湖畔の霧
プブリウスの指が小刻みに手すりを叩く。率いている船団はイベリアへと出帆している。苛立つ想いが、心を掻き乱していた。元老院は、未だハンニバルを甘く見ている。自分がイベリアに派遣されたのが、良い証拠だった。
意気軒昂に出陣したローマ軍は、その影を消した。生きて帰ってきたのは、一万五千にも満たない。常勝を誇っていたローマにとって、これは晴天の霹靂であった。
元老院は、すぐに翌年の執政官選出を急いだ。執政官はローマの最高行政者であり、軍の最高司令官でもある。その執政官の枠は二名。かつての平民と貴族の闘争によって、執政官の一人は平民から出すことになっていた。
平民一派は、その一枠を狙ってフラミニウスを推薦してきた。それに応えるように彼は立ち上がった。白い外套が揺れる。
プブリウスは毒づいた視線をフラミニウスに投げた。彼はハンニバルとの決戦を唱える主戦派である。過激な男であり、プブリウスが帰還してハンニバルとの戦いを避けよと論ずるや、真っ先に反対した。
決戦か持久戦か。案の定、その議論に決着はつかなかった。数日後、両者の意見は平行線のまま、民会で執政官は選出された。威勢の良いフラミニウスは、圧倒的支持で民会から選出された。貴族が対抗馬として出した穏健派のセルウィリウスは、何とか選出された格好だった。
二人は各二個軍団(約二万五千)を編成すると、直ちに北上した。
プブリウスは前執政官として指揮権は継続され、一万の兵を率いてイベリア《ヒスパニア》へと向かうよう命じられた。イベリアでは、弟のグネウスが二個軍団を率いてハンニバルへの援軍を阻止していた。
イベリア出兵にプブリウスは反対したが、これは元老院議員の総意だった。現在、グネウスは優勢にイベリアでの戦いを進めている。ここで一気にハンニバルの本拠を叩く。それが元老院の判断だった。
まだ元老院は、ローマ軍の強さを信じて疑っていない。トレッビアの敗戦は偶然だった。そう、ローマ市内では考えられていた。元老院はセンプローニウスの送った報告書を信じ、ハンニバルの軍事的才能を認めていない。だから元老院は、またもハンニバルに五万しか送らなかった。次こそはローマ軍が勝つと考えているのだろう。
確かに弟のグネウスはカルタゴ軍を破り、イベリア侵入を果たしている。南地中海シチリア島沖では、カルタゴ艦隊を破っている。他の戦線では、強いローマであったのだ。
しかし、ハンニバルは違う。今はまだ叛旗を翻した都市はないが、ハンニバルの狙いはローマ連合を切取ることにある。それは、同盟都市の捕虜を放したことからも明らかだった。大軍を抱えるローマと戦うには最善の策に違いない。特に制圧して日が浅い南イタリアは、ハンニバルが勝ち続ければ容易に寝返るであろう。この危機を、元老院はまだ認知していなかった。
長老ファビウスだけが、唯一プブリウスの考えに理解を示してくれた。先の戦争でハンニバルの父ハミルカルの脅威を知っている数少ない経験者だ。だが自分の考えを支持してくれるのは、そういった一握りだけだった。元老院自体は、ハンニバルと戦う片手間で、イベリア征服をも考えている。どうしようもなかった。
ふと、息子の顔が脳裏をよぎった。上手くやれているだろうか。スキピオは今、友人のエミリウスに預けている。ローマの貴族は親類のもとで初陣を飾るが、それ以降は他人の下につくのが慣わしだ。息子と離れるのはさびしいが、プブリウスも慣例に従った。エミリウスは同じ名門貴族であり、プブリウスの考えを理解してくれる数少ない友人であった。その娘エミリアとスキピオの婚姻も決められている。
水夫達が声を上げている。眼前に見えるエンポリアエへと、船は寄港した。
フラミニウスとセルウィリウスは共に北へと軍を進めた。トレッビアでの敗軍と合流すると、中部イタリア北端のアリミヌムへと軍を進めた。その夜に、フラミニウスはセルウィリウスを幕舎に呼んだ。卓上に地図を置き、二つの道に赤い線が引かれている。
「ハンニバルの進路について、決めておきたい。どちらを採ると思うか」
イタリア中部へと攻め入るには、二つの道があった。一つは、フラミニア街道を通っていくもの。舗装されたその道を通れば、ハンニバルは労せずしてローマを突くことが出来る。もう一つは、道なき道を通ってエトルリアへと出るものだった。この道は行軍するだけでも困難を極める。常法はフラミニア街道であった。しかし、相手はハンニバルだ。あえてエトルリアに出てくる可能性もあった。
