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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第五部:マボロシの夢
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終章 額に触れる暖かな手

 

「いっ、嫌だあああああああああああああああ!!」

「樹ーー! どうした!?」


 世界を割るような悲鳴が聞こえ、俺は隣室に飛び込む。

 そこに居たのは……


「あらあら……深漸くんのえっちぃ」

「ぐす……ぐす、嫌だよ。僕、こんな恰好……」


 チャイナ娘に無理矢理ゴスロリを着せられている少女がいた。

 まだ成長途上の体に前合わせのゴシックロリータの衣装を、チャイナ娘が羽交い絞めにしてでも着せようとしている。少女はもう既に半泣きだ。

 ……って、少女?


「……あれ?」


 どこからどう見ても女の子だった。髪を伸ばせばそこそこ可愛い感じになるのではないか。

 え、でも、この部屋って、さっき唄華が樹だけを連れて入ったはずじゃ……


「え……、もしかして」

「深漸くん、じろじろ見てどうしちゃったの~? やっぱり深漸くんも興味がある? このスリットのき・わ・ど・さ・に」

「お邪魔しました!!」


 扉を破壊する勢いで閉めた。逃げた。

 リビングのソファに腰かけ、じじ臭く茶を啜っている唯生に俺は尋ねる。


「い、いいいい唯生。いいいいいいいいい、いいいいいい、いつつつつつつ、樹は、いつきははははははは」

「《反逆者》さん、日本語でお願いします。僕は否理師の教育を受けていないので、日本語しかわかりません」


 俺だって日本語と高校英語しか知らねぇよ。

 って、違う違う、落ち着け、冷静になれ。


「もう、深漸くんったら興奮しちゃって。私のチャイナ服がそんなにセクシーだった?」

「お前のコスプレは見飽きた」


 あ、突っ込みだけはふつーにでた。

 俺の後ろについてくるように入ってきた唄華と、その手に惹かれ恥ずかしそうに涙ぐみながら俯いている樹……のゴシックロリータ。

 何か似合っている。


「僕、どうしてこんな格好を……」

「唄華さんに迷惑をかけたので、そのお礼をするって自分から言い出したじゃないですか」

「でも……」


 うじうじしている樹に、唯生はすっと近寄る。

 涙でぐじゃぐじゃになっている顔を手で挟んで上を見上げさせる。

 樹が涙目でキッとにらむのを、何を考えているかわからない無表情で見て。


「似合っていますよ。やっぱり、女の子ですね」


 おおおおおおおおおおおおおおおおお、女の子!


「女の子!?」

「あれ、何で深漸くん驚いているの?」


 唄華が俺にすり寄ってきて言う。

 しがみ付こうとする唄華を力づくで遠ざけながら、驚きのままに聞いた。


「だ、だって、お前らクローンだって……そうしたら性別だって」

「僕、言いませんでしたか? この子は、失敗作なんです。何体もクローンを生存する過程で、DNAのY染色体が欠損してしまった個体。だから、この子が完全に《樹》になることはありえないんですよ」


 ヒトの性染色体にはX染色体とY染色体がある。

 基本はXXで女性、XYで男性だ。Y染色体に男性になる遺伝子があり、X染色体しか持たないというならば、オリジナルが男であっても女として生まれてくることになる。


「X染色体一本しかないため、成長に問題が出る可能性があるんです。あの人が生きている時はその治療をしていたのは知っていましたが、死んでからはどうしているのかわからなかったので、だからなるべく早く由己を見つけたかったんです」


 それが唯生が焦っていた理由か。


「でもあの人が治療薬を多少残していたようで、特に問題もなくて安心しましたよ、由己」

「……お父さんから、ちゃんと気を付けるように言われてたから」

「そう、あの人が」


 唯生は派手にため息を吐いた。


「あの人もちゃんと知っていたんです。なのに、ためしにやってみた実験が記憶が定着したのをいいことに自分をごまかすなんて……本当にどうしようもない人でした」


 淡々として、辛辣にも聞こえる言葉。

 樹自身は顔を歪めて、ポツリと言った。


「僕は……男の子でいいよ。だから、こんな服なんて」

「嘘は言わなくていいです」


 唯生はすっとソファの横に転がっているリュックサックを指さす。

 樹が背負っていたそれ。


「中身を見ましたから」


 その顔にぼっと樹が赤くなる。

 おどおどして、何か言おうとして何も言えずぎゅっと服の裾を握る。

 ……何が入ってたんだろう。


「もう、嘘はつかなくていいんですよ、由己」


 唯生がやさしくそっと頭をなでると彼は――いや、彼女はどんな顔をすればいいかわからないみたいで――怒っているような笑っているような面白い顔になった。

 ほっぺたが妙に膨らんでいるのが、さらにおかしい。


「お、お姉ちゃん」


 樹がもじもじしながら唄華を見上げる。


「う~ん? どうしたのかなぁ?」

「こ、これ、も、もらっても……」


 唄華がぐっと親指を突きだす。


「もちろんだとも!! 可愛いは正義だ!!」


 その答えに樹は「ありがと」と小さく呟いた。嬉しいけど、それを見せないように必死なのがバレバレだ。


「先生の所に行ったら、もっといろいろなものを着せてもらえるとおもいますよ。今までみたいにゲームのキャラクターをコーディネートするカードをちまちま集める必要はありません」

「何でばらすの!?」


 樹が顔を真っ赤にして唯生を殴った。と、言っても妹が兄にじゃれ付くよう程度にだが。

 半殺しにはしていない。

 半殺し……あの時と大きく印象がかわった。

 もうどこにでもいる女の子にしか見えない。

 いろいろまだわだかまりはあるだろうけど、こいつらはもう大丈夫だろう。

 誰が見てもそう言える兄妹だった。


「えっと……そういえば俺も由己って呼んだ方がいいのか?」


 ずっと迷っていた疑問を口にする。

 無事に唯生が樹を呼び起こした時にことのあらましは聞いたが、乗り遅れてしまっていたことだった。

 樹の返答は速かった。


「ダメ。僕は樹だ……まだ。だから、唯生しか呼んじゃ、ダメ」


 その言葉には迷いが見えた。

 自分と言う存在に対する迷い。でも、それに怯えるのではなく受け止め、立ち向かい、悩み進んで行こうとしているようで。


「そうか」


 俺はそれだけ言った。

 でもいつかきっと、俺も彼女の名を呼べる日が来るのを確信していた。


「今はお前だけの特権ってことだな、唯生」

「えぇ、そういうことです。妹の名を僕だけが呼べるなんて……これはこれでなかなか素敵なことですね」


 ……ぞくっとした。

 いつもの単調な声だったから思わず聞き逃しそうになってしまったが、そういうキャラだったけ?

 

 お前も、何か変わったのか?

 

「さぁ、樹ちゃ~ん! お着替えの続きですよ~。深漸くんにチャイナを無視されたんで、次こそリベンジリベンジ!! 二人でスク水だぁ!」

「やめろ」


 唄華、お前はいい加減にしろ。

 本当に変わらないやつなんだから。


 いつものように出たため息に、安堵のようなものを感じていたことに。 

 俺は当たり前すぎて気づかなかった。――まだ。




 


 

  



 長かった!!五部は長かった!!

 時間かけすぎました!!


 でも、やっと終わりました~、少しほっとしてます。


 次部はやっと今まで実はあんまり触れていなかった終末にがつがつ触れていきます。

 今年度中にはこのシリーズ終わらせれるよう、が~っと書いていきます。


 あともう少し(?)まだまだ続きますので、応援よろしくお願いします。

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