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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第四部:歪なヨゲン
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五章 ツミ深きアイ3

「ねぇ、お母様……覚えてる?」


 激しい剣戟(けんげき)を全てかわしながら、エレミヤはぽつりと言った。

 エンドは答えない。彼女の《選ばれし託宣(エゴイズムオメン)》の範囲内に入ってしまうため、全ての攻撃を読まれてしまうコトを知っていながらも、眼にもとまらぬ速さで刀を幾度も振るう。

 エレミヤが優雅にそれらを交わす様は、舞っているかのよう。


「お母様はあの時……私を、かばってくれた」


 そう言ってエレミヤがぐっと顔を近づけたのに気付くと、エンドは大きく距離をとる。

「むむ……」と、エレミヤは悔しそうに、口をわずかに歪めた。

 はた目から見たら、エレミヤは防戦一方で押されているように思えるだろうが、先ほどのように隙を見つけてはルーン文字が書かれたカードを、エンドに触れさせようとしてきた。

《選ばれし託宣》の中では、エレミヤに敵う者はいない。


「――はあっ!」


 だが、エンドは迷いなくその中に飛び込んでいく。

 少女の身体では扱いきれない刀を振るい、切り込もうとして――――、


「あの時ね、嬉しかった。とてもとても……でも、私は、よかったんだよ?」


 そっと刃先を掴まれた。

 少しばかり傷ついたのか血がつぅっと流れた。

 でも、エレミヤは頓着せず、ただその瞳に母の姿を映す。


「私は《罪人》になっても、よかったんだよ?」


 ――三十年前。

《善意の魔女》は諦めた。

 終末回避は不可能だ。ならば――最悪の中の希望《絶対終末》に懸けると宣言したのは、《秩序》の号令を受け、集まった否理師たちの前だった。

 途端に、怒声が、叫び声が、場に満ちた。

『嘘だ』と、壇上に立つ魔女には石が投げられた。

 魔女は二百人近い怒りに満ちた彼らに、少しも怯まず、冷静に語りかけた。 

 それでも、《神の全知》からのそれを認める声がなければ、誰も納得しなかっただろう。

 絶望的な未来を知り、自分たちが《目的》のために積み上げてきたことが無になったのだと、しばらくして理解し始めた――が、


 理解したくない者たちが、魔女を壇の上から引きずり下ろした。

 大衆心理なのか、冷静になりかけていた者たちがそれを見て同じように恐慌状態になり、魔女に襲い掛かった。

 でも、魔女は何もしなかった。

 魔女は死なないのだから。

 例え肉体は死んでも、また誰かの身体を奪い、《絶対終末》を成すだけ。

 それなのに――嫌だと言うものがいるとは、魔女は少しも思っていなかったのだ。


「私が殺した私が殺した私が殺した。私がみーんな、みーんな吹き飛ばしたよ」


 ぐっと、刀をエレミヤは握る。血は刀を伝って、ポツリポツリと床を濡らす。


「なのに、お母様はお母様が殺したことにしなさいって。お母様が《罪人》になるって、生き残った《道化》にも《芸術家》にも内緒って言った。でも、私は《罪人》でよかったよ」


 そう言い、もう片方の手に持つカードをエンドに向かって投げつけた。


「――っ」


 エンドは刀から手を離し、後ろへと跳ぶ。

 だがカードは、そのまま軌道を変えて向ってくる。

 エンドは想片を取り出し、投げつけると、そのビー玉は宙で短刀となりカードを突き刺した。その瞬間、爆発した。


「お母様、私はお母様を傷つけるあいつらを殺せて満足だったよ。あれでよかったんだよ、だからお母様が《罪人》になって――私を、かばうことなんてしなくてよかったんだよ」


 エレミヤは俯いた。

 服をぎゅっと握って、呟く。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。お母様を悲しませるようなことして、ごめんなさい。だけど、必ず守るから。私はお母様が大好きだから。だから……だから…………!」


 顔を挙げて、エレミヤは目を見開く。


「あ……あれ? 何、これ」

「エレミヤ、あなたは優れた才能をもつ否理師だ」


 ずっと口の中で呪を唱えたエンドは、やっと人心地ついたというように息を吐いた。


「だが、昔も何度も言っただろう? あなたは《予知》に特化しすぎて、その他の理についての理解力が乏しい。経験で補ったのだろうが、それでも私の六百年には遠く及ばない」


 エレミヤは呆然と上を見上げ、返事をしない。

 天井を埋め尽くす、巨大な黒に。


「あなたの前で見せるのは初めてだな。《籠寓漏(コグロ)》の兄弟のようなものだ。名はそのまま《卑屠照(ひとで)》と言う」


 その名の通り、天井に広がるのは巨大な薄っぺらいヒトデ型をした何かだった。それはゆっくりだが、確実に下へと降りてきていた。

 エレミヤの頭上へ。《選ばれし託宣》の外――エレミヤを中心とした半径二メートル、その周りを覆うようにする。

《卑屠照》が真っ黒な半球体のようになって、エレミヤを完全に覆ったかと思うと、すっと消えてしまった。

 エレミヤは混乱しながらも、一、二歩歩こうとして、何か壁のようなものに阻まれ、それ以上進めなかった。


「《卑屠照》はまだそこにいる。色を消しただけだ。その中では《想片》を用いた業は使えない、《選ばれし託宣》も無効化されたのも同様だ」

「……だね。どうりで、途中から何も見えなかった……んだ」


 ペタペタと、目に見えない壁に触る。


「怖かったんだよ。突然、何も見えなくなるから……」

「あなたの師として、教えてあげよう。いい加減、《選ばれし託宣》の中の未来だけを見続けるのはやめろ。外を見ていないから、私が想片を宙へ投げていても、全く気付かないんだ」