セルウィリウスは、地図に描かれた道の二つを指した。
「一つに絞るは愚策だ。軍を二つに分けよう」
「ならば、私がアッレティウムに向かい、エトルリアに来た場合に備えよう。セルウィリウスは、アリミヌムでフラミニア街道を守る。ハンニバルの来た方が連絡を送り、合流してから敵と戦う。これで良いか」
「あぁ、良いだろう」
セルウィリウスは特に考えもせず頷いた。フラミニウスは胸中でほくそ笑んでいた。戦いに慎重なセルウィリウスは、敵が常法を取ると思っているのだろう。故に、アリミヌムを任されたことに反対をしなかった。だが、フラミニウスの考えは違った。アルプス越えをしたハンニバルならば、恐らくここでも奇策を取る。
翌日、ローマ軍は二手に分かれて軍を進発させた。トレッビアでの敗残兵を迎え入れ、率いる兵は三万二千となっていた。出発前に、セルウィリウスは口をすっぱくして連絡を取り合うよう忠告してきた。
だが、フラミニウスは返事をしなかった。セルウィリウスに連絡するつもりなど端からなかった。独力でハンニバルを捉え、殲滅させる。それは決定事項だ。
実際、報告をしようにも二人の距離は七十ミッリアリウム(約百km)も離れている。この距離ならば、急いで駆けても五日は掛かる。その間に戦ってハンニバルを捕えてしまえば、手柄は自分のものだ。救国の英雄になるのは誰でもない、この自分だ。
元老院が解散すると、エミリウスは急いで帰宅した。ローマ市内では馬車の通行は制限されている。貴族でさえも、市内の移動は歩きであった。五十路に届こうとするエミリウスには、ローマ市内を歩くのは膝に響いた。まだ我慢すれば馬には乗れるが、十年後は無理かもしれない。六十になっても乗馬している人を見ると、羨ましく思ってしまう。
エミリウスは帰宅すると、奥の部屋へ向かった。
「スキピオ、準備はできているか」
「はい。いつでもお始め下さい」
すでにスキピオは椅子に座り、座学が始まるのを待っていた。それは毎日の日課だった。机には、紙と渡した歴史の巻物が置かれている。
「偉いぞ。すぐに、始めよう」
主にエミリウスは軍学について教える。ただ基礎的なことはすでに教えられており、より実践的なことに重点が置かれた。軍学は幾何学に始まり、天文に渡るまでその裾野は広い。本当ならば奴隷の家庭教師を宛てがってもいいのだが、エミリウスは自分で教えた。人に教えるのが、エミリウスは好きだった。
スキピオは呑み込みが早い。それは記憶力が良いという意味ではない。実際、座学は遅々として進んでいない。それでも、その座学はこちらを感化させるほどに充実していた。真っ白なスキピオには、感性が良く働く。感性が少しでも揺れ動けば、その意味を知ろうとする。それは、知識で圧迫してはいけない部分だった。だから、スキピオと会話をしながら進める。この作業が、エミリウスにはおもしろかった。
ただ、スキピオには座学だけに縛られるなと忠告し、武芸も鍛えさせていた。軍を率いる者ならば、武術にも秀でなければならない。しかし、それはエミリウスの得意分野ではなく、自分で教えることは出来なかった。ローマ郊外のマルスの野で定期的に行われている兵士の訓練に、スキピオを参加させているだけだった。馬術や一兵卒としての技術は、そこで一定程度は習得できる。
それはそれで良い。ただ、それでは物足りない。スキピオには、剣技をしっかりと身につけて欲しかった。それは護身にもなり得るし、剣の動きは戦にも通じる。学問に埋もれた自身の人生で後悔している部分でもあった。
日が暮れ、座学が終える刻限となった。机の上も茜色に染まる。椅子から立ち上がるスキピオを、エミリウスは止めた。
「剣術は今、どこで習っている」
「昔は父でしたが、今は親友のラエリウスと打ち合っております。それがどうかしましたか」
スキピオが首をかしげる。
「つまり、いまは師がいないのだな」
エミリウスが口元に手を当てる。それは考えているのではなく、エミリウスの癖だった。
「明日、お前に剣の師を紹介しよう。その人は腕が立つから、稽古をつけてもらいなさい」
スキピオは幾度か目を瞬かせた。どうやら、エミリウスが面倒を見るのは学問だけかと思っていたらしい。
「分かりました。ただ、ラエリウスも一緒でよろしいですか」
「それは明日、その人に訊いてくれ。恐らく、引き受けてくれるだろう」
「名は何というのでしょうか」
「マルケルス。マルクス・クラウディウス・マルケルスだ」
