序章 銃声鳴る余興1
「終わりが近い」
「そうじゃのう」
緊迫した張り詰めた雰囲気の声に、のんびりとした幼い声が答える。
少年と呼ぶにも幼すぎる子供の前に座るのは、黒スーツに黒メガネといかにも怪しい雰囲気の男だった。
怪しいが、個性もない。型にはめて作った大量生産品みたいだ。
そう《道化》は思って、笑っていた。
にやにやと、全てを見透かした瞳で。
「……《神の全知》、いい加減教えてほしい。いや、もう認めないか?」
「なんじゃ? 儂に何を求めているのじゃ、お主は」
すっと《道化》がテーブルに手を伸ばす。
それだけの行動。ただテーブルの上に置いてあったクッキーに手を伸ばしただけ。
それだけなのに。
「――――ッ!」
男は拳銃を取り出して、銃口を向けた。
表情は硬いままだったが、その反射的な動作はまさしく怯えから来るものだった。
頭に冷たい塊がぶつかっているのを感じながら、《道化》はクッキーを口に入れる。
彼は甘いものが好きだ。酒は飲めない。
子供の体では、子供の経験しかつめない。
その頭にいくら《知恵》が詰まっていても。
「ゆっくり話そう。その為にわざわざ儂が島から出てやったんじゃから。お主が島に来れんと言うから、重い腰を上げてやったんじゃ」
眼下に眩い灯が散らばる高級ホテルの一室。
最上階のスウィートルーム。
凝った刺繍の絨毯。ワインレッドのソファはふかふかで気持ちがいい。
《道化》は抑えようとしたが、その初めての経験に興奮していた。
ここに黒服がいなければはしゃげたのに。
銃を突きつけられていながら、《道化》が考えているのはそのことだけだった。
「何十年ぶりじゃろうか、この引きこもりを引っ張り出すとは、お主らも大したもんじゃのう」
「……誉めているのか?」
「もちろんじゃよ。本来ならば、お主らが出てくるのはもう一年遅いはずじゃった」
事実を伝えると、黒服の顔色が変わる。
「……どういうことか」
「お主らは理由を知っている。だからお主は儂を呼び出した。お主らが嫌っている否理師を引っ張り出してまで、確かめようとした」
銃が頭から離された。
《道化》は自由になった首を動かし、黒服の顔を覗き込む。
満面の笑顔で、口に歪な笑みを浮かべて。
「お主らは優秀じゃよ。早まりつつある終末の時に、正確に対処している。だからそのご褒美のつもりで儂はここにやってきたのじゃ。誰にも告げずに、たった一人で」
「やはり……お前らのせいか」
「儂らのせいではない。これは《運命》じゃ。お主らは否理師を誤解している。否理師も所詮は人間――神の《運命》にただ巻きこまれるしかない、無力な蠅じゃ」
全身を震わせている黒服に向けて囁くと、《道化》はゆったりソファにもたれかかる。
《道化》の自室、《子供部屋》にもいいかもしれない。持って帰ろうかな、と思って止める。
雰囲気に合わない。
でも、次に由己にメイド服を着せて写真を撮るときに、その素材としてはいいかなぁと夢想する。
思わずにやにやしてしまう《道化》を見て、黒服は呆然としている。
信じられないものを見る目をしている。
そう言う目で見られるのは、もう飽きた。
「……くっ、おまえらのせいだろうが、《終末》も! 《神の全知》だって、神をおとしめて無理矢理奪ったのだ !」
「……要らないから押し付けた。神はそう言うじゃろ。それにこれは預かっただけ。そろそろ返さねばのぅ。儂も所詮人間じゃから」
一度は離され、しかし向けられたままの銃口に、冷たい鉄の塊に自分から額に当てた。《道化》は笑っていた。口の端を裂けんばかりに釣り上げて。
「さぁ、儂からの教授は以上じゃ。お主らはどこへ進む」
「……知れたこと」
容赦なく発せられた音、呆気なく椅子から崩れ落ちた小さな体。
男は嫌悪の表情で眺めて唾を吐きかける。
「蛇め……地獄に堕ちろ」
《道化》の顔は笑みに歪んだままだった。男の全てを嗤うように。
虚ろな瞳には、何も映っていない。