#03_立ち耳と垂れ耳と奴隷商人
結局は魔剣を持っていくことにした。
むしろ憑かれたと表現したほうがいいのか………銘が『ディアボロス』だし。
2mもある大剣なので、魔剣は嫌がったがアイテムボックスに放り込む。
メインジョブを戦士、魔物使いの順に変更。
「おお…。これは……」
銀狼のシルファンを半成体にして出口まで偵察しにきたのだが、予想外の光景が見えた。
洞窟の入口で、でっぱりとなっている岩以外は土砂崩れが起きたのだろう、山肌が露出している。
ワボル達はどうやってここまで来たのだろうか…。
ふと横をみるとロープが垂れ下がっていた、上のほうに何かが滑り落ちた形跡もみられる。
なるほど、経緯は理解できた………となれば予測出来る事態がある。
「…シルファン」
こちらの意図を察してくれたシルファンが、臭いを嗅いで崖上を探査する。
結果を思念で返してくれた…予想通りか。
商人が持っていたナイフを手にして、人間の頭が吹っ飛ばないように魔装の威力を抑える。
意を決してロープを引っ張った。
「…なんだ。時間が掛かったじゃねぇか…………がはぁ!?」
「やはりいたのか、盗賊が」
ナイフが眉間に刺さって上半身が裏返って地面に倒れる…あってよかった投擲術。
鑑定でも確認したので問題はないはずだが、地球では暴力行為をしたことのない自分があっさりと人を殺してしまった。
もしかしたら人格の統合が始まっているのだろうか………いや、それでも構わない。
元よりオマケのような人生なのだ。
しばらく待ってみたが、他に人はいないようだ…シルファンの鼻は正確だ。
ロープを千切らないように引っ張ってみるが、意外と頑丈。
「シルファン、先行してくれ。戻ってティアン達を連れてくる」
肯いたシルファンは安定していると思われる場所にジャンプしていった。
体高100cmの大型犬…いや、狼か。崩れた山肌もなんのそのと、ひょいひょいと登っていく。
盗賊達のランタンをアイテムボックスにしまって、魔晄で暗闇を照らしながらティアン達の元に向かう。
これから起こりそうな事を思うと両手は空いていたほうがいい。
「ここから出ることが出来そうだ…行こう」
二人のステイタスから個体を選び、幼体に変更する。
エイミーは身長200cmから50cmとなって、ティアンは半成体ながらも5mあった体長が50cmになった。
突如、地盤を支えていた物体が無くなったために空洞を支えていたバランスが大きく崩れる。
「…まぁー、こうなるか」
地鳴りが響く中、ティアン達を抱えて全力で走る。
質量まで変わっているのか、とても軽いので助かるが、やはりこの力に頼るのは恐ろしくもあった。
両腕を空けたいので、ティアンに飛べるかと念を送る…肯定と返ってきた。
出口にある岩のでっぱり到着と同時にティアンを上に放り投げる。
続いてエイミーを回転をかけないように気をつけて放り投げた。
ティアンはエイミーの肩当てを後足で掴んで必死に翼で羽ばたいている。
こちらも急いで登らなければ。
「ふぅーーー。間一髪だった…」
ロープを登りきったところで地面が陥没し始めてた。
慌てて盗賊の死体と一緒に洞窟のあった辺りから距離をとって難を逃れたが、現在地がよくわからない。
盗賊の頭からナイフを回収し、手首を切り離して、アイテムボックスを破壊、衣服と装備を回収、死体と一緒に浄化を行う。
骨類は簡単に掘った土の中に埋葬する…距離をとって休憩しよう。
座って休憩をとっていた自分の近くに鉄の塊と思わしき物体が落下した…エイミーだ…かなりびっくりした。
上を見るとティアンがぐるぐると旋回している……進んだところに開けた道があるという。
進むべき道がわかって安心すると空腹が気になってきた。
アイテムボックスから干し肉や水などの食料を出して皆で分け合う。
魔獣は人間が食べれるものなら何でも食べられるので、地球にいたペットのように気をつけなくてもいい。
