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僕という名の物語

作者: 白戸黒

 気が付けば僕は高校二年生になっていた。

 時間が経つのは早いもので、何もしなくても無情に過ぎていく毎日をただ暮らしているだけという感じがする。楽しいことが見つからない。

 僕は主人公という存在に憧れていた。ゲームやアニメなどの物語の主人公というのはどれもかっこいい。僕はそれに憧れるだけじゃなくて、それに成りたかった。でも僕がある日突然ファンタジーな世界に飛ばされたり周りで事件が起きてそれの中心人物になったりすることなど、有り得ない。願望は持つが、現実を知る歳になってしまったのだろう。

 そんな僕は演劇部に入部した。演劇部なら僕は舞台の上で、物語の主人公になれると思った。しかし、ここでも現実という言葉が僕を襲う。

 僕はまだ主人公に成れていない。いや、それだけならばまだ救いはあったし希望もあった。

 僕はまだ、舞台にすら立てていない。

 確かに、あの時はまだ一年生だったのだから、主人公に成れないのは仕方のないことだっただろう。しかし、演劇部は部員が少ないのだ。つまり、大掛かりな舞台をする時は一年生にも役をさせないと話が盛り上がらないし、成り立たない。

 実際、僕以外の一年生のほとんどが去年の文化祭では舞台に立ち、役を貰って参加していたのだ。

 でも僕は、証明係。

 不満は大きかった。舞台に立つのなら演技力は必要だ。僕は他の同学年よりも上手い自信があったし、当時の三年生の評価も高かった。でも僕は舞台に立てなかった。

 水岡先輩は、証明係も立派な役だぞ、と言っていたけれど、確かにそうなのかもしれないけれど、でも僕には納得がいかなかった。

 水岡先輩は演劇部の現部長で頼れるお姉さんといった感じの人だ。長く綺麗に伸びた黒い髪を揺らしながら歩く姿は女王様といった雰囲気すらある。校内での人気もあり、隠れファンクラブなるものもあるらしい。

 僕はこの人に随分とお世話になっている。尊敬する、とてもいい先輩だ。


 そういえば水岡先輩は主役をやってもおかしくないような人だ。それなのに、彼女は一度も主役をやったことがないらしい。何か、理由があるのだろうか。



 九月初頭。

 月日が流れるのは早いもので、文化祭に向けて舞台の練習をし始める時期になっていた。

「よーし、台本出来たからみんな目を通してね。とりあえず役と裏の分が少ししか刷れなかったから、貰えなかった人は貰えた人に見せてもらってね~」

 水岡先輩がいつもの満面な笑みで僕たち演劇部に台本を配った。

「今回文化祭でやるのはこれよ!」

 台本の表紙に書いてある題名を見て、僕は少しドキッとした。


『僕という名の物語』


「…僕という名の物語?」

 僕はつい口に出していた。

「そう!どうよ、ナイスなネーミングでしょ、千ヶ崎君!」

「あ、はい。良いと、思いますよ」

 咄嗟に振られたので、少し反応に困ってしまった。

 僕の発言に対してか、それともまた別の意味でなのか。水岡先輩は眉間に人差し指を押さえつけながら、いかにもホームズ君と言い始めそうな口調で僕を叱り始めた。

「ダメだよ…、あぁ、実にダメだね!ダメだよ!なんかもっとこう…無いの?」

 結果的に、叱ろうと思ったのだろうけど言葉が見つからず叱ることが出来なかった。

 そのせいで少しムッとしたが、それでも内心は笑っているような感じで、この台本の中身を部員に説明し始めた。

 何度も言っているが、僕たち演劇部は部員が少ない。だから舞台の監督や脚本などは、全て水岡先輩が仕切っている。実は三年生の部員がたった三人で、一人が水岡先輩で、もう一人は文芸部にも所属している掛け持ち状態の人。基本的に文芸部の部活動に参加しているため、ほとんどこっちには顔を出さない。もう一人は幽霊部員。もはや、僕は見たことすら無い。本当に入部しているのかも謎なのだけれど、とりあえず名簿に名前が書いてあったから部員なのだと思う。

