理解力
将棋の勉強をしていて、気になった話を一つ。
将棋を始めてかれこれ二ヶ月半程度になりますが、以前見えなかった筋が見え、駒のタダ取りをされることも減り、そろそろ初心者卒業出来るかという所に差しかかっています。
特定の師がおらず、独学のためあくまで当て推量ですが、そう外れていないと思うのです。
仮に初心者を脱したとして、傷口をほじくり返して確認するのが将棋です。敗着の原因を探るのは大事なプロセスであり、これからも負け続けるのは変わりないでしょう。全くマゾいゲームですね。
不思議なことがあります。
前日に比べて明らかにスムーズに対局が進むことがあります。
有段者から見たらあまりに稚拙で、鼻で笑われるような展開であっても、私には良くなっていると実感できているのです。
具体的に何が、どう成長したのかというのはわからないのですが、自然と上手くいきます。勿論、悪手の方が多いです。それはすぐにわかるので、やはり初心者なんだと思います。
将棋の進行は、 序盤、中盤、終盤と分かれていますが、そのうちどれを疎かにしても勝つことは出来ません。なので、バランスよく勉強する必要があります。
この勉強法が正しいのか、やはり独学なのでわかりません。これからの私の成長具合を晒せば何かわかるのかもしれません。そのうち飽きるかもしれませんし、未定ですね。
初段になれたよ! とか具体的な成果が出るといいですけど、どうなんだろう。
今のところ楽しいですし、続けていきたいですね。
さて、今回の本題なのですが、理解するとは何だろうという疑問です。
私は物覚えが人一倍悪く、知識が中々定着しません。今回、将棋を勉強していて、それをまざまざと思い知らされることになったのでした。
一番苦痛だったのは、定石の勉強です。
定石というのは、序盤から中盤にかけての駒組みのこと。戦型とも言い換えられるかと思います。将棋は、相手の玉を取るゲームです。出来るだけ有利な陣形を作ってから相手の陣地に攻め入るのです。
「そんなん知るか! 私は我が道を行くんじゃ!」
とか、言っちゃう人はすぐに王様を素っ裸にされ、悲惨な最期を遂げるでしょう……
てゆうか私のことですけどね。
ともかく、定石というのはプロが長年研究を積み重ねて出来た合理的な戦い方のお手本みたいなものです。
勿論、定石は必勝法などではなく、それぞれ弱点なんかはあると思います。まだそこまで理解できていませんが、いずれぶつかった時に考えることにします。
この理解ってものが曲者でして、どのくらい理解し、定着したかという指標が実戦によるものだけなんですよね。
しかも、お手本通りの展開にならなかったりしますから、え? え? どうすりゃいいのってことに頻繁になるわけです。
でもまあ、成長を実感出来ている間は理解が深まっているということで自分を納得させます。
果たして理解するとは何ぞや。
将棋を離れてみても、これまで自分はどれだけ物事を精査し、理解してきたのだろうと不安になることがあります。
脚本の勉強をしても、どの程度小説に反映させられるだろう。
脚本の定石が小説に当てはまることもあります。あくまで両者に重なる部分があるだけで全く同じものではありません。
理解したよ! 初段になったよ! なら、わかりやすくていいんですが、小説の成長はとかくわかりにくい。私は一生かかると思ってますが、考えが古いですかね。