日の高さは朝日が昇って二時間くらいだろうか。
腹ごなしにアイテムボックスから、とある晶石を取り出して鑑定をしてみた。
魔晶石…周囲の魔素を吸収して魔力を蓄積できる晶石。
蓄積した魔力を取り出して使用、吸収が可能。
魔晶石は魔力の蓄積量によって紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の日本が設定している七色のグラデーションに加えて黒、白の九色に変化する。
蓄積量がゼロが黒魔晶石、満タンが白魔晶石になる。
戦いでの魔力補充で使われるのが一般的だったが、なぜか商人や倒した盗賊が全員持っていた。
紫魔晶石が三つ、藍魔晶石が一つ、青魔晶石が一つ………自分のが白魔晶石。
おかしい………自分のは黄魔晶石だったはずだ。
シルファン達にも持たせてあったが、体の回復に使用したらしく全員が黄魔晶石だった。
あの場所はそんなに魔素が濃かったのか、もしくは自分が長い年月を眠り続けたのか。
紫魔晶石を荷物にあった巾着袋に入れて、シルファン達につける。
自分は藍でいいだろう……残りはアイテムボックスに戻しておいた。
色々あったので疲れた、少しだけ横になろう。
どのくらい時間がたったのだろうか、唐突にシルファンからの警告が念で届く。
空を見れば、太陽の位置は傾き始めたところだろうか。
左手で魔装用のショートソードを掴むと、その場で寝返りをして周囲を警戒する。
即座に周囲を鑑定して何モノがいるのかチェックしたが範囲内には誰もいないようだ。
ほっと息をついた時、馬の鳴き声が聞こえた。
「な、なんだ?」
先程、ティアンが見つけた開けた道を速度を出した荷馬車が通り過ぎていった。
御者がいなかったように見えたが振り落とされたのか?
…いや、道の傍の茂みに誰かいる。
サブジョブに盗賊をセットして、気配遮断と潜伏スキルを実行した。
これなら素人の自分でも多少はマシなスニーキングが出来るだろう………虚しい。
そろそろと動いていくと、鑑定の間合いに入ったのか文字が浮かんで見えた………また盗賊か。
しかも今度は弓術士のジョブ付き…なるほど、御者がいないのではなく射殺されたのか。
道の向かいは際立った壁の為に射手は目線の先に一人、右に20m行った先にもう一人…あ、射った。
今度の御者は老人と青年だったが、かろうじて老人が肩に矢を受けるだけで済んだ…大きめな荷馬車が急停止する。
荷馬車から六人ほどの男達が飛び出してきた………護衛だろうか全員、鎧や剣で武装している。
後方から来た馬に乗った盗賊や併走している盗賊が大勢で襲いかかった。
とりあえず目の前にいる弓を持った盗賊をなんとかしようと、後ろから口を塞いで肋骨に引っ掛からないように心臓を剣で刺す。
ばれない様にゆっくりと死体と一緒に道から離れて戦いを観戦する………なぜなら………どちらもよくない人達だ。
シルファンによると先程の荷馬車には誰もいなかったが、目の前の荷馬車には20名ほどの臭いがしたと云う。
念の為に盗賊側を減らしておいたが、どのような結果になるのか先が見えないな。
観戦しているとシルファンが老人に矢を射っていた盗賊の首を噛んで引っ張ってきた。
よし、これでショートボウが2つ、矢の数は18本になった。
隠れていると、矢を射ないことに腹を立てた盗賊達のボスらしき人物が怒鳴り声を上げて茂みの中を見ていた。
反応がないので始末されたと結論付けたボスが護衛の一人に斬りかかる。
あ…戦士28歳の人がやられた。
ボスの名前はゼガン、男、32歳、人間族、盗賊Lv35、人間Lv33…レベル差がそれほどないが、早々に盗賊行為をしているのか。
若者の名前はアベル・アルベルト、男、20歳、人間族、奴隷商人Lv10、商人Lv22、人間Lv21。
あ…冒険者35歳の人がやられた。
奴隷商人とは穏やかではない…護衛がやられているのに荷馬車から人が出ないのは商品、もしくは人攫いの可能性もある。