 つまり、舞台の監督や脚本などができる先輩が水岡先輩しかいないのだ。

「―――というわけなんだけど、聞いていたのかなぁ、千ヶ崎君!」

 ぼけっとしていたため、聞いていなかった。気が付くと話は終わっていた。

 しかしここは、聞いていました、と元気一杯に言っておかないと大変なことになることを過去に身を持って経験している。僕は嘘を吐いた。

「もちろん、聞いていましたよ」

「ふ~ん、本当かな?」

「本当ですよ。疑ってるんですか?」

「や、まあ、そんなことはないけどさ。まあ、いいや」

 歯切れの悪い返答をする水岡先輩なんて珍しい。いつもはこんなやり取りは起きない。だいたい僕が嘘を吐いていればすぐに察してそれをタネに僕を弄って遊ぶのに、今日はいつも少し元気が無いように感じる。いや、何かを考えているような迷っているような。抽象的にしか分からないが、たしかに何かがおかしい。

「聞いていたという事は、内容もバッチシだよね~?」

「え?あ、はい」

「じゃあこの舞台の主役は千ヶ崎君でいいかな」

 衝撃が走った。背筋に電気が走ったような感覚がする。

「ちょっと待ってくださいよ!何で僕なんですか?」

「前から主役やりたいって言ってたじゃん。みんなは別に千ヶ崎君でいいよね?」

 後輩や同学年のみんなが、「いいですよ」とか「千ヶ崎ならピッタリです」とか言っている。何が何だかわからなくなり、少し混乱する。

 主役になれた嬉しさよりも、驚きと戸惑いの方が大きかった。


 練習は続いた。文化祭が一ヶ月前になる頃には、毎日放課後に台本の読み合わせから、実際に舞台を通して練習を繰り返した。もちろん水岡先輩も出演するのだけど、監督もやらなければいけないため指示を出しながら、みんなで楽しくも厳しく練習をした。

 僕は主人公を演じることに何か違和感を抱いている。あれほどまでに憧れていた主人公。僕は今、それに成った。いや成っている。それなのに、なにかが違う。僕の中での主人公像がRPGやアニメなどの、そういう主人公に憧れている自分があるから、こういう話の主人公が少し想像と違うというのもあるのだと思う。しかし、主人公に変わり無い。

 でも何か違う。

 違うというより、僕とこの物語の主人公には共通点のようなものを感じてしまう。

 この話の大まかなあらすじはこうだ。

 ごくごく平凡な高校男児が何も起きない毎日を通して自分という存在を考え始める。

 俺は、どうして今を生きているのか。生きていて何かあるのか。生きる必要があるのか。

 そんなとき、その主人公の知人の女の子が現れて、その女の子がこう言う。

「あなたを必要としている人は必ずいる。あなたという存在の答えはあなたの中にある」

 最終的には主人公の男が自分という存在が何をすべきなのか、そういった感じの難しいことを悟るというお話。正直に言うと面白いかどうかと言えば、哲学的過ぎで凡人には全く理解できないし面白くもなんともない。

 しかし変なのだ。水岡先輩はいつも中世ヨーロッパのような世界で決闘をしたりその中でベタベタな恋愛をしたりする話を書く人なのだ。それなのに、今回は全くコンセプトが違う。テーマも内容も。やはり水岡先輩はいつもより何かがおかしい。

 元々水岡先輩は何を考えているのか分かりにくい人だから、もしかしたら今に始まったことでもないのかもしれない。


 本当に時が経つのは早いもので、僕たちは文化祭当日を迎えていた。

 昨日は入念に練習をしたおかげで、頭に舞台のことが刷り込まれている。もはや今は舞台のことしか頭にない。

 初の舞台で、初の主人公。憧れていた主人公。失敗は絶対に許さない。

「みんな、分かっていると思うけど確認ね?私たち演劇部は第二体育館で十四時からの一時間枠だから、最低でも一時間前には体育館裏に集合!分かったわね?」

 水岡先輩が僕たち後輩に指示を出している。

 ちなみにこれはもう今日だけで十二回目だ。今までを合わせると四十回は超えているかもしれない。とにかく何度も言っている。なんだろうか。凄く心配しているような。最後の舞台だからだろうか。

