第二章 ツタエたいコトノハ1
不幸と言うものは、起こるときは度重なるもので。
唄華の家に閉じ込められ、助けを求めようとケータイを取り出すとピーという切ない音と共に電源が落ちた。
待て待て待て待て。
はい? いや、こんなつもりはなかったんですが。
俺はさっさと家に帰って、エンドに樹のことを報告しなければいけないんだが。
恐る恐る世に聞く南京錠をひっぱってみる。案の定、外れるわけがない。ていうか、こんなものを生まれて初めて見た。
南京錠二つに、鎖がじゃらじゃら。〈想片〉を使えば簡単に引きちぎることはできるが、樹にばれたらやばい。
つまり……選択肢はひとつしかない?
「いや、ありえないだろ……」
いや、唄華だからあり得る。
せっかく口に出して否定したのに、脳内で一瞬にして認めてしまった。
窓から逃げたくても、唄華のことだからぬかりないだろうし。
あー、待て待て待て待て。
頭をがしがしと乱暴に掻く。
何をこんなにあせってるんだ。なんかあるわけないだろ。さすがに唄華でも、流石の唄華でも、まさかの唄華でも……
「深漸くんっ!」
「おわっ!!」
ビクッと体全身がはねて、振り返った。
「もうそんなに怖がらなくてもいいのに~。子供がいるのに、そんな情けないところ見せてどうするの?」
「唄華……、俺をこの家から出せ」
「ん? 何を言ってるのか、ワカリマセン?」
「そんなわざとらしくとぼけなくていいから! それになんだよその格好!?」
にやりと笑い、唄華はエプロンの裾を持ちくるりと回る。
「若奥様風、ふりふりエプロン。本当はこれ一枚だけの仕様なんだけど、今日は自重してみました」
「お前の思考が、子供の教育に悪いんだが」
だめだ。いつもの唄華ペース。絶対に俺をこの巣から逃す気はない……
「それに、深漸くん」
唄華がそっと俺の耳元に顔を寄せる。思わずのけぞりそうになったが、次の瞬間凍りついた。
『あの子、エンドちゃん関連の子なんでしょ?』
ひそひそと囁く言葉に俺は目を見開く。
『……え。お前、何言って』
『とぼけないでよ。私は、深漸くんのことならなんでもわかっちゃうんだから~』
くすくすと声をひそめた笑い。
『ね、あの子は何なの?』
畳み掛けるように聞く唄華に、俺は観念して口を開く。
『否理師だ。おそらく……いや、間違いなく――文化祭の時、永河原先輩の事件にかかわっていたやつだ』
――死んだはずの双子の妹を、生き返らしてくれた《魔法使い》
『ふ~ん』と、唄華の反応は淡泊だったが、俺としては複雑な思いを拭えない。顔をしかめて沈黙する俺に、唄華は少し冷めた調子で告げた。
『で、深漸くん家に入れるわけにいかない子を、私に簡単に預けちゃうんだ。私がどうなちゃってもいいってことなのかな』
『あっ……!』
その可能性は――すっかり頭から抜け落ちていた。
さぁっと血の気が引いた感覚がした。俺の気持ちを読んだのか唄華は楽しそうに笑った。
『意地悪言って、ごめんね。本当はわかってるよ。深漸くんは私を信頼してくれたんだよね』
そういうつもりじゃなかった。ただ、思い至らなかっただけで。
油断したとか、思慮が足らなかったとか、俺の甘さのせいで――唄華を危険に巻きこもうとしているなんて。
『すっごく嬉しい。でも、やっぱり私ひとりじゃ怖いから、今晩は一緒に居てくれるよね』
そう言われたら、断れるはずがなかった。
唄華が俺からそっと離れる。止めていた息をはぁと吐く。
「悪い……」
「ううん。全然いいよ。もうご飯は出来てるから早く上がって」
「あぁ……」
いつもと変わらない、壊れたかのような満面の笑み。
俺の気持ちなんか全部読めているくせに、自分に都合が悪いことは一切聞いてないふりをするそのいい性格も、どんな時も変わらない。
そんな唄華にほっとしている自分がいることに、俺はまだ気づいていなかった。
×××
夜は嫌いだ。
暗闇が嫌いだ。
目を閉じたら、巻き戻る。