アベルは悔しそうな顔をしているが、人攫いの結果で盗賊と揉めている可能性もありえるから、突入は出来ない。
あ…アベルと老人以外の人がやられた。
アベルが荷台の方へと連れて行かれる………そしてこそこそと隠れながら後を追う自分。
いかなる事情があるかは不明だが、盗賊を勝たせてしまえば悪い方向にしかいくまい。
盗賊は残り八人、高レベルは三人か…シルファン達に合図を送って、ショートボウと矢の三本に魔装を施す。
エイミーは半成体の120cmに、武器生成で弓を作成して自分の傍で待機、残りの矢を全部渡す。
裂いた布を顔に巻いて、素顔を隠して準備完了だ。
「…おら、さっさと、この奴隷達を俺らの奴隷にした方が身の為だってのが判らねぇのかよ」
「そちらこそ、いい加減、理解してもらたいものだな。商人が儲けにならん事をすると思わないことだ」
「はっ、粋がっていられるのも今のうちだぞ。お前の親父を疎んでいる奴隷商から15万セシルで購入してもいいって奴がいるんだ」
「才能が無いそいつは。私が修めた学術や、こ、の、顔ならば25万セシルは最低でも用意させるべきだな!」
自分で言うのか…もしくは強がりかも知れない。
微妙に体が震えている…三枚目タイプか。
「ああ!? そうかい!!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
うわぁ…あんな薄汚れた短剣を太ももに刺したら、確実に感染症が起きてしまう。
「こっちはなテメェの親父の方針のせいで、金儲けのネタまで奪われてイライラしてんだ」
「…はっ! 何の覚悟もない奴等を攫ってきて、まともな奴隷になるわけないだろ」
「こ、このクソガキが…」
なんとも無鉄砲な人だ。
これ以上の会話は危険すぎる………始めるとしよう。
こちらの目標はボスを、エイミーは次の高レベルで老人を人質にとっている奴を!
弓のしなりや反動が魔装によって効果をまして、矢じりが空気を割いてゼガンに命中した。
頭蓋骨がへこみ、眼球が宙を舞う…頭部は元の姿を一切とっておらず、首どころか肩甲骨辺りまで体から千切れている。
レベル差があったので魔力を纏う量を増やしたのがよくなかった。
あんまりなボスの姿にその場にいた人達が呆然として………あ、いつのまにかエイミーが高レベル二人を射殺している。
「す、スプラッター…」
思わず声が出てしまったっと思ったら、檻の中の女性達が一斉に悲鳴をあげて、盗賊達が逃げ始めた。
しかし、こちらとて逃がすつもりはない。
馬番の低レベル盗賊二名はすでにシルファンが鋭い爪で始末して、こちらに盗賊が逃げるように威嚇している。
ティアンが種族特性の『ブレス』で逃げている最後尾の盗賊を焼き殺す。
ブレスには二種類のパターンがある。
魔力圧縮による多数の効果を持ったビームみたいなのと、可燃性液体とガスによる火炎放射器のようなの。
今回は後者を放出したようだ。
先頭の盗賊は自棄になっているのか、腰にあったショートソードを振り回していた。
大振りした腕に合わせて肘から先を切り飛ばし、慌てた盗賊の首を飛ばす。
最後の一人は、逃げながらも野性の小鳥を見ている。
こいつは何かしていると思って鑑定を使う………ジョブの中に獣使いがあった。
「ボスに知らせろ、計画は中止に…」
小鳥が盗賊から黒い布を受けとると飛び立とうとした。
盗賊との距離は約15mほど、剣など届く位置ではないが遠距離用の技がある。
魔装による剣圧を飛ばし、相手を叩き切るイメージで剣を振り切る――技名を『ソニック』と呼ぶ。
魔晄を帯びた剣圧で盗賊は背中から砕け、吹っ飛ばされたが小鳥は難を逃れていた。
「ティアン!」
最後の盗賊の首をはねて、空を見上げた。
すでに小鳥はティアンの口に収まって、千切れた羽がヒラヒラと落ちてきた。
おそらく失敗の合図を仲間に知らせようとしたのだろう。
後ろで動きがあったので、目で行動を制する………なぜか生存者全員に怯えられた。
