五章 ツミ深きアイ4
「邪魔……しないで」
緩慢な動作で頭を持ち上げると、泣きはらした目で、エレミヤは責めるように俺を見た。
「殺して、もらうの」
「は!? 何言って……」
そこで、言葉が止まる。
睨み付けてくるエレミヤと、刀を手に、唇を血が出そうなほど噛みしめているエンド。
二人の間にあるのは戦闘の緊迫感ではなく、いつもエンドから感じているのと似たようなもの。
――諦め混じりの、虚しさ。
「……よくわからんが、やめろ。人を殺しかけといて、逃げようとするな」
「そうだよ……何であなた生きてるの?」
「治癒の業を使った。それだけだ」
きっぱりと言い切ると、エレミヤは驚愕に目を見開く。
起きた時の状況から推論しただけで、俺だってよくわかってないのにそういう反応されると困る。
エンドがまたか、といった感じでこちらを見てくるのにも複雑だったが。
「何なの、あなた。酷い酷い酷い酷い。止めないで……、私は、お母様に」
「だから……言ってるだろう。俺の従妹を人殺しにさせるな。そんなに死にたいなら、自分で死ねよ」
傷口を抑え、荒い息を調いながら、冷たく言い放つ。正直、身体に力が入らず、想片で補っているギリギリの状態なので、気遣っていられる余裕はない。
俺の言葉に、エレミヤは虚を突かれたような顔をした。
だが、すぐに笑みのような表情を浮かべたかと思うと、顔を俯けてぶつぶつと呟いた。
「うるさいうるさいうるさいよ。何、従妹従妹従妹って? 酷い、お母様が……可哀想だああああ!」
「在須!」
はっとしたエンドが走りだそうとしたが、エレミヤの方が早かった。
階段を上ってくるだけで精いっぱいだった俺は、わかっていても逃げることができず、そのまま押し倒される。
銃が素手で弾き飛ばされ、首を絞められるのではないかととっさに顔を腕で覆う。――が、
零れてきたのは、涙だった。
「結局……あなたは、お母様のこと……どうでもいいんでしょう?」
滴が、冷たい。
目を見開くと、エレミヤが赤子のように泣きじゃくっていた。
「従妹が大切で、お母様のこと、嫌いなんでしょう?」
胸を拳で叩かれた感じがした。でも、その手に力はない。
追い詰められて、疲れ切ってしまったかのように。
「嫌いだから、お母様のこと……悲しませるんでしょう。無理なのに、終末を防ぐなんて……優しいお母様は、そんなあなたを見るのがつらいよ。可哀想だよ。お願い……やめて。やめて、ください」
悲しげな声に、胸が詰まった――だけど、
「……嫌だ。俺は、諦めない」
突き放すように告げると、エレミヤはまた顔を歪める。でも、俺も苛々していた。
「お前はエンドが人のこと考えすぎて気に病む性格、知ってるんだろう。じゃあ、なんでお母様のために……とか言いながら、エンドに殺してくれって頼んでるんだ?」
びくりとエレミヤの方が震えた。言われたくなかった事実を突き付けられた、そんな表情で。
「そんなお前に、エンドの気持ちを語れる資格があるのか」
「わっ、わからないの……」
エレミヤは首を振った。
「私はお母様を助けたい。でも、できない。終末が怖い。お母様を助けてあげたい。でも、どうやっても、お母様は諦めてくれない。終末がすぐそこにある、怖い。死にたい。でもお母様。何をすれば。終末が。わからない。助けたい助けたい。でも、もうどうしようもない」
自分の感情だけを吐き出したような、文章の体を成していない言葉の羅列。
でも、それだからか。言いたいことは、ストレートに胸に響いた。
「俺も……そんな感じだ。自分の気持ちが矛盾してて、わけわかんねぇよ」
そう言うと、エレミヤは言葉をピタリと止めた。
じっと俺をとらえる目を、まっすぐに見つめる。
