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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第五部:マボロシの夢
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五章 ジブン勝手な自己満足ヒーロー1

「深漸く~ん、起きろおおおおおおおお!!」

「ぐがっ!!」


 頭部に強烈な痛みを感じ、跳ね起きる。


「いってぇー!!」


 額を押さえて転げまわると、楽しげに笑う声が耳に飛び込んだ。


「深漸くんが居眠りしてるのがいけないんだよ~。私も痛い目にあったんだから、責任取ってよね」


 唄華も自分の額に手を当て、ぺろりと舌を出す。

 そうか、今の衝撃はお前の頭突きか。


「って、居眠り? 俺、寝てたのか?」

「『反逆者』さん、突然昏倒したんですよ。驚きました」


 全然驚いた様子ではない唯生が淡々と言う。


「それに、結界もじわじわ解けてますし」

「わっ、やべぇ!」


 慌てて手に握ったままだった想片に意識を向ける。

 俺が気を失っていたのはわずかな時間だったのか、大してゆるんでおらずすぐに修復できた。この程度だったら、周辺住民には気づかれずに済んでいるだろう。


「何があったんですか? 体調が悪いとか」

「いや、別に体は……」


 思い返してみても、いまいちわからない。頭の中がもやがかかっているようにはっきりしない。


「突然倒れちゃうから、心配したんだよぉ。大丈夫ぅ?」

 

 唄華がとびついてくるのをかわして、俺は深いため息を吐く。


「まぁ、大丈夫だろ。どこか怪我してるんだったら、後で治せばいいし」


 体の内が悪いとしても、どうせそろそろ兄の診察を受けに病院に行かなければならないのだ。

 これ以上支障が出なければ、気にするようなことじゃない。


「ところで、エンドたちはどうなってるんだ?」

「見えないんだよおおおお! つまらないっ!」

「あぁ……そういえば、」


 そうだった。と、言いながら、エンドたちがいるはずの方に目を向けた時だった。


 轟音と共に、木々のうちの一本が倒れた。

 他の木も急速に枯れて、自重に耐えきれず朽ちていく。

 その隙間から、エンドたちの姿が。


「お~、魔女ちゃんだ! いぇ~い、元気!?」


 まったく空気を読めていない唄華が、手をふる。

 金属バット(想片で作ったのか?)を手に悔しそうに顔を歪める樹と、膝をついてはいるが不敵に笑っているエンドがそこにいた。

 エンドは木々が倒れ行くのを待ちながら、ゆっくり立ち上がる。

 最悪の業を受けたせいか少しふらついてる様子もあるが、そんな自身の様子など意に介さず日本刀を再び握りしめる。そして――嗤う。勝者としての、笑みを。


 怯えたかのように樹がおもわず一歩後ずさりして――そこで、彼の顔がさらに強張った。

 ここで勝敗は決まったのだ。

 明らかな格の違いを見せられて、怯んだ樹にはもう対抗策などない。

 自身が、態度で示してしまった。

 顔を歪ませ、唇を噛んでエンドを見る。

 もう彼には――それしかできない。

 それに対してエンドは。


「……」


 エンドは何も言わず、精製したばかりの刀を想片に戻す。

 笑みもすでにない。ただ、黙ってビー玉を握りしめて、歩き出す。

 樹を無視して、俺らの方へ。唯生の元へと。


「唯生。決闘は終わった。後は、お前の好きなようにすればいい」

「……ありがとうございます」


 相変わらずの無表情、淡々とした言葉だったが、深々と下げた頭と、わずかに詰まった言葉が唯生の感情を表していた。


「お疲れ様」


 地面に座り込んでしまった樹を視界の端に入れつつ、俺の横を通り過ぎようとしたエンドをねぎらった。


「なんだか疲れてるな。唯生が言ってたけど、やっぱり最悪の業だったてことか?」

「……まぁな。最悪と言うのも、生易しいものだったが」


 自嘲の笑み。

 エンドにそんな表情をさせる記憶とは……気になったが、聞く気にはならなかった。

 思い出したくない過去などいくらでもあるだろう。特にエンドは、何百年も生きているのだから。

 木に寄り掛かってずるずると腰を下ろしたエンドに、だからそれ以上追及することはなかった。

 彼女が俺と目を合わせてくれないのも――何か嫌なものでも見たのだろう。


「これで、終わりかぁ。ちょいっとつまんないの~。せっかく、観戦しにきたのに、肝心の所は全然見れなかったし」

「お前な……」


 唇をとがらして文句言う唄華に呆れると同時に、どっと疲れを感じた。

 慣れないことしたからだろうけど、この程度で疲労を感じるとは……まだまだだなぁ。

 ため息を吐き、結界を解こうとして――


「樹っ!!」


 今まで聞いたことのない、唯生の悲壮な叫び声が響いた。

 

 エンドの動きは早かった。

 跳び起きたかと思うと、一瞬のうちに樹が先ほどまで座り込んでいたところ――今は、唯生と樹がいるところに駆け寄る。

 