スキピオの表情が固まった。それも当然かもしれない。マルケルスと言えば当代きっての名将であり、剣の達人でも知られている。五十路を少し越え五十一であるが、その剣術は一片の衰えを見せていない。五年前には蛮族ガリアの猛将を一騎討ちで討ち取っている。ローマ最強の武人であった。
最高の叡智と武を与えたい。それがエミリウスの望みだった。将来は祖国を支える男になるのだと、煩悩が耳元で囁いていた。
ローマ軍の布陣は、直ぐさまハンニバルの下に届いた。報告は事細かに、フラミニウスの性格さえも付記されていた。情報網は上々の出来だった。いずれローマと戦うため、文官のシレノスを先にローマへ派遣させていた。父ハミルカルの代から仕えてきた密偵は期待以上に働き、その網はローマ中枢さえも捉えていた。
冬の果てた初春、ハンニバルは軍議を開いた。
「諸君。休養は充分に取ったであろう。分かっていると思うが、我々の目的は辺境の北イタリア制覇ではない。同盟都市の切り取りだ。故に我々は進軍を再開する」
「道筋は、いかように」
サムニテスが尋ねた。優秀な傭兵部隊だと聞いて、ハンニバルが雇った男であった。
「もちろんアリミヌムに決まってんだろ。ですよね将軍」
「お前に聞いてない」
サムニテスの声は冷たかった。ハスドルバルが眉間に皺を寄せる。険悪になる前に、ハンニバルは二人を制した。
「フラミニア街道は通らず、直ちにアペニン山脈を目指す。アリミヌムには、戦いに慎重なセルウィリウスがいる。それよりも、好戦的な執政官のいるエトルリアへと出る」
「ははっ。畏まりました」
ハンニバルの決定に、諸将は賛同した。異議が出ないことを確認すると、軍議は散会となった。
幕舎の中には、ハンニバルとマハルバルだけが残っていた。蝋燭の影が縦横に揺れる。
「よろしいでしょうか、将軍」
「二人の時は敬語を捨てろと言ったであろう。お前に言われると、むず痒い」
ハンニバルが手で顔の前を払うと、マハルバルは苦笑した。二人の間は、昔から主従の間柄ではなかった。少年の頃から夢を語り合った中だ。将軍になる前は、同等の関係で過ごしていた。それは、今も変わらない。
「先日、マゴが私の幕舎に来た。兄の考えが分からないと零していた」
ハンニバルの表情が蝋燭の影に隠れた。たしかに、マゴに伝えていないものは多くある。だがそれは、父の言葉を信じ切っている弟に話すのを躊躇ったからだ。
マハルバルとは、何度も話し合ったことだ。カルタゴの生きる道とは何か。二人の夢には、ハミルカルの姿はない。その夢を、マゴは受け入れるだろうか。父の野望を、髄まで沁み込ませてしまった弟に、ローマを滅ぼさないと決断が出来るのか。
「弟は、父の言葉を正直に背負っている。ローマを滅ぼすことが、この遠征の目的だと信じているのだ」
「隠し切れるものではない。いずれは話さねばならないだろう。マゴも祖国を憂えているからこそ、ローマが憎いのではないか。お前を信頼しているマゴならば、きっと理解してくれるはずだ」
マハルバルの言うことに、ハンニバルは頷いた。自分が考えを変えたのは、師ギスコに諭された時であった。父は老将ギスコを、ハンニバルの師に宛てがった。ギスコは先の戦争以来の忠実な部下であった。だが、ギスコはハミルカルを慕ってイベリアまで従軍してきたわけではない。イベリアが祖国を救う最後の希望になると考えてのことだった。武骨な男であったが、祖国への想いは人一倍であった。
父の野望を知ったギスコは、どこか悲しそうな顔をしていた。そして訥々と、ハンニバルに祖国再興の夢を語ってくれた。
地中海という舞台から引きずり降ろされたカルタゴは、このまま滅ぶしかないのか。あるいは、光明を灯すことが出来るのか。ギスコは後者に賭けた。今の世界が祖国を拒むのならば、我々が地中海を変えればいい。カルタゴを受け入れる秩序を打ち立て、祖国を滅亡から救う。それがギスコの夢であり、かつてイベリアへ発った父に賭けたものだった。
武一辺倒のギスコに、それ以上の具体的なものはない。ただ、滅ぼしたくない。その想いだけが先行していた。ハンニバルは、ギスコの夢を受け継いだ。ハンニバルはマハルバルと語り、祖国を救うことを誓い合った。二人でどういう国にすべきかも話し合い、具現化させていった。生み出した結論は、ローマを滅ぼさないことだった。
