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ストーカー  作者: 東堂柳
4/5

嶋高彦

 帰宅の途につきながら、再び私は物思いに耽り始めた。

 嶋高彦と初めて会ったのは、実を言うと、友也との出会いよりもずっと前の事だった。

 高校生の頃、高彦は私と同じ高校に通っている二年先輩だった。とりわけ顔立ちが良かったわけではないが、長身な上に小顔でスタイルが良かったことに加え、勉強も運動も周りより秀でていた。そのおかげで、校内の女子からはもちろん、他校の女子からもよくモテていた。そして私も、そのうちの一人に他ならなかった。

 彼が所属する野球部の試合の応援には毎度のように駆けつけていたし、それどころか普段の練習の時でさえも彼の姿を見に行ったことが何回もあった。

 しかし大勢いる彼のファンの一人にすぎない私が、彼と付き合えるなんて、あり得ないと分かっていた。それどころか、彼は私の存在にすら気づいていないかもしれないのだ。

 そう思っていた、ある日のことだ。

 部活で帰りがすっかり遅くなった私は、急いでいたが為に不注意で肩に下げた大きなカバンを人にぶつけてしまったのだ。そしてそれが運悪く、不良と呼ばれる類の人間だった。おまけにその不良は、数人の仲間と居合わせていた。

 私は因縁づけられ、囲まれ、絡まれ、遂には腕を掴まれた。必死の抵抗も虚しく、恫喝され襲われそうになった。そこへ、誰かが助けに来てくれた。

 その不良たちを殴りつけ、私を庇うように自分のその大きな背中に隠した。

 それはあの、高彦先輩であった。

 しかし、いくら先輩と言えど、四人相手に一人で敵うわけもなく、痛めつけられるだけであった。それでも私のことを庇い続けた。その執念からか、不良も諦めて退散していった。

 先輩はボロボロになりながらも、私に声をかけた。

「大丈夫? 怪我はない?」

「でも……、でも、先輩は……」

 涙が出そうになった。声が震えていた。

「俺は大丈夫だから」

 顔を向けることができずに、下ばかりを向いていると、彼の右手が目に入った。手の甲から血が流れている。

「でも……血が……」

「ああ、切られたみたい。だけど大丈夫だから。早く帰ったほうがいい」

 私は泣きながら帰った。

 後から、彼の腕が骨折していることを知らされた。そのせいで、エースの打者として活躍していた先輩は、高校最後の大会に出ることもできなかった。主力を欠いたチームは二回戦で敗退。無残な結果で終わった。

 それでも私が他の女子生徒からバッシングを受けなかったのは、彼が、怪我は階段から落ちたせいだとしか言わなかったからだ。

 それが私の罪悪感を余計に膨張させた。もう、彼に近づくのはやめよう。私はきっぱりと決めた。


「久しぶりだね」

 半年前、偶然会社で彼と出会い、そう話しかけられたのだ。

 私は最初、それが誰だかわからなかった。

「忘れちゃったかな。まあ、あれから会うこともなかったからね」

 そういって彼は頭を掻いた。その右手の甲に、真一文字に大きな切り傷を見つけ、もしやと思った。

「ほら、一緒の高校に通ってた嶋だよ。まあ、学年も違ったから、知らなかったかもだけど」

 惚けているのか、私を助けてくれたことはおくびにも出さずに、話を続けている。

 せっかく心の奥底に封じ込めていた罪悪感の蓋が開いて、一気に溢れ出てきた。

「あの……あの時は――本当に、本当にすみませんでした」

 頭を下げる私に、彼は優しく声をかけた。

「いいんだよ、別に。それに実はさ……、今だから言うけど、俺、何ていうか、その……お前の事ずっと好きだったんだよね」

 その言葉にはとても驚いた。

 今だから言うと言っている割に、あっさりとしているわけではなく、妙に照れているように口ごもっていた。

「私も、私も、先輩のこと、ずっと好きでした」

 真剣な表情で、彼は返した。

「まだ……間に合うかな?」

 臭い話だが、そこから彼との付き合いが始まったのだった。

 結婚まで考えるほどに、その付き合いは進行していた。友也にも、いつか――いつかちゃんと話そうと思っていた。それなのに、彼を傷つけたくなくて、どうしても言えなかった。私が辟易していた中途半端で事勿れ主義の性格が、いつも邪魔をしていたのだ。

 それでこんなことになったのだから、自業自得という言葉がぴったりだ。

 とはいえ、まさか彼がこんなことをしでかすとは露ほどにも思わなかった。付き合っている時の彼は、どこにでもいる今どきの優しい草食系の性格だったのだから。

 急に、彼を犯罪者にしてしまったという罪悪感に襲われた。

 乾いた強い風が吹いて、私はコートを寄せ集める様にして歩を進めた。

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