#06_出会いと別れと犯罪奴隷
日の出とほぼ同時にダグザの村を出発する。
朝靄で視界が悪いが、道を歩くくらいなら問題はないだろう。
昨夜はアネットに申し訳ないことをした。
よもや自分の性欲があそこまで続くとは思ってもみなかった。
代わりに金貨五枚を置いておいたが受けとってもらえただろうか。
畑仕事をしている村人に挨拶をして、のんびりと歩いていたら分かれ道に到着した。
左が昨日、アベル達と進んできた道で右がフーリアの町だ。
ここから十時間もせっせと歩かなくてはならない。
シルファンが右の道を先行して歩いていた…人間の足はそんなに早く歩けないんだよー。
エイミーは自分の斜め後方を同じ速度で歩いている…昔から護衛のような位置取りなので気にしない。
ティアンは相変わらず、エイミーの肩の上だ。
「ゼガンが失敗しちまって、俺達には後がねぇ! いくぞ、野郎ども!!」
「へい、ボス!」
小鳥の鳴く声以外聞こえないと思っていたら、左から大きな怒鳴り声が響いた。
馬の蹄の音に加えて、十人以上の人間の走っている足音が凄い勢いで近付いてくる。
「ゼガンって…まさか、また?」
「ボス! 前方に人影を発見しやした!!」
「三人ほど俺についてこい! 残りは村を襲え!!」
盗賊達のボス…と思っていた男の名を口にした大男達も、こちらに気が付いたようだ。
総勢十六人が十二人と四人に分かれて、ボスを含めた四人がこっちをターゲットに選びやがった。
残りはダグザの村がある方へと向かっていく。
一宿一飯のある村を放ってもおけないか。
魔力で念を送って、シルファンを森を通り抜けてさせて向かわせる。
ティアンは既に上空を滑空して盗賊達の迎撃に向かわせた。
ブライアン、男、45歳、盗賊Lv42、人間Lv40
鑑定の結果に驚いた………こっちがボスだったのか。
全員のメインジョブを低レベル順にしておく…討伐すれば一気にレベルが上がるだろう。
しかし、レベル以外にも注意する点があった。
ブライアンを覆う赤黒い靄のようなモノがある…こいつ、生まれつき魔力に長けた人間だ。
「てめぇ! フードとれや!!」
「ボボボ、ボス!? こ、こいつ魔鎧種の! しかも黒騎士ですぜ!?」
「ビビんじゃねぇ! まだ半成体だろうが!!囲んで殺せ!!」
ブライアンが馬から下りると、後ろにいた盗賊の一人に手綱を渡した。
手に持つ武器は180cmはあろうツヴァイヘンダーだ。
「てめぇ…魔獣使いか。運が悪かったな、ダグザの村を拠点にしようって所に出くわすとはな!!」
言い終わる前に、大剣を振りぬいた。
相手の力量が判らないので、少し余裕を持って身をかわしておく。
ショルダーナイフのように付けていた、鉄のナイフに魔装を低威力で纏って投げつけた。
ナイフは赤黒い靄を突き抜けて右腕に刺さったが、すぐに止まってしまった…レベル差がありすぎるか。
「驚れぇたな、俺に傷をつけれるたぁ…なっ!」
大振りながらも横に薙ぎ払った。
かろうじて地面に伏せて回避したが、いつまでも避け続けるのは拙いな。
あの赤黒い靄は魔装の原型とも云えるもので、生まれついての強者によくある現象だ。
ブライアンはそれ故に力に溺れた人間なのかもしれない。
「…ならば、教えてやる。遥かに魔力に優れた魔人族相手にヤマトの人間がどうやって戦ったのか」
「ぶつくさと、何を言ってやがる!!」
ブライアンの攻撃を避けながら、腰の裏にある霊式短刀を引き抜いて構える。
「ははっ! そいつがお前の得物か!! そんなナイフ一本で何が出来る!!」
「色々と出来る」
ツヴァイヘンダーを持ち上げ、振り下ろそうとした所で短刀でブライアンの手首を攻撃した。
無論、短刀の刃では届くことはない。
「届くか! そんな攻撃が…ぁぁあ?」
大剣を振り下ろそうとしたブライアンが気付いた…己の両手が繋がっていないことに。
綺麗な切り口からは血が噴出し、ブライアンを染めていく。
切り落とされた手首は大剣と共に地面へと落ちた。
異変が起きたのは傷口だけではない、切り口から腕の血管を昇るように体の表面に血管が浮き上がていく。
皮膚は毒でも浴びたかのように泡立ち、同じように腕を蝕んでいく。