弟ならば、話せば分かってくれる。それは兄である自分が一番理解していることだ。そして弟ならば、この夢に命を懸けてくれることも知っていた。ただ、弟の中に残る父の怨念は、自分の中にもある。愚かな思考が頭を駆け巡る。それが、ハンニバルを悩ました。
翌日、ハンニバルはボロニアを出発した。北イタリアから徴収した物資を満載させており、五万の口を飢えさせることはない。
「全軍急げ! 敵に悟られる前にアペニンを越えるぞ」
マゴが声を張って兵を促す。敵の虚を突く。それが今回の作戦の胆だ。敵は合流し六万五千に増えていたが、二つに軍を分けている。無論、この機を逃そうとは考えていない。ローマ軍の間は、重装歩兵で五日の行程であった。発見されても、合流するまでに撃破するのは容易い。ハンニバルは全軍を急がせた。
道なき道を越えたが、アルプスに較べれば比較的容易に登ることが出来た。弟のマゴは兵士達と陽気に歌いながら下山している。しかし下ってまもなく、ハンニバルは全軍を止めた。兵士の歌声も止まる。将校達は、眼下に広がる河を見て佇んでいだ。
「将軍、これは」
マハルバルが息を呑んでいる。ハンニバルも、返事ができなかった。
エトルリアへの道は泥沼に変わっていた。山の雪が融けて河に流れ込み、その支流は耐え切れずに水を吐き出していた。辺り一帯は湿地と化し、とても行軍出来る状態ではなかった。
「ここは避け、もっと下流から進軍致しましょうか」
「いや、ここを通る。迂回などをしていては、敵に合流の機会を与えてしまう」
「はっ。かしこまりました」
「ギスコ。もしも、象が進軍を拒否するならば、捨て置くように」
ギスコが頷いた。皺が深く刻まれたその顔が曇る。師であるギスコは、父の代に戦象部隊を創設した最古参の武将であった。ただ、戦象はアルプス越えとイタリアの冬によって軒並み弱っており、この沼地は抜けられる可能性は低かった。
カルタゴ軍は沼地に足を踏み入れた。泥沼は見る間にくるぶしを飲み込み、兵士達の動きを封じた。将校達も馬を降り、一歩一歩を踏みしめながら進軍した。地獄のような湿地帯は、延々と続いた。深い沼地は座ることもできず、そのために兵士達は荷車に寄りかかり僅かな睡眠をむさぼるしかなかった。
一日、一日と過ぎる毎に兵士達の精気は失せていった。湿地という環境が病魔を呼び寄せ、人も象も攫っていく。戦象は全滅した。兵士達の多くも、沼の中に倒れた。ハンニバルの右目も、感染した。だが兵士が恐怖に駆られれば、軍は瓦解する。ハンニバルは何事もなく振る舞い、その足で全軍を励ました。遅れた兵士のもとまで歩いては叱咤し、自身は休憩を取らなかった。わずかな睡眠の後には、夜でも歩き続けた。行軍の先頭には、常に真紅の外套があった。
しかし、それも限界だった。押さえていた右目から、かつてないほどの激痛が走った。気力だけで保っていた足が震えだし、視界が霞みだす。ふと、力が抜けるとともに膝から崩れ落ちた。周りにいた兵士達がざわつきだす。すぐにマゴが駆けつけた。
「兄上、大丈夫ですか」
「将軍」
マハルバルとギスコも遅れてやってきた。軍医のシュンハルスは、ハンニバルの右目を診て驚きの声を上げた。自分でも、右目が腫れているのは分かった。シュンハルスが休憩するよう促す。だが、その制止を振り払った。
「黙って私を馬に乗せろ。進軍を止めてはならぬ……」
「しかし、この病状では――」
「これは将軍としての命である……従え」
かすれた声。それしか出なかった。軍医はハンニバルを抱えると、馬の背に乗せた。ハンニバルは右目を押さえながらも、馬を歩ませた。ハンニバルが進み始めたのを見て、再び兵士達は進軍した。
苦痛の様子を一切見せずに、ハンニバルは指揮を続けた。沼地に入ってから四日後。なんとか、沼地を踏破した。動くことは出来なかった。マゴに背負われ、ハンニバルは近くの町フィエゾレ《ファエスラエ》に運ばれた。目が霞む。そのまま、意識を離した。
事後処理はマハルバルが執り仕切った。ハンニバルの右目には包帯を巻かれ、宿舎で寝たきりとなっている。
「軍医よ。将軍の容態は良くなるのか」
ハンニバルの寝ているその隣で、マハルバルは尋ねた。
「厳しいところでございます。環境が変わっていますゆえ、自然治癒は難しいところです」
軍医のシュンハルスが首を振る。人だけではなかった。ヌミディアの軍馬も、多くが疥癬に罹っていた。環境の変化は遠征につきものだが、それでもこれは想定外だった。
「あと数日で治らなければ、右目を抜き取るしかありません」
