五章 ジブン勝手な自己満足ヒーロー2
僕が「樹」だった記憶。
僕じゃない思い出。
それに縛り付けられるのはもう嫌だ。
唯生はその言葉を何度も繰り返し唱えながら進む。
泳ぐように手探りの中で記憶の中を進む。
中途半端に業が発動しているせいか、幸いなことに繰返しの悪夢にとらわれることはなかった。その代りに放り込まれたの、「樹」を名乗っている三十九番の記憶だった。
でもその三十九番の記憶の大半は「樹」のもので占められている。だから自分の持っている「樹」の記憶と混同して惑いそうになる。
懐かしい記憶――。
父と母と三人で遊園地に行った。父の背中は大きくて、肩車をしてもらうと遠くまで見通せた。
サッカーをした。自分はまともに蹴れなかったけど、父は何度も優しく投げてくれた。
父を追った。待ってと手を伸ばした。振り返った父に抱きしめてもらえると信じて――
蹴り飛ばされたのだという事実を認識するのに、時間がかかった。
腹の痛みと、父のモノを見る目にただ恐怖して――
「樹」の死を思い出す。
はっとして、唯生は頭をふるった。
また、飲み込まれかけていた。
本当に嫌だ。
頬に流れている何かを感じて、唯生は目をこする。
こんなのは嘘だ、これは僕の感情じゃない。
僕じゃない。《樹》じゃない。そういって自分の感情を否定するごとに、唯生自身の感情はどんどん希薄になっていった。
わからないのなら、これが自分だ。
感情なんていらない、僕が《僕》であるならそれが全てだ。
《唯生》という名は、唯生自身がそれを忘れないための誓いのような名だ。
唯に一つあるものとして、《僕》は生きる。
「僕は、唯生だ」
口の中で刻み付けるようにしながら、《樹》の記憶の中を進む。
三十九番の記憶はほとんど《樹》の記憶で構成されている。それは彼自身が何度も思い出して、刻み付けているからなのだろう。
唯生にはそれが理解できない。
自分を否定してまで、死人を受け入れるなんて。それが自身生み出された理由だとしても。
君自身は、生きているのか?
死者として生きることは、生きていると言えるのだろうか。
――父が死んだと聞くまで、正直唯生は三十九番のことなんて忘れていた。
どうせ、《樹》として生きるなんて無理だ。どうせその子も途中であきられて、捨てられるとその程度にしか思っていなかった。
だからそれをやりきったと聞いた時、疑問の前に戦慄した。
なぜそんなことができるのかと。
君自身は生きていたのか?
死者として生きて、幸せだったのかと?
問いたくても、すでに三十九番は失踪した後で、行方がつかめなかった。
それから度々ある目撃情報を追って、その子の過去の一部を調べて。
その過程でやっと唯生は、自分が兄であるということを自覚したのだ。
そう疑問に思うならば、それが決して幸せではないと知っているのならば、自分は救うために動かなければならなかったのだ。
探しながら後悔した。
追い詰められた三十九番が《罪人》に身を落としやしないかと、常に頭の隅で不安に思っていた。
あった瞬間に、その気持ちは弾けた。
小さな体で、一人で自分を追い詰めながら生きているその子を見て、唯生は手を伸ばした。
――ねぇ、僕と一緒に行きませんか?
叶わない願いを追い続けている姿が、悲しくて。昔の自分を思い出して。
幸せになってほしいと思ったんだ。
本当にそれだけだが、なんて身勝手な。
唯生の思いは自分勝手だ。三十九番の気持ちを無視して、自分が最良だと思うことを押し付けている。
でも、そうしたくなってしまうほど、君の願いは間違っていると思うんです。
その向こうにあるのは悲しい絶望しかない。
だから自己満足でも、僕は――。
そう考えながら、偶然掴んだ記憶。
唯生は、その中に引きずり込まれた。
男性が一人、ベットに寝ている。
彼の体はやせ細り、頬はコケ、目は落ちくぼみ、瞳に光はない。
そばにいる彼の《息子》のかいがいしい世話にも、何の反応もしない。
『お父さん』
子供が泣いた。しがみついて、これから死にゆく父にすがりつく。
ふっと、男は笑った。乾いた嗤い。涙も流さず、掠れた言葉で言った。
『結局、私は私の目的を果たせなかった。一族の、誇りまで捨てて臨んだのになぁ……』
男の言葉に子供は目を剥く。どこか微笑みさえ浮かべているかのように見える父に、悲鳴混じりの言葉を向ける。
『僕が……僕が樹だよ!! お父さんの願いはかなった。僕をお父さんが生き返らせてくれた。僕が樹なんだよ!』
『樹……は、違うんだ、三十九番』
数年ぶりに番号を呼ばれ、びくりと肩を震わせる。
自身の存在を否定され、子供の顔は強張る。
もう何も見えない男は、ポツリポツリとつぶやく。
『樹は……死んだんだ。もう、いないんだ。あぁ…………それだけの現実を受け入れるのに、ここまでかかってしまった』
子供は何も言えない。
ただ黙って父の話を聞くだけ。
『あの世なんてない。魂なんてない。だから……私は、もう樹に会えないことは知っていたんだ。だから、会いたかったよ。いつか、会えるなんて……そんなバカげた期待を持てなかったから』
子供は知っている。
その願いを叶えるために、どれだけの犠牲が積まれていったか。
自分で完成して、それですべてが終わっていたと思っていたのに。
父の言葉はその全てを否定する。
『でも、なぁ……私の中に樹の思い出があったんだ。なのに、なのになぁ……こんな代用品で誤魔化そうとして、すっかり……穢してしまった。まったく、私がしたことは』
無駄だった。
『そんなことはないよ、お父さん』
子供は、そんな言葉を父に言わせない。
『僕で完成したじゃない。僕が『樹』だよ。お父さんのやってたことは無駄じゃなかった。だから――』
お父さんは満足して逝くべきだ。
自分の業、してきたこと、願い、その全てに満足して生を終えるべきだ。
こんな後悔に塗れた終わりなんて、許さない。
子供から向けられた言葉を。
『お前は樹じゃない』
父はあっさり否定する。
全てを。
『お前は違うんだよ……』
最期にそんな言葉を遺して終わろうとする。そんな終わりは――許さない。
『ねぇ、お父さん。僕がお父さんを生き返らせるよ。お父さんがやってきたこのやり方じゃ満足できないというなら、お父さんの全てを引き継いだ《樹》として、違う方法でお父さんを蘇らせてあげる』
握った父の手は既に冷たい。
その瞼は閉じて、もう開かれることはない。
『今度こそ、僕を認めて。次こそ――満足して逝ってよ』
返事はない。
答えはない。
子どもは父の死を――泣かなかった。
うわ~い、文章がめちゃくちゃです(笑)
もう少し整理できなかったのかと。想いを詰め込みすぎました。
時間があれば、『時間とやる気があれば』改稿するかもです(汗
ちなみに視点がぐちゃぐちゃになっていますが一応ルールがありまして、魔女と在須の主人公組は一人称、他は三人称となっています。
一部、無視している所がありますが(笑)