霊力によって体内の魔力が暴走した結果だ………強い魔力を持つほど、暴走した時に体への侵食が激しくなる。
現実を受け入れられないブライアンは地面に膝をついていた。
切り落とされた両手首を、これは夢だと思っているような表情で見ている。
「な、なにを…何をしたぁ!?」
「生まれ持った力に頼って、制御を疎かにしたお前が悪い」
もう一度、短刀を振るうと首が切断されて頭が落ちた。
魔装のソニックに対抗するために編み出された霊装の技――『飛燕』。
ソニックが叩き切る斬撃ならば、こちらは切断する斬撃になる。
「魔力を扱おうと、霊力を扱おうと、修行を積んでいたら、どっちも見えたんだけどね」
当たり前だけど、ブライアンからの返答はない。
エイミーの方を見れば、自分の身長の倍はあろう大剣を作成して、盗賊三名の胴体を真っ二つにしていた。
昔…まだ祖父が生きていた千年以上昔では、自分と一緒にエイミーは祖父から刀剣術を習っていた。
記憶を失おうと、自分達の体は覚えている。
魔鎧種は生まれながらに武器を扱う術を知っているが、修練を積んだエイミーの技量に匹敵する者はそうはいない。
と、いうか剣技のみなら自分よりも上なので、そんなのが出てこられたら死んでしまう。
盗賊の胴体が地面に落下したのは、ほぼ同時だった。
その光景に馬が暴れそうになったので、首に手をあてて魔力による精神侵略を行う。
「…落ち着け。今日からお前の主は俺だ…わかるな」
セドルさんの『スカウト』スキルを視ていたのが役に立った。
馬の瞳孔や鼻息が次第に落ち着きを取り戻していく。
「よし、いい子だ。エイミー、死体とアイテムの回収を任せた…俺はシルファン達を見てくる」
「………(こくん)」
ブライアンの腕からナイフを回収完了…と。
短刀で全員のアイテムボックスを破壊しながら、来た道を引き返す。
手にブライアンの頭部を持っているのだが、臭いな、この人…。
周囲を警戒しつつも急ぎ足でダグザの村まで戻ってきた。
「うわぁ…」
「た、助けてくれぇーー」
あまりの光景につい言葉が出てしまった。
そんな惨劇の現場から盗賊の一人がこっちに逃げてきた。
必死に逃げているのか、後方から迫ってくる赤光を放つ魔力弾に気付いていないようだ。
盗賊の後頭部に魔力弾が接触すると、その熱量で盗賊の頭部が溶けてしまった…ってこっちに流れ弾が!?
「うわぉ!?」
なんとか避けたら10mほど後方の地面が赤く溶解していた。
ティアンの魔力圧縮したブレスか…ビックリした。
街道には盗賊達の血が池のように広がっている。
到着した時には十六人いた盗賊は三名まで減っていた。
シルファンが、五人まとめて盗賊を始末した時は思わず声が出てしまった。
魔装による突進撃――『ブリット』によく似た攻撃方法を銀狼種は得意としている。
全身魔装を使った攻撃で付く傷跡は、巨大な牙を突き立てたようだ。
それ故なのか、銀狼種は銀色の毛並みと併せて『シルバーファング』と呼ばれていた。
残った二名が村の門を必死に叩いている。
盗賊が村人に助けを請うなど、ありえないな…何か村で問題が起きているのかもしれない。
面倒なので飛燕で盗賊のアイテムボックスを全て破壊して、急いで門に向かおう。
「おい、な、なにやってんだ! 早く開けろー!!」
「そうだ! 早くしろ!! こっちにバ「ぱ~す!」…おっと、なんだこりゃ……ボ、ボしゅ!?」
盗賊達が必死に開門を要求していた。
拠点にするとか言っていたが、村の中に協力者がいるのか…。
持ってきたプレゼントを放り投げて、受けとった盗賊の眉間に鉄のナイフを追加プレゼント。
「や、やめ!?」
腰の左に差しておいた魔装用のショートソードで最後の盗賊の喉を斬る。
やれやれ…この世界に来てから盗賊ばかりとエンカウントするな…呪われているのだろうか。
…何やら村の中が騒がしい…まだ片付いていないのか、頭が痛くなる。
門がゆっくりと開いていくと、男が高笑いを始めた。
「…ざまぁねぇな! この村は今日からブライアン盗賊団の拠点になるんだよ。
ブライアンさん! 約束通り、これで俺を団いぎぃ!?」