「そんなことをして死なないのか」
「荒療治ですが、死ぬことはありません。腐敗したものを体内に残しておきますと、その周囲も腐らせてゆきます。後遺症をなくすためにも、なるべく早く取り除くべきかと」
シュンハルスが沈痛な面持ちで言うと、マハルバルは頷いた。薬籠を片付け、一礼してシュンハルスは退室した。図ったかのように、ギスコが入れ替わりで中に入ってくる。自然と、眉間に皺が寄った。マハルバルは、この老人が苦手だった。
「将軍のご容態はどうなっておる」
「手は施しておりますが、厳しいと言っておりました」
「そうか。将軍の生命はカルタゴの存亡を左右させるゆえ、大事がないようにしてもらいたい」
ギスコがハンニバルに目を移す。寝息だけを立て、ハンニバルは眠っていた。
「最悪の場合は、片目を抜き取るそうです」
「なんだと。そんな危ないことを、将軍にさせるつもりか」
「死ぬことはないと言っておりました。恐らく大丈夫でしょう」
「ならいいが」
それでも心配なのか、ギスコはハンニバルの顔を見つめたままだった。
「王が、死ぬわけありません」
ふと、マハルバルの口をついて出た。すぐに口を覆ったが、ギスコの老いた顔は固まっていた。目だけが、マハルバルを捉えていた。
「王とは、どういうことか」
マハルバルへとにじり寄る。この当時、国家は王政そして貴族政を経て、民主政に移行することで完成するという考えが主流であった。カルタゴも同様に王政、貴族政、そして今民主政の姿を見せている。だがそれとは別に、異端な考え方も存在していた。民主政で完成するのではなく、王政に循環すると唱える論者も少数ではあるがいた。
「アレクサンドロスのような才を持つ、という意味です。他意はありません」
「将軍は王にも、アレクサンドロスの如きにもならぬ。カルタゴは今のまま、あり続ける。あまり見当はずれな期待を抱くものではない」
「ものの例えです。気分を害したのならば、申し訳ございません」
冷や汗がマハルバルの背中を流れた。居心地の悪さを感じた彼は、足早に部屋を出た。
三日後、ハンニバルは上半身を起きあがらせた。数日間手放したその肉体は、痩せ細っていた。ハンニバルは乱れた髪も気にせず、今が何日かとマゴに尋ねた。それに答えるマゴが、痛々しくハンニバルを見つめてくる。ハンニバルの右目には、眼帯がついていた。
「案ずるな、僥倖だ。片目一つで、悪魔は消えたのだ」
ハンニバルは右目を押さえ、不敵に笑みをこぼした。
「全軍に伝えよ。休憩は終わりだ。進軍を再開する」
「御容態はもうよろしいのですか」
「言うまでもない。それよりも、敵が合流することを心配せよ」
ハンニバルは床を出ると、従者に鎧を着けさせ、外套の留め金を右肩で留めた。執念が病魔を追い払ったのだ。そう、ハンニバルは感じた。自分の内側には轟々たるものが滾っている。いかなる苦しみも、薄めることはない。燃え続けるか、消えるかのいずれかだ。
癒えたことを知らせるため、ハンニバルは兵舎を巡回した。厩舎にいたマハルバルが、巡回しているハンニバルのもとに駆け寄ってきた。
「軍馬の多くが疥癬を患っている。今しばらく、出立を待ってくれないか」
疥癬は、壁蝨が寄生して生じる感染病であった。人間にも伝染する可能性があると、マハルバルは危惧していた。
「待つことはできぬ。古くなった葡萄酒を町から徴発せよ」
意図に気づいたのか、マハルバルはすぐさま命令に従った。数人の部下を伴って街へと出て、数刻も経たずに戻ってきた。酸化した葡萄酒は誰も飲まないためか、容易に集まったらしい。それらを全て開けると、ハンニバルは大きな浴槽の中に流し込んだ。浴槽は、瞬く間に赤色の液体で満たされた。そこに、一頭ずつ馬を入れていく。
ハスドルバルが不思議そうに覗いてきた。
「将軍、一体何をなさっているのですかい」
「軍馬の消毒だ。古い葡萄酒は、滅菌させるのに都合が良い」
ハンニバルは鎧と靴を脱ぎ捨て、袖を捲り上げる。そして浴槽の中に足を入れると、葡萄酒をかけて馬の体を獣毛で洗った。
「これを何度か繰り返し、騎兵全員に馬を洗うよう命じよ」
「はっ。かしこまりました」
二人は頷き、騎兵たちに軍馬を洗うよう命じた。騎兵達は各々浴槽を囲んで、順番に馬を洗っていく。翌日になると、疥癬は完治していた。
「こりゃすげぇ。もう治っちまった」
「馬の管理は徹底しておけ。ヌミディア騎兵には、これからも戦ってもらわねばならぬ」
「ははっ」