「千ヶ崎君、ちゃんと台詞は頭に入ってる?何をすべきかわかってる?ちゃんと声でる?」

 これでもかと言わんばかりに聞いてくる。まるで、初めて学校に行く子供を心配する母親のようだ。

「大丈夫ですよ。心配しすぎですよ?水岡先輩こそ大丈夫なんですか?」

「私は大丈夫よ!…あ、いや、そうね、私ちょっと焦ってるね。ごめんね、少し落ち着いてくるよ」

 そう言って水岡先輩はどこかに行ってしまった。

「舞台までには帰ってきてくださいよ!」

「えぇ、きっとね」


 結局、水岡先輩は開演五分前になっても僕たちの前に現れなかった。

 自分がいま凄く恐怖しているのがわかる。手に汗が滲み出て、ベタベタして気持ちが悪い。冷や汗というものを初めて経験した。汗をかいているのに、たしかに冷たい。自分が、緊張などという優しい状態にないことがよくわかる。

 いろいろなものが僕の頭を交錯しているせいもあるのだろうけど、そんな些細のことも大きな原因とは思えない。

 僕だけじゃない。みんなが不安でいっぱいなのだろう。

「どうすんだよ、部長がいないと指示とかどうすんだよ!」

 焦りを見せている奴もいる。

「おい、千ヶ崎、どうにかしろよ!」

 どうすると問われても、僕にはどうすることもできない。

「おい、なんとか言えよ!お前、部長と仲良いだろ!どこにいるとか分かんないのかよ!」

 そう言うとそいつは僕に掴みかかってきた。

「いないから…いないから、なんだよ」

 水岡先輩が来なくてイライラしているのは僕も同じだ。僕だって、水岡先輩がどこにいるのか知りたい。

「いないから…、いないからヤバイんじゃねぇかよ!」

「何がヤバイんだよ?」

「それは…。ていうか、何でお前はそんなに落ち着いていられるんだよ!」

 落ち着いてなどいない。僕は今でも手の震えを我慢している。

「僕のこのどこが落ち着いているように見えるんだよ!ていうか、水岡先輩がいなくなったぐらいでいちいち喚くなよ!」

 僕の一言で周りのみんなが一気に静かになった。少し調子に乗りすぎたとは思った。

「たしかに水岡先輩の存在は僕達にとって大きい。でも、先輩がいなくなったからって、今は焦っている場合じゃないんだ。少なくとも水岡先輩の出番には余裕がある。それまでに帰って来てくれればいい。現場指示はみんなが臨機応変に対応すれば解決する。いつまでも水岡先輩に頼れない。来年には先輩はいないんだぞ」

 つい、いろいろと喋ってしまったせいでみんなは完全に黙ってしまった。

 こんなテンションで舞台は成功するのだろうか。

 失敗したくない僕の心とは反対方向に事態は進んでいく。

 

