勝者
その日、少女たちの運命は分かたれた――そう、一時的に。
ゆらりと風が揺らぐ。
唯歌と佐奈は少し距離を開けて対峙して、冷や汗混じりに笑いあった。
「さすが佐奈……簡単になんとかなるとは思ってなかったけど、まさかこれ程とはね…」
佐奈はその言葉に対して、緩やかに首を振った。
「それはこっちのセリフだわ、唯歌。あなたがこんなに厄介だなんて思ってもみなかった……でも」
佐奈が唯歌を睨む。その眼光はまるで長年の宿敵を見るかのような、鋭いばかりの視線だった。
「こればっかりは、譲るわけにはいかないのよ」
「私だってそうよ」
唯歌は、その鋭い佐奈の視線を正面から受け止めて、それでもなお退いた様子は見せなかった。力強く地面を踏みしめて、不敵に笑う。
「今まで……避けてきた道だった。でも、それももう終わり。今日から私たちは」
「敵同士、ね」
佐奈も負けじと笑う。しかしその瞳には確かに、悲しみかそれに似たものが宿っていた。
「あなたと……こんなこと、本当はしたくなかったんだけどね…」
「佐奈。そういうこと、言っちゃ駄目でしょ。同情させるつもりなの」
「まさか」
再び鋭い目つきになる唯歌を笑い捨てて、佐奈もまた刃物のように唯歌を見る。
「情け容赦は無用よ、唯歌。どうせ敵同士ならいっそ……思い切りやるほうがいい」
「……そうね」
二人の間を、穏やかな風が流れていく。唯歌と佐奈、二人の間に広がる深く広い亀裂の中を、何も気付かずに吹き抜けていく。
やがて風が止まる。それが合図だった。
唯歌と佐奈、二人の少女は各々の拳に全力を乗せて、大きく振りかぶった。視線はお互いを見つめて、揺るがない意思を込めて、拳は振り下ろされる。
そして。
「――で、さっきからあの二人は何をしてるんだ?」
「あぁ、先生。もうお昼ご飯食べたんですか?」
見上げた先には、今にも首を傾げそうな担任教師の姿があった。実際、次の瞬間には傾げた。
「あの振りには…何か意味があるのか?」
「気分ですよ、気分」
「へえ……」
よくわからない顔だ。無理もない、私にだってわからない。
「で、結局何してるんだ、あの二人」
「一世一代の大勝負、卵焼き争奪戦」
「卵焼き?」
担任教師が私を見下ろす。芝生に直接腰を下ろしている私の前には、空になった弁当箱が三つ。
「……卵焼きなんて、どこにあるんだ?」
「私のお腹の中に」
「………」
担任教師が悲しい目で私を見るが、そんなことは些細なことだ。空腹が満たされた喜びの方が、何倍も大きい。
言葉が出ない担任教師を尻目に、私はのんびりと青空を見上げて言った。
「いい天気ですねぇ、先生」
春風に桜が舞う。そろそろ昼休みが終わる時間だ。三人分の弁当箱をしまい、セーラー服についた土埃を払って立ち上がった。
少し離れたところで、唯歌と佐奈が35回目の言葉を叫ぶ。
「じゃんけん――!」
とっても昔に書いたもの。物持ちが半端ない。