言いながら、すでにハンニバルの眼は別のところに移っていた。憂いがなくなると、全軍に出立を命じた。西方にフラミニウスを見るように南へと進軍し、通りかかったラテン諸都市はことごとく略奪していった。
フラミニウスを引きずり出すには、これで事足りるはずだ。英雄気取りの主戦派には、弱者の窮地を見せつけるのが餌となる。正義感に溢れる男ほど、嵌めるのは児戯に等しかった。ハンニバルが方々で見境なく食糧や物資を奪うや、フラミニウスは猛然と追撃を開始した。敵は都市を助けることしか考えておらず、戦力差を無視してきていた。ハンニバルは追撃を巧みに避けた。しかし、ローマ軍は右往左往しながらも執拗に後を追ってくる。
「どうしますか、兄上。ここは一度打ち払い、後顧の憂いを断つのが上策かと思いますが」
マゴが鬱陶しそうに背後を見た。敵とは、一日ほどの距離を置いている。
「まだ時機ではない。我らは、悠々と略奪していればよい」
ハンニバルは不敵に笑った。五万のカルタゴ軍は、堂々と中部イタリアの草原を練り歩いた。その後ろをただ追いかけるだけのローマ軍は、余りにも頼りなく見えた。正午に、朝に出ていった斥候隊が帰還した。地形の報告を受けると、再び斥候を放った。
「兄上、なぜ斥候を再び放ったのですか」
マゴが首を傾げた。なんでも質問してくるのは、マゴの努力の跡だ。
「明日の天気がどうか、住民のもとへ聞きに向かわせた」
「それはまたなぜ」
それ以上は答えず、さらに軍を進ませた。間もなくして、左に林が、右に大きな湖が見えてきた。まじまじと地形を見つめていたマゴは、何かに気づいたようにこちらを振り返った。
「明日は会戦ですか」
マゴが緊張した面持ちで言う。その時、斥候が帰ってきた。報告を聞くと、ハンニバルは口元を上げた。
「機は熟した。ローマ軍に礼儀正しい会戦など必要ないだろう。敗報で、充分だ」
ハンニバルが背後を振り向き、笑った。ローマ軍の別動隊は未だ遠くにある。連絡が上手くいっていないのだろう。この地には、フラミニウスとハンニバルしかいなかった。
「ここで野営する。夕餉を十二分に取らせよ。食事が終わり次第、軍議を始める」
「はっ。かしこまりました」
カルタゴ軍はきびきびと夕餉の準備を始めた。それぞれの場所で、こうばしい香りが立ち込めてくる。先の町で香辛料を調達できたことが大きかった。羊を解体し、内臓を取り出す。その中に野菜、香辛料、チーズ《テュロス》を入れて紐で縛り、火の上で焦げ目がつくまで焼く。カルタゴでは風習として豚を食べないが、イベリア兵だけの場所では豚も焼かれていた。兵士達はそれぞれの焚き火を囲み、焼きあがるのを待っている。トラシメヌス湖は、夕闇の中で煌々と照らされていた。
ハンニバルは、間諜のシレノスから届いた報告書に目を通した。シレノスは今、ローマで諜報活動に従事している。その情報網は、ローマの軍需物資を運送する組合まで調べ上げていた。
シレノスからの報告は二つあった。一つは、ハンニバルに対してローマの中で慎重論が台頭しているとのことだった。それを唱えるのは、貴族の長老ファビウス。まだその論は市民に届いていないが、貴族の中では着実に支持を広げていた。これはかなりの懸案事項であった。大軍で守られては、寡兵のカルタゴ軍では打ち破るのは難しい。ファビウスの論が支持されたならば、ハンニバルの苦戦は必至だった。
もう一つ、報告が届いていた。イタリアを除く他の戦線が、苦戦しているとのことだ。ローマは、ハンニバルのいなくなったイベリアに兵を向けている。それ自体はハンニバルも予想をしていた。その為の防衛態勢も構築していたのだが、プブリウスがその予想を覆した。プブリウスの巧みな用兵により、防衛を任している次兄のハスドルバル・バルカが敗退を繰り返している。地中海でも小競り合いが発生したらしいが、それもことごとく撃沈されていた。イタリア戦線が勝たなければ、国力の低いカルタゴではこの戦争を続けるのは難しい。それほどの差を、ローマにつけられていた。
外から陽気な歌声が聞こえてきた。マゴが兵士と一緒に唄っているのだ。それは故郷の唄だった。心地よく、ふとすればイベリアの地を思い出してしまう。望郷の念は、まだ兵士達を厭戦気分へと追いやってはいない。そう、マゴから聞いていた。