 時間は待ってはくれない。予定通り、僕たちは舞台を開始した。案の定だが客は少ない。客が少ないことは例年通りだから分かっていたことだけれど、やはり少し悲しい。

 さらに悲しいことは続く。いつになっても水岡先輩が帰ってこない。

「千ヶ崎、どうする?もうすぐ部長の出番だぞ」

 さっき僕に掴みかかってきた奴が話しかけてきた。

「どうするも何も…」

「こうなったら急遽、部長の役を誰かに代行させるか、演出を変えるしかないよ」

 他の部員がそう言ってくる。なんだか混乱してきた。

 混乱してきた僕が出した答えは、

「…分かった。じゃあ僕が探してくる。見つけられなかったとしても、僕の出番までには帰ってくるよ。その時は、その時考えよう」

 そう言って僕は体育館を飛び出していった。

 僕は、何を分かったのだろう。

 とりあえず舞台は今までの練習どおりに進んでいる。この後も練習どおりに進めば僕の出番まで残り十五分。余裕を考えるとタイムリミットは十分といったところだろうか。

 僕に見つけられるのだろうか。


「ダメだ。どこにもいない」

 僕はダッシュで校内を走り回った。不幸中の幸いというべきなのだろうか、この学校はあまり大きくないため校内を走り回るのにそう時間はかからない。かからないはずなのだけれど、体力が無く足の遅い僕が走れば六分も消費していた。