あの時へ、あの時へ。引きずり込まれる『死』の感覚。
僕のじゃない。
そう叫んで、ふりほどいて、何かを掴むように手を伸ばす。
僕のじゃない。
僕じゃない。
君を見てると、辛い。
僕の乾いた心が、ずきずきと痛む。
だから、君の手を掴もうと手を伸ばした。
闇へ。僕の怖いものに。
だから、手を取って――
×××
「起きたか」
「……っ」
「声を出すな。まだ体が辛いのだろう?」
目覚めた唯生の視界に覆いかぶさるようにしていたのは、自分よりも幼き姿の魔女。彼女は優しい瞳と声で、唯生の身体をいたわった。
冷たいタオルで顔をそっとふかれる。ぼんやりする頭で、唯生は自分の身体が汗にまみれていることに気が付いた。
「うなされていたぞ。悪い夢でも見たか?」
柔らかい声に、自分を見つめるまなざしに、唯生は既視感を覚える。
そう、これは――。
「――――っ!」
「唯生っ!!」
こみあげてきた吐き気に体を九の字におって起き上がると、すばやく魔女が手近にあったゴミ箱を渡す。
鼻につく酸っぱい匂いと、全身の痛みに唯生は顔をしかめる。
「すまない、唯生。君の身体を理を捻じ曲げて癒した反動で――」
違う。それじゃない。
そうじゃないんです。
言葉は出てこなかったが、唯生は首を振って否定した。
さっき頭に浮かんできた映像もいっしょに振り切るように。
次の瞬間――突然晴れ渡るように意識が晴れた。
「っあ……あの子は……」
口から洩れたのは掠れた非常に聞き取りにくい声だったが、魔女は聞き逃さないでいてくれた。
「今、在須が探しに行ってる。と、言ってもそれから何時間も経っているのだが……、あのバカは何をやっているんだ」
その乱暴な口調には、明らかな心配の色が混じっていた。
それを聞いて、唯生は焦る。
「行かない……と」
「待て、まだ体が」
「僕が……行かないと」
足を動かそうとしたのに、突っ張った感覚と共に痛みが走って前に倒れ込みそうになった。慌てて魔女は彼の体を支えた。
「ほら、まだ無理だ。君にもわかっているはずだ」
「すみません……でも」
その頑なな唯生の様子に、魔女は在須を重ねて――声を荒げる。
「わかっているはずだ。君は否理師ではない、ただの少年だ。一人で行ったって、何にもできないのはわかっていただろうに、どうしてそんな無茶をする。何が君を動かすんだ」
必死な魔女の言葉を、唯生はぼんやり聞いた。どうやらまだ頭に十分な血が回っていないようだ。
ふらつく頭を抑えながら、途切れ途切れに言う。
「別に……力が、ある、とか……関係ないです」
むしろ、力がないからこそ唯生は立ち上がるのだ。
「僕はただ、あの子と……あの子と、話をしたいだけ、なんです」
行かないと、いけないのに。
まだ、この手を伸ばさないといけないのに。
その時、その場を乱すかのように可愛らしい電子音が鳴った。
魔女が表情を変え、机の上に置きっぱなしだったケータイをとった。まだ小学生の身分の彼女に連絡をとる相手など、数人しかいない。案の定、それは先ほど話題に上った在須からのメールだった。
文面を読むと、また魔女は顔を曇らせた。
「ま、じょさま……?」
「何でもない」
そう言ってケータイを閉じようとして、魔女はピタリと動作を止めた。
「君を一人で行かせるわけにはいかない。あの子は危険だ。また君にそんな傷を……いや、今度こそ殺しにくる。たとえ相手が君の兄弟でも、そんな危険人物の前に君をのうのうと晒すことはできない――だから」
魔女は悩んでいた。
言葉をつむぎながら、悩んでいた。
だけど、
「一緒に、行こう」
優しすぎる気持ちは、人の想いを踏みにじる。
彼から、教えてもらったから。
唄華の得意料理は、にくじゃがとか家庭的なものがいいな~と思ってます。私が好きだからです。
お好み焼きでも可ですが……
でも、実際は何料理でもどんとこいと言う感じなのでしょう。
さて、唄華はどのごはんで在須の胃袋を攻めることにしたのでしょうか……w