありだが、これがシンフォギアだ。


全シリーズ共通して、少女たちが変身し、世界を分断させようとする敵と戦う。シンフォギアというのは、その変身ツールのようなものである。シンフォギアの力を引き出すには歌の力が必要なため、急に歌うよ、声優が。


見始めた当初、正直ダサいと思った。何処からか湧いてくる雑魚敵ノイズもウル○ラ怪獣のパチモンみたいでショボいと思ったし(人間が触れると炭化してしまう。見かけより怖い)、歌いながら戦うスタイルに懐疑的であった。


でも、なんだかんだ見続け、中盤に差し掛かる頃には夢中になっていた。


主人公の立花響は、人助けが趣味のお人好しに見えるが、大災害を一人生き残ってしまった負い目からか当初、歪と称されるような正義感で戦っていた。


敵として登場する雪音クリスという少女も、両親を紛争地域で亡くした過去を持ち、より大きな力でもって、戦争を無くそうという考えで響の前に立ちはだかる。


クリスの考えは幼稚で、より大きな悪に利用されているに過ぎない。響は粘り強くクリスと対話を試み、それに触発される形でクリスの人格も変化していく。


和解した響とクリスはシリーズを通して肩を並べる良き仲間となった。


一期の序盤の流れを簡単に記したが、全体のスタンスは二期以降も基本的に変わらない。


響は敵であっても、まず対話を試みる。その結果、自身が傷つくことがあっても、平気へっちゃらと、嘯く。


敵を倒しつつも、拳で解決出来ることなどたかが知れていると嘆く場面もあり、戦士としても人間としても成長していくのが見所となっている。


作品のテーマは相互理解なのだが、これには人間同士なら話せば分かり合えるという前提が必要になる。


本当にそうか? と疑問を呈する方も多いかもしれない。事実は逆だからだ。


前提として人間は分かり合えないのだから、コミュニケーションが必要であり、現実は取り引き(ディール)の連続に過ぎないと誰もが知っている。


響がそれを知らないとは思えないし、ただの元気少女というような浅い描かれ方はされてこなかったように思う。


四期の終盤、完璧を謳う敵に対し、響と仲間たちは自分たちは不完全な存在だと認めている。それでも対話は無駄ではなかったと言うシーンは胸を熱くさせられた。


シンフォギアは単に理想を押し付ける作品ではない。痛みを伴うコミュニケーションの難しさを表現しようという意欲を感じさせる作品だと思う。




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