ハンニバル達三兄弟は、幼少の頃から軍に携わっている。父は自分達を獅子の子と呼び、情で動く将にならないよう、時には鞭を振るった。その教え通り、ハンニバル自身は兵士と交わる機会を作らなかった。将に必要なものは褒賞と罰。そして冷徹で厳然な畏怖。それらが兵を鬼神へと変えると、父に教えられた。それ以上のものは、重荷にしかならないのだとも。
だが、マゴは違った。弟は父の目を盗んで、兵士達と語り合う。そして一つの戦いが終わると、戦場に倒れている亡き骸を見て人知れず泣いていた。イベリアに残る長弟のハスドルバルも、兵とは接しない。マゴは情に脆い。バルカ家で唯一の優しさを持っていた。
しばらくすると、香辛料とチーズ《テュロス》の、くどくて香ばしい匂いが立ち込めてきた。ハンニバルも外に出る。手馴れた手つきで兵士が肉を削ぎ、中で煮詰めた具材と共に渡していた。それと小麦を練って平たくしたものが今夜の食事であり、将校も同じものを食べる。
切り分けた兵士が、ハンニバルの分を渡した。チーズが多くかけられていた部位だった。受け取ると、幕舎に戻って食べた。肉を頬張ると、無味乾燥の練り物を口に運ぶ。肉の旨みがそれと混ざり合って、丁度良い塩梅の味となる。
「入るぞ」
幕舎の帳を、マハルバルが開けた。見慣れない紫紺の外套が舞う。同じものをハスドルバルも着けていた。恐らく、北イタリアで奪ったヌミディア騎兵の略奪品なのであろう。
「昔を思い出して、お前と食べたくなった」
細い目を流して、マハルバルがにべもなく言う。カルタゴ育ちの自分に、羊肉の味を教えてくれたのはマハルバルだった。父から肉を食えとは言われていた。カルタゴに限らず、フェニキア人は概して背が小さい。対して遊牧民のヌミディア人は、身体が大きかった。それは、豆を主食とするフェニキアと異なり、肉を食すからだと父は言っていた。
だから肉を食えと、ハンニバルは九つの頃に命じられた。最初は無理やりだった。だがマハルバルと食べた時、味が変わった。マハルバル自身が羊を解体し、チーズを乗せて炙ったものをハンニバルに渡した。マハルバルが美味しそうに食べているのを見て、思わず食べた。それから、ハンニバルは肉を食べるようになった。
「昔、ハンニバルは肉が駄目だったな」
「忘れてくれ、幼少の頃の話だ」
ハンニバルが肉を頬張る。旨かった。マハルバルも、持ってきた肉をちぎる。
「イベリアでの戦いが、芳しくないらしい」
「さすがローマ軍、といったところか。その様子だと、本国も動いてはなさそうだな」
期待はしていなかったが、案の定カルタゴ元老院は政争で時を無駄にしていた。何もしない。それがカルタゴだった。内乱で荒廃した国土も、未だ復興しきれていない。ローマの国政とは、雲泥の差だった。
「本国の体制も変えねばならない。マハルバル、俺達のやることは多いぞ」
最後の肉を呑み込んだ。油で濡れた指を、卓に置かれた水で拭う。
「何をいまさら。覚悟は、とうの昔にしている」
マハルバルが笑った。二人は共に学び、戦ってきた。その思い出は、あのイベリアの大地にある。
ハンニバルは報告書をしまうと、軍議のために将校達を幕舎へ招集した。中央に地図を置き、そこに自軍の駒を置いていく。
「我らはローマ軍と数刻の距離を置いている。恐らく処女宮が昇る頃(約十九時)、ローマ軍はここへ到着するだろう」
「戦うのですか」
サムニテスが尋ねる。
「この地で、殲滅する」
「うおっしゃ、戦だ!」
ハスドルバルが、意気込んだように拳を振り上げる。それをハンノが制した。
「して将軍、布陣のほどは如何ように」
「ここからトラシメヌス湖を抜ける道は、右を湖、左を丘と林に囲まれている。明朝、この挟まれた通り道で襲撃する。ハスドルバル、マハルバルは騎兵を率いて、道の入り口にある林に潜め。敵の最後尾が通過したら、背後を襲うのだ」
紫紺の外套を纏った二人が頷いた。
「ギスコ、カルタロは軽装歩兵を率いて道半ばの林に潜み、合図と同時に矢を放て。マゴはガリア兵を率いて、軽装歩兵の後ろに配置。矢が射終わったら、突撃せよ。ハンノは私とともに重装歩兵を率いて、隘路の出口に布陣する」
「はっ」
「良いか。敵に悟られぬ様、息を潜めて待つのだ。合図を出すまで、決して声を上げてはならぬ」
ハンニバルがその眼で見渡し、釘を刺した。全将校は一礼すると、すぐに配置場所へ向かっていく。真紅の外套を翻したハンニバルも、隘路の出口へと向かった。
暗夜の湖畔を、霧が包んでゆく。隻眼の男は、その帳に身を委ねた。
夜が更けようとする頃、フラミニウスはトラシメヌス湖に到着した。
「ハンニバルの姿はないな」