とりあえず、剣の腹で後頭部を殴っておこう。
村の中で見たことのある青年だが、守衛の人も腕から血を流してるし、村長を人質に取ってるし。
「よし、今だ! 取り押さえろ!!」
「この馬鹿ガキが! なに盗賊を呼び込もうとしてやがんだ!!」
既に青年は意識を失っているのだが、村人達は我慢できなかったようだ。
小さい集落で、はみだし者への制裁はどの世界でも変わらないなぁ~。
「…おお、ヒデキ殿! 早くに村を出られたと聞きましたが、もしや盗賊達を…?」
「えー、ええ、まぁ…一宿一飯の恩もありましたので…」
「聞いたか、村の衆! 我等の村の英雄…ヒデキ殿に感謝の言葉を述べよ!!」
「おおー! なんて勇敢な人なんだ!!」
「あなたが居なかったら、私達はどうなっていたか…」
万歳三唱、感謝御礼、宴会じゃ、宴会じゃと騒ぎ経つ村人達…いかんな、凄く居心地が悪いのですが。
皆さん、喜ぶのはいいのですが、こちらが困惑していることを察してください。
「…暇だなぁー」
シルファン達は部屋の中よりも、魔素を得てくると念を送って外に出ていた。
盗賊達の後始末は村人達がしてるし、夕方の宴会の準備が出来るまでワボルの家で待機を命じられました。
しかも鋳掛屋の人がタダで武器や防具を整備してくれるとのこと。
なので魔剣、霊刀、霊式武具以外を全部渡してみた…引きつった表情で引き受けてくれました。
アイテムボックスは全て破壊しているので、後始末はお願いしてもいいのだが…。
今は日が昇って二時間なのですが、一体なにをしろと言うのでしょうか。
ぼへぇーっとしてると、昨晩のようにドアがノックされる。
この気配、覚えがあるな!…アネットでした。
「…村を護っていただき、ありがとうございました」
アネットが開口一番で謝礼を述べてきた後に、アベルの手紙を見せる。
次に腰にある巾着袋から金貨五枚を渡してきた。
「アベルさんとの契約分は頂いていますので、こちらは受けとれません」
契約分は貰っているので、必要ないと言っているのだろうか。
しかし時折、金貨をみているので必要ない…訳ではない。
領民税がどれほどいるのか知らないが、これから先を考えると遺品だけでは足りないのだろう。
しかし、施しを受けたくはないと…ならば、こういった方法なら、どうだろうか。
「ッ!? …んん…んふぅ…」
舌を絡めた時に息が漏れる。
キスをしながら、アネットの手に金貨二枚を握らせた。
視線でベッドの方を見ると、こちらの意図をアネットも理解したようだ。
頷いた後に、こちらに身を任せた。
そちらにもプライドがあるように、自分にも意地はある。
なにがなんでも金貨五枚は受けとってもらおう。
今回は時間もあるし、がっついていないので時間をかけて楽しんだ。
たぶん、お互いに楽しめた…はず。
地球では妊娠の心配があるが、この世界の各種族を守護する六柱の神様は過保護のようだ。
例えば自分とエルシアやエミリアが、こうした行為をして子供を作ろうとした場合があったとする。
その場合、六柱の内の二柱…人の神と獣の神に願わなくては決して妊娠することはないのだ。
今回の場合は自分もアネットも人間族だが、妊娠の有無を決めるのは子を宿すアネットに一任される。
出会ったばかりの男、しかも夫を亡くしたばかりの妻を抱く男の子供など欲しがるまい。
よって、妊娠の心配は無いといえる。
アネットと別れたのは、宴会準備の手伝いを彼女に求める声が聞こえてからだった。
すでに日は傾き、夕焼けへと空模様が変わっていた。
暫くしてから、宴会会場である村長宅へ招かれる。
その他大勢の人は村の中心にある広場で酒盛りをしていた。
先日よりも僅かながら豪華になった食事を取りつつ、気になったことがある。
「あの、村長。気絶させた村の青年は、どうなったのでしょうか…」
「ひっく。おお…あやつですか! 盗賊に肩入れした者は犯罪奴隷となります。
犯罪奴隷は最初の一年を王都にある専用の収容所へと送らねばなりません。
その後に契約奴隷となれなけば、より過酷な奴隷生活を送るのです」
この世界にもあるんだ…収容所。
「そうそう…! 知っておられますかな、ヒデキ殿!
