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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第五部:マボロシの夢
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五章 ジブン勝手な自己満足ヒーロー3

「――それが、君にとって一番最悪の記憶ですか。《樹》の死の記憶よりも」


 ばっと、唯生が振り返る。

 それが叶ったのは、記憶が巻き戻る間際だったからか。

 光景が全てを繰り返そうとし始めるその一瞬の隙に、唯生は三十九番の腕をとる。


「――ッ!」


 思いのほか力が込められた手に、三十九番目は眉をひそめる。

 不確定要素が混じったせいか、その記憶の光景は徐々にぼやけていく。しかし――


「帰れる……というわけではないみたいですね。さて、どうすればいいか」

「離せよ!!」


 三十九番が唯生の腕を振り払う。だが、そこから落ちる。

 さっきまで平然と立っていた足元が無くなり、どこかへと、落ちる。

 思わずとっさに伸ばしてしまった手を、唯生があっさりつかむ。

 それだけで、また地面が戻る。


「ここは君の記憶です。だから僕と言う余計な要素に触れていないと、まだどこかの記憶に取り込まれてしまう。そういうことでしょう」


 唯生がうんうんと一人頷く。

 三十九番は顔をそむける。


「……見たの?」

「はい。驚きました。まさか、あの死の記憶よりも怖いものあるなんて」

「死んだ記憶なんて……覚えていない」


 その言葉に、唯生の眉がピクリと動く。


「どういう、ことですか?」

「記憶喪失……みたいなものかな。一応移植はされたんだけど、余りにもひどかったからか――忘れた。お父さんには内緒だったけど」


 全てを否定することで「自己」を保った唯生。三十九番は受け入れたからこそ生き残ったのかと思っていた。

 本当は失うことで生き残った。そして偽ることで、誤魔化し続けた。《本物》だと。


「それは、あの人が違うというはずですよ」

「でも、お父さんはこのことを知らないはずだもの。僕を《樹》だって言ってくれたんだ」


 ここは三十九番の記憶の中。

 流されそうになるその渦の中で、三十九番が被っていた《樹》の仮面が剥がれ落ちていく。


「ずっと、怖かった。僕は最初から失敗作だったから、いつみんなと同じになるんだろうって」


 モノとして生まれ、モノとして扱われ、成れなかったものはモノとして捨てられる。

 そんな光景を三十八人分見続けた。


「それは、怖かったですね」


 頭を撫でようとしたが、唯生にそれは出来なかった。

《樹》となれなかった自分と同じ彼らがどうなったかを、唯生はもうほとんど覚えていない。

 忌まわしい記憶の一部として奥に奥に封じ込めてしまったから。

 そのことに――今更ながら後悔した。


「君は、僕たちの分も背負うとしてくれていたんですね」


 すべての犠牲を意味あるものとするために。

 自分自身の心まで偽って、《樹》として在りつづけようとした。

 

「それじゃ、僕が嫌いなはずですよね。僕は全てを置いて――逃げたから」


 三十九番はうつむいたまま目を合わせようとしない。

 その小さな姿に、唯生は申し訳なくなる。

 三十九番は口に出さないだろうが、本当は自分がやっていることを唯生がするべきだったと思っているのかもしれない。

 十二番。真ん中の数字で生き残った自分が、《樹》になっていれば助かった命もあったのかもしれない。

 そう考えると後悔が湧きあがる。

 でもそれでも――今の《自分》を否定できない。申し訳ないと思いながら、自分は《樹》にはなれなかったとも思う。

 だから、自分に出来ることは……


「ありがとう」

「……何を?」

「いえ、君をほめてあげたくなったんです。《樹》ではなく、君の心を、その優しさを――愛おしいと思いました。本当に、本当にありがとうございます。僕たちを想ってくれて」


 唯生の声は、いつもの淡々としたものだった。

 感情などない、ロボットのような言葉の羅列。

 でも、その手はぎゅっと強く三十九番の手を握る。

 その力強さに、三十九番は呟く。


「痛いよ……」

「すみません」

「僕は、樹だよ」


 震える声で、泣きそうな声で精一杯主張する。


「もういいんですよ、無理しなくても。頑張ってくれて、ありがとうございます」

「無理とかじゃない、僕は樹だよ」


 とうとう三十九番は顔を歪めて涙を流す。

 必死にこすろうとするその手を、唯生が抑える。


「……わかりました。もう言いません」

 

