第四章 巻キ戻される思イ2
樹が榊をふるい、祝詞を謡う。
エンドが警戒心から刀を持ち直すが、それを見て樹はにやりと笑う。
「無駄だよ」
そう告げた瞬間――。
天を貫くまでに高く、幾本もの木々が一斉に樹とエンドを囲うように生えてきた。
「なっ、なんじゃこりゃ~!! あははははは」
唄華。楽しそうだな、お前……
業の威力に圧倒されかけていたが、唄華の爆笑でなんだかしらけてしまった。
……って、俺も冷静に見ている場合じゃない。
「ったく、こんな業使うんだったら、最初から言っとけよ」
がっと、手に握っていた《想片》の密度をさらに濃くする。
わっか状になっている赤い包帯が、ほのかに輝く。
木々が生えた衝撃で揺らいだ結界を、安定させる。均等に全体的に力を供給させ続けないといけないから、集中力をかなり使う。
修行だったら、一時間やってへとへとだったけ……これの半分くらいの大きさで。
相変わらず、俺の師匠はスパルタだ。
「あーあ、せっかくバトルを見物しに来たのに、これじゃあつまんないよぅ」
唄華が唇を尖らせる。
木々は隙間なく彼らを覆っていて、一部の隙も見せない。
「あれも想片でできているな……、しかも結構密度濃くて、複雑っぽいな。感覚だけで盗むのはむりそうだな」
樹の力を子供だとあなどりすぎていたかもしれない。
あの業の細かさは《芸術家》のものと引けを取らない。
「まったく、本当にモノマネが好きですね。あの子は」
不満げな唯生の声に振り返る。
「どうした?」
「どうしたもこうも。あの業は、あの人が作ったものなんですよ。僕は否理師としての知識を一切与えられなかったので、あくまで業の成功度を見極める実験体にされただけですけど」
淡々とした声に混じる、微かな憎悪。
業を目にした途端、唯生の様子が変わった。
うっすらと額に汗をかいているような。
「なぁ、どんな業なんだ?」
「かなりえぐいです。僕は『樹』の死の記憶を何度も抉り返されて、発狂するかと思いました」
嫌な予感がした。
想片の気配に掠れて読み取れないエンドの気配を必死にとらえようと、木々の向こうへと目を凝らす。
「その業はトラウマを抉るんですよ。相手の心の闇を引きずり出し、それを何度も追体験させる。記憶を研究することに長けたあの人が手掛けた業でも、一・二を争うほど酷いものです」
そんなの、六百年という時間を生きてきたエンドにとって、ないわけがない記憶じゃないのか。
様々な失敗をして、終わりに絶望してしまった、エンドの闇は――
「エンド、どうして動かないんだよ……!」
やっとつかんだエンドの気配は。
ずっと、微動だにせず、立ち尽くしていた。
×××
来た――と、思った瞬間、闇に放り込まれた。
一瞬、上下左右が狂い、自分が宙に浮いている感覚になる。
やっと、地に足がついたと思ったら、そこはまるで違う風景だった。
「ここは……」
見覚えのある風景。
夕日の朱色がやさしく竹林を照らしている。
静かに、虫の声がなりだそうとしていた。
『魔女さん。僕があなたに勝つためにはこの業しかないと思いました。お父さんから教わった中でも、使うことをずっと躊躇ってた業だけど、《終末の魔女》に勝つために手段は選びませんよ』
どこからか響く樹の声に、刀を構え――
なかった。
自分の手には何も握られてなかった。
驚きに、思わず己の手へと目を落とす。
「え……」
鈴璃のものではない、荒れた手のひら。
目が追うままに、袖を通しているのが質素な木綿の和装だと気づく。
目線が高い。
身体全体の感覚も、まるで違う。
頬に手を当て、髪を触り、自分の姿を確かめる。
これは、いつのころの私だったか。
全ては昔のことだったはずだ。
これは――あの時の。
「――――――、来てたんだ」
あの時の自分の名を呼ぶ声に、振り返る。
もう聞きたくなかった声、もう聞くことができないはずの声。
『私』を優しく呼んでくれる声。
嘘だ。
何だこれは。
ありえない。
そうわかっていながら、眼は必死に探す。
心が叫ぶように求める。
姿をとらえてしまった瞬間、声を漏らさずにはいられなかった。
「――――さん……?」
もう、失われた人。
自分に優しく手を振る人。
暖かな笑みを再び目に映してしまった瞬間。
ずっと胸にため込んでいた思いが、蓋をこじ開けて溢れていく――。
×××
ぐらりと体が揺らいだ。
「深漸くん!?」
唄華が事態に気づいて、血相変えて俺を見ている。
その間にも体は傾いで、頭の中が真っ白になってくる。
やばい……結界を保たないと。
そう思っているのに、意識が散在してしまう。どうして? 業を行使中に、エンドの気配までずっと追い続けようとしていたからか。
手の中に感じていた想片が消えた。
それに気づいた瞬間に、ずぶずぶと体が地に沈んでいく。そんな感覚に、己というものが埋められていく。
予告より遅れてしまいました(汗
次回は、魔女の過去に触れる……かも。