昨年の今頃、収容所にエルフの娘が送られて大層な話題になったのですぞ!
なんでも王国の禁猟区で狩りをしていたとか。
本来ならば、公開処刑されるべき大罪なのです。
ですが隣国にエルフが国主を務める国があるので、国王様が配慮なされて刑罰は二十年で済んだのです。
エルフなので誰もが収容所の専属奴隷商から購入しようとしたのですが、なぜか一向に買われぬそうです。
あれから一年…そのエルフの娘も他の奴隷商に流れる時期ですな~」
話を振ったのは自分だが、とんでもない答えが返ってきた。
しかし、エルフの娘、しかも狩りをしていたとは…弓が得意なのだろうか。
遠距離攻撃で援護が欲しいとは思うが…競争率高そうだな、買われないのは金額が高いからだろう。
一応、アベルに聞いてみよう…うん、やはり殴るのはよくない。
明日の出発はマルボーと共に出ることになった。
なんでも明日は五日に一度の小市が開かれるとか、その五日後、十日に一度は大市と呼ぶらしい。
酒はほとんど飲まず、村長に挨拶して、ワボルの家に戻ってみると、アネットが扉の前で待っていた。
子供を寝かしつけてくるといって出て行ったが、その後にここに来ていたのか…。
何か思いつめた表情をして口を開きかけたが、笑顔を浮かべて抱きついてきた。
気にはなった…なったが、こういった関係で女に溺れた男のニュースは日本にいた時に何度も見ていた。
残りの金貨三枚を渡して部屋へと誘う…そうやって金を渡して自分を誤魔化している気がした。
ただ金で買った関係なのだと…それ以上の関係など存在しないのだと。
翌朝、村長を含めた少数が見送りに来てくれた…アネットは来ていないようだ。
鋳掛屋の男は目に隈を作って間に合わせてくれたようだ…ありがたい。
お詫びという訳でもないが、盗賊の衣服と馬は村に提供した。
衣服は丈夫な部分を修繕用に使えるし、村にいる馬の数は少ないので感謝された。
馬といえば…手懐けたらジョブが発生していた。
獣使い…固有スキル『スカウト』
動物に認められた者に発現するジョブ。
特定スキルは備わっていない。
ついでに過去の自分が使っていたメインジョブも。
刀術士…固有スキル『一刀必殺』
刀技で戦いに挑んだ者に発現するジョブ。
刀術、投擲術など戦闘スキル系が備わっている。
マルボーの荷馬車に犯罪奴隷となる青年が放り込まれた。
手足を縛る縄に、目隠しや耳栓、猿轡など…逃げ出すのは難しそうだ。
村長から盗賊達の回収品を受け取る。
ブライアン盗賊団から金貨三十三枚、銀貨三百二枚、銅貨五百五十六枚。
ブライアン、盗賊十五名のゲノムカード。
ツヴァイヘンダー、ショートソード×11、短剣×4を頂戴した。
もちろん全て整備済みだ。
どうしよう、賞金首で稼ぐ賞金稼ぎじゃないのにそれ以上稼いでいる気がする。
他人にばれない様に色々使って社会に貢献しよう…きっとそれがいいと思う。
馬車に揺らされながら、そんな事を考えていた時に、ふと英雄のジョブを見てみた。
称号…もう変わってるよ。
称号:村の英雄 上限Lv15
ジョブ詳細
ヒデキ・ナルカミ 所持金 93万5592セシル(金貨88枚、銀貨544枚、銅貨1192枚)
・人間Lv15、戦士Lv17、剣術士Lv14、刀術士Lv1、弓術士 Lv14、狩人Lv14、
盗賊Lv16、農人Lv14、暗殺者Lv14、獣使いLv1、魔獣使いLv17、英雄Lv5
シルファン
・銀狼Lv15、獣戦士Lv17、獣剣士Lv14、獣闘士Lv14、暗殺者Lv14
ティアン
・天竜Lv15、竜戦士Lv17、竜剣士Lv14、竜闘士Lv14、狩人Lv14
エイミー
・魔鎧Lv15、魔戦士Lv14、魔剣士Lv14、魔騎士Lv17、魔弓士Lv14