「まっ、魔女さま!!」

「これは……」


 俺と唄華も、遅れながらも駆け寄る。


「どっ、どうした?」

「樹が、突然……」


 思わず、息を呑んだ。

 手に持っていた榊が成長し、枝を伸ばし、倒れている樹の体に巻きついている。

 成長続ける枝は、樹を覆い隠すかのように伸び続け、首元まで――


「――ッ!!」

 

 首元まで巻きつきそうになっていた枝を、唯生が無理矢理引きちぎる。

 その手が枝で傷つくことなど気にせず。

 引きちぎられた枝はそのまま粒子と化し散っていったが、残された枝が伸びる矛先を変えた。

 唯生の体に巻きつこうと、その成長速度を速めた。


「どうやら、業が暴走しているようだ」


 その枝をエンドが一瞬にして創りだした刀で切り落とす。

 ギリギリのところで枝から逃れた唯生はしりもちをついて真っ青な顔で呆然としている。

 

「私が中途半端に業を破壊したからな、その処理が仕切れなかったのだろう。制御すべき理を見失い、術師に跳ね返ったというところか……厄介なことになった」


 暴走。

 それは、俺がエンドに散々注意されている現象だ。

 業を使う時、否理師はその場の理を全て把握・管理・操作しなければならない。一部失敗しただけで、業の制御は術師から離れて周囲を無秩序に破壊したり、自己に跳ね返ったりする。

 まだ師匠の元について修行している弟子には、大小関わらずよくあることらしい。理を全て頭に叩き込み、それをどう歪めるかを常に頭の中で計算し続けながら業を使うということは容易じゃない。

 特に戦闘となれば、相手が歪めた理も考えながら自分が制御する理を意識しなければならず……とにかく弟子が師匠という保護者の元で長期間修行しなければいけないのはそう言う理由らしい。

 すべてがらしいというのは、俺にはピンとこないだから。

 俺は理を何も知らない、頭で計算したこともないし、戦闘だって何回もしているがそんな難しいことをこなしている覚えはない。

 いつも「なんとなく」「勘」頼みなのだ。

 エンドには呆れられてるが。


 伸びていく枝を刀で切り落としながら状況を観察していたエンドが、顔を曇らせる。


「さっきまで私が受けていた業の改悪版と言ったところか。そのうち想片が尽きて業の発動は自然と止まるだろうが、樹自身の意識がかなり深いところまで落とされている。これでは帰って来れず、そのまま自我が崩壊する危険性がある」

「この子は……悪夢を見ているんですね」


 唯生がぽつりと言った。


「さっき、枝に触れた瞬間見えました。というより、思い出してしまいました――『ぼく』が死んだ瞬間を」

 

 平静を保てず、震える声。

 いまいましいものを吐き出すかのように。


「僕たちにとっては、これ以上の悪夢はありません」


 顔は真っ青で、手も足も震えている。

 そんな酷い様子なのに、唯生は立ち上がった。

 ふらふらと枝へと自ら手を伸ばす。


「僕が行きます」

「待て、唯生。危険だ」


 唯生へと伸びた枝を切り落とし、かばうようにエンドが間に入る。

 

「邪魔、しないでください」

「早まるな。今対策を考えている途中で」


 唯生がわずかに眉をしかめる。

 いつも無表情を貫いている唯生が、ここにきて初めて感情をあらわにした。

 

「この子を起こすには、直接この子の意識に呼びかける必要がある――んじゃないですか。だったら、この方法が一番手っ取り早いです。僕だったらこの子と同じ悪夢に入れますし、それに僕もある程度の調整を受けています。《樹》になるための個体として、想片の形が同じになるように。だから、僕が一番適性がある」

「そうだから君が一番危険なんだ。君まで帰って来れなくなる可能性が高い」

「大丈夫です。《樹》として死ぬのにはもう慣れましたから」


 そんなことないだろう。

 さっき、お前自身が言っていたじゃないか。

 最悪――だと。

 それなのに、どうして。


「唯生、どうしてそこまでしてお前は樹を助けたいんだ。やっぱり、兄だからなのか?」


 嫌われているのに、拒絶されたのに、殺されかけたのに――兄だからと言う理由だけで?


「……どうしても気にかけてしまう、心配してしまう、守りたいと――幸せになってほしいと思う存在がいて」


 唯生は口元をわずかに歪めた。

 それは彼なりの不器用な笑顔だったのだろうか。


「兄という役割を、僕がたまたま持っていたというだけにすぎませんよ」


『兄』だからとか、本当はそんなの関係ない。


 そう言って、エンドの制止を振り切って唯生は自ら枝を掴んだ。

 自分の大切な者を助ける、ヒーローになるために。

 

 





ヒーローです!!

この単語を書きたいがためのこの話!

たどり着くのに、ずいぶん時間をかけてしまいました。

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