フラミニウスは、怪訝そうに眉を顰めた。
「火が熾された跡がありますゆえ、既に通過したものと思われます。日も没しておりますし霧も出ております。この辺りで野営した方が宜しいかと」
副官が言葉を継ぎ足す。
「また逃げられたのか。よし、今日の追撃は止めだ。明日、ハンニバルに追いつくぞ」
フラミニウスが命じる。すぐに、兵士達は陣の設置に動いた。ローマ軍の陣は綺麗な正方形を模り、その几帳面さを如実に物語る。几帳面なフラミニウスは、その出来に惚れ惚れした。こんなことが出来るのは、地中海を探してもローマ軍しかいないだろう。
フラミニウスの堰は、すでに切れていた。ただ勝つことだけが全てだった。夜襲も警戒せずに、深い眠りについた。
翌早朝。トラシメヌス湖から生じた濃霧が、ローマ陣営を包んだ。フラミニウスは幕舎を出ると、全軍に命令を下した。
「急いで朝餉を取れ。終わり次第、出陣するぞ」
「はっ」
将校が駆けていく。その姿は、五歩も離れると霧で全く見えなくなった。ローマ軍は機械的に食事を終えると、陣をたたみ、粛々と隘路に踏み入れた。敵は必死にこちらから逃げている。襲われるはずがなかった。味方の地を行軍するのと同様に、兵士達には防具を脱ぐことを許可した。ほとんどの兵士が鎧を脱ぎ捨て、荷馬車に積み込んだ。視界は頼りにならない。左手に林があるのは、隘路に入ってから気づいた。
不気味な静寂が覆う。ここがイタリアとは思えない。嫌悪感が、フラミニウスの全身に流れた。道が異様に長く感じられる。早く出たかった。
ようやく、出口が見えてきた。霧が徐々に薄くなってゆく。先頭に立っていたフラミニウスの顔に、喜色が浮かぶ。しかしすぐに、前方に人影があることに気がついた。影は徐々に近づいてくる。
「誰だ。軍の進路を阻む者は、例えローマ市民といえども厳罰に処すぞ!」
フラミニウスが怒鳴った。しかし再三の注意も聞かず、その影は近づいてきた。視界が徐々に開けてくる。影は一人ではなかった。前方に広がる光景に、フラミニウスは目を疑った。
「カルタゴ軍将校、ハンノだ」
「なっ」
三日月の旗。フラミニウスが構えるより先に、ハンノの槍が動いた。喉元。謀られた。ゆったりと、フラミニウスの体は馬上から崩れ落ちた。
ハンニバルが、剣を掲げる。総攻撃の合図だった。従者の放った鏑矢が、天へと上った。湖畔の濃霧が揺れ動く。ローマ軍がざわめきだす。四方から、喊声が上がった。
「全軍、殺戮の時間だ」
ハンニバルが剣を振り下ろした。濃霧の中を矢が降り注ぐ。逃げ惑うローマ兵。格好の餌食だった。
マゴは立ち上がり、槍を握りしめた。
「ギスコ、カルタロ。行こう!」
「うむ」
「了解!」
三人が、部隊に合図を出す。叫び、林を駆け抜ける。伏せていたカルタゴ軍は、一斉に躍りかかった。後を継いだローマ軍の副官が、なんとか立て直そうとしていた。だが、その声は虚しい。マゴは、ガリア兵とともに側面を襲撃した。逃げ惑う敵を手当たり次第に斬り伏せた。敵はいとも簡単に乱れ、崩れた。細い隘路をカルタゴ軍が囲む。逃げ道はない。湖畔は、赤く染まっていった。
マゴの横を、一陣の風が駆け抜けた。その姿を目で追う。紫紺の外套。ハスドルバルが、ローマ軍の副官の下へと駆けていった。副官が振り返る。遅い。
「カルタゴ軍騎兵隊長、ハスドルバル!」
交差する。ただの一撃だった。槍が、突き立てられる。最後の司令官が、馬上から崩れ落ちた。辛うじて保っていたローマ軍は、崩壊した。ただ隘路に、死体が累々と築かれていった。
戦いはわずか数刻で終わった。将校が、ハンニバルの下へ戦果を報告した。
「報告。味方損害はガリア兵千五百。他は軽微。ローマ軍は死者一万七千。捕虜一万。湖を渡って逃げたものはおよそ五千かと」
伝令の報告を、ハンニバルは冷徹な表情で受け取った。
引っ立てられてきた捕虜達を同盟軍とローマ軍に分け、同盟軍捕虜だけを残した。ハンニバルは以前と同じように説諭し、それから捕虜達を解放した。
ハンニバルが白馬に跨る。マゴは、馬を寄せた。
「兄上。次はどこへ向かうのですか」
「予定通り、南部へ向かう。南イタリアには港があり、イベリアとの連繋が取り易い。何より、南はローマに征服されて日が浅い。切り崩すのは、南からだ」
「かしこまりました!」
まだ、マゴは興奮していた。自然と笑みが浮かぶ。ハンニバルは真紅の外套を翻し、トラシメヌス湖を後にした。既に霧は晴れ、陽光はその背中を押していた。