孤影(こえい)》……孤独の中で、自分の周りだけの未来を見続ける彼女は、エンドを見た。

 でも、その瞳に映っているのは、今ここに居るエンドか……それとも。


「エレミヤ。確かに、私はおせっかいなことをした。今の私なら、あれは自分の非だと認めることができる」


 呪を唱えていたため、答えることのできなかった問いへの言葉を返す。


「でも、あの時は、どうせわずかしか残されていない未来なら、あなたには自由に生きてほしかったんだ。《罪人》として追われ、心身をすり減らして息絶えるなんてこと、もうすぐみんな死ぬのに何の意味があるのだろうかとね」


 魔女自身が作った制度だった、だが、絶望の中でその意味さえわからなくなってしまった。


「余計な偽善だったのだな。自己満足だと開き直れることが前は出来たのに、もう難しい」

「……じゃあ、私に《罪人》を、返して……」


 ぺたりと、エレミヤは座り込む。頭を下げ、懇願するように小さな声で言う。


「お母様に、背負って……ほしくない。それは、私の。返して」

「これは返せない。私が《罪人》だということは正しいのだから」


 エレミヤはエンドの言葉に、顔をばっとあげる。


「《秩序》ができる前だった。だからこそ逃れていただけで、私が人殺しをしたという事実は消しようがない」

「で……でも、それは、お母様が人を殺したって言うなら、正しい……よ」

「いや」


 エンドは顔を歪めた。思い返すように、言葉を刻み付けるように呟く。


「私はアレを、私怨じゃなかったと言いきれない」


 エレミヤは呆然と、母を見る。

 正しさの象徴である母からの信じられない言葉。


「……なんでもいい。そんなこと、どうでもいい。……返してよ」


 エレミヤは耳を塞いだ。

 目を見開き、爆ぜるように叫んだ。


「どうでもいいから、私を殺してよーーーーーーーー!」


 涙をぼろぼろと零し、髪の毛を振り乱す。立ち尽くすエンドに向かって、声をからして叫ぶ。


「怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖いいいいいいい。お母様、お母様、助けて助けて助けて。終わりは恐い終わりが怖い。こんな風に終わっちゃうなら、もう殺してええええええええ!」


 狂ったように泣き叫ぶ娘に、エンドは「そうか」と言った。


「そうか、何だ。あなたはただ、私に殺してほしかっただけなのか」


 母を救いたい気持ちはあったのだろう。

 だから《絶対終末》の要である地下のビー玉を破壊した。

 でも、そのついでに在須を殺そうとし、あえて怒られるようなことをしたのも、刃向ったのも、罪人にしてくれと言ったのも、全てが全て殺されたかったから。


「私の《絶対終末》さえも、待てないのか?」

「もう苦しいよ怖いよ、もう見たくないよ。見ようとしてないのに、見えるの。もう近いから、すぐそこだから見えちゃう。いや、いや、いやだよぉ。こんな風に死にたくないよおおおおおおお」


 エンドは、その絶望を知っている。

 だから孤児院で出会った、才能を制御できず、終わりの恐怖で壊れてしまった少女を、放っておくことができなかった。

 少しは、救えたと思っていた。娘も感謝していると何度も何度も口にしてくれた。

 でも、こんなふうに痛ましい様を見ると、全てが無だったのではないかと感じる。

 だからこその「終わり」。


「……死にたいのか?」

「う……あぁ、あっ……はい……」


 涙で声をかすらせながら、頭を地面に擦らせて懇願する。


「お母様に……殺されたい」

「そうか」


 その表情にはわずかの変化も見られない。

 エンドは淡々と返事をし、エレミヤに近づく。

《卑屠照》が解除されたのに、蹲って泣きじゃくったままのエレミヤの傍らに立つ。

 刀を、静かに構えた。


「お母様……お母様……お母様」


 小さく聞こえる声は、エンドに縋りつくようで。


「ごめんなさい」

「私こそ」


――――救えなくて、ごめん。


 刀は綺麗に、軌跡を描いて……


「待て!! エンド」


 その言葉が聞こえると同時に、耳に響いたのは金属音。

 刀身に幾発もの弾丸が当たり、刀はあっさり幼い手から離れていく。


「在須……」


 呆然と、声の方を見やる。


「鈴璃の身体で……人殺し、なんてさせるかよ」


 全身血まみれの満身創痍といった少年は、壁に体を預けたまま、銃口を魔女に付きつける。




 在須が復活!!

 でも、戦闘は終わっているという状況です……また戦闘が再会するのかどうかわかりません。


 そろそろテスト期間に入るため、更新は今月はあと1、2回あるかないかと言ったところです。


 二月には五部に入りたいと思います。

 おいおいまだ続くのかよ……と言った感じでしょうが、続けます。頑張ります。

 

 最近見直し、推敲の時間があまり取れていないので、誤字、文章の意味不明さなどなどあれば、ぜひ教えてください。

 お願いします。


 

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