逃げる場所もないのに必死に後ろに下がっている。
いや、荷台にいる獣耳を持った女性二名は不動の姿勢でこちらを見ていた。
一人は160台だろうか、ピンと立った立ち耳で、長い茶色がかった金色の髪が風で揺れている。
怜悧な笑みは彼女のあり方を示しているような気がした。
一言で言えば美人と呼ぶしかない。
もう一人は幼さの残る140程度な身長の少女だった。
少女の垂れ耳が時折プルプルと震えている、こちらも長い髪だがこげ茶色だ…姉妹ではないな。
こちらの少女には可愛いの一択だ。
暫しの間、彼女達に目を奪われてしまった。
足の傷を押さえたアベルが地面に座って呆けたまま見上げている。
肩に手をあてた老人がアベルの前に立つ…気丈なご老人だな。
鑑定にはセドルと名前が浮かぶ。
話は聞いていたが、一応の確認は必要だろう。
「あなた方は、人攫いですか?」
「………古代語? 確かに、十年前に共通語にするよう指示があったが…」
すぐさまアベルの表情が憮然としたものになる。
判りやすい人だな、商人が顔色を表に出してもいいのだろうか。
奴隷達を荷馬車の一番奥まで行くように指示すると、こちらを向いた。
「私はアルベルト商会の者だ。荷馬車のいる彼女達は王国の法に則り、正式な奴隷契約を結んでいるし、対価も払っている」
「…それを証明することは?」
ここ王国だったのか………王国なんてあったかな。
アベルが懐に手を入れようとしたので、剣先を向ける。
必要なものを出すだけだと言って両手をあげるので剣を下ろした。
「商人ギルドカードだ。そちらこそ顔を隠し、さらには盗賊達と似たような格好をしているじゃないか……くっ!?」
「若旦那!? 助けて頂いたこと感謝しております! 正当な対価をお支払いいたします。ですが怪我の治療をさせて頂きたい!!」
「対価………そちらの若旦那さんはご自身の価値を25万セシルと…」
「き、聞いていたのか!? くっ…ちょっと大袈裟に言っただけなのに…」
最後のほうは小声だったが、こっちまで聞こえている。
「い、いいだろう。人間族を守りし、神に誓って報酬を支払うと約束する。これを破れば私は盗賊へと堕とされる」
「わかりました。ですが、その前に…浄化、治癒」
霊術でアベルとセドルの傷口を清めて感染症を防ぎ、傷の回復を助ける。
治癒魔法、治癒魔術には効果が劣るが魔力による中毒症状が起きないのが利点だ。
シルファンの鼻で盗賊たちがいないのを確認して、顔を覆っている布をとる。
「!? …その黒髪に黒目、おまけに詠唱略式霊術…ヤマトの民か。傷を回復してくれた事には礼を言うが、そちらが盗賊達と関係ないことの証明は?」
目付きをみた時に怯えたのを見逃さない…が、すぐに持ち直した。
さすがに盗賊達に啖呵をきっただけの事あるな。
さて、こちらには身分を証明するようなカードは一つしか思い浮かばない。
セドルから丸薬のようなものをアベルが受けとっていた。
水もなしに一気に飲み干すと傷口が完全に治っていた…傷薬なのか?
傷も回復したようなので、利き手とは逆の左手をアベルの目の前に出す。
「なにを………まさか!? ゲノムカードを見ろというのか、正気か?」
「他に身分を証明できるものがないので」
「……いいだろう。彼の者を作りし、彼の者たらしめる知を我が前に示せ」
差し出した手の甲に円状の光が浮かび上がっている。
目の前のアベルがほうほうと呟いているのでカードの情報を読み取っているのだろう。
無論、サブジョブにセットした盗賊は外しておいた。
「…なんだ、まだ15歳か。…魔獣使いとはレアな。…レベルが高いのは強者を倒したから?…な、ログが今日の分しかない!?」
「もういいですか?」
アベルが呆然としながら頷くので、手を遠ざけると手の甲の光が消えた。
最後の方は声が大きかったせいで荷馬車の中にまで聞こえているのか、奴隷の女性達までこちらをみていた。
「キミは喪失者なのか………」