五章 ツミ深きアイ2
エンドは刀を構える。
「私は《絶対終末》を諦める気は一切ない。この私の意思は、在須とは全く関係がないこ」
「そんなこと……関係ない。あの人は、嫌い」
エレミヤは顔をそむける。
言い当てられたくないことを言われた子供のように。
エンドはその反応を見て、くっと嗤った。
「じゃあ、私の中にある在須を殺すとして……どうする? 私を殺すか?」
エレミヤはその言葉に、びくりと体を震わせる。
「えっ、……えっ!? しっ、しないよ。できないよ。私はお母様を守りたいだけなんだから」
「……」
「……お母様が傷つくの、嫌だから。それだけだから」
先ほど魔女に使おうとしたのと同じカードを、巫女服の懐から取り出す。
文字は見えないように裏を向けているが、おそらくは封印か何かの効力を示すものに違いなかった。
魔女はくっと笑う。
「エレミヤ。私に勝てると思っているのか? この、《終末の魔女》に」
「勝てるよ。だって、……その体、弱いでしょ? それに、私はこの世界で一番の、《才能》……の持ち主だよ」
業を用いずとも、《預言》できてしまうほどの《才能》。それに恵まれたものは過去にもいたが、エレミヤほど洗練された者はいなかっただろう。
魔女が育てたから。
魔女に救われたから。
エレミヤは自分の力に誇りを持っていた。
「今は、お母様よりも……強いんだよ」
それは母への感謝の気持ちを込めた言葉だったが、エンドは苦笑のような表情を浮かべた。
「……?」
「確かに、あなたは強くなった」
首を傾げたエレミヤに、母は言う。
「でもね、あなたは私にはまだ、まだだ。それにね、母としてこれを告げるのは苦しいことなんだが、現・世界一の《才能》を持つものはあなたではない」
「……? お母様、聞いてなかった、の? 私はその子を、殺したよ」
「在須を舐めるな、エレミヤ」
少しの動揺もなく、エンドは言い切る。
「彼の才能は、今までに現れたどの否理師でさえ及べない域に達している。まだ未熟と言えども、あなた程度に敗れる器じゃない」
じわりと、エレミヤの眼に涙が浮かぶ。歯を食いしばり、カードを持つ手に力を込めた。
自己を否定されたことへの怒りよりも、そこに見えるのは――嫉妬。
「ダメ。お母様は私のもの。お母様は私のもの、なんだから。そんな顔しちゃダメ……私は殺したよ。死んだんだよ!?」
「死なないよ。彼は」
その瞳に浮かぶのは、呆れが混じった、どこか悲しそうな色。
『彼が死ぬ《未来》なんて、ありえないんだから』
音にせず、そう口の中で呟いた。
×××
地下にまで響く轟音。
ガラスの破片が散らばる中、彼は身を横たえていた。
全身を真っ赤に染め、上から響く戦闘の音にも指一つピクリと動かさない。
そこに――――、
神が、降りた。
「深漸くん、見~つっけた」
何もない空間から染み出すように、彼女は彼の傍らに姿を現した。
蒼白な彼の顔を、地面に手をついて覗き込む。
「もう! 私から逃げようとするからこうなるんだよ」
不満そうな言葉とは裏腹に、彼女は頬を染めて嬉しそうに笑う。
彼は答えない。
ただ物体としてそこにあるかのようで、溢れた血は、彼女の足元まで広がっている。
彼の頬に、神は真っ赤に濡れた手を添える。
「わっ! 深漸くん、冷え性だねぇ。健康に悪いよ?」
暖かい血液に対して、冷たすぎる体温。
その両方を感じて、神は笑った。
「すっごいなぁ。深漸くんは」
全身に巻かれている真っ赤な包帯を見て、楽しそうに言う。
「無意識で業を行使できる人なんていないはずだよ? いくら治癒の業が初歩であったとしてもさ、人の想いからなる《想片》を操るためには、人の意思が必要なのに……いやぁ、神にもどうしてそこまでチートなのかわかりません」
まぁ、今は全知じゃないからね。と、照れるように頬を掻いた。
「その勘――じゃないね、《才能》には、神でも目を見張るものがあるよ。神を驚かせるなんて、さっすが深漸くんは私の愛しの人だ」
うんうん、と頷いて、ようやく彼の頬から手を離す。
「でも深漸くんの《才能》ができるのは、ここまでなんだね。このままじゃあ、結局死んじゃうよ?」
失った血の量が多すぎた。傷つけた部位が悪かった。
本来なら致命傷から集中的に治癒させるべきところなのに、無意識化ではコントロールまではままならないようだ。浅い傷はすでに治っているようだが、死の危機にさらされていることには変わりない。
「しっかたないなぁ~。情けない彼氏のために、私が手伝ってあげるよ」
返事をしない彼に、彼女は一方的に話しかける。
「そのかわり、帰ったら私の家に絶対遊びに来てもらうよ! おいしいオムライス作って、楽しみに待ってたんだからね」
約束を反故にされたことは本気で起こっていたらしく、そう言う時は不満そうに顔を膨らました。
ふと、彼女は自分の手が血に濡れているのに、今気づいたかのように見た。
真っ赤に染まった手のひらをしばし眺めて、
「……えへへ」
その手でそっと、自分の頬を押さえた。
「彼色に、染まっちゃいました~。……なんて」
幸福そうに、微笑んだ。
お久しぶりとなりました。
なかなか更新できずにすみません(汗
今月はおそらくこの状況が続きます。来月は改善されることを祈るばかりです。
次話に在須が起きるのか? それともその前に戦闘が終わってしまうのか?
精一杯書かせていただきます。