「まずい、残り四分だ。いざとなれば十分をオーバーしないといけないかなぁ…」

 まだ探していないのは第一体育館とグラウンド、そして中庭と生徒玄関付近。

「時間が無いんだ、第二体育館に近くて探しやすいところを探そう・・・」

 時間が足りない。僕まで間に合わなければ、それこそ劇を失敗に終わらせてしまう。それは絶対に嫌だ。

 第ニ体育館に近くて探しやすいところ、それは中庭だ。

 僕はまたしてもダッシュで中庭まで行き、水岡先輩を探してまわった。

 中庭はそんなに広くないのだが、一番一箇所に屋台が密集している場所で、また人が多い。つまり、人を探すには不向きの場所。

「だめだ、近いってことしか考えてなかった」

 一応探してはみたが、見当たらなかった。

 気が付けばタイムリミットまで残り二分。仕方なく僕は第二体育館に戻ることにした。

「もしかしたらすれ違いに、てこともあるかもしれないもんな」

 僅かな希望を胸に、僕は第二体育館に戻った。


「どうだった!?」

 控えている皆が、僕が帰ってくるや小さく大きい声で話しかけてきた。

「ダメだ、探してないところもあるけど、探した場所にはいなかった」

「どうする。この後のシーン、部長が出るシーンだぞ」

「アドリブでなんとかしよう。もう一度台本を見直して、似たような設定に変える」

「分かった」

 本来の内容は、水岡先輩の役である知人の女の子が、僕にいろいろと語りかけてくるシーン。どう変更すればいいのか、悩む間もなく出番がまわってきてしまった。

 このシーン、水岡先輩と僕の二人だけのシーン。しかし水岡先輩はいない。代わりを用意する間もなく出番がやってきたため、仕方なく僕一人で舞台に立つ。

 とりあえず台詞を言う。

「俺ってなんなんだ…?俺は、なにになりたいんだ……」

 本来ここで水岡先輩が僕に、君は何でありたいの、と問いかけるシーン。

 何でありたいの、か。

 まるで、主人公に成れず普通に生きてきたことに不満を感じている僕に問いかけてるかのようだ。


 僕は何かが分かったような気がした。この舞台の意図や、水岡先輩の考えていたことを。

 僕は、今まで何になりたかったんだ。RPGやアニメの、なんでもいい、主人公になりたかったんだ。僕のなりたいもの、それは主人公で、夢だった。

 でも今それは叶った。夢が叶ったのだ。

 じゃあここれからはどうなるのだろうか。僕はこれからも主人公になりたいのか。

「俺は……僕は…主人公に…?」

 違う、僕は元々主人公だったんだ。僕という、独りの人間としての僕というストーリーの、僕という主人公。

 僕は既に夢が叶っていたのだ。僕という物語の主人公は僕以外に有り得ないのだから。目の前で常に動いていた物語に、僕が気がつかなかったんだ。

「僕は…あぁ、そうか。そうなんだ。主人公だ。僕というタイトルの物語の主役なんだ。僕には僕という物語の主人公で、僕は脇役なんかじゃない」

 水岡先輩はこの舞台で僕に伝えたかったんだ。僕はいつだって主人公だったことを。僕の答えは出た。後は答え合わせをするだけだ。

 この舞台が終わったら、ちゃんと水岡先輩を探しにいかないと。


 無事とは言えないが、客の疎らな拍手と寝ている人たちに頭を下げて銀幕を下ろした時点で、僕たちの舞台は終わった。

 中盤での僕の一人演技のせいで設定は大きく改変された。

 それもそうだろう。僕の発言で、物語が終わりそうだったのだし、本来そこから出続けるはずだった水岡先輩の役はいなくなったのだから。もはや、本来の台本はあってないようなものだった。みんなが話し合いと想像で舞台をやってのけた。話が破綻しなかっただけ、むしろ成功といえるかもしれない。

「千ヶ崎、部長を探しに行くんだろ?俺たちは先に部室に行って待ってるぞ」

 舞台の後は部室で打ち上げだ。しかし水岡先輩がいない状態のこの雰囲気では騒げないようだ。まあ何よりも僕が、探しに行ってくる、て言ったためにこの雰囲気になってしまったというのも大きな原因でもあると思う。

 きっと三十分ぐらい探し回ったのだろうか。少なくとも校内は全て探した気がする。

「…まさか家に帰ったなんてことはないよね?」

 否定はできないが、もう少し探してみようと思う。


 僕は何気なく第二体育館を覗いてみた。僕たちの後は軽音楽部の演奏が入っていたため、体育館の中はお腹を抉るかのような音が響いていた。僕たちの舞台よりも人が入っていることが少し羨ましくも恨めしい。

 さり気無く客を確認してみたが、先輩はいなかった。

 三年生の教室は化学実験室や音楽室といった特別教室がある特別棟の最上階にある。どうしてこういう作りになってしまったのかは知らないが、生徒玄関から一番遠い位置にある三年生の教室は、さぞかし三年生に不評だろうと思う。この三年生の教室は正面玄関、生徒玄関の両方から一番遠いため文化祭では倉庫として使われる。

