第三章 ヨミガえるあのヒ2
「うるさいうるさいうるさいんだよお。失敗作が! 僕に口出しするな!!」
「切れた……」
「切れましたね」
冷静に言うな、唯生。
此処まで樹を追い詰めたのはお前だ。
樹は「うるさいうるさい」とひたすらヒステリックに叫び、体が動いていれば暴れまわっていただろうくらい冷静を失っている。
耳を塞ぎたくなるほど、頭に響く。
「これ、もう会話なりたたないだろ」
「そうですね。僕はただ真実を言っているだけなのに。認めたくないからと言って喚くのは、卑怯です。逃げです。負けを認めたのと同じです」
その言葉に、またキッと樹が牙をむくように唯生を睨む。
「おいおい止めろ。唯生、お前も言いすぎだ」
さすがに樹が可哀想だ。
否理師だからとかなり警戒していたが、樹は思っていたよりも幼いやつだった。自分の想いが通らなかったら、ただ喚くところとか。
いや、確か本当の樹が亡くなったのが七歳だっけ。その樹のふりをしているのだったら。
ここまで子供っぽいのも頷ける。
でも体の年齢は十三歳。生きている限り成長は止まらない、心もその例に漏れない。
唯生はそのことを言っているのだろうか?
「埒があきませんね。三十九番も僕も、自分の主張を曲げる気はさらさらないようです。どうしたらいいものか……」
「《決闘》してみるか?」
突然、エンドが口を挟んだ。
何を言ってるんだ、こいつは。
「……唯生は《罪人》でも、ましてや《否理師》でもないんだぞ」
「そう、だからこの私が代理として戦うというのは、どうかな」
樹が叫ぶのをやめ、目を丸くする。
「僕が……《終末の魔女》と?」
「確かに《決闘》となるとそうするしかないんだろうが……お前と樹が?」
力の差がある過ぎる。いや見た目的には、小さい子同士の小競り合いみたいになるのかな。
「今、何を想像した?」
「別に」
「……まぁ、いいか。もちろんハンデはあげよう」
そう言うとエンドはすっと取り出したビー玉を、いつもの日本刀に変えた。
「私は一切業を用いない。これのみを武器として戦う。私には経験と言う武器もあるが……いかんせんこの少女の身体だ。それに本来の《決闘》のルールでは殺すまでだが、君は私からこの武器を手放せるだけでいい。これで十分、対等の立場になれると思うが」
樹はその話に考えるかのように少し沈黙して、口を開いた。
「そう言って、いざとなったら業を使うんじゃないんですか? 僕を、コテンパンにのして……」
「私は《終末の魔女》だ。この名の意味を君は知っているだろう」
樹が口ごもるように黙った。エンドが優しすぎることを、それなりに伝わっているようだ。
唯生ががたりと椅子から立ち上がり、エンドに深々礼をする。
「力任せに言うことを聞かせるというのは兄としてどうかと考えましたが、もうこれ以外方法はないようです。僕の力不足で、《魔女》様にご協力を仰ぐことになり、本当にすみません」
エンドは首を振る。
「兄弟の仲直りの力になれるというのなら、私にとって喜ばしいことだ。ただ、私はきっかけをつくるだけ。この場に区切りをつけるだけだ。本当の話し合いはそれからだぞ」
「わかってます」
即答だったが、その言葉には力があった。エンドがふっと笑う。
「ずっと探していたんだ。どれだけ道が長くても、諦めるなよ」
「はい」
ゆっくり頷くと、再び樹に振り返る。
「勝手に話を進ませてしまいましたが、いいですよね」
「……僕が負けるという前提で進められていたのには腹が立ったけど、いいよ。受けてあげる。何の業も使えないただの人間に、この六十九代続く『産魂』が負けると思っているという事なら、その間違いは正してあげないといけないからね」
その言葉を聞いて、エンドは俺をちらりと見た。
早くやらせろ。
そううずうずしてるように見えて、俺はため息を吐く。
まったく、おせっかいなのはどっちだよ。
陣の一点を成していたビー玉を、軽く蹴って転がす。それだけで簡単に陣は霧散するように効果を失った。
急に自由になった樹はよろめいて倒れそうになり――
それをさっと唯生が支えた。
「なっ、何するんだよ!!」
すぐに樹は唯生を突き放したが、その勢いでへたり込んでしまう。