 これ以上、追い詰めたくはない。

 三十九番にとってのはこの偽りこそが《自分》なのだ。

 それを否定することは、唯生にはできなかった。


「でも魔女さんと決めた話――約束だけは守ってください」


 三十九番がわずかに身構える。


「一つは、あの人を蘇らせることをやめること」

「――っ! そんなこと」

「あの人も、それを望んでいません」


 唯生はあの人の――父の最期を思い浮かべる。

 最後の最後まで、最悪な奴だったと。


「以前、あの人に騙されているんだろうといってすみません。君が勝手に決めた約束だったのですね」

「…………」

「あの人はわかっていましたよ、全部。だから違うって否定したんです。否理師としての誇りにかけて、偽りを認めたまま逝くことはできなかったのでしょう。最期に不可能だとわかったことで、満足して実験を目的を終わらせたんです。なんて――酷い人でしょう」


 最後を自己満足で締めくくって、全てを悟ったようなことを言って――本当に腹が立つ。


「満足――してましたよ、本当に。僕らが報われない形であっても。そんな人をわざわざ生き返らせても、嫌がらせにしかなりません」

「そんなの……それでいいの?」


 僕らはそれで許していいの?

 いや、死んでいった者たちに対してそれでいいのかと三十九番は言う。

 

「それこそ――わかりませんよ」


 死者の代弁なんて、唯生にはできなかった。

 死者にはなれないのだから。


「…………」

「二つ目は、少なくとも十八までは僕と一緒に暮らすことです。と、いってもこれは僕じゃなくて、先生が仰ってくれていることですが」

「……どういうこと?」

「未熟な否理師がうろつくと迷惑だそうです。《秩序》に来れば、不十分な知識について補えることが可能だと、それでいろいろ援助してくれるそうです」


 今回の業の暴発を恥じているのか、三十九番は不服そうにしているが何も言わない。


「あ、でも、授業料として、いろいろコスプレをしてもらうそうです。年頃だし、多種多様な衣装が似合いそうで楽しみだと……」

「それはしないっ!!」

「……………たぶん、冗談だと思いますが」


 唯生はそうは言ったが、その前の長い沈黙がそれを信用させない。

 牙をむくかのように三十九番が唸っていると


「三つ目は、僕に名前を付けさせてください――これで、お願いは全部です」

「――――名前?」


 三十九番は首を傾げる。


「そう。君がどれだけ《樹》だと主張しても、僕の中にも《樹》はいるんです。だから、君を《樹》と呼ぶのに違和感がある。僕こそが本物だと、僕の中の《樹》が騒ぐ――もし僕が《樹》になっちゃって、《樹》が二人になったら困るでしょ?」

「……それは、うん」

「あくまで僕が区別をつけたいだけなので、自分からその名前を名乗らなくてもいいです。僕が勝手につけたニックネームだと思ってください」

「……それなら、まぁいいか」


 しぶしぶというか、よくわかっていないが一応頷いてみたと言った様子に、唯生はほっとする。

 本当はさっき言ったことは嘘だ。

《樹》じゃなくて唯生だ、と自分を縛っている唯生に勘違いという事は――こんな記憶の波にのまれると言ったよほどのことがないとありえない。

 本当は三十九番に《樹》という名を捨てて、自分を手に入れてほしいという理由で名を与えようと思っていた。

 でも、それはさすがに――自己満足すぎる。

 偽りを自身として受け入れているような子に、いきなりこんなことをいってもだめだ。

 少しずつでいい。少しずつ、《自分》にとっての幸せを手に入れてほしい。

《樹》としてふるまって得てきたニセモノなんかではなく、本物を。


 その思いさえ、自分勝手で

 余計なお世話で

 自己満足だけど


 少しでも君を守れるように。

 僕たちを背負うとしてくれていたちっぽけな英雄を救える存在に。

 自分勝手で自己満足な願いを込めて。


「で、その名前って何?」

 

 ぶっきらぼうだが、興味津々といった様子で聞いてくる三十九番に、唯生は小さく笑った。

 本当に微かで、わかりづらい笑みだったけど。

 それは確かに、唯生が得た感情だ。


由己ゆき。自由な己、です」


 


 



……なぜでしょうか。

キャラに新たな名前を与えることがなぜかものすごく気恥ずかしい気分になります。

ぬいぐるみに名前を付けているのがばれた痛々しい記憶ぐらい、気恥ずかしいです……他のキャラにも同じように名前を付けているのに。

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