 既に陽は傾き始めていて三年生の教室に夕焼けが差し込んでいた。

 倉庫となってしまっているこの教室のどこかにいるとは思わないが一応探してみる。

「さっき来たんだけどな…」

 そしていない。

 三年生の最後の教室を見終え、階段に向かってふと気付く。

「屋上か。そういえばまだ見てなかったな…」

 屋上は本来立ち入り禁止で鍵が掛かっている。しかし、特別棟の東側の扉は壊れているせいで少し力を入れれば開けることができる。一度だけ水岡先輩に連れてきてもらった。

 若干の期待を胸に、屋上への扉の前に着いた。

「これで水岡先輩がいたら、相当ドラマチックな展開だよな」

 僕はギシギシと耳に痛い音を立てる扉を力いっぱい開けて、屋上に出た。

 まさかとは思ったが、ドラマチックな展開が僕を待っていた。

「いや~遅かったね、千ヶ崎君」

 そこには首だけをこちらに向けながら寝転がっている水岡先輩がいた。

「…ここにいなかったらどうしようかと思いましたよ」

「屋上での再会、ドラマチックじゃないかい?」

「そう思います」

「なはは、全ては計画通りさ」

「自分自身が舞台に立たなかったのも?」

「三年生にとっては最後の舞台だからね、本当は出たかったんだよ」

「じゃあなんで帰ってこなかったんですか?」

「本当は戻ろうと思ったんだ。でもさ」

「でも?」

「なんかさ、私がでしゃばるべきじゃないかな、て」

 どういう意味なのか分からなかった。

「気付いていたかな?今回の話、千ヶ崎君のために書いたんだよ」

「本番中に気が付きました」

「鈍感だなぁ。台本渡した時点で気付けよ。でもまあ、気付いただけでもとりあえず合格。じゃあ答えを聞かせてもらおうかな」

 答え。おそらくあのシーンでの問いかけのことだろう。

「君は、何でありたいの?」

「僕は僕らしく、僕という一人の主人公になりたいです。ずっとそうであったように、これからも。これが僕の答えです」

 沈黙が続く。随分と長い沈黙のように感じられたが、実際はほんの数秒だったのかもしれない。沈黙を打破したのは水岡先輩なのだけど、

「あははははははは」

水岡先輩は大爆笑をもって沈黙を打破した。もしかして、答えが違っていたのだろうか。変な回答をしたのか。かなり恥ずかしい。

 僕があたふたしていると、水岡先輩がゆっくりと笑うのをやめた。

「それの答えってさ、人それぞれだと思うんだよね。でもさ、千ヶ崎君はRPGや小説とかの主人公になるのが夢だったんだよね。夢というか憧れって言ったほうがいいのかな。でもね、これだけは言えるんだ。主人公はいつも自分自身なんだよ。千ヶ崎君の場合は、千ヶ崎君という一人のお話の主人公は常に千ヶ崎君。私もそう。私という一人のお話の私という主人公がいる。客観的に見たお話だと主人公は自分じゃなくなるけど、主観的に見たお話の主人公は常に自分自身なの。私はそれに気付いて欲しかった。だから、気付いてくれありがとね。素直に嬉しいよ」

 そう言って微笑んでくれる水岡先輩は最近見せていたような、なにかがおかしい水岡先輩ではなく、いつもの美しくて頼れる、僕の尊敬している水岡先輩の顔だった。

 僕にはまだ疑問が残っている。

「…どうして舞台を通して僕に気が付かせようと思ったんですか?」

若干の間を置いて水岡先輩が返答してくれた。

「自分で気が付くことに意味があったんだよ、きっと」

「きっと…?」

「ん、きっと」

 どういうことなのだろう。

「なはは、やっぱ分かんない!たぶんノリだよ!うん、ノリだ」

「もし僕が気が付かなかったら、どうしてたんですか?」

「千ヶ崎君のこと、嫌いになってた」

「えぇ…。とりあえず、部室に行きましょうか。みんな待っていますよ、演劇部というお話の主人公である、あなたを」

「うまいこと言ったつもりぃ?。これじゃまだまだ千ヶ崎君に舞台演出は任せられないね。それに、これを短編にしたとき、このお話の主人公は君だよ」

「先輩こそ、うまいこと言うじゃないですか」

「生意気ー」

「ふん、ホントのことじゃないですか。そういえば―――」

「そういえば、なに?」

 僕は、ずっと気になっていた質問を先輩に聞いてみることにした。

「どうして水岡先輩は主役をやってこなかったんですか?」

 水岡先輩は、考えているのか少しの間黙ってしまったが、ちゃんと答えてくれた。

「私はもう主役だから。それを知っているから、まだ知らない人に主役をやって欲しかったのさー」

 本当の理由でないことはすぐに分かった。これは僕に言っていることだと。でも、そう言って微笑んでくる水岡先輩を見ていると真面目に言い返す気にはならなかった。

「ホントですかぁ?」

 だから僕はあえてふざけた様子で聞き返した。

「おいおい、先輩の言うことは信じるものだよ」

 水岡先輩も同じようにふざけた様子で返してきた。

「ま、話の続きは打ち上げでやりましょう。僕ばかりが水岡先輩を独り占めしてたんじゃ、みんなに怒られちゃいます」

 そう言って僕は、まだ寝転がっている水岡先輩の手を取り屋上を後にした。


 


以前他サイトで投稿したものをちょっと改良したものです。

いや良くなったのかはわからないけれど・・・。


お話としては、主人公に憧れているけど主人公になれないもどかしさを抱えた千ヶ崎君に、実はもう主人公になっているんだよと教えてあげたい水岡先輩のお話です。

ある意味ダブル主人公なのかも。本当なら水岡先輩視線でも書きたかったし書かなければ伝わらない内容もあると思うのですが、むぅ。おいおい書いてみようかなぁ。


ある意味処女作で思い出深い話でもあるので、このサイトでの一発目の話として投稿しました。


誤字・脱字・不明な点・感想等がありましたらご連絡ください。

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