「これから戦うのに、その様で大丈夫なんですか」
唯生はまた何の躊躇いもなくすっと手を差し伸べた。樹はそれを見て、苦虫を噛み潰したかのような表情でうなった。
「こんなの、いらない」
ぱしっと差し伸べられた手を払うと、壁を支えに自分でふらふらと立つ。
唯生は払いのけられた手を何事もなかったかのようにすっと戻すと、淡々と言う。
「《魔女》様が勝ったら、三十九番には全ての想片を魔女さまに渡してもらい、僕のいうことを聞いてもらいます。いいですね」
想片を全て失えば、業は使えない。ただの子供同然となってしまう樹は、唯生に従うしかない。
「いいよ。でも、僕が勝つから。だから僕も、それなりの報酬を要求するよ」
不安など一つもない様子の樹に、唯生はうなずく。
「もちろんです。君の望みを何でも聞きましょう。――僕を、殺してもいいですよ」
「唯生! それは」
あっさりそんなこと言うな。
反射的にそう言いそうになったが、樹は「いらないよ」と舌打ちした。
「そんなものいらない。お前が僕の前からいなくなればいいんだ。いや……それだけじゃ足りない。土下座して、僕に謝れ。自分が失敗作だって、僕が『樹』だって認めて――僕の前に二度と現れるな」
その宣言に、初めて唯生の表情が変わった。
眉を寄せて口を歪めて、小さく、
「いやです……」
えぇ!
弟はお前の要求飲んでくれようとしてるのに、その反応は酷いだろ。
「あの……お前、兄貴だからここはびしっとかっこよく頷いてあげたほうが」
「でも、もう現れるなって……会えないなんて……それ、拷問ですか」
がちで落ち込むな!
実はお前、ブラコンだな。そりゃそうだよな、ぼろぼろにされたのにしつこく付きまとうとか、そーじゃないとできないよな。
樹の顔も引き攣ってるよ。
今だけは、同じ弟として気持ちが分かる。うざい兄って……めんどくさいよな。
「唯生、私を信じろ。この魔女が、名に懸けて君たち兄弟の仲を取り持ってやろう」
エンドがそう言って、やっと唯生が渋々……渋々……渋々頷くのおせぇよ!
「そうそう《魔女》さんにもお願いがあるんだよ」
うじうじしている唯生を放置し、樹がエンドに要求する。
「僕が勝ったらね、《魔女》さんに教えてもらいたいことがあるんだ」
「そう言えば、私を探していたと言ってたな。何が望だ?」
「その《終末の魔女》の秘業。《想い》を固定・維持し、体を乗り換える術を教えてほしいんです」
エンドの顔色が変わる。
魔女が魔女たるゆえん。
人の身体を乗り換えて生き続ける業。
今、彼女が『鈴璃』である理由。
「きっと、僕の研究の役に立つと思うんです。僕のお父さんを蘇らせるという目的に」
「それが愚かだって言ってるんです」
唯生が口をはさむ。
「あの人は、不可能だってわかってて……」
「不可能? その言葉がお笑い草だよ。否理師は不可能を可能にするものだよ。《産魂》に出来ないことがあるわけないじゃない」
不敵に笑うその様は、子供だからこそのものだろうけれど。否理師を語る様子には彼なりのプライドがあった。
「いいだろう」
エンドが頷く。
「勝てたらの話だがね」
エンドも笑う。楽しそうに、全てを見下ろすような傲岸不遜な笑みで。
体格は樹の方が勝っているのに、威圧感がまるで違う。
「さっき……武器を手放させるだけでいいって言いましたよね?」
「あぁ。確かに」
「その先、殺してしまっても、別にかまいませんよね」
不穏な言葉。
エンドの放つ気迫に圧されることなく、堂々と立って告げた。
「あなたは《罪人》なんだから」
彼女は嬉しそうに応える。
「もちろん。かかってこい、若者」
お互いの視線がぶつかって火花を散らすような、緊迫した状況。
エンドは刀を構え、唯生はズボンのポケットに手を入れて様子を見るように睨む。
張りつめた糸がいつ切れるかわからない。その切れた瞬間、全てが始まる――。
「あの~」
その糸が、あっさりとのんびりとした声に引きちぎられた。
「すっごく楽しくってわくわく展開だけど、ごめん。お願い。外でやってくれない?」
家主がにやにや笑いながら、空気をぶち壊した。
なかなか戦わなかった人たちが、やっと始めるようですw