「……俺は鈴璃の名誉を守りたい。死んでしまったあいつに報いたい。だからなのか、鈴璃の立場を奪っているエンドを、理解はしていてもどこか感情で許せてない部分がある」
視界の端にエンドが立って、こちらを見ていた。
静かに俺の話を聞くさまは、自分の罪を受け入れている悟りきった咎人のように見えた。
「終末を防ぎたいのも、《絶対終末》なんてとんでもないことを鈴璃の身体でやらせないためで、別に世界の為じゃなく、ただそのためだって、そう……自分に言い聞かせていたんだが」
人の心って、どうしてこうも整合性がないのか。
「今は、エンドの為って言うのも……ある」
エンドが目を見開く。あぁ、そんな信じられないみたいな顔で見るなよ。
何やら気恥ずかしくなる。
「情が移った、みたいな感じなのかもしれないが。エンドに許せないみたいな想いがありながら、何とかして幸せになってもらいたいと思っている自分がいる。傷ついて、堪えて、ぼろぼろになりながらも、人のためにってやってきたこいつも、報われるべきだろうって」
あの時から、自分のこんな感情には気づいていた。
あの時、エンドがフォルケルトから俺をかばったとき。
ずっと口にせず、自分の心の奥底に隠してきたのは――やはりそう告げるのが恥ずかしかったからだろう。
あれだけ最初に散々エンドのこと責めといて、こんな気持ち抱くなんて虫がよすぎる気がしていた。
今も顔から火が出そうだが、言ってしまったからにはしょうがない。
聞き入っているエレミヤに、俺は宣言する。
「鈴璃のためだけでなく、エンドの為にも俺は必ず終末をふせぐ方法を見つけるから。だから――死ぬな」
エレミヤは今度は泣かなかった。ただ拳を握りしめ、言う。
「む、む……無理、だよ。終末、防ぐ……なんて。それに、私はもう」
「エンド。お前もちゃんと言え」
俺たちは自分の気持ちを言い切った。
お前だけ、逃げるな。
「……エレミヤ」
エンドは刀を消す。その両手で、優しくエレミヤの頬に触れる。
「私は、あなたを殺したくないんだ」
その言葉に、エレミヤは泣きそうになる。だが、こぼれそうになった涙をそっとエンドが指先で拭う。
「死なないで、待っていてくれ」
エレミヤは首を振る。子供のように、駄々をこねるかのように。
怖い、怖いと泣いて――
「――私も、怖いよ」
自分よりも大きい我が娘を、エンドは抱きしめる。
「私も、怖い。終末を思うと身が震える。でも……必ず、救うから」
エンドは涙を流さない。ただ、声は彼女らしくもなく震えている。
「……あと、もう少しだから。待ってて」
耐えきれず、エレミヤからもエンドにしがみつく。
お母様、ごめんなさい、はい待ちます、なんて言葉を連呼して、頬ずりして、抱きしめて。
俺は呆れてため息を吐く。
もうあの二人は俺を見ておらず、こんなにぼろぼろになったのにと言う理不尽さもなんか感じてきた。
「やれやれ……」
エレミヤが下りたので自由になった体で、よいしょっと起き上がろうとしてふらりとなり「おあっっ!?」っと倒れた。
見ると想片で塞いでいた腹の傷からどくどくと血が、また溢れ出していた。エレミヤが腹の上で暴れたせいで、傷口が開いたようだ。
「あの……救急車……っ」
こんなとこに救急車なんて来るか、という突っ込みも、倒れた俺に気づいてくれる人もいない。
また遠くなっていく意識の片隅で、いちゃついているエンドたちを横目にものすごく虚しい気分だった。
大変遅くなりまして、すみません!!
もう、二月になってしまってました。
テストもほぼ終わり、ようやく復帰できます。
しばらくはまたいつものペースに戻れるはず……はずです。
次話でこの部は終わりです。
なるべく早く投稿したいと思います。
まだどったばったしてますが……これからもよろしくお願いします。